—台湾最古の人類化石はデニソワ人男性の下顎骨だった—
4月3日配信のプレスリリースをWEB用に修正(2025/4/11)
手に持った澎湖1号の下顎骨を右側面から写した写真 (提供:張鈞翔博士、撮影:張介宇)
【研究概要】
総合研究大学院大学の蔦谷匠助教と澤藤りかい特別研究員 (現 九州大学講師)、東京大学の海部陽介教授と太田博樹教授、台湾の國立自然科學博物館の張鈞翔センター長、コペンハーゲン大学のフリード・ウェルカー准教授とエンリコ・カッペリーニ准教授など、日本、台湾、デンマークの国際共同研究チームは、台湾最古の人類化石の古代タンパク質配列を調べ、これが旧人の「デニソワ人」男性に由来することを明らかにし、Science誌に報告しました。
台湾の澎湖 (ほうこ) 水道の海底から発見されていた原始的な人類 (澎湖人) の下顎骨化石 (澎湖1号: 19–1万年前) は、発表当時、その形態的独自性と原始性から「アジアで発見された第4の原人」とされました (注1) (図1)。その形態学的評価は変わりませんが、今回の分析で、人類進化史におけるその位置づけが変わりました。
アジア東部、特に南東部の現代人のゲノムにはデニソワ人由来の要素があり、当地で両者が交雑したと推測されていました。しかし、デニソワ人の化石はこれまでアジア北部でしかみつかっていませんでした。本研究は、デニソワ人がアジア南東部にも分布していたことを化石の物的証拠から直接的に示しました。
本研究は、同時代に地球上に生息したネアンデルタール人や私たちホモ・サピエンスと比べて、デニソワ人の顎と歯がだいぶ頑丈でごついことも明らかにしました。これらの成果によって、謎に包まれていたデニソワ人の姿や分布がより明確になりました。
図1. 澎湖1号の下顎骨を左側面から写した写真。(撮影:総合研究博物館 海部陽介教授)
【研究の背景】
「デニソワ人」は、シベリアのデニソワ洞窟でみつかった骨や歯の断片から抽出された古代ゲノムによって、2010年に存在が示された旧人集団に対する仮称 (ニックネーム) です。ネアンデルタール人とは別系統の旧人ということがわかっていますが、その確実な化石は、これまでシベリアとチベットの2ヶ所の遺跡でしかみつかっておらず、化石も歯や指の骨などごく断片的なものがほとんどです [文献1]。そのためデニソワ人の姿や実際の分布域は謎に包まれており、多くの研究者がその解明に取り組んでいます [文献2,3]。実際には、すでに知られているアジアの古代型人類化石のいくつかはデニソワ人である可能性が高いと考えられます。しかし、それらの化石のDNAあるいはタンパク質の配列に記録された遺伝情報がわからないかぎり、どの化石がデニソワ人のものなのかは不明です。
デニソワ人の姿かたちがよくわかっていない一方で、ゲノムの研究から、デニソワ人と私たちホモ・サピエンス (現生人類) とのあいだには交雑があったということが明らかにされています。おそらくアジア、特に東南アジア周辺やおそらくはオセアニアで、数万年前に交雑が起こった可能性が高いということがこれまでの研究でわかっており、日本列島に暮らす現代人のゲノムにもわずかですがデニソワ人との交雑の痕跡が残っています [文献4]。こうした事実は世界を驚かせました。
本研究の共著者である張と海部は、2015年に、台湾最古の人類化石である下顎骨 (澎湖1号、通称「澎湖人」) を報告していました [文献5] (図1)。この化石は過去十数万年のあいだに海水面が低下して陸地となっていた時期があった台湾の澎湖水道の海底からさらいあげられたもので (図2)、2015年当時は、その独特かつ原始的な形態から、「アジア第4の原人」と位置づけられました。この見解を検証するため、この化石から古代DNAを抽出する試みも行われましたが、おそらくDNAが分解されすぎていたため、うまくいきませんでした。
図2. 干潮時の澎湖諸島の海岸。遠浅の海が広がっている様子がわかる。(撮影:総研大・蔦谷匠助教)
今回、本研究チームは、澎湖1号に含まれる過去のタンパク質 (古代タンパク質) を抽出することに成功し、遺伝情報を記録したその配列から、この化石がデニソワ人の男性に由来することを明らかにしました。この結果から、デニソワ人がアジア南東部にも生息するという、ゲノムの研究から得られていた推測が、化石記録からも支持され、デニソワ人についての大きな謎のひとつが解明されました (図3)。
図3. 研究成果をもとに想像したイメージイラスト。台湾の明るい太陽の下を頑丈なデニソワ人の男性が歩いている。(作画:孫正涵 (Cheng-Han Sun) 氏)
【研究の成果】
本研究からは以下の結論が得られました。
澎湖1号の骨と歯からは、コラーゲンやアメロブラスチンなど51種類の内在タンパク質に由来する合計4241残基のアミノ酸配列が得られました。このなかにはデニソワ人に特有となる2ヶ所が確認されました。配列をもとに系統樹を描くと、澎湖1号は既知のデニソワ人と同じグループに区分されました。
澎湖1号の歯からは、男性にのみ存在する型のタンパク質 (Y型アメロゲニン) が非常に高い信頼性のもとに検出されました。このことから、澎湖1号は遺伝的に男性であったことが明らかになりました。
この下顎骨 (澎湖1号) がデニソワ人のものであるとわかったことで、デニソワ人の顎や歯の形態がより明確になりました。同時期に地球上に生息していたネアンデルタール人やホモ・サピエンスと比較して、デニソワ人の歯や顎は頑丈でごつい特徴をもっていることが明らかになりました。同じホモ属のなかで異なる方向性の進化が起こったことを示す結果です。
ゲノムの研究より、デニソワ人と私たちホモ・サピエンスの主要な交雑はアジアの南東部で起こったことが示唆されています。しかし、確実なデニソワ人の化石がみつかっていたのはこれまでアジア南東部から遠く北に離れたシベリアとチベットのみでした。今回、台湾からデニソワ人の化石が得られたことで、デニソワ人がアジア南東部にまで分布していたことが明らかになりました。
本研究を含むいくつもの研究で、古代DNAが分解されて配列が解読できなかった標本でも、古代タンパク質は残存しており、その化石の由来する生物分類群を正確に推定できる場合があることが示されています [文献6,7]。本研究の成果は、化石の残存状況が悪く古代DNAが回収できないことの多いアジア南東部の人類進化研究において、今後、古代タンパク質の分析が重要な手法になっていくことを予見させるものです。
(参考情報)化石に含まれるタンパク質やDNAなどの生体分子は多くが分解されており、その解析には特別な技術や設備 (クリーン実験室など) が必要です。本研究では、コペンハーゲン大学の世界最高レベルの実験設備を用いることで、現代のタンパク質の混入による汚染の影響を最小限に抑え、さらにデータ解析によってそうした汚染の影響を取り除きました。現在、同様のクリーン実験室は総合研究大学院大学でも稼働しています。
【研究者のコメント】
非常に質の高いタンパク質の解析結果が出たときには、「これは額に入れて飾りたいね…」と共同研究者たちと唸りました。皆がそれぞれ異なる強みを持った最高の国際共同研究チームでこのような成果を出せたことは、非常に楽しく勉強になる経験でした (図4)。またなによりも、台湾の宝とも言える重要な人類化石を分析する機会をいただいたことに深く感謝しています。(蔦谷匠)
図4. 本研究に関わった共同研究者たちの一部。右より澤藤、タウロッツィ、カッペリーニ、 ウェルカー、張 (手に持っているのは澎湖1号の実物)、蔦谷、海部、太田。(撮影:コペンハーゲン大学・Anna Razeto Richter氏)
UMUTニュース
【注】
台湾沖海底から発見された新しい原人の化石について|国立科学博物館
https://www.kahaku.go.jp/procedure/press/pdf/32711.pdf
【文献】
F. Chen, F, et al. Nature 549, 409–412 (2019)
Y. Kaifu, S. Athreya, PaleoAnthropology (2024)
R. Sawafuji, et al. Quat Sci Rev 333, 108669 (2024)
太田博樹 『古代ゲノムから見たサピエンス史』 吉川弘文館
C.-H. Chang, et al. Nat Commun 6, 6037 (2015)
E. Cappellini, et al. Nature 574, 103–107 (2019)
F. Welker, et al. Nature 576, 262–265 (2019)
【著者情報】
蔦谷 匠 (コペンハーゲン大学 Globe Institute・特別研究員、総合研究大学院大学 統合進化科学研究センター・助教)
澤藤 りかい (コペンハーゲン大学 Globe Institute・特別研究員、総合研究大学院大学 統合進化科学研究センター・特別研究員、九州大学大学院 比較社会文化研究院・講師)
Alberto J. Taurozzi (コペンハーゲン大学 Globe Institute・助教)
Zandra Fagernäs (コペンハーゲン大学 Globe Institute・博士研究員)
Ioannis Patramanis (コペンハーゲン大学 Globe Institute・博士研究員)
Gaudry Trochė (コペンハーゲン大学 Globe Institute・技術支援員、コペンハーゲン大学 Novo Nordisk Foundation Center for Protein Research・技術支援員)
Meaghan Mackie (コペンハーゲン大学 Globe Institute・技術支援員、コペンハーゲン大学 Novo Nordisk Foundation Center for Protein Research・技術支援員、ダブリン大学 School of Archaeology・博士課程大学院生、トリノ大学 Department of Life Sciences and Systems Biology・博士課程大学院生)
覚張 隆史 (金沢大学 古代文明・文化資源学研究所/医薬保健研究域附属サピエンス進化医学研究センター・准教授)
太田 博樹 (東京大学 大学院理学系研究科・教授)
蔡 政修 (國立臺灣大學 Department of Life Science and Institute of Ecology and Evolutionary Biology・准教授、国立科学博物館 地学研究部・客員研究員)
Jesper V. Olsen (コペンハーゲン大学 Novo Nordisk Foundation Center for Protein Research・教授)
海部 陽介 (東京大学 総合研究博物館・教授)
張 鈞翔 (國立自然科學博物館 Center of Science・センター長)
Enrico Cappellini (コペンハーゲン大学 Globe Institute・准教授)
Frido Welker (コペンハーゲン大学 Globe Institute・准教授)
【論文情報】
論文タイトル:A male Denisovan mandible from Pleistocene Taiwan
掲載誌:Science
掲載日:2025年4月11日(金)
DOI:https://doi.org/10.1126/science.ads3888
【研究サポート】
本研究の成果は以下の助成を受けたものです。
日本学術振興会 科研費 19H05350, 20H05821, 20H05822, 20KK0166, 23K17404、海外特別研究員制度 202170033
科学技術振興機構 創発的研究支援事業 JPMJFR233D
そのほか海外の研究助成
発表のポイント
◆約2.5億年前に起こった地球生命史上最大の絶滅事変の後、当時の厳しい貧酸素な海底環境にいち早く適応を遂げた腕足動物の新属新種を、ブロンゾリア・レクタ(Bronzoria recta )として提唱しました。 ◆ブロンゾリアが含まれるグループは、動物界で最長級の「生きた化石」とされつつも、生活様式に関わる形態の一部を進化させながら、その時代に応じた新しい生活様式を生み出していることが明らかになりました。 ◆大量絶滅以前の種と現生種の中間的な特徴を持つブロンゾリアは、大量絶滅を生き延びて現在の生態系や生物多様性を生み出した「たね」であることから、本成果は生物多様性を生み出すプロセスの解明に大きく貢献します。
新属新種となった腕足動物「ブロンゾリア・レクタ」
概要
東京大学総合研究博物館の石㟢美乃(博士課程2年)と、新潟大学の椎野勇太准教授らによる研究グループは、宮城県に分布する中生代前期三畳紀の地層である大沢層から発見した円盤形の腕足動物(注1) を、新属新種として提唱しました。 腕足動物のディスキナ類(注2) は、古生代から現在に至る約4.5億年間を通して円盤形をほぼ変えずに生き続けていることから、最長級の「生きた化石」として知られています。ところが、中生代から現在に至るディスキナ類は、大量絶滅以前の種と異なる生活様式を獲得しており、約2.5億年前に起きた絶滅がなぜ生態の進化をもたらしたのか未解明の課題として残されていました。 本研究は、大沢層から産出する化石ディスキナ類と現生ディスキナ類の比較解剖学的アプローチによって、大沢層の化石ディスキナ類が進化のギャップを埋める中間的な形態を持っていたことを解明しました。この中間的形態は、三畳紀に世界各地で出現したディスキナ類にも共通する未報告の特徴であることが分かり、これらの特徴を持つ新属としてブロンゾリア(Bronzoria )を提唱しました。 現在の生態系は、ペルム紀末の大量絶滅(注3) を生き延びた特定の生物がその後の生物多様性の「たね」となり構築されてきました。本成果は、「生きた化石」とされてきたディスキナ類が、現在へと至る生物多様性を生み出すプロセスや原動力を理解する上で有用であることを意味しています。
発表内容
二枚の殻を持つ腕足動物は、二枚貝に似て非なる海生無脊椎動物です。約5.4億年間を通して劇的に繁栄や絶滅を繰り返し、現在も一部の種が細々と存続しています。古生代に出現した腕足動物の多くは、ペルム紀末の大量絶滅による環境変化によって絶滅しました。一方、ディスキナ科の腕足動物は約4.5億年間形が変わらず、大きく多様性を増減させずに現在まで生きてきた「生きた化石」として知られています。一方、現在の海に生息しているディスキナ類は、絶滅以前のディスキナ類と大きく異なる生活様式であることが分かっています。なぜ、同じような形のままで生活様式が異なるのか、そもそも、本当に形は進化していないのか。地質時代を通して進化しない形態とそれに伴う生活様式の関係は、未解明の課題として残されていました。 腕足動物は肉茎と呼ばれる組織を底質に伸ばして体を支えています。ペルム紀末の大量絶滅以前のディスキナ類は、細い肉茎を柔らかい泥などの底質に挿入して姿勢を支えていたと考えられていますが、大量絶滅以降、現在まで見られるディスキナ類は、太い肉茎を礫や貝の殻などの固い底質に固着することが知られています。生活様式ごとに肉茎の使い方が異なることに着目すれば、肉茎に関わる形質を詳細に調べることで、形態と生活様式のかかわりを捉えることができると予想されます。
図1:ブロンゾリアの写真と形態模式図
腕足動物は背殻と腹殻と呼ばれる2枚の殻を持つ。腹殻には特徴的な肉茎孔周辺の形質が見られる。
本研究は、宮城県南三陸町に分布する前期三畳紀の地層である大沢層から産出する保存良好な化石ディスキナ類を用いて、肉茎に関わる形質の形態解析を行いました。さらに、現生ディスキナ類との比較解剖学的アプローチによって、形態と生活様式の関連を検討しました。形態解析の結果、大沢層の化石ディスキナ類は、細い肉茎しか突出できない肉茎孔を持つものの、その周辺には太い肉茎を収納できる凹みを持つことが明らかになりました(図1)。このような肉茎孔周辺の形質は、三畳紀に世界各地で出現したディスキナ類にも共通する未報告の特徴であることが分かり、新属の標徴として提示しました。本研究で提唱した新属は、円盤形の殻と特徴的な肉茎孔周辺の形質に由来して“Bronzoria ”と名付けられました。 ブロンゾリアの持つ細い肉茎孔は、大量絶滅以前の種と同様に、細い肉茎を柔らかい泥底に挿入する生活様式だったことを示しています。また、ブロンゾリアは、殻の中の軟体部を減らして酸素消費量を削減できる凹みを肉茎孔周辺に持っており、前期三畳紀の貧酸素環境に適応的であったことが示唆されます。この凹みは、現生ディスキナ類の持つ太い肉茎の収納に転用され、固い底質へ頑健に固着する生活様式を獲得した生態進化が起こったと考えられます(図2)。 本研究は、動物の中でも最長級の「生きた化石」ともされるディスキナ類を体系的に調べた初めての研究で、ほとんど進化しない殻の形を持ちながら生活様式のイノベーションを起こすことができたディスキナ類の進化史の一端を明らかにしました。現在の生態系は、ペルム紀末の絶滅事変を生き延びた三畳紀の生物が「たね」となり、その後の進化や多様化を通じて構築されています。本成果は、「生きた化石」とされてきたディスキナ類が、現在へと至る生物多様性を生み出すプロセスや原動力を理解する上でも有用であることを意味しています。
図2:ディスキナ類の形態進化と生活様式の変遷
肉茎孔周辺の形質を持つ腹殻の形態変化を時代ごとに示している。絶滅前のディスキナ類とブロンゾリアは肉茎を柔らかい泥底に挿入する生活様式(横臥生態)である一方、現生ディスキナ類は固い底質に固着する生活様式を採用している。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院理学系研究科博士課程/日本学術振興会特別研究員 石㟢 美乃
新潟大学理学部 椎野 勇太 准教授
論文情報
雑誌名:Acta Palaeontologica Polonica 題 名:A new genus of Triassic discinid brachiopod and re-evaluating the taxonomy of the group—evolutionary insights into autecological innovation of post-Palaeozoic discinids 著者名:Yoshino Ishizaki (Corresponding author), Yuta Shiino 出 版:2024年9月30日 DOI: 10.4202/app.01164.2024 URL: https://www.app.pan.pl/article/item/app011642024.html
研究助成
本研究は、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(課題番号:JPMJSP2108)、日本学術振興会(JSPS)科研費(課題番号:22K03795)の支援のもと実施されました。
用語解説
(注1)腕足動物
二枚の殻を持ち、触手と肉茎を持つことが特徴的な海生無脊椎動物です。似て非なる二枚貝は軟体動物門である一方、腕足動物は腕足動物門に属します。
(注2)ディスキナ類
円盤形の殻が特徴的な腕足動物のグループで、カサシャミセンとも呼ばれています。現在日本近海に生息する種として、スズメガイダマシとスゲガサチョウチンの2種が知られています。
(注3)ペルム紀末の大量絶滅
約2億5千万年前に起きた、地球生命史史上最大の絶滅で、90%以上の種が絶滅したことが知られています。
問合せ先
(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学大学院理学系研究科博士課程/日本学術振興会特別研究員 石㟢 美乃(いしざき よしの) E-mail:y-ishizaki[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp 問い合わせの際はCc:に指導教員の連絡先を含むようよろしくお願いいたします。 指導教員 東京大学総合研究博物館 佐々木 猛智 准教授 E-mail:sasaki[at]um.u-tokyo.ac.jp
※[at]を@に置き換えてください。
UMUTニュース
7月31日配信のプレスリリースをWEB用に修正(2024/8/7)
図1:発見された70万年前のフローレス原人の大人の上腕骨(骨の下側半分が残存)(撮影:海部陽介)
発表のポイント
◆フローレス島(インドネシア)のソア盆地にある70万年前の地層から、これまでに世界各地で見つかった人類化石の中で最小サイズの大人の上腕骨(下側半分が残存)が発見されました(図1)。推定される身長は、同島のリャンブア洞窟で発見された約6万年前のフローレス原人(Homo floresiensis )より6cmほど低い、およそ100 cmです。 ◆フローレス原人がジャワ原人と類似することも再確認され、100万年前頃にこの孤島へ渡った大柄(現代人と同程度)な原人の身体サイズが、30万年以内に劇的に小さくなり、その後60万年以上にわたって小柄な体格を維持していたという進化のシナリオが描かれます。 ◆本研究により、謎に包まれていたフローレス原人の進化過程、ひいては5万年前以前のアジアにおける人類多様化の様相が、より明確になってきました。
Map made with GeoMapApp (www.geomapapp.org) / CC BY / CC BY (Ryan et al., 2009)
図2:東南アジア島嶼部における原人の分布。ジャワ島にいたのはジャワ原人。薄いグレーは氷期の海面低下時に拡大していた陸域。
発表内容
東京大学総合研究博物館の海部陽介教授と、聖マリアンナ医科大学の水嶋崇一郎教授、新潟医療福祉大学の澤田純明教授、インドネシア、オーストラリア、アメリカの国際共同研究チームは、フローレス島(インドネシア)のソア盆地から、これまでに見つかった人類化石の中で最小の上腕骨を含む、複数の原人化石を発見し、報告しました。
フローレス島(インドネシア:図2)のリャンブア洞窟の約6万年前の地層から見つかり、2004年に報告された推定身長106cm(※)の小型原人Homo floresiensis (フローレス原人:文献1・2)は、ホモ・サピエンス以前の人類が海を越えて島へ渡っていたこと、かつてのアジアに多様なホモ属の人類がいたことを知らしめ、人類進化観を大きく変えました。以来、フローレス島の原人がどのように小さな身体と脳を進化させたかに関心が寄せられ、同島の140万~70万年前の化石が得られるソア盆地が注目を集めてきました。
我々は2016年に、ソア盆地のマタメンゲ(図2)からフローレス原人と類似する歯と下顎骨化石を発見し、同島における原人の歯と顎における小型化が70万年前までに生じていたことを報告しました(文献3)。今回のマタメンゲからの追加報告は、その時点で得られていなかった待望の四肢骨1点(上腕骨の下半分)と歯2点についてで、これらの解析から、以下の結論が導かれました。
デジタル顕微鏡による微細構造の観察から、小さな上腕骨(SOA-MM9)は大人の骨で、その太さと復元した長さにおいて、既知の人類化石の中で最小です。
計10点となったマタメンゲの人類化石は、少なくとも4人分(うち子供2人)のものです。どれもリャンブアのフローレス原人とよく類似しており、歯の特殊化が進んでいない古いタイプのHomo floresiensis とみなせます。
比較が可能な、少なくとも2個体に属する歯・下顎・上腕のどれにおいても、リャンブアのサイズを下回ります(図3)。つまり70万年前のフローレス原人は、リャンブアと同等かそれより小さかったと言えます。
復元した上腕骨の長さ(211−220 mm)から推定した身長は、低身長のヒトモデルではマタメンゲが103−108 cm、リャンブア(LB1)が121 cm、類人猿モデルではマタメンゲが93−96 cm、リャンブア(LB1)が102 cmでした(※)。大腿骨の長さから検討したリャンブア(LB1)の推定身長は106 cm程度と報告されています(文献1)。
小型であることを除けば、マタメンゲの化石はジャワ原人と高い類似性を示します。したがって、現代人並みに大柄だったジャワ原人からフローレス島において劇的な小型化が生じたと想定されます。フローレス原人が、ジャワ原人より小柄で原始的な猿人やホモ・ハビリスから進化したとの説は支持できません。
体長3メートルになるコモドオオトカゲやワニが生息していた太古のフローレス島で原人が小型化したことは、原人にとってこれらの大型爬虫類はさしたる脅威ではなかったことを示唆します。島における早期の小型化とその後の体サイズの平衡は、孤島における小さな身体が、原人にとって何等かのメリットがあったことを暗示します。
(参考情報)フローレス原人における脳サイズの縮小がいつ、どう生じたかは、頭骨化石が未発見の現状では不明です。フローレス原人は、当地にホモ・サピエンスが出現した5万年前頃に姿を消しました。
文献1)Brown, P. et al. Nature 431, 1055-1061 (2004). 文献2)Morwood, M. J. et al. Nature 431, 1087–1091 (2004). 文献3)van den Bergh, G. D., Kaifu, Y. et al. Nature 534, 245-248 (2016). 文献4)Morwood, M. J. et al. Nature 437, 1012-1017 (2005).
※身長と上腕の長さのプロポーションの違いから、2つのモデルの予測は異なります。リャンブアのフローレス原人は両者の中間的(大腿骨と比較した上腕の長さが現代人より長く類人猿よりは短い)であるため(文献4)、2つのモデルの中央値(約100cm)がマタメンゲの実際の身長に近いと予測されます。
<研究者のコメント> 小さな上腕骨を最初に見たときは子供の骨と思ったが、気になって発育段階を調べた結果驚いた。年齢や長さの推定作業は困難だったが、共同研究者との連携プレーでうまく課題解決し、説得力のある成果に結びつけることができた。(海部陽介)
図3:フローレス島ソア盆地にあるマタメンゲの化石発掘地点 (2013年調査時)(撮影:海部陽介)
図4:マタメンゲ(左)とリャンブア(右)の フローレス原人の上腕骨(撮影:海部陽介)
〇関連情報: 新発見の化石のレプリカを、下記特別展示にて一般公開します。出展中のフローレス原人(リャンブア洞窟)、港川人、「日本史上最高のマッチョマン(縄文時代晩期)」などとともに、2024年10月6日の会期終了までご覧いただけます。
特別展示『海の人類史 – パイオニアたちの100万年』 https://www.intermediatheque.jp/ja/schedule/view/id/IMT0277 https://www.um.u-tokyo.ac.jp/IMT/attachments/download/8125/PR074_JA.pdf
主要研究グループ構成員 海部 陽介 教授 東京大学総合研究博物館 水嶋 崇一郎 教授 聖マリアンナ医科大学解剖学講座(人体構造) 澤田 純明 教授 新潟医療福祉大学自然人類学研究所 Iwan Kurniawan Center for Geological Survey, Geological Agency, Bandung, Indonesia Gerrit D. van den Bergh Centre for Archaeological Science, School of Earth, Atmospheric and Life Sciences, University of Wollongong, NSW, Australia
論文情報 雑誌名:Nature Communications 題 名:Early evolution of small body size in Homo floresiensis 著者名:Yousuke Kaifu*, Iwan Kurniawan*, Soichiro Mizushima, Junmei Sawada, Michael Lague, Ruly Setiawan, Indra Sutisna, Unggul P. Wibowo, Gen Suwa, Reiko T. Kono, Tomohiko Sasaki, Adam Brumm, Gerrit D. van den Bergh* (*責任著者) DOI: 10.1038/s41467-024-50649-7 URL: https://www.nature.com/articles/s41467-024-50649-7
※著者の役割:インドネシア・オーストラリアの調査隊が化石を発見し、その形態解析を海部・水嶋・澤田・ラーグらが担当して論文を執筆しました。
研究助成 科研費「基盤A(課題番号:22H00421)」、「挑戦的研究(萌芽)(課題番号:23K17521)」ほか
UMUTニュース
―近親交配による遺伝的多様性の減少が、繁殖の失敗につながっていた―
概要
中濱直之 (兵庫県立大学自然・環境科学研究所准教授 兼 兵庫県立人と自然の博物館主任研究員)、小長谷達郎 (奈良教育大学理科教育講座准教授)、上田昇平 (大阪公立大学大学院農学研究科准教授)、平井規央 (大阪公立大学大学院農学研究科教授)、矢後勝也 (東京大学総合研究博物館講師)、矢井田友暉 (神戸大学大学院人間発達環境学研究科大学院生)、丑丸敦史 (神戸大学大学院人間発達環境学研究科教授)、井鷺裕司 (京都大学大学院農学研究科教授)らの研究グループは、国内で最も絶滅リスクの高いチョウであるオガサワラシジミの繁殖途絶の原因を解明しました。
オガサワラシジミは、小笠原諸島にのみ分布する日本固有のチョウです。小笠原では元々多数の個体が生息していましたが、グリーンアノールによる捕食などの外来生物の影響により、近年大きく数を減らしており、環境省レッドリストで絶滅危惧IA類、種の保存法で国内希少野生動植物種に指定されています。2016年より多摩動物公園などで生息域外保全が開始されたものの、野生環境では2020年を最後に生きた個体が確認されておらず、生息域外保全も2020年に繁殖途絶をしてしまっています。現在は生きた個体が確認されていないことから、国内で最も絶滅の可能性の高いチョウと言われております。
本研究では、オガサワラシジミが繁殖途絶に至った経緯を集団遺伝学的な背景から明らかにしました。遺伝的解析の結果、本種は生息域外保全の世代を重ねるにつれて近親交配が進むとともに遺伝的多様性が急速に減少しており、それに伴って有核精子数や孵化率が顕著に減少していました。こうした近親交配に伴う遺伝的多様性の低下によって繁殖成功が低下することは「近交弱勢」と呼ばれます。本種は生息域外保全の過程で近交弱勢が生じた結果、繁殖途絶に至ったと結論付けられました。本研究は、各世代の遺伝情報と繁殖形質の情報を組み合わせて近交弱勢を実証した重要な成果と言えます。また、本種の繁殖途絶の過程の原因が究明できたことで、他の絶滅危惧種の生息域外保全の際に、近交弱勢を引き起こさないための方針策定ができると期待されます。本研究成果は 2024 年 7月12 日0時 (日本時間) に、国際科学誌「Biological Conservation」の電子版に掲載されました。
背景
国内の絶滅危惧種のうち、特に絶滅の危険が大きい野生生物は、種の保存法によって国内希少野生動植物種に指定され、保全のために必要な措置が講じられます。オガサワラシジミは小笠原諸島に分布していた日本固有種で、元々生息地ではふつうにみられる種でした。しかし、北米原産のグリーンアノールによる捕食やアカギなどの外来植物の被陰による幼虫の食樹の成長不全により大きく数を減らし、環境省レッドリストでは絶滅危惧IA類、また種の保存法においても国内希少野生動植物種に指定されました。2009年から保護増殖事業が開始され、生息域外保全 (飼育環境で個体を維持すること) 技術開発のために採集された交尾済みの2メスから継代飼育が成功するなどの成果もありました。この2メスを創始個体として、2016年から継代飼育が開始されていました。その後近親交配を避けるために、野生集団から追加個体を得る予定でしたが、環境省による2020年の「令和2年度小笠原国立公園 母島 新夕日ヶ丘自然再生区保全調査業務」のモニタリング調査により目視で確認された個体を最後に、残念ながら野生環境で個体が見つからなくなってしまいました。新宿御苑でも分散飼育が開始されましたが、継代飼育開始からおよそ20世代が経過した2020年に、どちらも繁殖途絶により生息域外保全個体が全滅してしまいました。そのため、2024年現在、生きた個体が確認されていないことから、オガサワラシジミは日本で最も絶滅リスクの高いチョウと言えます。繁殖途絶した当時から、近親交配による遺伝的多様性の減少が要因として挙げられていたものの、その詳細な原因は不明でした。
そこで本研究では、同じような悲劇を繰り返さないためにもオガサワラシジミの繁殖途絶の原因を解明し、さらに今後の絶滅危惧種の生息域外保全に役立つ提言をするために研究を行いました。
方法
本研究では、MIG-seq法という手法を用いて、オガサワラシジミのゲノムのうち遺伝的変異の大きい箇所を選択的に抽出して遺伝的解析をしました。2001-2020年に確保された野生及び飼育個体を解析に使用し、遺伝的多様性の時間的な変化を明らかにしました。さらに、多摩動物公園で飼育されていたサンプルについては、繁殖形質としてオスの精子数や生殖器の形状なども調べています。最後に、オガサワラシジミの遺伝的多様性が高かった2015年以前の遺伝的多様性を維持するためには、何個体を創始個体とすべきだったのかについても計算しています。
結果及び考察
遺伝的解析の結果、2015年以前は遺伝的多様性の減少傾向がさほど顕著でなかったものの、継代飼育が開始された2016年以降は世代を追うごとに遺伝的多様性の減少が進行し、繁殖途絶直前の19世代目では遺伝的多様性は飼育開始当初の約2割程度にまで減少していました。また、遺伝的多様性の減少に伴い、精子数も同様に減少していました。さらに遺伝的多様性の高かった継代飼育開始当初は80%以上の卵が孵化していましたが、遺伝的多様性の減少した19世代目では卵の孵化率は10%以下にまで減少していました。生物は、もともと生存や繁殖に悪影響を及ぼす突然変異 (有害突然変異) を多数持っています。集団が健全であれば問題ないのですが、近親交配が進行して遺伝的多様性が減少するとそれが発現し、繁殖形質に悪影響を及ぼすことがよく知られています (近交弱勢)。オガサワラシジミにおいても近交弱勢が生じ、繁殖途絶に至ったと結論付けられました。
それでは、本来何個体を生息域外保全の創始個体に使用するべきだったのでしょうか。2015年以前の遺伝的多様性の97.5%を保持するには、少なくとも26個体を創始個体とすべきだったと計算できました。オガサワラシジミのケースではもともと飼育技術開発のために得られた個体が創始個体となっていたことや、野外で個体が見つからなくなり、野生個体の補強 (継代飼育群に別の個体を新たに加えること)ができなくなったなどの不運が重なり、遺伝的多様性の確保に十分な個体を得ることができなかったと考えられます。
波及効果
近交弱勢による集団の繁殖途絶は以前からよく研究がされてきましたが、それらの多くはシミュレーションや理論に基づいたものでした。本研究は、絶滅危惧種が繁殖途絶に至った集団遺伝学的な背景を明らかにした、国内では非常に貴重な事例と言えます。過去のサンプルが保管されていたことから、遺伝的多様性の時間的変化を追うことができたことも、非常に重要な成果と言えます。
また本研究は、絶滅危惧種の遺伝的多様性の維持の重要性を改めて浮き彫りにするものです。残念ながら、絶滅危惧種の遺伝情報の獲得は費用や設備、手間などのコストが大きいことから、まだまだ研究事例が少ない状況にあります。今後はより多くの絶滅危惧種について、遺伝的多様性を明らかにし、それらを減少させないような保全方針を確立することで、オガサワラシジミの繁殖途絶のような悲劇を回避することが期待できます。
研究プロジェクトについて
本研究は、環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20224M02及びJPMEERF20214R01)及び日本学術振興会学術研究助成基金助成金若手研究(19K15856)により実施しました。この場をお借りして御礼申し上げます。
共同研究者
中濱直之 (兵庫県立大学自然・環境科学研究所准教授 兼 兵庫県立人と自然の博物館主任研究員)、小長谷達郎 (奈良教育大学理科教育講座准教授)、上田昇平 (大阪公立大学大学院農学研究科准教授)、平井規央 (大阪公立大学大学院農学研究科教授)、矢後勝也 (東京大学総合研究博物館講師)、矢井田友暉 (神戸大学大学院人間発達環境学研究科大学院生)、丑丸敦史 (神戸大学大学院人間発達環境学研究科教授)、井鷺裕司 (京都大学大学院農学研究科教授)
参考図
(図1)オガサワラシジミの成虫写真(矢後勝也講師撮影)
(図2)グリーンアノールの写真(矢後勝也講師撮影)。本種をはじめとした侵略的外来種による捕食により、オガサワラシジミは個体数を減少させたと考えられている。
(図3)オガサワラシジミの野生個体及び飼育集団における遺伝的多様性の変遷。飼育集団において、世代を経るごとに遺伝的多様性が低下している。
(図4)オガサワラシジミ多摩動物公園飼育集団の世代ごとの遺伝的多様性と孵化率の関係。世代数が増加するにつれ遺伝的多様性が低下し、さらに孵化率が急激に低下している。
<論文情報>
【タイトル】
Road to extinction: archival samples unveiled the process of inbreeding depression during artificial breeding in an almost extinct butterfly species
タイトル和訳: 繁殖途絶への道。過去のサンプルにより、ほとんど絶滅状態のチョウの飼育集団における近交弱勢の過程が明らかとなった。
【著者】Naoyuki Nakahama, Tatsuro Konagaya, Shouhei Ueda, Norio Hirai, Masaya Yago, Yuki A. Yaida, Atushi Ushimaru, Yuji Isagi
中濱直之 (兵庫県立大学自然・環境科学研究所准教授 兼 兵庫県立人と自然の博物館主任研究員)、小長谷達郎 (奈良教育大学理科教育講座准教授)、上田昇平 (大阪公立大学大学院農学研究科准教授)、平井規央 (大阪公立大学大学院農学研究科教授)、矢後勝也 (東京大学総合研究博物館講師)、矢井田友暉 (神戸大学大学院人間発達環境学研究科大学院生)、丑丸敦史 (神戸大学大学院人間発達環境学研究科教授)、井鷺裕司 (京都大学大学院農学研究科教授)
【雑誌・号・DOI】
雑誌:Biological Conservation
巻・号: 未定
DOI: 未定
<研究に関するお問い合わせ先>
<報道に関するお問い合わせ先>
プレスリリース『国内で最も絶滅リスクの高いチョウ、オガサワラシジミの繁殖途絶の原因を解明 ―近親交配による遺伝的多様性の減少が、繁殖の失敗につながっていた―』
UMUTニュース
2024年5月20日 学校法人 中央大学 国立大学法人 東京大学 学校法人 立正大学学園 (株)火山灰考古学研究所 (株)パレオ・ラボ
中央大学、東京大学総合研究博物館、立正大学、(株)火山灰考古学研究所、(株)パレオ・ラボは、共同研究として、2022年8月と2023年9月に、岡山県真庭市蒜山高原にある後期旧石器時代の①小林河原遺跡の発掘調査と、②城山東遺跡から出土した炭化材の放射性炭素年代測定分析を行いました。 その結果、①では、後期旧石器時代初頭期の局部磨製石斧(写真左、約10.5cm)と隠岐島産の黒曜石で作られた台形様石器(写真右、約3.5cm)を発見しました。局部磨製石斧の発見は、県内では3例目の遺跡となります。現在のところ、後期旧石器時代前半期の局部磨製石斧は、オーストラリア(サフル大陸)と日本列島以外では発見されていません。また、島嶼環境にある原産地産の黒曜石製石器が中国産地で発見されることは、現生人類(ホモ・サピエンス)が海上を往還渡航したことを示す具体的な証拠となります。②では、一昨年度発表した岡山県真庭市・新見市所在の遺跡年代調査での成果(2022年6月27日プレスリリース)に引き続き、近畿・中国・四国地域の最古の年代値(約34,000〜36,000年前)を得ました。これにより、城山東遺跡も日本列島の最古級の遺跡、石器群、人類の生活痕跡であることが明らかになりました。 今回の成果は、継続した学術的な発掘調査と、炭化材の樹種同定と放射性炭素年代測定分析を含めた各種理化学的な分析による古環境の復元が極めて重要であることを示すものです。本研究成果は、2024年5月26日(日)に千葉大学西千葉キャンパスで開催される日本考古学協会第90回総会、および、同年6月22日(土)に岡山理科大学で開催される日本旧石器学会にて発表予定です。
【研究内容】 1.調査の経緯 ① 1980年代に岡山理科大学が発掘調査を実施した真庭市小林河原遺跡の未調査部分を、新たな調査研究目的と方法で発掘することで、遺跡の形成過程と古環境復元を目指しました。隠岐産黒曜石の原産地の開発と利用、流通の実態を分析することを通じて、現生人類(ホモ・サピエンス)の日本列島への最初の到達・定着の過程を明らかにしようと考えました。そこで、2022年8月、2023年9月と発掘調査を実施し、出土品と土壌サンプルについて各種分析を実施してきました。 ② 岡山県教育委員会(1979)、岡山県古代吉備文化財センター(1995)が過去に発掘調査した遺跡から、旧石器時代の石器に伴って炭化材が出土していました。これら遺跡出土の炭化材について、試料のサンプリングと樹種同定分析・年代測定分析を2020年度より断続的に実施してきました。今回、その炭化材を(株)パレオ・ラボにて樹種同定分析を実施した上で、東京大学総合研究博物館所有の加速器質量分析装置(AMS)を用いて放射性炭素年代測定分析しました。
2.調査の体制 中央大学、東京大学総合研究博物館、立正大学、(株)火山灰考古学研究所、(株)パレオ・ラボの共同研究。 調査参加者:及川 穣(中央大学人文科学研究所・客員研究員、立正大学環境科学研究所・客員研究員) 小林 謙一(中央大学文学部・教授) 遠部 慎(中央大学人文科学研究所・客員研究員) 米田 穣(東京大学総合研究博物館・教授) 尾嵜 大真(東京大学総合研究博物館・特任研究員) 大森 貴之(東京大学総合研究博物館・特任研究員) 下岡 順直(立正大学地球環境科学部・准教授) 早田 勉(株式会社火山灰考古学研究所・所長) 小林 克也(株式会社パレオ ラボ・研究員) 小嶋 善邦(岡山県古代吉備文化財センター・総括副参事(調査時)) 岡嶋 隆司(犬島貝塚調査保護プロジェクトチーム) 菅 紀浩(瀬戸内文化財研究会) 三好 元樹(兵庫県まちづくり技術センター埋蔵文化財調査部・主任研究員、 立正大学環境科学研究所・客員研究員) 沖野 実(愛媛県埋蔵文化財センター・主任主事) 杉山 歩夢(広島県立歴史博物館・学芸員) 今岡 友佳(松江市文化スポーツ部埋蔵文化財調査課・主任主事) 黒岩 陸(中央大学文学部日本史学専攻4年生)
調査原因:日本学術振興会科学研究費補助金・基盤研究(A)「高精度年代体系による東アジア新石器文化過程−地域文化の成立と相互関係−」(研究代表者:小林謙一・課題番号:22H00019)、基盤研究(C)「資源開発行動からみた現生人類の日本列島への定着過程」(2021-2023年度・研究代表者:及川 穣・21K00958)および中央大学人文科学研究所の予算による成果。
調査協力者:国立歴史民俗博物館・坂本 稔、山本里絵 東京大学総合研究博物館 岡山理科大学生物地球学部(白石 純教授、洪惠媛准教授) 真庭市教育委員会 NPO法人 文化遺産と考古学の学際的調査研究機構(ISAC) 津黒高原荘
3.調査の目的・方法・成果 調査期間:2022年8月18日〜21日、2023年9月14日〜18日他 調査目的:石器群の分布範囲を確定させ、遺跡の性格・機能を明らかとする。また石器群と炭化材の共伴関係を捉え、遺跡を残した人々の活動の年代を推定する。同定樹種やテフラ分析、植物珪酸体分析、光ルミネッセンス(OSL)年代測定によって当時の気候や植生など古環境を復元し人類の生活環境を推定するためのデータセットを構築する。 調査方法:未調査区の発掘調査によって、出土状況の平面・垂直分布、土層堆積状況を記録した。 樹種同定=走査型電子顕微鏡による検鏡、写真撮影。 放射性炭素年代測定=加速器質量分析装置(AMS)による分析。 テフラ分析=火山ガラス比と重鉱物組成を合わせたテフラ組成分析および屈折率測定。 植物珪酸体分析=ガラスビース法による抽出と同定。 OSL年代測定=堆積物から抽出した石英のOSL信号を用いた年代測定。 調査成果: (1)遺跡・石器群の特徴、理化学的年代 ①分布範囲を確定できたことから、石器集中部を9つ検出し、径15〜18mほどの環状ブロック群であることが捉えられました。環状ブロック群とは、関東平野を中心に発見され、マクロバンドの形成を想定させる大規模な集落として位置付けられています。 ②出土した石器は、隠岐島産黒曜石製の台形様石器と、硬質な三郡変成岩製の局部磨製石斧でした。これによって、蒜山高原遺跡群(小林河原遺跡・城山東遺跡・中山西遺跡・下郷原田代遺跡など)は、台形様石器群と局部磨製石斧を主体とする石器群であると評価できます。 ③整合的な放射性炭素年代として信頼性の最も高い中山西遺跡や城山東遺跡を基準にするならば 凡そ34,000-36,000 cal BP前後の値を与えることができます。今回、城山東遺跡の分析値が34,000-36,000 cal BPとなり、中山西遺跡などと共に石器群との整合的で確実な放射性炭素年代としては、近畿・中国・四国地方の放射性炭素年代の最古の年代値となりました。 ④また、小林河原遺跡の石器群出土層準のOSL年代測定分析値も29±2 ka〜33±2 kaとなり、上記の成果を裏付けるものとなりました。 (2)気候・植生・海水面変動 28,000 cal BP前後を遡る時期の比較的温暖な気候と植生(サクラ属・コナラ属・ブナ属等)から、最終氷期最寒冷期(LGM)にむかって亜寒帯性の気候・植生(トウヒ属・マツ属・モミ属等)へと変化していることが予想されます(及川他2022・2023)。今回、小林河原遺跡の石器群を包含した層とその下層から出土した炭化材がスギ(年代値は約42,000〜45,000 cal BP)と判別され、現在の植生との比較検討からすれば、上記の成果を補強する結果となりました。 ⇨列島規模の国立歴史民俗博物館DB(工藤他2018)からも整合的です(地域的な変異あり)。 ⇨花粉分析の結果(大井2016)を裏付けることができました。 とりわけ、北緯36°前後以南(主に西日本)で顕著。地域的な傾向性や変化を丁寧に復元していく必要があります。古気候・古環境の復元は理化学的年代測定値や樹種だけでなく、花粉など複合的情報を積み上げていった先に得られるものと考えられます。今後も、事例データを積み重ね、列島における後期旧石器時代の古環境について、さらに検討していく必要があります。
4.意義 考古学的な最終目的として、資源開発行動からみた現生人類(ホモ・サピエンス)の日本列島への定着過程を明らかにすることを掲げています。つまり、無人の日本列島に初めて到達し、定着に成功した解剖学的現生人類(ホモ・サピエンス)がどのように新天地への適応を果たし生活領域を認識し、暮らし始めたのか、その文化的特性は何か、いかなる社会的関係を築いてそれを成し遂げたのか。このような所謂「日本人」の起源に関わるような問題を解明するための最古級の遺跡が、蒜山高原を中心とした中国山地に残されていたことがわかってきました。 ① 後期旧石器時代初頭期の局部磨製石斧と隠岐島産黒曜石製の台形様石器を発見しました。局部磨製石斧の発見は、県内では3例目の遺跡となります。現在までのところ、後期旧石器時代前半期において、局部磨製石斧はオーストラリア(サフル大陸)と日本列島以外では発見されていません。また、島嶼環境産の黒曜石製の石器が中国山地で発見される事例は、現生人類(ホモ・サピエンス)が海上を往還渡航したことを示す具体的な証拠となります(cf. 海部2017、池谷2017)。 ② 昨年度の成果(及川ほか2022・2023)に引き続き、近畿・中国・四国地域の最古の年代値(約34,000〜36,000年前)を得ることができました。日本列島の最古級の遺跡、石器群、人類の生活痕跡であることが明らかとなりました。 今回の報告のように、炭化材の樹種同定と放射性炭素年代測定分析を含め、各種理化学的な分析によって、年代、古気候、古植生、古動物相、当時の海水面など古環境を復元することが極めて重要であることがわかります。今後もこれら人類史的にも重要な研究を本地域のフィールドワークからアプローチしていきます。なお、本研究成果は、5月26日(日)に千葉大学西千葉キャンパスで開催される日本考古学協会第90回総会、および、6月22日(土)に岡山理科大学で開催される日本旧石器学会にて発表予定です。
◆引用・参考文献 池谷信之 2017「世界最古の往復渡海―後期旧石器時代初頭に太平洋を越えて運ばれた神津島産黒曜石―」『科学』87-9:849-854 大井信夫2016「花粉分析に基づいた日本における最終氷期以降の植生史」『植生史研究』25:1-101 岡山県教育委員会1979『野原遺跡群早風A地点 岡山県埋蔵文化財発掘調査報告32』 岡山県古代吉備文化財センター 1995 『中国横断自動車道建設に伴う発掘調査2(本文)中山西遺跡 ; 城山東遺跡 ; 下郷原和田遺跡 ; 下郷原田代遺跡 ; 木谷古墳群 ; 中原古墳群2』424頁、岡山 及川 穣・灘 友佳 2018「山陰・中国山地における後期旧石器時代の黒曜石利用」『島根県古代文化センター研究論集』19:63-93 及川 穣・遠部 慎・小嶋善邦・小林謙一 2022「岡山県新見市野原遺跡群早風A地点の年代学的検討―石器群の分布と炭化材の炭素14年代測定分析―」『中央史学』45:17-37 及川 穣・小林謙一・遠部 慎・米田 穣・尾嵜大真・大森貴之・小林克也・小嶋善邦・灘 友佳2022「中国山地における後期旧石器時代前半期遺跡の年代学的研究―出土炭化材の樹種同定と放射性炭素年代測定―」『旧石器研究』18:125-139 及川 穣・⼩林謙⼀・遠部 慎・⽶⽥ 穣・尾嵜⼤真・⼤森貴之・⼩林克也・⼩嶋善邦・灘 友佳2023「中国⼭地の後期旧⽯器時代遺跡から出⼟した炭化材の樹種同定と放射性炭素年代測定―解剖学的現⽣⼈類の⽇本列島への定着過程の解明にむけて―」『Isotope News』786:38-42 及川 穣2024「隠岐諸島から中国山地における後期旧石器時代の人類の行動領域」『考古学雑誌』106-2:1-43 海部陽介 2017「人類最古段階の渡航―その謎にどう迫るか?―」『科学』87-9:836-840 京都府埋蔵文化財調査研究センター 2021『上野遺跡第3次調査 3万6千年前の石器群』4頁 京都府埋蔵文化財調査研究センター 2021『稚児野遺跡第3次調査』4頁 工藤雄一郎・坂本稔・箱﨑真隆2018「遺跡発掘調査報告書放射性炭素年代測定データベース作成の取り組み」『国立歴史民俗博物館研究報告』212:251-266 小嶋善邦2020「野原遺跡群早風A地点の再評価」『第36回中・四国旧石器文化談話会 中国山地東部の石器石材―野原遺跡群早風A地点の再評価から―』15-43頁、第36回中・四国旧石器文化談話会実行委員会 藁科哲男 2004「七日市遺跡出土サヌカイト・黒曜石製の石器・剥片原材産地分析」『七日市遺跡(Ⅲ)旧石器時代の調査』106-127頁 兵庫県教育委員会 C. Clarkson et al. 2017 Human occupation of northern Australia by 65,000 years ago Nature 547, 306–310 doi:10.1038/nature22968 Christopher J. Bae et al. 2017 On the origin of modern humans: Asian perspectives. Science 358(6368) Kasih Norman, Ceri Shipton, Sue O’Connor, Wudugu Malanali, Peter Collins, Rachel Wood, Wanchese M. Saktura, Richard G. Roberts, Zenobia Jacobs. 2022 Human occupation of the Kimberley coast of northwest Australia 50,000 years ago. Quaternary Science Reviews 288. DOI: 10.1016/j.quascirev.2022.107577 Kasih Norman, Corey J.A. Bradshaw, Frédérik Saltré, Chris Clarkson, Tim J. Cohen, Peter Hiscock, Tristen Jones, Fabian Boesl. 2024 Sea level rise drowned a vast habitable area of north-western Australia driving long-term cultural change. Quaternary Science Reviews 324:1-15 Shaun Adams et al. 2024 Early human occupation of Australia’s eastern seaboard Scientific Reports 14, Article number: 2579:1-9(nature portfolio). https://doi.org/10.1038/s41598-024-52000-y Yokoyama Y, Esat TM, Thompson WG, Thomas AL, Webster J, Miyairi Y, Sawada C, Aze T, Matsuzaki H, Okuno J, Fallon S, Braga J-C, Humblet M, Iryu Y, Potts D, Fujita K, Suzuki A, Kan H. 2018 Rapid glaciation and a two-step sea level plunge into the last glacial maximum. Nature 559:603–610 Yokoyama Y. and Purcell A. 2021 On the geophysical processes impacting palaeo-sea-level observations Geoscience Letters 8, 13
【お問い合わせ先】 <研究に関すること> 及川 穣(オヨカワ ミノル) 中央大学人文科学研究所 客員研究員 TEL:080-4071-9423 E-mail: ominoru003@g.chuo-u.ac.jp
<広報に関すること> 中央大学 研究支援室 TEL:03-3817-7423 または 1675 FAX 03-3817-1677 E-mail: kkouhou-grp@g.chuo-u.ac.jp
プレスリリース『現生人類(ホモ・サピエンス)の日本列島への到達・定着過程を示す遺跡の発掘調査成果-中国山地の遺跡年代地などから所謂「日本人」の期限解明に迫る-』
図1:刺突の痕跡が発見された縄文人骨(顔面の欠損した頭骨を前からみたところ)と利器として想定される鹿角
【発表者】
平野 力也(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 大学院生) 海部 陽介(東京大学総合研究博物館 教授)
【発表のポイント】
・100年以上前に発見されていた縄文人の頭骨に、鋭利な刺突具で破壊的に孔をあけた痕跡があることを発見しました(図1)。 ・この損傷は、鹿の角のような尖った物体を頭骨に打ちつけたものと考えられ、「平和な縄文人」像を検証する手がかりとなります。
【発表概要】
東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の平野力也大学院生は、1920年に岡山県で発掘された縄文人の頭骨に、鋭利な刺突具で破壊的に孔をあけた痕跡があることを発見し、東京大学総合研究博物館の海部陽介教授とともにその成果を報告しました。
この頭骨は縄文時代前期(約6000年前)の成人女性のもので、額にある孔を肉眼観察とCTスキャンを用いて法医人類学的基準で診断したところ、利器の刺突(現代であれば銃撃を含む)によってできる典型的な形状を示していることがわかりました(図2)。合わせて既報告の3例についても同様の検討を行い、縄文人の頭骨に、円形や楕円形の孔が多方向からあけられている実態を記載しました。その解釈にはなお慎重を要しますが、これまで論じられてきた暴力行為以外に、死後の儀礼的行為の可能性を検討する必要性を指摘しました。
今回の発見は、既存の縄文人骨コレクションの中になお未報告の類例が存在することを予見させるもので、縄文時代における暴力行為の実態解明に向けた研究の、新たな開始点となります。
図2:羽島6・7a号の頭骨全体像(A)。左前頭部の楕円孔の拡大(B)。孔から放射状に走るひび割れは、人為的損傷を示す特徴の1つ。
【研究の背景】
縄文時代は、弥生時代以降と異なり、集団どうしの組織的戦闘の証拠が見当たらない平和な時代であったとされます。一方で縄文人骨には、他者による意図的損傷が疑われるもの(“殺傷人骨”)が1922~1982年にかけて十数例ほど報告されており、近年の分析的研究でもこれらが引用されて、縄文人の暴力や闘いのあり方が考察されてきました。そうした中で、例えば、縄文時代には1対1や1対多人数の闘いが存在し、石斧(石製の斧)や石鏃(石製の矢じり)といった日常に用いる道具が利用されたといった推論がなされています。 しかし現時点で、縄文時代の殺傷人骨についての網羅的な調査はなされておらず、既存の報告事例についても第三者による十分な再検証がなされていないため、これらのデータがどれだけ実態を示しているのかは不明な部分があります。研究を前進させるためには、個々の事例の再検討と、既存人骨コレクションの系統的調査が必要です。
【研究内容】
本研究で新たに人為的損傷が確認されたのは、岡山県倉敷市に所在する6200–5200年前頃(縄文時代前期)の羽島貝塚から1920年に出土した6・7a号人骨で、左の額の部分に楕円形の孔が存在しています(図2)。
額の孔は1941年の当初報告では、「輸送などの際の破損」とされていました。その後、所蔵先の東京大学総合研究博物館において多数の研究者の目に触れながらも、この孔については言及されることなく今日に至っていました。しかし今回の肉眼とCTスキャンによる検討の結果、孔は頭骨の外面から内面に向かって拡大する、典型的な「刺器損傷」の形態(近現代であれば「銃器損傷」でも見られる)を示すことが明らかになりました(図3)。
図3:羽島6・7a号頭骨のCTスキャンによるイメージ。孔が骨表面に対してほぼ垂直に、頭の外側から内側へ拡大する様子が観察できるが、これは尖った物体が頭蓋に刺入して生じる孔の特徴である(A)。利器は左前頭部に対してほぼ垂直に左側から刺突されたのだろう(B)。
羽島6・7a号に加え、既報告の人為的損傷を有する縄文時代人骨3例についても同様に再検討し、2例において同様の「刺器損傷」を確認しました。後者については、これまで槍や弓矢による損傷との解釈がありましたが、丸みを帯びた孔の形状と、多方向より骨に垂直な方向に穿孔されている状況から、鹿角などの鋭利な物体を握って近距離から打ちつけたと解釈する方が自然です。
またこのような損傷が生じる背景として、先行研究では暴力行為に絞って議論がなされていましたが、死亡直後でも同様な形態の損傷が生じ得ることから、死後の儀礼行為として遺体を損壊した可能性も考える必要があります。
本研究は、他の既存の縄文時代人骨にも未報告の人為的損傷が存在する可能性を予見させます。今後、網羅的・系統的な調査を行うことで、縄文時代の人々の暴力行為や風習についての理解が深まっていくものと期待されます。
【関連情報】
展示公開
本研究で調査した人骨の一部(図1のもの他1体)を、下記展覧会にて、会期終了まで公開します。
東京大学総合研究博物館・特別展示 『骨が語る人の「生と死」 日本列島一万年の記録より』 ウェブサイト:https://www.um.u-tokyo.ac.jp/exhibition/2023life_and_death.html
【論文情報】
雑誌名:Anthropological Science (Japanese Series) 題名:縄文時代人骨における人為損傷の新報告と既存3例の再検討 著者名:平野力也*・海部陽介 DOI:10.1537/asj.240220 URL:https://www.jstage.jst.go.jp/browse/asj/-char/ja
当館の 海部 陽介教授(人類進化学) が、「2023年度日本人類学会賞」を受賞しました。
(以下、日本人類学会のホームページより) 日本人類学会賞は、著しく優れた業績をあげた会員に対し、その研究業績を顕彰するために贈られるものです。受賞者は日本人類学会学術大会において表彰され、特別講演をおこないます。
受賞理由
海部氏は、東南アジアと日本を中心に、原人からホモ・サピエンスにいたる化石人骨の形態学的研究に携わってきた。その活動は、ジャワ原人の進化的位置づけに大きく貢献したことにはじまり、フローレス原人、台湾の澎湖人、ルソン原人などの研究にも広がっている。特に、アジアの古人類の起源と進化にかかる有力な仮説を提唱していることは高く評価される。また、アジアにおけるホモ・サピエンスの拡散と現代人的行動の起源について、国際的に連携しながら広範にわたる研究分野の成果をまとめ上げた。さらに、「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」では、マスメディアへの波及に加え、一般市民からの支援も受けながら実験航海を実現させつつ、成果を複数の学術論文として発表するなど、見事にオープンサイエンスを成立させた。
関連リンク:日本人類学会ホームページ(https://anthropology.jp/gakkaisho.html )
http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DKoukoga/
http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DChiri/TChiri.php
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/z0301_00224.html
8/3(木) 12:00 – 13:00 本郷本館・オープンキャンパスLIVE配信を行います ←クリックすると視聴ページに移動します
考古学 データベース (u-tokyo.ac.jp)
総合研究博物館では、9月1日(金)まで特別展示「東京大学・若林鉱物標本:日本の鉱山黄金時代の投影 」が開催されておりますが、この度、特別講演会「若林鉱物標本:その概要と歴史、そして、特別展示の企画・実現」を開催致します。 東京大学教職員以外の方でも、参加可能です。
1.講師 三河内 岳 教授(専門分野 惑星物質科学・鉱物学)
2.日時 2023年8月26日(土) 14:00~15:00
3.場所 東京大学総合研究博物館 7階ミューズホール 博物館通用口 を入り、左手のエレベータで7階へお越しください。
4.定員 50名(事前申し込み不要)
5.対象 どなたでも参加頂けます。
6.お問合せ mikouchi@um.u-tokyo.ac.jp
当館の米田 穣教授(年代学、先史人類学) らによる共同研究論文が、「第13回日本考古学協会賞 優秀論文賞」を受賞しました。
日本考古学協会賞は、考古学上の業績および関連諸分野における考古学関係の業績を賞するもので、協会および考古学研究の活性化、考古学の啓発と普及、人材の育成、社会貢献を目的として、2010年に創設されました(協会賞は大賞、奨励賞、優秀論文賞、特別賞の4種あります)。
今回受賞した論文は「縄文土器の作り分けと使い分け―土器付着炭化物の安定同位体分析からみた後晩期土器の器種組成の意味―」で、縄文時代後晩期の粗製土器の成立と、精製土器との機能の違いを議論した内容となります。
協会機関誌に発表した原著論文において独創的で将来性が認められ、考古学の分野に目覚ましい貢献をしたとして受賞されたものです。
関連リンク:一般社団法人 日本考古学協会
http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DEntomology/
図1:グリーンランドSE-Domeとアイスコアの掘削
発表者 :松崎 浩之 (東京大学総合研究博物館 教授)
発表概要 : 東京大学総合研究博物館の松崎浩之教授は、フィリピン原子力研究所(PNRI)、弘前大学、北海道大学などと共同で、グリーンランドSE-Dome アイスコアを加速器質量分析(Accelerator Mass Spectrometry)を用いて分析し、大気圏核実験により生成したヨウ素129(I-129)のピークが明確に記録されていることを初めて見出しました。これこそ、人類の活動が地球環境に不可逆な影響を与え始めた新しい地質年代とされる“アンソロポシーン(Anthropocene:人新世)”を示すゴールデンスパイクの有力な候補である、としてScience of the Total Environment誌に発表しました。
発表内容 : 現代は、地球温暖化や環境汚染など、人間の活動が地球に不可逆な影響を与えた新しい地質年代、アンソロポシーン(人新世) 注1 に入っている、と言われています。
しかし、これが、完新世 注2 や更新世 注3 などと同様の地質年代区分として確立するためには、アンソロポシーン(人新世)の始まりを示す、明確かつ恒久的な、境界を示す層序学的マーカー 注4 を必要とします。これをGSSP(Global Boundary Stratotype Section and Point)もしくはゴールデンスパイクといいます。
最近では、20世紀半ばのグレート・アクセラレーション 注5 こそがアンソロポシーンの始まりである、という考え方が合意されつつあります。
では、グレート・アクセラレーションを象徴するゴールデンスパイクとして何がふさわしいでしょうか。これまでに、樹木年輪などの環境アーカイブ中に記録された、核実験起源の炭素14(C-14)が有力な候補として上がっています。それは、C-14が核実験の開始(1950年頃)と同時に急激に上昇し、グレート・アクセラレーションのタイミングと一致するからです。しかし、C-14の半減期は、5,730年と、数万年先の未来には消えてしまいます。すなわち、アンソロポシーン(人新世)のゴールデンスパイクとしては“恒久的”とまではいえません。一方、I-129は、核分裂生成核種であり、かつ半減期が1570万年と長いため、I-129の方が恒久的と言えます。
本研究では、北海道大学の研究チーム(飯塚芳徳 准教授ら)が、グリーンランドSE-Domeで掘削したアイスコア中のI-129を、東京大学の加速器質量分析 注6 (松崎浩之 教授ら)で分析し、アンソロポシーン(人新世)のゴールデンスパイクとしてのポテンシャルを探りました。分析したアイスコアは表層から90メートルの長さを持ち、年代としては、1957年から2007年をカバーするもので、およそ4ヶ月の時間分解能でI-129を測定したところ、人類の核利用のほぼ全歴史を記録していることが分かりました。すなわち、1958年、1961年、1962年に、大気圏核実験に対応するピーク、1986年のチェルノブイリ事故に対応するピークのほか、使用済核燃料再処理工場からの排出によるシグナルがはっきりと記録されています。アイスコア中に記録されている年代と実施の人類の核利用のタイミングとは、フィリピン原子力研究所のBautista Angel主任研究員によって、定量的な数理モデルによって対応付けられました。
最も重要なことは、このようなI-129のシグナルは、地球上の異なる場所・異なる環境におけるアーカイブ(樹木年輪、珊瑚、堆積物等)にも見られることです。すなわちI-129のシグナルは、グローバルに見出すことができるのです。
以上の理由によって、SE-Domeアイスコアに記録されたI-129をアンソロポシーン(人新世)のゴールデンスパイクの優れた候補として提案しました。
図2:東京大学タンデム加速器研究施設(MALT)のタンデム加速器とヨウ素129の測定
図3:グリーンランドSE-Domeアイスコアから得られたヨウ素129の時系列データ。主要な大気圏核実験に対応したピークが見出された。核燃料再処理工場からの排出による増加や、チェルノブイリ原発事故に対応するピークも見られる。
発表雑誌 : 雑誌名:「Science of the Total Environment」(オンライン版:5月11日)
論文タイトル:129 I in the SE-Dome ice core, Greenland: a new candidate golden spike for the Anthropocene
著者:Angel T. Bautista VII*, Sophia Jobien M. Limlingan1, Miwako Toya, Yasuto Miyake, Kazuho Horiuchi, Hiroyuki Matsuzaki, Yoshinori Iizuka
DOI番号:https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2023.164021
アブストラクトURL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0048969723026426
用語解説 : (注1)アンソロポシーン(人新世): 人間の活動が地球に不可逆な影響を与えた新しい地質年代で、ホロシーン(完新世)に続くものとして、提案されている。これを正式な地質年代として認めるために、ゴールデンスパイクが必要。
(注2)完新世: 氷河期が終わったおよそ1万年前からの地質年代区分をいう。人類の文明化の歴史に相当し、アンソロポシーンが確立するまでは、現在も完新世に含まれるとされる。
(注3)更新世: 約258万年前から完新世の始まりまでの地質年代区分で、氷河期と間氷期を繰り返していた時代で、人類が発祥し、マンモスが絶滅した。チバニアンも更新世に含まれる。
(注4)層序的マーカー: ここでいう層序とは、地層が重なる順序のことであり、一般的には地質年代の区分は異なる地層の境界に対応している。ゴールデンスパイクは、地質区分の境界を典型的に示す特定の地層に対して定められる(チバニアンのそれが千葉県市原市のある地層に定められたのが良い例)が、本研究では、アイスコアも同様の記録を保持し得るものとして提案している。
(注5)グレートアクセラレーション: 20世紀半ば以降、人口、経済活動、技術の急速な増大・進歩により、地球環境の大規模な変化が進んでいることをさす。
(注6)加速器質量分析: 負イオン源とタンデム加速器を組み合わせて構成される質量分析システム。極めて感度の高い分析手法で、他の手法では検出の困難なヨウ素129(I-129)などの各種でも、加速器質量分析で測定すると、精密に分析できる。年代測定に利用されている炭素14(C-14)も、現在ではほとんど加速器質量分析で測定されている。
問い合わせ先 : 東京大学総合研究博物館 教授 松崎浩之 hmatsu[a]um.u-tokyo.ac.jp ※[a]は@に書き換えてください。
図1. ナンセン氷原の裸氷上のアングライト隕石 Asuka 12209.
2023年5月18日 国立極地研究所 東京大学総合研究博物館
本記事はオープン大学(イギリス)のコラム記事(リンク )と、今回新たに発表された論文をもとに作成されたものです。 オープン大学(イギリス)、国立極地研究所、東京大学、ベルギー自由大学のグループが行った研究により、太陽系においてとても大きなイベントである木星の形成と移動に関する新たな知見が得られNature Astronomy誌に発表されました。
研究グループは、日本の南極観測隊(JARE29)が収集したアングライト隕石Asuka 881371と、日本とベルギーの合同南極観測隊(JARE54とBELARE-SAMBA2012-23)が収集したアングライト隕石Asuka 12209(注1、注2)(図1)を、イギリスのオープン大学の酸素同位体分析設備で分析しました。
その結果、どちらのアングライト隕石にも、異なる2つの天体起源を示す酸素同位体が存在していることが示されました。 アングライトは太陽系最古の火山岩として知られており、1つの火山岩隕石試料から異なる天体起源の酸素同位体が発見されるのは初めてのことです。
論文の主著者であり、オープン大学博士課程の学生であるBen Rider-Stokesは、このことが惑星科学にとって重要である理由を次のように説明しています:
「本研究では、1つの隕石試料が異なる2つの天体の衝突によってできたこと示唆するデータを取得しました。その後の試料の同位体比年代測定の結果、この隕石試料の形成時期が、木星の形成や移動の推定年代と重なることが明らかになり、衝突イベントは木星の移動によって引き起こされたことが示唆されました。したがって、本研究は、木星の形成と移動に関する同位体的証拠を初めて示すものとなります。」
現在、この研究グループは、隕石試料の水素含有量を調査し、衝突イベントが太陽系への水の供給という点で、どのような役割を果たしていたかを評価しています。
Ben Rider-Stokesは最後にこう付け加えました:
「私がこの研究でとても面白いと思うことは、太陽系におけるとても大きなイベントに関する重要な知見が、ごく少量の物質(1グラム未満!)で得られるということです。それは、MMX(JAXA、ESA、NASAによる今後の共同ミッション)のような宇宙からのサンプルリターンミッションで、たとえ回収できた物質が微量だったとしても、それがいかに重要かを示しています。」
注1:南極隕石についてhttp://yamato.nipr.ac.jp/exploration/exploration2
注2:第54次南極地域観測隊(JARE54)による隕石探査についてhttps://www.nipr.ac.jp/info/notice/20130322.html
発表論文 掲載誌:Nature Astronomy タイトル:Impact mixing among rocky planetarium’s in the early Solar System from angrite oxygen isotopes 著者:B. G. Rider-Stokes, R. C. Greenwood, M. Anand, L. F. White, I. Franchi, V. Debaille, S. Goderis, L. Pittarello, A. Yamaguchi, T. Mikouchi, P. Claeys DOI:https://doi.org/10.1038/s41550-023-01968-0 公表日:日本時間2023年5月15日午前0時(イギリス時間)(オンライン公開)
関連記事 小惑星が生命の星・地球を創り出したリュウグウ試料の分析により、地球がどのようにして水を得たのかが明らかにhttps://www.nipr.ac.jp/info/notice/20221222.html 本研究グループにより、同じ手法で、はやぶさ2探査機により回収されたリュウグウ粒子の酸素同位体分析が行われました。
関連リンク 国立極地研究所
東京大学大学院工学系研究科 千葉工業大学
東京大学大学院工学系研究科(研究科長:加藤泰浩)と千葉工業大学(理事長:瀬戸熊修)は、日本の鉱山から産出した貴重な鉱石鉱物標本と、深海、宇宙に眠る未来の資源に関する最新の研究成果を展示する展示室「鉱物資源フロンティアミュージアム“ミネラフロント”」を、2023年5月13日に開館します。
かつて「黄金の国ジパング」と称された日本列島は、世界有数の活発な地質活動が生み出した鉱物資源の宝庫です。その鉱物資源の眠る未知なる領域―鉱物資源フロンティア―の開拓は、現代社会の発展を支えてきました。今、私たちは膨大な量のレアメタルを秘める新たなフロンティアである深海、さらには宇宙を目指しています。ミネラフロントは、わが国で産出した壮麗な鉱物標本を収集・公開するとともに、フロンティア資源の開拓に向けた最新の研究成果を発信します。
【名称】 鉱物資源フロンティアミュージアム“ミネラフロント” The Museum of Mineral Resources Frontier “MINERAFRONT”
【共催】 東京大学大学院工学系研究科・千葉工業大学
【企画】 東京大学大学院工学系研究科・東京大学総合研究博物館・千葉工業大学次世代海洋資源研究センター
【協賛】 東京大学レアアース泥開発推進コンソーシアム
【協力組織】 海洋研究開発機構・神岡鉱業株式会社・株式会社ゴールデン佐渡・住友金属鉱山株式会社・古河機械金属株式会社・別子銅山記念館・細倉金属工業株式会社・三井串木野鉱山株式会社・有限会社宮内赤石鉱業所
【企画・設計】 ・加藤泰浩(東京大学大学院工学系研究科 工学系研究科長・工学部長/教授) ・大田隼一郎(同研究科附属エネルギー・資源フロンティアセンター 講師) ・桑原佑典(同研究科システム創成学専攻 特任助教) ・宮本英昭(東京大学大学院工学系研究科 教授) ・藤永公一郎(千葉工業大学次世代海洋資源研究センター 上席研究員) ・矢野萌生(千葉工業大学次世代海洋資源研究センター 主任研究員) ・洪恒夫(同大学総合研究博物館ミュージアムテクノロジー寄付研究部門 特任教授) ・関岡裕之(同博物館インターメディアテク寄付研究部門 特任准教授) ・松本文夫(同博物館ミュージアムテクノロジー寄付研究部門 特任教授)
【展示協力・運営】 東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻 加藤・中村・安川・大田研究室
【開館日】 2023年5月13日(土)
【場所】 東京都文京区本郷7-3-1 東京大学工学部3号館4階
SITE 1 場所 :工学部3号館4階北側ラウンジ展示概要 :画像、映像、実物による複合展示展示物 :国産鉱石鉱物標本、フロンティア資源標本(レアアース泥、マンガンノジュール、マンガンクラスト、鉄隕石)、鉱石鉱物の高画質画像、レアアース泥コアレプリカ、しんかい6500潜航調査映像、各種解説開館時間 :平日10:00~17:00、詳細はホームページなどで告知
SITE 2 場所 :工学部3号館4階431号室展示概要 :日本の鉱山から産出した美麗な鉱物標本を間近で鑑賞できる展示室展示物 :国産の貴重な鉱物標本(金銀鉱石、銅・鉛・亜鉛鉱石、鉄鉱石、マンガン鉱石、水晶、など)開館時間 :月2回程度開室、詳細はホームページなどで告知
【問合せ先】 東京大学大学院工学系研究科広報室 Tel:03-5841-0235 E-mail:kouhou[a]pr.t.u-tokyo.ac.jp
東京大学大学院工学系研究科 附属エネルギー・資源フロンティアセンター 講師 大田隼一郎 Tel: 03-5841-7019 E-mail: junichiro.ota[a]sys.t.u-tokyo.ac.jp
千葉工業大学 入試広報課 Tel: 047-478-0222 E-mail: cit[a]it-chiba.ac.jp
※ [a]は@に書き換えてください。
【関連リンク】東京大学大学院工学系研究科プレスリリース 千葉工業大学お知らせ
【ミネラフロント公式Webサイト】https://minerafront.jp/
当館の松本文夫特任教授(建築学) による「建築模型の制作を通したデザインの実践・探究・蓄積」が、2023年日本建築学会教育賞(教育貢献)を受賞しました。
【以下、受賞理由より抜粋】
「建築模型の制作を通したデザインの実践・探究・蓄積」は、東京大学で 16 年間にわたり行われてきた建築模型の制作を通したデザインの実践・探究・蓄積に関わる教育プログラムである。
本教育プログラムの特徴は、「模型」という表現手段により、学生が自らそれを作ることを通して建築の学びを多面的に深めることにある。対象の学生の半数近くは建築以外の分野に進む者で、逆に文系から建築に進んだ者もいるそうである。しかも、教員は建築系の学科に属していないにもかかわらず、授業では初めて模型を作る学生にわずか 3 日間でデザインの基礎と表現のスキルを身につけさせている。修了者の中には、現在、建築界で活躍している人が複数含まれていることから、少なからず教育効果があったと推察される。
この建築模型による教育プログラムは、大学における授業として始まり、自主的制作活動を経て、大学博物館での公開によって社会教育へと展開し、その成果は展示のほか書籍、連載記事、ウェブ等を通して発信されている。模型制作を中心に一般の学生に対する特徴ある建築デザイン実習を策定・実践し、その成果としての模型コレクションが次世代の教材として参照される持続的な教育プログラムとなっている。
関連リンク:2023年各賞受賞者 | 日本建築学会 受賞理由(PDFが開きます) 業績紹介(PDFが開きます)
ニワトリの雛(左)と雌(右)(マレーシア・クアラルンプールにて)
発表資料:PDFが開きます
北海道⼤学総合博物館 東京⼤学総合研究博物館 ⽥原本町教育委員会
【ポイント】 ・弥⽣⽂化におけるニワトリの継代飼育を初めて実証。 ・⽇本列島最古のニワトリの⾻の年代(紀元前3 世紀〜4 世紀)を確定。 ・コラーゲンタンパクの質量分析によるニワトリの⾻の同定の有効性を実証。
【概要】 北海道⼤学総合博物館の江⽥真毅教授らと東京⼤学総合研究博物館、⽥原本町教育委員会の研究グ ループは、唐古・鍵遺跡(国指定史跡・奈良県⽥原本町)で⾒つかった⾻の中から、⽇本列島最古の ニワトリの雛の⾻を発⾒しました。
ニワトリはもともと、東南アジアに⽣息するセキショクヤケイを飼い慣らしたものです。⽇本列島 には弥⽣時代に導⼊されたと考えられていますが、その詳細な年代は明らかになっていませんでし た。また、弥⽣時代のニワトリはその形態からほとんどが雄であり、⽇本列島ではほとんど繁殖させ ることができなかった可能性が考えられてきました。唐古・鍵遺跡では、弥⽣時代中期初頭と推定さ れる溝からキジ科(ニワトリやキジ、ヤマドリを含むグループ)の雛の⾻が4点みつかりました。し かし、形態的特徴からはニワトリのものかどうかは特定できませんでした。
そこで本研究では、唐古・鍵遺跡でみつかったキジ科の雛の⾻2点を対象に、コラーゲンタンパク の質量分析による⾻の種同定(=由来⽣物の特定)を実施しました。また、そのうち1点について放 射性炭素年代測定による実年代の特定を実施しました。その結果、2点のキジ科の雛の⾻はいずれも ニワトリのものであることが分かりました。また雛の⾻は紀元前3 世紀〜4 世紀のものであることが 確認されました。これらの結果から、少なくとも唐古・鍵遺跡ではこのころからニワトリが継代飼育 されていたと推定されました。唐古・鍵遺跡は⽇本列島の弥⽣⽂化における最⼤規模の集落遺跡であ ることから、今回の結果は⽇本列島の弥⽣⽂化の集落でニワトリが広く継代飼育されていたとみなせ るものではありません。今後、本研究で有効性が確認されたコラーゲンタンパクの質量分析を⽤いた キジ科の⾻の同定が進められることで、弥⽣⽂化におけるニワトリ飼育の様相がより詳細に明らかに なると期待されます。
【研究手法】 本研究では、唐古・鍵遺跡で⾒つかったキジ科の雛の⾻2点(図1)を対象に、コラーゲンタンパク の質量分析による⾻の種同定を実施しました。この⽅法は研究グループが2020年に確⽴・発表した⽅ 法で、⽇本に⽣息する中型のキジ科の野⿃(キジとヤマドリ)とニワトリの識別が可能です。
遺跡で⾒つかった⾻1mg程度をサンプルとしてコラーゲンタンパクを抽出・酵素(トリプシン)処理 し、⾶⾏時間型質量分析計で分析します。得られたスペクトラムにキジ・ヤマドリあるいはニワトリに 特徴的なピークがあるかどうかに基づき、⾻の同定が可能です。また、ニワトリと同定された雛の⾻の うち1点について、放射性炭素年代測定による実年代の特定を実施しました。
図1. 唐古・鍵遺跡からみつかったニワトリの雛の⾻(1:⼤腿⾻、2:寛⾻)
【研究成果】 質量分析の結果、キジ科の雛の⾻2点のスペクトラムでは、いずれもニワトリに特徴的なピークが確 認され、ニワトリと同定されました(図2)。また放射性炭素年代測定の結果、雛の⾻は弥⽣中期初頭に 相当する紀元前3世紀〜4世紀のものであり、混⼊した新しい時代の⾻ではないことが確認されました。
これらの結果から、少なくとも唐古・鍵遺跡では弥⽣中期初頭からニワトリが継代飼育されていたと 推定されました。⽂献記録から紀元前641年までに中国にはニワトリがいたと考えられてはいますが、 これまでのところ⽇本列島だけでなく中国や韓国、台湾を含む東アジアにおいて、確実な基準に基づい て同定されたニワトリの⾻の年代が直接決定された例はありません。
本研究で明らかになった紀元前3世紀〜4世紀という年代は東アジアにニワトリが導⼊された下限と みなすことができるものでもあります。
図2. ⾶⾏時間型質量分析計で得られた唐古・鍵遺跡資料のトリプシン切断コラーゲン断⽚のスペ クトラム(1 と 2 の2 つのピークから資料は⼆ワトリの雛の⾻と同定)
【今後への期待】 今回、紀元前3世紀〜4世紀のニワトリの雛を⾒出した唐古・鍵遺跡は⽇本列島の弥⽣⽂化における 最⼤規模の集落遺跡です。そのため、今回の結果は⽇本列島の弥⽣⽂化の集落でニワトリが広く継代飼 育されていたとみなせるものではありません。ニワトリは唐古・鍵遺跡のような最⼤規模の拠点集落で のみ継代飼育できるものであった可能性があります。今後、本研究で有効性が確認されたコラーゲンタ ンパクの質量分析を⽤いたキジ科の⾻の同定が進められることで、弥⽣⽂化におけるニワトリ飼育の様 相がより詳細に明らかになると期待されます。
また⽇本列島のようにニワトリの導⼊初期に、その性⽐が著しく雄に偏る例は世界的にも類例が知ら れていません。このような傾向が朝鮮半島や中国東部など他の東アジア地域でも⼀般的であったのかな どの解明も今後の課題です。
【謝辞】 本研究は、⽂部科学省科学研究費補助⾦(課題番号JP18K18521、JP20H01367、20H05819)の助成 を受けて⾏われました。
【論文情報】 論⽂名 The earliest evidence of domestic chickens in the Japanese Archipelago (⽇本列島におけるニワトリの最古の証拠) 著者名 江⽥真毅1、泉 洋江1、⽶⽥ 穣2、藤⽥三郎3 (1北海道⼤学総合博物館、2東京⼤学総合研究博物館、3⽥原本町教育委員会) 雑誌名 Frontiers in Earth Science(スイスの地球科学の専⾨誌) DOI 10.3389/feart.2023.1104535 公表⽇ ⽇本時間2023年4⽉20⽇(⽊)午後1時(英国夏時間2023年4⽉20⽇(⽊)午前5時) (オンライン公開)
【お問い合わせ先】 北海道⼤学総合博物館 教授 江⽥真毅(えだまさき) TEL 011-706-4712 FAX 011-706-4029 メール edamsk[at]museum.hokudai.ac.jp
【配信元】 北海道⼤学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条⻄5丁⽬) TEL 011-706-2610 FAX 011-706-2092 メール jp-press[at]general.hokudai.ac.jp
※ [at]を@に置き換えてください。
関連リンク:北海道大学プレスリリース
http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DKankoub/
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/naraha/index.html
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/exhibition/poster_2023_A4s.pdf
http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DAnnex/
http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DChiri/okinotorishima_minamitorishima/index.php
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/education/curator.html
http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DKoukoga/Nakaya/top.php
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/academics/material_report_131.html
http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DJinruis/hakubutsujo/hajime.php
図1:(a) 炭素質コンドライト隕石薄片の光学顕微鏡写真。破線の領域の拡大写真を(b)に示す。楕円形を示す明るい物質(破片になったものも含む)がコンドリュール(Chondrule)、実線で囲った不規則形の物質がCAI、暗い領域が細粒の物質からなるマトリックス。
発表資料:PDFが開きます。
東北大学大学院理学研究科 東京大学総合研究博物館
【概要】 小惑星探査機「はやぶさ2」が地球に持ち帰った近地球軌道小惑星リュウグウの試料にコンドリュール様物質とCAIが含まれていることが「初期分析チーム」の一つである「石の物質分析チーム」の研究(*) から明らかになっています。本研究はコンドリュール様物質とCAIの詳細な化学組成分析と酸素同位体比分析を行いました。 コンドリュール様物質はカンラン石に富む初生コンドリュールと考えられている物質と鉱物学的に類似しており、太陽近傍で形成したものと現在の小惑星帯領域で形成したものに分けられることが分かりました。CAIは、太陽系最古のCAIと同じくらい古く、太陽近傍で形成したと考えられます。コンドリュール様物質とCAIは共に直径30µm以下と小さいことから、原始太陽系星雲内側領域で形成したこれらの固体粒子のなかでも特に小さいものが選択的に太陽から遠く離れたリュウグウ母天体集積領域まで運ばれたと考えられます。コンドリュール様物質やCAIのような固体粒子がどのようにして太陽系遠方まで運ばれたのか、未だ明確な答えは出ていません。これを明らかにすべく、リュウグウ試料中のコンドリュール様物質とCAIの分析を更に進めます。
研究の背景と目的 小惑星探査機「はやぶさ2」により2020年12月6日に地球へ帰還したリュウグウ試料の一部が6つのサブチームからなる「はやぶさ2初期分析チーム」と2つの「Phase-2キュレーション機関」へ分配されました。初期分析チームの一つである石の物質分析チームの研究から、リュウグウ試料は水-岩石反応を経験した隕石グループの一つであるCI炭素質コンドライトに類似していること、リュウグウ母天体は太陽から遠く離れた低温領域(-200℃以下)で形成したこと、コンドリュール様物質とCAIが含まれていることが明らかになりました。 コンドライトは未分化小惑星から飛来する隕石であり、コンドリュールとCAIが含まれることが知られています(図1)。ともに原始太陽系星雲の1000℃以上の高温環境でできた固体粒子ですが、コンドリュールは現在の小惑星帯を含む広い領域で形成し、CAIは太陽近傍で形成したと考えられています。コンドライトだけでなく、彗星試料にもコンドリュールとCAIが含まれています。コンドリュールとCAIは、原始太陽系星雲で起きた高温加熱現象についてだけでなく、物質の移動の機構について知るうえで重要な物質と言えます。一方で、CIコンドライトには、コンドリュールやCAIがほとんど存在しません。これらの固体粒子がCIコンドライトに元々存在しなかったのか、水-岩石反応によって失われたのか、その答えは未だに分かっていません。本研究は、隕石中のコンドリュールやCAIとの比較を通して、リュウグウ試料中にコンドリュール様物質とCAIが存在する意味とこれらの固体粒子の起源を明らかにすることを目的に、リュウグウ試料中のコンドリュール様物質とCAIの詳細な化学組成分析と酸素同位体比分析を行いました。
研究内容 コンドリュール様物質とCAIは、無水の鉱物片とともに、リュウグウ試料の水-岩石反応の程度が小さい岩片にみられました。これらの固体粒子は、水-岩石反応後に小惑星リュウグウまたはリュウグウ母天体に入ったのではなく、リュウグウ母天体に元々存在した生き残りであると言えます。コンドリュール様物質は、丸い外形を持ち、主にカンラン石と金属鉄から構成され(図2a, b, c)、トリプルジャンクションという長時間の焼きなましによって作られる組織を示すものもありました(図2f)。
一方で、隕石中のコンドリュールにみられるガラスが含まれていませんでした。これらの特徴は、先行研究で初生コンドリュールとして提案されている物質の特徴と極めて類似しています。酸素同位体比を測定すると、はっきりと2つに分かれました(図3)。太陽型の酸素同位体比(図3の左下側)をもつコンドリュール様物質は太陽近傍で形成したと考えられます(図4)
一方の惑星型の酸素同位体比(図3の右上側)をもつコンドリュール様物質は現在の小惑星帯領域で形成したと考えられます。コンドライト隕石中においては、惑星型の酸素同位体比をもつコンドリュールが普遍的に存在する一方で、太陽型の酸素同位体比をもつコンドリュールはほとんど存在しません。まれに太陽型の酸素同位体比をもつ鉱物片を含むコンドリュールが見つかっています。これらは、太陽型の酸素同位体比をもつ物質と惑星型の酸素同位体比を持つ塵が混ざり合って作られたと考えられています。太陽型の酸素同位体比をもつコンドリュール様物質は、太陽近傍で形成した後に、惑星型の酸素同位体比をもつ塵との混合を免れた初生コンドリュールの生き残りであると考えられます。 CAIは、難揮発性鉱物(スピネル、ペロブスカイト、ヒボナイト)からなり、周囲をAlに富む層状珪酸塩に囲まれています(図2d, e)。Alに富む層状珪酸塩は、元はAlに富む無水鉱物であったと考えられます。リュウグウのCAIは、隕石中のCAIと同様に、太陽型の酸素同位体比をもつことが分かりました(図3)。よって、太陽近傍で形成したと考えられます(図4)。隕石中のCAIは太陽系で最も古く、主要構成鉱物であるスピネルは中程度の揮発性元素であるCrに乏しいという特徴があります(図5)。
一方、彗星試料中のCAIは比較的若く(数百万年以上)、スピネルは高いCr濃度を示すことが分かっています。彗星CAIは、再加熱によって年代がリセットされるとともに、周囲のガスもしくは塵からCrを取り込んだと考えられています。リュウグウCAIのスピネルはCrに乏しいことから、隕石CAI同様に古いという可能性が示唆されます。 リュウグウ試料中のコンドリュール様物質、CAI、鉱物片は直径30µm以下と小さいこと、リュウグウ試料上での捜索範囲(52.6mm2 )に対するコンドリュール様物質とCAIの面積割合がそれぞれ20ppm以下と隕石での存在度(1%以上)に比べて非常に小さいことが分かりました。先行研究から、コンドリュールは形成領域からほとんど移動しないこと、水-岩石反応を経験した隕石にもコンドリュールがみられることが分かっています。リュウグウ試料中のコンドリュール様物質の極端に低い存在度は、コンドリュール(様物質)がリュウグウ母天体集積領域にほとんど存在しなかったことを示唆しています。つまり、コンドリュール様物質、CAI、鉱物片は原始太陽系星雲内側領域から輸送されたと言えます(図4)。 彗星のコンドリュールやCAIも小さいことが先行研究から分かっています。原始太陽系星雲内側領域から選択的に小さい物質だけが輸送されたとすると、リュウグウ試料中のコンドリュール様物質、CAI、鉱物片が小さいことは、リュウグウ母天体が太陽から遠く離れた場所で集積したことが示唆されます。このことは、他のリュウグウ試料分析結果から得られている知見と整合的です。
図2:リュウグウ試料中のコンドリュール様物質とCAIの電子顕微鏡写真。(a, b, c)コンドリュール様物質。カンラン石(Ol)、金属鉄(Mt)、硫化鉄(Sul)、酸化物(Ox)、Ca輝石(Diop)からなる。(d, e)CAI。スピネル(Sp)、ヒボナイト(Hib)、ペロブスカイト(Pv)、Alに富む層状珪酸塩(Phyl)からなる。三角形で指す部分は酸素同位体比分析孔。破線で囲った部分は、透過型電子顕微鏡観察のために切り出した領域。(f)コンドリュール様物質C0040-02-Chdの透過型電子顕微鏡像。三角形で指す場所に、120ºの角度をもって鉱物粒子が接するトリプルジャンクションがみられる。(© Nakashima et al., 2023より改変)
図3:三酸素同位体比ダイヤグラム。一つのコンドリュール様物質を除いて、みな左下の太陽型の酸素同位体比をもつ。TFは地球型質量分別直線、PCMはPrimitive Chondrule Mineral line、CCAMはCarbonaceous Chondrite Anhydrous Mineral line、VSMOWはVienna Standard Mean Ocean Water。Ryugu (Lit.)は他のグループによるリュウグウ試料鉱物片の酸素同位体比データ。(© Nakashima et al., 2023より引用)
図4:リュウグウ試料のコンドリュール様物質とCAIの分析結果から推定されるコンドリュール様物質とCAIの形成領域と移動。
図5:CAIのスピネル中のCr濃度比較。リュウグウCAI(下段)と隕石CAI(中段;CM chondrites)のスピネルは中程度の揮発性元素であるCrに乏しい。一方で、彗星CAI(上段)のスピネルはCrに富むことが分かる。IDPsはinterplanetary dust particlesの略。Wild 2はNASA探査機スターダストによって回収されたWild 2彗星の試料を指す。(© Nakashima et al., 2023より引用)
【用語説明】
(注1)小惑星リュウグウ 小惑星は、主に火星と木星の間で太陽の周りを公転する天体のうち、惑星と準惑星およびそれらの衛星を除く小天体で、約50万個あると推定されている。リュウグウは「C(炭素質)型小惑星」というグループの分類される小惑星の1つで、小惑星探査機「はやぶさ2」が2020年12月にここの試料を持ち帰った。
(注2)原始太陽系星雲 45億6700万年前に誕生した直後の太陽系に存在していたと考えられる太陽を取り巻くガス円盤。現在の太陽系には存在せず、太陽系形成期の早い段階で消失したと考えられている。
(注3)CaとAlに富む包有物(CAI) 太陽系で最古の難揮発性鉱物からなる固体粒子。太陽系形成期に太陽近くの高温のガスから凝縮してできたと考えられている。
(注4)コンドリュール 小惑星起源の隕石に多く含まれている球状、またはそれに近い形態の粒子である。原始太陽系星雲内部で1000℃以上の加熱の後、急速に冷却されたことによってできたと考えられている。カンラン石と金属鉄からなる物質を出発物質とし、細粒な塵が付着して加熱・溶融を繰り返すことで作られたという説がある。
(注5)酸素同位体比 安定同位体16 O、17 O、18 Oの個数比。16 Oを分母に取った比の地球海水の値からのずれを千分率で表したものをδ値と呼ぶ。隕石種とその構成物質ごとに異なる値を取るため、未知の地球外試料の起源を同定することに用いられる。
(注6)リュウグウ母天体 誕生時のリュウグウ。直径はおよそ100km程度であったと考えられる。この母天体が破壊されて現在のリュウグウになった。
【論文情報】 雑誌名:Nature Communications 論文タイトル:Chondrule-like objects and Ca-Al-rich inclusions in Ryugu may potentially be the oldest Solar System materials
著者:Daisuke Nakashima *(東北大学), Tomoki Nakamura (東北大学), Mingming Zhang (ウィスコンシン大学), Noriko T. Kita (ウィスコンシン大学), Takashi Mikouchi (東京大学), Hideto Yoshida (東京大学), Yuma Enokido (東北大学), Tomoyo Morita (東北大学), Mizuha Kikuiri (東北大学), Kana Amano (東北大学), Eiichi Kagawa (東北大学), Toru Yada (ISAS/JAXA), Masahiro Nishimura (ISAS/JAXA), Aiko Nakato (ISAS/JAXA), Akiko Miyazaki (ISAS/JAXA), Kasumi Yogata (ISAS/JAXA), Masanao Abe (ISAS/JAXA), Tatsuaki Okada (ISAS/JAXA), Tomohiro Usui (ISAS/JAXA), Makoto Yoshikawa (ISAS/JAXA), Takanao Saiki (ISAS/JAXA), Satoshi Tanaka (ISAS/JAXA), Satoru Nakazawa (ISAS/JAXA), Fuyuto Terui (神奈川工科大学), Hisayoshi Yurimoto (北海道大学), Takaaki Noguchi (京都大学), Hikaru Yabuta (広島大学), Hiroshi Naraoka (九州大学), Ryuji Okazaki (九州大学), Kanako Sakamoto (ISAS/JAXA), Sei-ichiro Watanabe (名古屋大学), Shogo Tachibana (東京大学), and Yuichi Tsuda (ISAS/JAXA) *責任著者 DOI番号:10.1038/s41467-023-36268-8
【問い合わせ先】
<研究に関すること> 東北大学大学院理学研究科地学専攻 講師 中嶋 大輔(なかしま だいすけ) 電話:022-795-5903 E-mail: dnak[at]tohoku.ac.jp
東北大学大学院理学研究科地学専攻 教授 中村 智樹(なかむら ともき) 電話:022-795-6651 E-mail: tomoki.nakamura.a8[at]tohoku.ac.jp
東京大学総合研究博物館 教授 三河内 岳(みこうち たかし) 電話:03-5841-2830 E-mail: mikouchi[at]um.u-tokyo.ac.jp
<報道に関すること> 東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室 電話: 022-795-6708 E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
※ [at]を@に置き換えてください
関連リンク:東北大学プレスリリース
http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DDoubutu/TDoubutu.php
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/people/faculty_wada.html
http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DAnnex/fujishima_collection/home2022.php
※本イベントは終了しました。ご来館された皆様、ありがとうございました。
現在当館は、新型コロナウイルス感染拡大防止のため木曜・金曜のみの開館としていますが、「第21回東京大学ホームカミングデイ」 の実施にあわせて、当館のイベントとして10/15(土)に『見て、聴いて、触れる-大学博物館でのマクロ先端研究』を開催することとなりました。
本イベントでは、当館に所属する若手教員・研究員が行ってきたマクロ事象を扱った研究内容を展示場にて紹介するとともに、実際に用いた標本・資料を手に取って直に研究を体感していただきます。また、普段は開放していないバックヤードのツアーも予定しています。ぜひご来館ください。
日時:2022年10月15日(土)10:30~16:30 (10:00開館) 場所:総合研究博物館本郷本館 入館料:無料 主催:総合研究博物館※当日は館内の同時滞在人数を、原則として30名程度に調整させていただきます。 混雑時には入館制限を行う場合がありますので、ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。 参考:入館案内
各ブース配置図(画像をクリックすると拡大版が表示されます)
【本イベントのナビゲーターおよび内容】
①矢後勝也 「標本から昆虫研究の科学と温故知新に触れる」 バックヤードの昆虫収蔵庫内で、昆虫標本を間近に観察しながら形態の特徴やその意味を考えるとともに、標本から紐解く環境変動や歴史生物地理などに触れ、生物多様性保全の重要性を体感してもらいます。
②金崎由布子 「山と森の狭間で-アンデス東斜面の考古学」 アンデスの高山地帯とアマゾンの熱帯雨林の狭間に位置する、アンデス山脈東斜面では、二つの伝統が融合したような特異な古代文化が発達しました。1960年代から最近年まで、東京大学が行ってきた当地域の研究成果を、資料とともに紹介します。
③三木健裕 「西アジア・イランの土器に触れて体感する古代の暮らし」 イランは、世界ではじめて農耕牧畜がおこなわれた西アジア地域に属します。イランでは農耕牧畜がはじまった際、どのような暮らしが営まれていたのでしょうか。遺跡から実際に見つかった土器に触れて、当時の生活の一片を探ります。
④尾嵜大真・大森貴之「年代を測る加速器質量分析計(Accelerator Mass Spectrometer)」 加速器質量分析計は極めて少ない量の同位体を測定するための装置です。資料の中に残っている、決まった速度で減少する放射性同位体・炭素14を測定することで、資料がどれくらい古いものであるか知ることができます。普段はガラス越しにしか見ることのできない加速器質量分析計の実物を間近に体感しながら、その仕組みについて解説します。
⑤工藤光平「さまざまな皮からその動物の生き方を知る」 外界と動物体の境界をつくる皮。この展示では哺乳類、鳥類、爬虫類と色々な動物の皮を手に取りながら、毛、羽、鱗の着き方の違いや、色や形の多様さを自由に比較し観察してもらいます。リアルな動物の存在を手触りで感じながら、それぞれの動物の生き方を考えてみましょう。
過去のイベント画像1(画像をクリックすると拡大版が表示されます)
過去のイベント画像2(画像をクリックすると拡大版が表示されます)
過去のイベント画像3(画像をクリックすると拡大版が表示されます)
その他、以下の常設展示と特別展示もご覧いただけます。 常設展示 UMUTオープンラボー太陽系から人類へ 特別展示 空間博物学の新展開/UMUT SPATIUM
当館の矢後勝也(昆虫自然史学) が日本昆虫学会の2022年度「あきつ賞」を受賞しました。 昆虫学の発展に貢献する優秀なウェブサイトを作成した会員に表彰するもので、受賞対象は当館データベース「UMDB 昆虫」。 ちなみに「あきつ」はトンボの古い呼び名に由来します。
UMDB 昆虫http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DEntomology/
「あきつ賞」を受賞した当館の矢後勝也講師(写真左)。
図:リュウグウサンプルの分析結果から推定されるリュウグウの形成進化プロセス。天体の温度分布や年代、衝突破壊のプロセスは数値シミュレーションで求めた。© MIT、千葉工業大学、東京工業大学、東北大学
宇宙航空研究開発機構 東北大学 高エネルギー加速器研究機構 J-PARCセンター 高輝度光科学研究センター 北海道大学 東北大学 京都大学 九州大学 広島大学 東京大学
【概要】 東北大学理学研究科中村智樹教授らの研究グループは、小惑星探査機はやぶさ2が回収した小惑星リュウグウのサンプル(探査機が回収した3番目に大きなサンプルを含む17粒子)を日米欧の放射光施設5か所、Muon施設などを利用し宇宙化学的・物理学的手法による解析を行いました。その結果、リュウグウの形成から衝突破壊までの歴史(太陽系内での形成とその位置、天体材料物質の情報、含まれていた氷の種類、天体表層および内部での水との反応による化学進化、天体衝突の影響など)が判明しました。また、リュウグウサンプルには、衝突破壊前の母天体の表層付近の物質と天体内部の物質が混在していることが判明しました。さらに、リュウグウサンプルの硬さ、熱の伝わり方、比熱、密度などを実測し、この実測値を使って、リュウグウ母天体形成後の天体内部の加熱による温度変化、および衝突破壊プロセスの数値シミュレーションを行い、リュウグウの形成進化をコンピュータ上で再現しました。
なお、本研究成果には東京大学からは総合研究博物館、理学系研究科、工学系研究科が参加しています。 当館から参加した三河内 岳(教授・惑星物質科学) は、回収試料の岩石・鉱物分析に従事しました。
【論文情報】 掲載誌:Science 論文タイトル:Formation and evolution of carbonaceous asteroid Ryugu: Direct evidence from returned samples DOI番号:10.1126/science.abn8671
関連リンク: JAXA | 小惑星探査機「はやぶさ2」初期分析 石の物質分析チーム 研究成果の科学誌「Science」論文掲載について
発表資料(PDFが開きます)
学校法人 中央大学 東京大学総合研究博物館 株式会社パレオ・ラボ
中央大学、東京大学総合研究博物館、(株)パレオ・ラボの共同研究として、岡山県真庭市・新見市所在の後期旧石器時代遺跡出土炭化材の樹種同定と放射性炭素年代測定分析を実施した。その結果、近畿、中国、四国地域の最古の年代値(約34000〜36000年前)を得ることができた。日本列島の最古級の遺跡、石器群、人類の生活痕跡であることが明らかとなった。 また樹種同定結果からは、先行研究における花粉分析結果を裏付ける成果となった。つまり最終氷期最寒冷(約25000〜20000年前)の寒冷な気候(亜寒帯性針葉樹)よりも比較的温暖な気候や植生(温帯性落葉樹:サクラ属)であった可能性を指摘でき、これまで旧石器時代は氷河時代であり寒く厳しい気候とされてきた時代観、文化観を見直す材料を得た。 今後、中国山地のこれら遺跡の継続的なフィールドワークによってさらに研究を推進し、学術的な発掘調査も実施していく予定である。
◆調査の経緯 岡山県教育委員会(1979)、岡山県古代吉備文化財センター(1995)が過去に発掘調査した遺跡から、旧石器時代の石器に伴って炭化材が出土していた。このたび、その炭化材をサンプリングし、(株)パレオ・ラボにて樹種同定分析を実施した上で、東京大学総合研究博物館所有の加速器質量分析装置(AMS)を用いて放射性炭素年代測定分析を行った。
◆調査の体制 中央大学、東京大学総合研究博物館、(株)パレオ・ラボの共同研究。 調査参加者:及川 穣(中央大学人文科学研究所・客員研究員) 小林 謙一(中央大学文学部・教授) 遠部 慎(中央大学人文科学研究所・客員研究員) 米田 穣(東京大学総合研究博物館・教授) 尾嵜 大真(東京大学総合研究博物館・特任研究員) 大森 貴之(東京大学総合研究博物館・特任研究員) 小林 克也(株式会社パレオ・ラボ) 小嶋 善邦(岡山県古代吉備文化財センター・総括副参事) 灘 友佳(松江市文化スポーツ埋蔵文化財課・主任主事) 調査原因:日本学術振興会科学研究費補助金による成果 挑戦的研究(萌芽)「高精度年代測定法の開発と適用可能な考古・歴史資料の拡大」(2019-2021年 度・研究代表者:小林謙一・19K21654) 基盤研究(C)「資源開発行動からみた現生人類の日本列島への定着過程」(2021-2023年度・研究代 表者:及川 穣・21K00958) 調査協力者:国立歴史民俗博物館・坂本 稔、山本里絵 東京大学総合研究博物館 岡山県古代吉備文化財センター 真庭市教育委員会
◆調査の目的・方法・成果 調査期間:サンプリング実施日2020年9月18日他 調査目的:石器群の分布と炭化材の共伴関係を捉え、遺跡を残した人々の活動の年代を推定する。 調査方法:樹種同定は走査型電子顕微鏡による検鏡、写真撮影。放射性炭素年代測定は加速器質量分析装置(AMS)による分析。
調査成果: (1)遺跡・石器群の特徴 蒜山高原遺跡群(中山西遺跡・下郷原田代遺跡・城山東遺跡)は、台形様石器群と局部磨製石斧を主体とする石器群であると評価できる。 ⇨整合的な放射性炭素年代として信頼性の最も高い中山西遺跡を基準にするならば凡そ34000-36000 cal BP前後の値を与えることができる。石器群との整合的で確実な放射性炭素年代としては、近畿・中国・四国地方の放射性炭素年代の最古値となった。
(2)気候・植生・海水面変動 28000 cal BP前後を遡る時期の比較的温暖な気候と植生(サクラ属・コナラ属・ブナ属等)から、最終氷期最寒冷期(LGM)にむかって亜寒帯性の気候・植生(トウヒ属・マツ属・モミ属等)へと変化していることが予想され、重要な所見となった(及川他2022a『中央史学』45,2022b『旧石器研究』18)。 ⇨列島規模の国立歴史民俗博物館DB(工藤他2018)からも整合的(地域的な変異あり)。 ⇨花粉分析の結果(大井2016)を裏付けることとなった。 とりわけ、北緯36°前後以南(主に西日本)で顕著。地域的な傾向性や変化を丁寧に復元していく必要がある。古気候・古環境の復元は理化学的年代測定値や樹種だけでなく花粉など複合的情報を積み上げていった先に得られるものと考えられる。今後も、事例データを積み重ね、列島における後期旧石器時代の古環境についてさらに検討していく必要がある。
◆意義 考古学的な最終目的として、資源開発行動からみた現生人類(ホモ・サピエンス)の日本列島への定着過程を明らかにすることを掲げている。つまり、無人の日本列島に初めて到達し、定着に成功した解剖学的現生人類(ホモ・サピエンス)がどのように新天地への適応を果たし生活領域を認識し、暮らし始めたのか。その文化的特性は何か、いかなる社会的関係を築いてそれを成し遂げたのか。このような所謂「日本人」の起源に関わるような問題を解明するための最古級の遺跡が蒜山高原を中心とした中国山地に残されていたことがわかってきた。 今回の報告のように、炭化材の樹種同定と放射性炭素年代測定分析を含め、各種理化学的な分析によって、年代、古気候、古植生、古動物相、当時の海水面など古環境を復元することがきわめて重要であることがわかる。今後もこれら人類史的にも重要な研究を本地域のフィールドワークからアプローチしていきたい。
◆参考文献 大井信夫2016「花粉分析に基づいた日本における最終氷期以降の植生史」『植生史研究』25:1-101 岡山県教育委員会1979『野原遺跡群早風A地点 岡山県埋蔵文化財発掘調査報告32』 岡山県古代吉備文化財センター 1995 『中国横断自動車道建設に伴う発掘調査2(本文)中山西遺跡 ; 城山東遺跡 ; 下郷原和田遺跡 ; 下郷原田代遺跡 ; 木谷古墳群 ; 中原古墳群2』、424頁、岡山 及川 穣・遠部 慎・小嶋善邦・小林謙一 2022「岡山県新見市野原遺跡群早風A地点の年代学的検討―石器群の分布と炭化材の炭素14年代測定分析―」『中央史学』45:17-37 及川 穣・小林謙一・遠部 慎・米田 穣・尾嵜大真・大森貴之・小林克也・小嶋善邦・灘 友佳2022「中国山地における後期旧石器時代前半期遺跡の年代学的研究―出土炭化材の樹種同定と放射性炭素年代測定―」『旧石器研究』18:125-139 工藤雄一郎・坂本稔・箱﨑真隆2018「遺跡発掘調査報告書放射性炭素年代測定データベース作成の取り組み」『国立歴史民俗博物館研究報告』212:251-266. 小嶋善邦2020「野原遺跡群早風A地点の再評価」『第36回中・四国旧石器文化談話会 中国山地東部の石器石材―野原遺跡群早風A地点の再評価から―』、15-43頁、岡山、第36回中・四国旧石器文化談話会実行委員会
【分析対象資料】遺跡と石器群
【分析対象資料】石器群と炭化材の分布状況
【樹種同定結果】サクラ属・カヤ:温帯性落葉樹 トウヒ属・マツ属等:亜寒帯性針葉樹
【放射性炭素年代と較正曲線(IntCal20)】
【海水面変動と中国山地の旧石器時代遺跡群の位置、隠岐黒曜石原産地】
関連リンク 中央大学プレスリリース
発表資料(PDFが開きます)
千葉工業大学 岡山理科大学 大阪大学 海洋研究開発機構 東京大学 高知大学 広島大学
我々が普段目にする岩石は鉱物が固まってできた集合体です。宇宙から飛来し、地球上で発見された岩石が隕石です。多くの隕石は「歪んだ鉱物組織」を含んでいます。これは「衝撃変成組織」と呼ばれ、その隕石が元となる天体(母天体)上で過去に経験した天体衝突の証拠です。天体衝突の条件と生成される衝撃変成組織の関係が明らかであれば、衝撃変成組織から「過去の太陽系でどんな天体衝突が起きていたのか? 」その動的な姿を蘇らせることができます。そのためには衝撃変成組織を読み解くための「辞書」が必要です。2020年末にはやぶさ2が小惑星リュウグウの試料を持ち帰り、現在も詳細な分析が行われています。また2023年には米国のオサイリスレックス探査機が小惑星ベンヌの試料を持ち帰る予定です。これまでの結果から、小惑星リュウグウの岩石は水と有機物を多く含む炭素質隕石に近く、過去に鉱物と水の反応(水質変成)を受けていることがわかってきました。現状では水質変成を受けた鉱物の衝撃変成組織についてはあまり調べられていませんでした。水質変成の結果として生成される鉱物の一つに方解石(炭酸カルシウム)があります。方解石はリュウグウ試料中に含まれていました(注1 )。
またベンヌの表面には炭酸塩の鉱脈が露出していることがわかっており、ベンヌ試料にも方解石が含まれている可能性があります。方解石の衝撃変成についてはごく弱い衝撃(5千気圧未満)、もしくは非常に強い衝撃(20万気圧)についてのみ知られていました。その中間の衝撃データを取得し、方解石についての辞書の記載を完成させることが必要でした。 衝撃変成組織を調べる実験手法は3つ提案されていますが、そのいずれにも問題点があり、時間的にも費用的にもコストが高く、多くの実験データを短期間で取得することは困難でした。千葉工業大学 惑星探査研究センターの黒澤耕介上席研究員を中心とする研究チーム(千葉工業大学、岡山理科大学、大阪大学、海洋開発研究機構、東京大学、東京工業大学、高知大学、広島大学)は先行研究の弱点を克服し、効率のよいデータ蓄積を可能にする新しい実験手法を開発しました(注2 )。
イタリア カッラーラ産の良質な大理石(方解石のかたまり)を用いて衝撃実験を実施(図1)し、回収試料を偏光顕微鏡、X線マイクロCT、 微小部X線回折法( 注3 )を用いて詳細に観察(図2、図3)しました。大理石が経験した衝撃圧力は衝突実験と同条件で数値衝突計算を実施し推定しました。その結果、3万気圧を超える衝撃圧力が加わった場合に方解石粒子の大部分が「波状消光」と呼ばれる不均質な光学的特徴を示すことを確かめました。
更に研究チームは典型的な隕石母天体の衝突破壊を想定した数値衝突計算結果(注4 )を解析しました。この計算では直径100 kmの母天体に直径20 kmの天体が秒速5 kmで衝突させ3万気圧を超える衝撃圧力が加わる領域の広さを調べました。波状消光を示すような粒子が発生する領域は、衝突点からおよそ30 km程度の領域に限られることがわかりました。現時点ではまだ調べられていませんが、もし仮にリュウグウ試料中の方解石が波状消光を示した場合、地球に持ち帰られた試料の少なくとも一部はリュウグウ母天体の30 kmより浅いところにあった可能性が高いといえるでしょう。このような議論はリュウグウ試料だけでなく、ベンヌ試料や炭素質隕石の分析にも適用できます。研究チームの黒澤、三河内、富岡、玄田はリュウグウ試料の初期分析チームに所属しています。本実験で得られた知見を、リュウグウ試料の分析結果を解釈する際に提供する予定です。 成果はアメリカ地球物理学連合が発行する「Journal of Geophysical Research Planets 」の6月2日付け電子版に掲載されました。
図1. (a) 今回用いた実験試料の写真。イタリア カラーラ産の大理石を直径30 mm、長さ24 mmの円柱形状に加工して使用しました。この大理石は100–300ミクロンほどの方解石粒子がほとんど隙間を含まずに固結している良質な岩石(堆積岩)です。円柱試料をチタン製の金属コンテナに封入してチタン製の前蓋で閉じ真空チャンバ内に配置しました。その後、二段式軽ガス衝撃銃で加速した高速飛翔体をチタン前蓋に衝突させることによって大理石試料に衝撃波を作用させました。飛翔体は直径5 mmのポリカーボネートです。 (b) 千葉工業大学に設置されている二段式軽ガス衝撃銃の写真です。
図2. (a)薄片に加工した衝撃後の大理石の薄片写真(偏光顕微鏡で撮影。透過光、直光ニコル)。飛翔体の大きさを円で示しています。白い点線より下では、試料が元の場所にそのままとどまった状態で回収できました。爆心点近傍では方解石粒子が激しく損傷し、光を通しにくくなっていますが、衝突点遠方ではほぼ無傷の方解石粒子が残っていることがわかります。爆心点から視て真下に位置する白い長方形の領域を赤い長方形の小領域に区切って偏光顕微鏡で観察し、波状消光を示す粒子の数を数えました。(b) 数値衝突計算で求めた白い長方形の領域の衝撃圧力の分布。
図3. 回収した試料の顕微鏡写真を拡大して示します。爆心点からの距離と経験した衝撃圧力が異なります。(a) 距離は5 mm、衝撃圧力は4万気圧、(b)距離は20 mm、衝撃圧力は1万気圧。(a)に示した4万気圧を経験した方解石粒子は全体にまだら状に黒っぽく写っていますが、(b)に示した1万気圧の粒子では明暗のコントラストがはっきりしていることがわかります。波状消光は(b)に示した粒子のようなきれいな消光が観られなくなる状態のことを指しています。これは結晶構造が衝撃によって歪んでしまうことが原因です。
<注釈>
※1. 令和4年6月10日付け、JAXA プレスリリース 小惑星探査機「はやぶさ2」初期分析 化学分析チーム 研究成果の科学誌「Science」論文掲載について https://www.jaxa.jp/press/2022/06/20220610-2_j.html
※2. 衝撃変成組織を読み解く辞書として、1970年代にDieter Stöffler博士が提案した分類表が頻繁に使われています。この分類表に記載されていない鉱物の衝撃指標を新たに確立するためには、(1)衝撃を加えていない試料との差異が明確であり、再現性があること、(2)回収した試料が経験した衝撃圧力を推定可能であり、衝撃変成組織との対応が可能であることが求められます。その2つを満たすために多くの実験が行われてきましたが、時間的、費用的コストが高く、Stöffler博士の分類表の記載は限られたものになっていました。そこで本研究チームでは従来手法の弱点を取り除いた実験手法を開発しました。その内容を次に示します。千葉工業大学 惑星探査研究センターに設置された二段式軽ガス衝撃銃で直径5 mmのプラスチック飛翔体を加速させ、標的に衝突させます。標的は図1に示した大理石試料を封入した金属コンテナの前蓋です。発生した衝撃波は内部の大理石に伝わり、方解石が衝撃を受けます。金属コンテナに封入しておくことで、試料が破砕されてしまうことを防ぐことができます。このとき大理石試料(直径30 mm)よりも十分に小さい飛翔体(直径4。8 mm)を用いると、試料中で衝撃波が減衰します。この減衰を利用して様々な衝撃圧力を経験した方解石粒子を1回の実験で回収することができます。この方法の難点は衝撃圧力の推定が難しいことです。本研究では、計算機中で同じ衝突条件を再現することで大理石内部の衝撃波の減衰の様子を数値的に解き、それぞれの位置にある方解石粒子が経験した衝撃圧力を計算することで、この難点を克服しました。数値的に推定した衝撃圧力の信頼性は別途圧力計を用いた実験を実施して直接圧力を計測することで検証しました。実測値と計算値のずれは最大でも2倍程度であり、本論文の主要な結論を変えるほどには大きくないことを確かめています。
※3. 衝撃を受けた大理石試料は脆いため樹脂を浸透させた後に分析を実施しました。5回行った衝撃実験の試料のうちの1つは高知大学 海洋コア総合研究センターのX線マイクロCT装置で内部構造の観察を行いました。この計測で衝撃によるダメージは試料中の射線軸に対してほぼ軸対称に分布していることを確認しました。全ての衝撃を受けた大理石試料は真っ二つに切断し、射線軸に平行な方向の断面を薄片に加工しました。この薄片を千葉工業大学 惑星探査研究センターに設置されている偏光顕微鏡、および大阪大学 大学院理学研究科に設置されている微小部X線回折装置で観察、分析しました。これらの装置によって大理石に含まれる方解石の結晶が衝撃によって損傷を受けているかどうかを調べました。
※4. こちらの計算は以前にプレスリリースをした先行研究で実施されたものです。本研究では計算データを再解析して利用しました。
令和3年8月2日付け、千葉工業大学プレスリリースリュウグウが半乾きになった原因は天体衝突ではない -リュウグウ模擬試料を用いた高速度衝突実験から試料分析への示唆-
https://www.it-chiba.ac.jp/topics/pr20210802/
<謝辞> 本研究は科学研究費補助金JP18KK0092、JP19H00726、JP21K18660の援助を受けて実施されました。
<掲載論文> Kosuke Kurosawa, Haruka Ono, Takafumi Niihara, Tatsuhiro Sakaiya, Tadashi Kondo, Naotaka Tomioka, Takashi Mikouchi, Hidenori Genda, Takuya Matsuzaki, Masahiro Kayama, Mizuho Koike, Yuji Sano, Masafumi Murayama, Wataru Satake and Takafumi Matsui (2022), Shock recovery with decaying compressive pulses: Shock effects in calcite (CaCO3 ) around the Hugoniot elastic limit , Journal of Geophysical Research Planets , 127 , e2021JE007133, https://doi.org/10.1029/2021JE007133
関連リンク 千葉工業大学プレスリリース
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/people/faculty_kanezaki.html
http://www.intermediatheque.jp/ja/info/greeting-director
ハンユスクス・シネンシス(Hanyusuchus sinensis )の模式標本(上)と復元画(下)。
名古屋大学博物館 東京大学総合研究博物館
発表資料(PDFが開きます)
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学博物館の飯島 正也 学振特別研究員、東京大学総合研究博物館の米田 穣 教授、中国合肥工業大学のリュウ ジュン 教授らの研究グループは、中国広東省新会博物館、順徳博物館との共同研究で、中国広東省の青銅器時代の地層から、有史以降に絶滅した大型ワニを報告しました。
現在の日本に野生のワニはいませんが、人類が日本列島に到達する以前には、複数のワニ類が生息していました。特に、マチカネワニとして知られる6~7 m級の大型ワニは、日本の古脊椎動物学史上、最も重要な学術標本のひとつであり、国の記念物に登録されています。マチカネワニの仲間は、日本各地の第四紀の地層から見つかりますが、30~40万年前を最後に記録が途絶えています。
今回、中国広東省の青銅器時代のワニの標本を調査したところ、かつて爬虫類学者・青木 良輔氏が提唱したように、マチカネワニに近縁な大型種が有史以降まで生延びたこと、ワニ類の形態進化の間隙を埋める中間種(移行種)であること、古代広東人と共存し、人為的に絶滅した可能性が高いことが分かりました。本研究の成果により、長年議論が続いたワニ類の分類問題の解決や、完新世の爬虫類メガフォーナの絶滅要因について理解が深まることが期待されます。
本研究成果は、2022年3月9日午前9時(日本時間)付英国王立協会紀要「Proceedings of the Royal Society B」に掲載されました。
関連リンク 名古屋大学プレスリリース
現代のシナガチョウ(左)とヨーロッパガチョウ(右)
北海道大学総合博物館 筑波大学 東京大学総合研究博物館
発表資料(PDFが開きます)
北海道大学総合博物館の江田真毅准教授らと筑波大学人文社会系の板橋 悠助教、東京大学総合研究博物館の米田 穣教授、蘭州大学、浙江省文物考古研究所、金沢大学、蕭山博物館の国際研究グループは、約7000年前の中国・長江下流域の田螺山遺跡から出土したガン類の骨の組織学的・地球科学的・生物学的・形態学的調査によって、同遺跡におけるガン類の家禽化の複数の証拠を発見しました。
長江下流域は、現在もガン類の越冬地ですが、繁殖地ではありません。しかし、組織学的分析から、田螺山遺跡から出土したガン類の骨には、越冬地に渡ってきたものとは考えにくい幼鳥の骨が含まれることが明らかになりました。酸素の安定同位体分析から、これらの幼鳥だけでなく、成鳥にも現地で生まれ、渡りを経験していないと考えられる個体が含まれることがわかりました。また、窒素と炭素の安定同位体分析では、在地性のガン類は渡りをしていたガン類とは異なる食性をしていたことがわかりました。さらに、形態学的分析により在地性のガン類は大きさが類似しており、数世代にわたって野生個体から隔離されてきたことが考えられました。これらの在地性のガン類の骨は放射性炭素年代測定によって田螺山遺跡が営まれた約7000年前のものであることが確認されました。
これらの証拠から、研究グループは約7000年前にガン類が飼育されており、家禽化の初期段階にあったと結論付けました。家禽化されたガン類であるガチョウの歴史は、これまで約3500年前のエジプトに端を発すると考えられてきました。本研究成果は従来の考えを大幅に遡り、ガン類飼育の歴史がより長かったことを示しています。また、現在最も普及している家禽であるニワトリの飼育も確実な証拠は約4000年前以降と考えられており、今回の成果は家禽の歴史も大幅に更新するものといえます。
なお、本研究成果は、2022年3月8日(火)公開のProceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 誌にオンライン掲載されました。
関連リンク 北海道大学プレスリリース 筑波大学プレスリリース
ミナミハタンポに装着した光るタグ
1.発表者: 小枝 圭太(東京大学総合研究博物館 特任助教) 当真 英之(元美ら海水族館 主任) 立原 一憲(琉球大学理学部 教授)
2.発表のポイント: ◆世界で初めての光るタグを付けて暗闇のなかで追跡する手法に挑戦し、夜行性魚類ハタンポ科の夜間の行動生態の解明に繋がった。 ◆これまでの予想に反し、ミナミハタンポが夜間にサンゴ礁の外まで長距離を回遊していることが判明した。 ◆サンゴ礁の外から内までエネルギーを運搬する生態系にとっての重要な役割を果たすことが分かった。
3.発表概要: 夜行性魚類は夜間に活動する生態ゆえに生態調査が難しく、昼行性魚類と比べて研究例が極めて少ない。東京大学総合研究博物館の小枝圭太特任助教らは、光る小型タグを観察個体に装着し、水中ライトを付けずに暗闇のなかで泳いで追跡する手法を考案した。これにより、これまで謎に包まれていた夜行性魚類ミナミハタンポの夜間の行動生態が明らかになった。 彼らは夜間にサンゴ礁の外の沖合にでて、餌を探して極めて長い距離を回遊していた。これは本種がサンゴ礁生態系のエネルギー移動において重要な役割を果たしていることを意味している。 新たな手法により夜行性魚類の生態系での役割が再評価される一例となった。本手法が、今後の夜行性魚類に関する研究に生かされ、より正確な魚類生態の把握へとつながることが期待される。
4.発表内容: 【背景】 チョウチョウウオ類やスズメダイ類といったサンゴ礁で目に付く昼行性魚類たちの研究は数多く行われているものの、日中は身をひそめる夜行性魚類に関する生態学的研究は極めて少ない。ミナミハタンポは日中、サンゴ礁域の水中洞窟などの暗がりで数十から数千個体の群れを成す小型の夜行性魚類であり、体長は15 cmほど。サンゴ礁域において最も個体数の多い夜行性魚類の一つであることが知られているが、夜になると昼の隠れ家から忽然と消えてしまう。彼らが夜間どこへ行き、何をしているのかについては、全くわかっていなかった。
【手法】 夜行性魚類に関する研究が進んでいない原因は、彼ら自身の特徴による部分が大きい。というのも、夜行性魚類は光に対して非常に敏感であるため、観察のためにライトを当てると逃避行動をとってしまう。そのため既存の観察方法では、夜間における正しい行動生態の調査が困難である。そこで本研究では、採集した魚体に小型の光るタグを装着して放流し、これをライトのない真っ暗闇のなか泳いで追跡することにより、夜間の移動生態の解明を試みた。ただし光るタグを追跡する調査では、ダイナミックな移動は観察できるものの、詳細な行動が確認できないため、沖縄美ら海水族館の飼育個体を用いた水槽内観察と組み合わせることにより、詳細な行動生態を解明した。
【成果】 光るタグを追跡する手法では、ライトを消して光るタグを追跡するため、魚が観察者から逃げることがなく、自然な行動が観察することが可能であった。その成果として、ミナミハタンポが夜間にサンゴ礁の外の沖合を極めて長距離回遊していることが明らかになった。彼らは、日没後、日中の隠れ家である水中洞窟から一斉に回遊をスタートさせ、最も長距離を移動した観察例では1時間あたり700m以上もの距離を移動していた。短い観察例でもその距離は約400mに達した。観察は移動開始後の約1時間に限定されているものの、その間、彼らの移動は止まることはなく、単純計算では一晩に最大7kmもの距離を移動できる換算である。また、彼らは日中の隠れ家があり、水深が浅いことで捕食者から逃げやすいサンゴ礁の内側には留まらず、サンゴ礁の縁辺から150m以上の沖合まで移動し、逃げ場のない開けた空間であるサンゴ礁の外側で回遊をつづける様子が観察された。サンゴ礁の外は逃げ込む場所が少なく、遊泳力の低い小型魚にとっては捕食リスクの高い場所であると同時に、観察者にとっては目印となる場所もないため追跡が非常に難しい。 ではミナミハタンポは高い捕食リスクのもと、サンゴ礁の外で何をしているのか。野外での観察結果と水族館の水槽内での観察結果と複合すると、ミナミハタンポは夜間にサンゴ礁の外側まで移動したのちに、産卵や摂餌といった重要な生態学的行動をおこなっていることが推察された。熱帯のサンゴ礁は栄養が豊富な環境と思われがちだが、実際には水中の栄養は非常に少ないことが知られている(それゆえ水の透明度が高い)。ただし夜になると、日中には海底に隠れていた底生性の動物プランクトンが水中に浮上することにより、サンゴ礁の外において表層や中層の栄養が豊かになることが知られている。ミナミハタンポにみられたサンゴ礁外への大規模な移動は、捕食リスクが高いために多くの魚類が利用できないサンゴ礁外の豊富な栄養を利用するためであると考えられる。先行研究によりミナミハタンポは他のサンゴ礁の昼行性魚類と比較して成長が速く、より頻繁に繁殖行動をおこなうことが知られているが、この成長の速さや繁殖頻度は、他の魚種が利用できない豊富な栄養を、彼らだけが利用できることによって支えられているのかもしれない。 ミナミハタンポでみられた夜間の大移動は、サンゴ礁生態系においても重要な役割を果たしていると考えられた。ひとつは豊富な栄養を利用して、早く成長することで、これを捕食する上位捕食者の重要な餌資源となっていることである。現にミナミハタンポは様々な肉食魚により食べられていることが分かっている。もうひとつは、サンゴ礁の外側から内側へと栄養を運び込む役割である。すなわち、他の魚種では利用の難しいサンゴ礁外において摂餌し、サンゴ礁の内側、とりわけ水中洞窟など光が届かず、貧栄養な環境に戻り糞として排出することにより、サンゴ礁内外のエネルギーを循環しているといえる。このような役割は多種多様な魚類が生息するサンゴ礁においても全く知られていなかった事象であり、生態系において極めて重要かつ特異的な役割といえる。 このように、これまで謎に包まれていた夜行性魚類の夜間の生態の一端を、光るタグを暗闇のなか追いかける手法により明らかにすることができた。また、その驚くべき生態は、これら夜行性魚類がサンゴ礁生態系において果たす役割を再評価することにまで繋がった。今回の研究においては、調査対象をミナミハタンポに限定しておこなったが、テンジクダイ科やイットウダイ科などのハタンポ科以外の夜行性魚類、同じハタンポ科の違う種などでも検証し、比較することにより、まだそのほとんどが謎に包まれている夜のサンゴ礁における魚類の生態が明らかになることが期待される。
5.研究代表者(小枝)のひと言: ライトを付けて夜行性魚類を追跡しようとしましたが、対象魚はあっという間に闇のなかに逃げてしまい、追跡は失敗に終わりました。ライトを消して夜の海を泳ぐ、という行為は一見すると無謀で危険にも思われるかもしれませんが、調査場所の地形や環境条件を深く理解し、海況を適切に判断して調査日を設定したうえで、確かなフィールド力と信頼できるサポートがあったことで達成できたと考えています。このような特殊な手法により、興味深い夜行性魚類の生態が明らかになったと思います。 6.発表雑誌: 雑誌名:PeerJ(オンライン版:11月16日) 論文タイトル:Nighttime migrations and behavioral patterns of Pempheris schwenkii 著者:小枝圭太、当真英之、立原一憲(琉球大学理学部) DOI番号:10.7717/peerj.12412(オープンアクセス)
7.問い合わせ先: 東京大学総合研究博物館 特任助教 小枝 圭太(こえだ けいた) E-MAIL:koeda(a)um.u-tokyo.ac.jp (a)を@に書きかえてください
ミナミハタンポの昼夜での行動の違い
ミナミハタンポの夜間の移動(点線でサンゴ礁の縁辺を示す)
図1.七五三掛遺跡と中部高地の縄文時代人骨におけるコラーゲンの炭素同位体比(δ13 C値)と窒素同位体比(δ15 N値)の比較。縄文時代晩期末の七五三遺跡の人骨では、縄文時代早期から後期の人骨よりも炭素同位体比が高い特徴があり、これは雑穀を含むC4植物を食べた影響と考えられる。
【発表者】 米田 穣(東京大学総合研究博物館 教授) 中沢 道彦(長野県考古学会 会員) 田中 和彦(長野県立長野西高校 教諭) 高橋 陽一(小諸市教育委員会 事務主任)
【発表のポイント】 ・長野県小諸市七五三掛(しめかけ)遺跡で発見された古人骨で放射性炭素年代測定を実施し、15点中13点が縄文晩 期末に、2点が古墳時代に属すると明らかになりました。 ・縄文時代晩期末の資料で、炭素同位体比が高いという雑穀食に由来する特徴が確認されました。日本の先史時代人 骨における雑穀食の確認は、長野県更埴市の生仁(なまに)遺跡につづき国内2例目。これまでに、雑穀を食用に していた縄文人集団は見つかっていません。 ・中国の新石器時代集団と比較すると、雑穀は主食とはなっておらず、縄文人が伝統的な狩猟採集を維持しながら、 水田稲作ではなく雑穀栽培を主体的に選択したと考えられます。伝統的な食料獲得と食料生産が併存した、縄文文 化の新たな一面が明らかになりました。
【発表概要 】 東京大学総合研究博物館の米田穣(よねだ みのる)教授らの研究チームは、長野県小諸市七五三掛(しめかけ) 遺跡(注1)出土人骨からコラーゲンを抽出し、放射性炭素年代を測定することで、15点中13点が縄文時代晩期末頃 の人骨であることを発見しました。さらに炭素・窒素安定同位体比(注2)の特徴から、縄文時代晩期末の集団が渡 来文化の一部である雑穀(アワ・キビ)を食べていたことも明らかにしました。縄文終末期に中部高地に伝来した渡 来文化には水田稲作だけではなく雑穀栽培が含まれていましたが、それらの穀物を利用したのが縄文人だったのか、 渡来人だったのか、また食生活における雑穀の重要性などの詳細は不明でした。今回の研究成果では、雑穀は食生活 の一部のみを占めることから、狩猟採集による伝統的な生活を継続しつつ、縄文人(注3)が渡来文化を主体的に受 容した様相が示されました。土器表面の圧痕研究(注4)ではイネ(籾)に加え、アワ、キビの雑穀種子も見つかっ ていることから、縄文人集団は中部高地の環境に適した雑穀を選択して生業に取り入れたと考えられます。
【研究の背景】 縄文時代と弥生時代の境界は、九州北部に朝鮮半島から水田稲作を中心とした農耕文化が約2800年前に伝来したこ とを契機に、本格的な食糧生産を基盤とする社会に移行した時点とされます。大陸由来の農耕文化は、水田稲作を中 心にアワ・キビの畠作や他の文化要素が複合して、文化のパッケージとして受容されたと考えられてきました。これ は、農耕・牧畜の開始にともなう「農業革命」や「新石器革命」とよばれる大きな社会変化と、それに続く文明発展 につながる重要な画期と対応すると考えられています。 一方で、縄文時代終末期の土器表面の詳細な調査からは、中部高地や関東でイネ(籾)が存在するものの、アワ、 キビ種子の検出数が上回る傾向が見いだされています。多様な自然の食料を利用しながらも、最近では植物の管理や 栽培が議論されている縄文人が、大陸由来のイネや雑穀(アワ・キビ)をどのよう受容し、栽培を開始したのか、穀 物栽培が当時の生業中でどの程度比重を占めていたのか、その実態を考古学的証拠から復元することは困難でした。
【研究内容】 本研究では、長野県小諸市七五三掛遺跡から発見された古人骨からコラーゲンを抽出して、時間ともに減衰する放 射性炭素と、食生活によって存在比が変化する炭素と窒素の安定同位体比を測定しました。砂利採取で発見された七 五三掛遺跡出土人骨は、その帰属年代や考古学的な背景は不明でしたが、縄文時代後晩期から弥生時代にみられる風 習的抜歯が施術された頭骨が含まれており、縄文時代後晩期~弥生時代前期の資料である可能性が考えられました。 本研究では、別個体に属すると考えられる上腕骨、大腿骨、下顎骨と頭骨の合計18点を分析して、15点で放射性炭 素年代測定に成功しました。そのうち13点の年代は2750~2500年前に集中しており、中部高地の文化編年では縄文時 代晩期末(氷I式期)に相当します。残りの2点は、1300年前と1600年前ごろの古墳時代の人骨とわかりました。 七五 三掛遺跡人骨の炭素・窒素安定同位体比は極めて特徴的で、これまでに類似した縄文人集団は報告されていません (図1)。比較的低い窒素同位体比から、海産物や淡水魚の利用は少ないと考えられ、シカ・イノシシなど森林にす む動物よりも明らかに高い炭素同位体比からは、特殊な光合成をおこなうC4植物(注5)を利用したと考えられま す。
【研究の意義】 2010年代から行われた土器表面の圧痕の研究で、長野県では縄文時代晩期末にあたる氷I式土器からアワ・キビの圧 痕が発見されており、C4植物のなかでも弥生文化とともに伝来したアワ・キビを食用にした結果、古人骨の炭素同位 体比が上昇したと考えられます。長野県千曲市の生仁(なまに)遺跡から出土した上顎骨1点でも同様の結果が得ら れていますが(設楽ら 2020)、これは破片人骨であり形態学的な特徴から縄文人か渡来人かを断定できていません。 七五三掛遺跡では、(1)集団が雑穀を利用していたこと、(2)縄文人に特徴的な顔面形態(図2)や抜歯風習を もつ縄文人が雑穀を食用・栽培していたことが重要な発見です。しかし、雑穀栽培の起源地である中国北部の新石器 時代人骨と比較すると、七五三掛遺跡の縄文人による雑穀利用は食生活の一部を占めるにすぎず、中国新石器時代の 雑穀農民とは大きく異なることも分かりました(図3)。 植物の栽培や家畜の飼育による食料生産は、肥沃な三日月地帯として知られるメソポタミアで始まり、文明の誕生 に結びつく「農業革命」という人類史の重要な画期に位置づけられていました。しかし、近年の考古学的な成果から 世界の10カ所以上で独自に食料生産は発生しており、食料生産が低水準のまま狩猟・採集・漁撈による食料獲得と並 存した社会が、文明発生の理解の鍵を握ると注目されています。今回は大陸から新たな穀物が伝播、受容しはじめた 頃の事例ですが、中部高地では縄文時代の伝統的な食文化の一部に雑穀が加わったが、生産量は低水準であり、日本 列島でも時期や地域によって多様な食料生産の形態があったと考えられます。
参考文献: 設楽博己・近藤 修・米田 穣・平林大樹 (2020)「長野県生仁遺跡出土抜歯人骨の年代をめぐって」『物質文化』100号, pp. 95-104 田中和彦 (2003)「長野県七五三掛遺跡出土の縄文時代人骨」『Anthropological Science』111号, pp. 69-85 中沢道彦 (2012)「氷I式におけるアワ・キビ栽培に関する試論-中部高地における縄文時代晩期後葉の選択的受容と変化-」『古代』128号, pp. 71-94
発表雑誌 : 雑誌名:日本考古学協会機関誌「日本考古学」53号(2021年10月13日発行、25-40頁) 論文タイトル:長野県七五三掛遺跡出土人骨の同位体分析で示された、縄文時代晩期後葉の雑穀栽培を伴う低水準食料生産 著者:米田 穣*・中沢道彦・田中和彦・高橋陽一
問い合わせ先 : 東京大学総合研究博物館 教授 米田 穣(よねだ みのる) E-Mail:myoneda(a)um.u-tokyo.ac.jp (a)を@に書きかえてください
用語解説 : (注1)七五三掛(しめかけ)遺跡: 長野県小諸市に所在。千曲川支流の松井川左岸の崖面に2つの洞穴からなる遺跡。成人8体、小児2体、別個体11 体以上の人骨が出土。人骨の他、獣骨、カワシンジュガイ貝殻が出土したが、人工遺物は不明。1994年にセメント用 砂利採取中に人骨が発見され、当初は事件性を調査されたが、野沢南高校教諭(当時)の田中和彦(共著者)が人骨 に風習的抜歯を認め(田中 2003)、遺跡と認定されました。
(注2)炭素・窒素同位体による食生活の復元: 骨コラーゲンを構成するタンパク質と、食料に含まれるタンパク質の炭素同位体比(13 C/12 C)と窒素同位体比 (15 N/14 N)が比例することを利用して、食生活を復元する方法。炭素同位体比に特徴がある雑穀(アワ・ヒエ・キ ビ・トウモロコシ)や、窒素同位体比に特徴がある海産物について、定量的に食生活を復元できるので、縄文時代を はじめ様々な時代の人骨で広く応用されている。 (注3)縄文人: 弥生時代は日本に水田稲作が伝来した約2800年前に始まるが、日本各地に弥生文化が到達までには時間差がある。 中部高地では、約2400~2300年前に水田稲作の遺跡が現れるので、文化編年ではそれまでを縄文晩期文化としてお り、縄文文化の持ち主を縄文人としている。顔面形態などの特徴からも在地の縄文人の子孫であり、渡来系の影響は 少ないと考えられる(田中2003)。
(注4)土器の圧痕: 土器の表面や内部には、材料の粘土に混入していた有機物が圧痕とよばれる空隙として残されている。2000年代に なって、圧痕にシリコンを注入して作ったレプリカを電子顕微鏡などで観察すると、植物組織や細胞まで観察が可能 であり、種実などで詳細な種同定が可能となった。中沢道彦(共著者)は大陸に由来する穀物(イネ・アワ・キビ) の圧痕が中部高地では縄文時代晩期末の土器に認められることから、この時期に大陸由来の栽培技術が伝播すること を見出しています(中沢 2012)。 (注5)C4植物: 樹木など通常の植物とは異なる光合成回路(ハッチ・スラック回路)をもつ草本類のこと。重たい炭素同位体(炭 素13)を多くふくむ特徴がある。日本列島の植物種ではススキやエノコログサなど10%と少なく、そのままで食用に なるものはほとんどない。黄河流域で1万年前ごろに栽培化された雑穀(アワ・キビ)や中米で栽培化されたトウモ ロコシはC4植物であり、古人骨の炭素同位体比によって、食生活で占める割合を推定できる。
図2.典型的な縄文人の特徴を示している七五三掛遺跡出土A-2人骨の頭骨。上顎の犬歯と下顎の切歯を人工的に抜去する風習的抜歯が認められる。
図3.中部高地縄文晩期後葉の人骨と山東半島省新石器・青銅器時代人骨におけるコラーゲンの炭素・窒素同位体比の比較。生仁遺跡の縄文時代晩期後葉人骨は、山東半島の新石器時代前期の人骨と類似した炭素同位体比を示しており、それ以降の雑穀農民とは大きく異なることが分かった。
報道発表資料:第14回海洋立国推進功労者内閣総理大臣表彰について – 国土交通省 (mlit.go.jp)
一般社団法人日本鉱物科学会2021年年会・総会/2020年度日本鉱物科学会賞第24回受賞者 三河内 岳 会員(東京大学)
本郷本館を、2021年7月1日以降、東京大学教職員・学生限定、完全予約制で木曜日のみ開館いたします。 詳しくは、入館の手続き についてをご参照ください。
博物館の新しいホームページを公開しました。
国際デザイン学寄付研究部門を設置しました。
/people/faculty_koeda.html
/web_museum/ouroboros/v25n2/ouroboros_v25n2_top.html
/exhibition/2021ga.html
http://www.intermediatheque.jp/ja/schedule/view/id/IMT0223
http://www.intermediatheque.jp/ja/schedule/view/id/IMT0209
http://www.intermediatheque.jp/ja/schedule/view/id/IMT0231
図1:ミュオグラフィセンサーモジュール © Hiroyuki Tanaka/Muographix 素粒子ミュオンを検知する度にダイオードが点灯する。
本資料のPDF版
東京大学国際ミュオグラフィ連携研究機構 東京大学生産技術研究所 東京大学大学院新領域創成科学研究科 九州大学 関西大学 シェフィールド大学 英国科学技術施設会議ボルビー地下実験施設 ウィグナー物理学研究センター 日本電気株式会社
1.発表のポイント
海底ミュオグラフィセンサーアレイ(注1)を世界で初めて設置し、東京湾における天文潮位のリアルタイム測定にはじめて成功した。 ミュオグラフィ(注2)はこれまで火山、原発、ピラミッドなど陸域における透視に成果を上げてきたが、海への展開は初である。 今後はセンサーアレイの拡張により、地震による津波や低気圧などによる異常波浪が東京に到達する前にイメージングできるだけではなく、東京湾に眠る天然ガス資源の探査への活用も期待される。
2.発表概要
東京大学国際ミュオグラフィ連携研究機構は、同大学生産技術研究所、大学院新領域創成科学研究科、および九州大学、関西大学、シェフィールド大学、英国科学技術施設会議ボルビー地下実験施設、ウィグナー物理学研究センター、日本電気株式会社と共同で、世界初となる海底ミュオグラフィセンサーアレイの一部を東京湾アクアライン海底トンネル内部の100 mにわたって設置し、東京湾における天文潮位のリアルタイム測定に成功した。 ミュオグラフィは、宇宙に由来する高エネルギー素粒子ミュオン(注3)を用いて巨大物体を透視する技術である。これまで火山、原発、ピラミッドなどの透視に成果を上げているが、すべて陸域での測定に限られてきた。今回これをはじめて海へ展開し、天文潮位のリアルタイム測定に成功した。 この測定の成功は、地震による津波や高潮をそれらが東京に到達する前にイメージングできることを示す。将来的にはセンサーアレイをさらに拡張することにより、より広域で津波や高潮を検知できるようになると考えられる。さらに東京湾海底に眠る天然ガス資源の探査への活用も期待される。
3.発表内容
<海底ミュオグラフィセンサーアレイについて> 東京湾海底ミュオグラフィセンサーアレイ(Tokyo-bay Seafloor Hyper KiloMetric Submarine Deep Detector;以下、TS-HKMSDD)は、幅10cm、長さ2mのミュオグラフィセンサーモジュール(図1)を一定の間隔に配列したミュオグラフィセンサーモジュールの一次元集合体(図2)である。 東京湾の海水を貫通し、海底下の東京湾アクアライン海底トンネルにまで到達した素粒子ミュオンは、センサーモジュールにて検知され、TS-HKMSDDの中央に位置するデータ収集センターにて記録される(図3)。この記録されるミュオン数の時間変化を測定することにより、TS-HKMSDD上部に位置する海水の動きや海底岩盤内部の変化をイメージングすることが可能となる。
図2:TS-HKMSDD © Hiroyuki Tanaka/Muographix ミュオグラフィセンサーモジュールが一定の間隔に配列されている。2021年末までに、100を超えるセンサーモジュールが海面下45mのトンネルに整備される予定である。
図3: TS-HKMSDDの中央に位置するデータ収集センター © 2021 Hiroyuki Tanaka/Muographix
<センサーアレイによる測定について> ミュオンは貫通力が強いため、東京湾の海水を通り抜けた後、さらに海底の岩盤を貫通し、アクアライン内部に設置してあるセンサーに到達する。このミュオンの到達数を時間毎に計数することにより、海水の厚みすなわち海水準の変動を測定することが可能となる(図4~6)。海水準の決定精度、時間分解能、空間分解能、測定範囲は、トンネル内にインストールするセンサーモジュールの敷設範囲、敷設密度を上げることによって向上する。天文潮位のリアルタイム測定に成功したことは、今後のセンサーアレイの拡張により、地震による津波や低気圧などによる異常波浪をそれらが東京に到達する前にイメージングできることを示している。 また、この拡張により、より広域で津波や高潮をイメージングできるようになるだけでなく、東京湾海底に眠る天然ガス資源の探査にも活用できるようになると考えられる。これは、南関東ガス田(注4)は我が国の天然ガス可採埋蔵量の90%以上を占める大規模ガス田であるが、東京湾領域が全くの調査空白域となっていることに関係する。 なお、TK-HKMSDDは幅10cmの細長いセンサーモジュールを約10m間隔で配列したものであり、その構造論的性質から引き続きモジュールを足し続けていくことができる。現計画では2021年度中にTK-HKMSDD を長さ1kmに拡張する予定であり、東京湾のより広い領域をカバーできるようになる。
図4:今回設置したTS-HKMSDDの位置 © 2021 Hiroyuki Tanaka/Muographix Muと示された部分がTS-HKMSDDの一部が設置された場所を示す。
図5:TS-HKMSDDによる潮位測定結果(観測点:千葉) © 2021 Hiroyuki Tanaka/Muographix 青線(上)はTS-HKMSDDにより測定された潮位、赤線は海上保安庁による検潮結果。
図6:TS-HKMSDDによる潮位変動の時空間イメージ © 2021 Hiroyuki Tanaka/Muographix カラースケールは潮位を示しており、緑が低く、黄から赤に行くに従い高くなる。
<今後の展望> 今後はTS-HKMSDDの運用により得られる大量の東京湾透視画像に、既に火山噴火予測で成果が上がっている火山透視画像の機械学習プログラム(注5)を応用することで、将来の高潮の詳細な波高分布の予測につなげることを計画している。 なお同様の海底トンネルは世界各地にあり、ミュオグラフィのユビキタス性(注6)からTS-HKMSDDはそのモデルケースとなって成果を即世界の海へと展開することが可能である。英国、北海海底トンネルにおいては既にHKMSDDを整備する計画が立案されている。
<国際ミュオグラフィ研究所について> TS-HKMSDDを今後さらに拡張していくことで、国際研究拠点の研究インフラとして発展させる予定である。特に国際ミュオグラフィ研究所とつなぐことで、地震、気象、海洋、資源など多岐の分野にわたる研究者がつながり、多極的かつ国際的な海洋ミュオグラフィ研究が進むことが期待される。国際ミュオグラフィ研究所は、本学のデジタルアーカイブ技術(注7)を駆使しサイバー空間に2016年に設置した仮想研究所で、2021年現在11カ国34機関が参加する。研究者がサイバーインフラを共有することにより、これまで異セクタ間の共同研究や国際共同研究プロジェクトを数多く駆動してきた。TS-HKMSDDはサイバー空間を通して、東京大学大気海洋研究所をはじめとする関係機関との共同利用に供される。
<ミュオグラフィアートチームについて> 東京大学と関西大学を核に進めているミュオグラフィアートチームは、革新的な科学技術であるミュオグラフィを情報科学(コンピューターグラフィックスCG、仮想現実VR、拡張現実AR)あるいは絵画などのアートを用いて社会に発信している。今回の海底ミュオグラフィセンサーアレイもその対象として一般社会に発信していく予定である。
4.問い合わせ先
東京大学国際ミュオグラフィ連携研究機構 機構長 教授 田中宏幸(たなか ひろゆき) 〒113-0032 東京都文京区弥生1丁目1−1 Email: ht(a)muographix.u-tokyo.ac.jp ht(a)eri.u-tokyo.ac.jp ht(a)virtual-muography-institute.org ※3つのアドレスすべてにお送りください。(a)を@に書き換えてください。 国際ミュオグラフィ連携研究機構ウェブサイト: https://www.muographix.u-tokyo.ac.jp/
5.用語解説
(注1)東京湾海底ミュオグラフィセンサーアレイ(TS-HKMSDD) 素粒子ミュオン(注3)を検知できるミュオグラフィセンサーモジュールを一定の間隔に配置したもの。ミュオンが検知されるたびTS-HKMSDDの中央に位置するデータ収集センターに信号が集められ、記録される。今回、東京湾アクアライン海底トンネル内部の100 mにわたり設置されたが、今後さらなる拡張が計画されている。 (注2)ミュオグラフィ ミュオン(注3)の強い貫通力(岩盤で1km以上)を用いるレントゲン写真撮影法。医用のレントゲン写真ではX線を利用するが、これはX線の透過力が人体程度であることを利用している。ミュオンの透過力が海洋の深さ程度のオーダーであることからミュオグラフィを利用して海のレントゲン写真を撮影可能である。
(注3)ミュオン 主に超新星などの銀河系の高エネルギーイベントによって光速まで加速される宇宙線と呼ばれる粒子が地球に到達すると、大気を構成する窒素や酸素の原子核と反応して高エネルギーの二次粒子生成する。その一つがミュオンと呼ばれる素粒子であり、貫通力が強い。
(注4)南関東ガス田 千葉県を中心として茨城・埼玉・東京・神奈川県下にまたがる微生物起源のメタンガスから成る水溶性天然ガス田。可採埋蔵量は3,685億立方メートルと評価されており(国内の天然ガス確認埋蔵量の9割)、エネルギー資源として豊富であり戦前より開発が開始され、東京都内でもガス井が掘削され天然ガスの生産が行われていた時期もあったが、現在は千葉県でのみ商業生産が行われている。しかし、東京湾下の調査はこれまで十分に行われてこなかったため、このエリアでのガスの賦存形態が未解明のままである。南関東ガス田の未探鉱エリアである東京湾には陸域との面積比に基づいて約900億立方メートルの微生物起源ガス賦存が期待され、当該ガス田の可採埋蔵量は陸域と合わせて4,585億立方メートルとなり国内の天然ガス確認埋蔵量の9割強の規模となる。さらに遊離ガスの存在領域や存在形態については未解明の部分が多い。
(注5)火山透視画像の機械学習プログラム 東京大学医学部附属病院と同大学地震研究所が共同で開発したプログラム。一日一枚の桜島の透視画像を機械学習(CNN)することによって噴火判定し、過去7日間の連続透視画像を学習した結果を翌日の噴火の有無の判定に適用した。その結果、噴火予測と実際の噴火の有無の一致を示す正答率(accuracy)は71%で、過去7日間に噴火した日数を基にした予測の正答率の57%を上回った。噴火しない日を正しく「噴火しない」と予測できた割合は、約85%とさらに高かった。
(注6)ミュオグラフィのユビキタス性 宇宙線は地球に満遍なく降り注ぐのでミュオンも同様に地球上に満遍なく降り注ぐ。その性質は地球上どこで測定しても同じであることから、日本で開発した装置や手法を世界で使える。その逆も然り。
(注7)デジタルアーカイブ技術 東京大学総合研究博物館が開発したサイバー空間において異分野を融合させる技術。これまで同館は資料をサイバー空間に効果的に表現することで、東京大学の研究成果を社会や異分野の研究者に効果的に発信することに成功してきた。応用が多岐にわたるミュオグラフィを軸として異分野や国内外の研究者をつなぐためには、デジタルアーカイブ技術が必須である。
小石川分館は、2021年1月から当分の間臨時休館いたします。
https://www.um.u-tokyo.ac.jp/information/staff_search_20201222.pdf
アジア原子力協力フォーラム(FNCA)気候変動科学プロジェクトの日本チーム(国立研究開発法人日本原子力研究開発機構のニュースより)
【発表のポイント】 地球温暖化の予測と緩和対策の検討において、陸域生態系の炭素循環(二酸化炭素の固定と放出)を正しく評価することが重要課題となっている。 これに対して、原子力分野で培った技術を活用し、放射性炭素を用いて陸域生態系の炭素循環を解明する手法により温暖化対応研究に貢献する研究開発を行ってきた。
この研究を地球規模に展開するために、アジア原子力協力フォーラム(FNCA)1)において、開発した手法のガイドラインを整備し、アジア諸国の原子力研究機関への技術移転を行い、国際協力研究を進める体制を構築した。 この業績が高く評価され、FNCA大臣級会合において最優秀研究チーム賞を受賞した。 今後、国際協力研究により陸域生態系の炭素循環に関する基礎データを整備することで、温暖化対応研究の課題解決に貢献することが期待される。
【概要】 国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄)原子力基礎工学研究センターの永井晴康ディビジョン長らの研究グループを中心とし、国立環境研究所地球環境研究センターの梁乃申室長、東京大学総合研究博物館タンデム加速器分析室の松崎浩之教授、茨城大学の堅田元喜講師(現在キヤノングローバル戦略研究所主任研究員)と連携した研究チームは、アジア原子力協力フォーラム(FNCA)1)の気候変動科学プロジェクトにおいて、原子力技術を活用した温暖化対応研究をアジア諸国と協力して推進しています。この業績により、令和2年12月10日に開催されたFNCA大臣級会合において、最優秀研究チーム賞を受賞しました。 地球温暖化を予測し緩和対策を検討するうえで、温暖化が進行した際に陸域生態系の炭素循環(二酸化炭素の固定と放出)がどのように変わるかを正しく評価することが重要課題となっています。この課題を解決するには、陸域生態系の炭素循環過程に関する基礎データを整備し、気温変化に対する炭素循環の応答モデルを構築する必要があります。
そこで、原子力機構では、原子力分野で培った放射性核種の分析技術を活用し、1950~60年代に行われた大気圏核実験を起源とする放射性炭素2)の環境中挙動を追跡することにより、炭素循環を解明する手法を開発し、陸域生態系における炭素の蓄積と放出挙動を解明する研究を行ってきました。
この研究を地球規模に展開し、様々な気候帯や生態系の炭素循環を解明するために、アジア原子力協力フォーラム(FNCA)において、気候変動科学プロジェクトを推進しています。これまでに、開発した炭素循環の解明手法のガイドラインを整備し、アジア諸国の原子力研究機関に対して知見の提供と技術移転を行い、国際協力研究を進める体制を構築しました。この業績が高く評価され、FNCA最優秀研究チーム賞を受賞しました。
今後、この国際協力研究により、これまであまり研究が行われていないアジア地域において、陸域生態系の炭素循環に関する基礎データを整備することで、温暖化対応研究の課題解決に貢献することが期待されます。
【これまでの背景・経緯】 近年急速に進行する温暖化をはじめとした地球環境の変化は、陸域生態系における炭素循環(二酸化炭素の固定と放出)に変化をもたらし、その結果、温暖化や環境変化の進行に拍車をかける悪循環が懸念されています。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)3)がまとめた陸域生態系における炭素循環の模式図(図1左)に示されるように、土壌には有機物(土壌有機物)4)として炭素が大量に蓄えられており、その量は、大気の2~3倍、植物体の炭素量の3~5倍もあります。土壌有機物は微生物によって分解され、絶えず二酸化炭素が大気中へ放出されています。この放出量は人間活動による放出の約7倍もありますが、放出と同等の量の炭素が植物の吸収により土壌に供給され、蓄えられることで、大気中の二酸化炭素濃度が安定に保たれています。
しかし、温暖化によりこのバランスが変わる可能性があります。気温の上昇は、微生物による土壌有機物の分解を促進し、土壌からの二酸化炭素放出量を増大させ、さらなる温暖化を引き起こす加速効果(ポジティブフィードバック)(図1右)の可能性が指摘されています。そのため、温暖化が進行した際に陸域生態系の炭素循環がどのように変わるかを正しく評価することが重要課題となっています。
この課題を解決し地球環境の将来を予測するためには、陸域生態系の炭素循環過程に関する基礎データを整備し、気温変化に対する炭素循環の応答モデルを構築する必要があります。
図1 左:気候変動に関する政府間パネルIPCCがまとめた陸域生態系における炭素循環の模式図(Diagram adapted from U.S. DOE, Office of Science. Data source: IPCC AR5, Working Group I Report (2013).) 右:温暖化と有機物分解促進のポジティブフィードバック
そこで、原子力機構では、原子力分野で培った放射性核種の分析及び環境動態解析技術(平成31年度科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞(研究部門)を受賞)を活用し、陸域生態系における炭素循環を解明する研究を行ってきました。 陸域生態系における炭素の動きを調べるために、放射性炭素に着目しています。放射性炭素5)は、質量数14の炭素の同位体で、自然界では炭素原子1兆個に1個程度の割合で存在し、放射性壊変により5730年で半分に減衰します。大気中の炭素が植物により有機物として固定されてから、土の中に留まっている時間の長さに従い、放射性炭素の量が減っていくため、その減衰の度合いから取り込まれてからの時間の経過を逆算できます。
これに加えて、1950~60年代前半に行われた大気圏核実験を起源とする放射性炭素の環境挙動を追跡するという新しい研究手法を考案し導入しました。環境中に放出された放射性炭素は、主に土壌表層に有機物として長く蓄積しますが、一部は数年~数十年で大気中へ再放出され植物に再利用されます。このような放射性炭素の中長期的な蓄積・循環挙動を解明することに成功しました(参考文献、平成20年10月21日プレス発表)。
土壌有機物の放射性炭素は非常に微量であり、それを精度よくかつ効率的に測定するために原子力機構青森研究開発センターと東濃地科学センターの加速器質量分析装置(AMS)6)を用いています。この測定手法では、1mgの炭素試料があれば、土壌有機物の微量な放射性炭素を精度よく測定できます(図2)。このような着想により、土壌の炭素貯留能力を解明することができる新しい研究手法等の開発を進め、炭素循環研究への応用により気候変動の仕組みの解明に貢献することを目指しています。
図2 土壌有機物の微量な放射性炭素を測定する方法
【今回の成果】 本プロジェクトでは、これまでに開発した放射性炭素の分析技術を活用した研究手法を地球規模に展開し、様々な気候帯や生態系における炭素循環を解明することを目指しています。そのために、アジア原子力協力フォーラム(FNCA)の気候変動科学プロジェクトに参加し、アジア諸国と協力して研究を推進しています。 本プロジェクトに参加したアジア諸国の研究チームは、原子力研究機関を中心とした構成であり、放射性物質についての知見や分析技術は有しています。しかし、放射性炭素の分析技術と炭素循環の解明や温暖化研究への応用に関する研究実績はありませんでした。
そこで、原子力機構で開発した炭素循環の解明の手法、知見及びそれらに必要な技術をアジア諸国の研究チームに提供し、国際協力研究を進める体制を構築するために、アジア諸国の研究チームの若手研究者を受け入れて研修を行うとともに(図3)、炭素循環の解明手法のガイドラインを作成しました。
このガイドラインは、土壌の採取、土壌試料の処理、土壌有機炭素の分画、炭素安定同位体の同位体比質量分析法による測定及びその試料調製、ならびに放射性炭素の加速器質量分析法による測定及びその試料調製に関する実践的手法を網羅しています。また、炭素循環研究において広く用いられる放射性炭素の分析結果の報告方法についても紹介しています。さらに、同位体を利用した研究手法の適用例として、日本の森林生態系において実施した結果についても解説しています。これにより、アジア諸国の研究チームは、放射性炭素の分析技術を活用した炭素循環解明のための研究を独力で行うことが可能となりました。
以上の業績が高く評価され、FNCA最優秀研究チーム賞を受賞しました。
図3 アジア諸国の研究チームの若手研究者を受け入れた研修の様子
【今後の展望】 今後、作成した炭素循環の解明手法のガイドラインを活用し、アジア諸国の研究チームとの国際協力研究を推進します。これにより、これまで陸域生態系の炭素循環に関する研究知見が乏しいアジア地域において、土壌有機物の基礎データを整備することかできます。この基礎データを用いて、気温変化に対する土壌からの二酸化炭素放出量の正確な評価を行うことが可能になり、温暖化対応研究の課題解決に貢献することが期待されます。 【日本チームの構成】 原子力機構 原子力基礎工学研究センター: 永井晴康(プロジェクトリーダー)、小嵐淳、 安藤麻里子、永野博彦(現在名古屋大学)、太田雅和 原子力機構 青森研究開発センター:木下尚喜、鈴木崇史 原子力機構 東濃地科学センター:國分陽子、藤田奈津子 国立環境研究所 地球環境研究センター 炭素循環研究室: 梁乃申 東京大学 総合研究博物館 タンデム加速器分析室: 松崎浩之 茨城大学(現在キヤノングローバル戦略研究所):堅田元喜
【論文情報】 書籍名:日本原子力研究開発機構研究開発報告書JAEA-Technology 2020-012 タイトル:Practical Guide on Soil Sampling, Treatment, and Carbon Isotope Analysis for Carbon Cycle Studies URL:https://doi.org/10.11484/jaea-technology-2020-012 著者:小嵐 淳1、安藤 麻里子1、永野 博彦1、Untung SUGIHARTO2、Chakrit SAENGKORAKOT3、鈴木 崇史1、國分 陽子1、藤田 奈津子1、木下 尚喜1、永井 晴康1、梁 乃申4、松崎 浩之5、堅田 元喜6 所属:1日本原子力研究開発機構(1 2020年3月まで)、2 National Nuclear Energy Agency of Indonesia、3 Thailand Institute of Nuclear Technology、4国立環境研究所、5東京大学、6茨城大学
【参考文献】 タイトル:Quantitative aspects of heterogeneity in soil organic matter dynamics in a cool-temperate Japanese beech forest; A radiocarbon-based approach 雑誌名:Global Change Biology URL:https://doi.org/10.1111/j.1365-2486.2008.01745.x 著者:小嵐 淳1、安藤 麻里子1、石塚 成宏2、三浦 覚2、齋藤 武史2、平井 敬三2 所属:1日本原子力研究開発機構、2森林総合研究所 【用語の説明】 1)アジア原子力協力フォーラム(FNCA) 近隣アジア諸国との原子力分野の協力を効率的かつ効果的に推進する目的で日本が主導する原子力平和利用協力の枠組みで、オーストラリア、バングラデシュ、中国、インドネシア、カザフスタン、韓国、マレーシア、モンゴル、フィリピン、タイ、ベトナムが参加し、大臣級会合、コーディネーター会合、パネル、プロジェクト等の活動を行っています(FNCAホームページ)。この中のプロジェクトの1つとして、気候変動科学プロジェクトが2017年に開始されました。(気候変動科学プロジェクトホームページ)
2)大気圏核実験を起源とする放射性炭素 核実験起源の放射性炭素は、1950年~1960年代前半の大気圏核実験によって断続的に生成されました。その後、この放射性炭素は海洋や陸域生態系に移行して現在も地球上に普遍的に存在しています。当時最大で2倍程度に上昇した大気中の放射性炭素同位体比は、現在では核実験以前のレベルまで戻りつつあります。核実験の影響が残る大気を固定して放射性炭素同位体比が高められた植物体を出発物質とする有機物が、現在もなお極微量ながら土壌中に残っています。この放射性炭素同位体比を目印にすることによって、簡単なモデルを用いて、数年~100年程度の滞留時間を推定することが可能になります。
3)気候変動に関する政府間パネル(IPCC) IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)は国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)が1988年に、気候変動に関する科学的研究結果などの情報を各国の政策決定者に提供するために設立した国際組織です。科学、影響、緩和策を扱う3つの作業部会によって構成されています。
4)土壌有機物 炭素を含む有機化合物であり、植物遺体等を起源としています。これに対して、二酸化炭素や炭酸塩、重炭酸などは無機炭素に分類されます。森林土壌では、ほとんどの炭素が有機物として蓄積されています。
5)放射性炭素 質量数14の炭素の同位体で、自然界では宇宙から降り注ぐ中性子と窒素原子との相互作用によって上層大気中で恒常的に生成されています。人為起源の擾乱がない時代では、放射性炭素の宇宙線による生成速度と放射性壊変による壊変速度はほぼ平衡に達しており、大気中の放射性炭素同位体比はほぼ一定でした。植物は大気中の炭素を光合成によって取込み、枯死する際に土壌に有機物として供給されます。その後は、有機物への放射性炭素の供給が絶たれ、枯死後の土壌への蓄積時間に応じて半減期に従い放射性炭素同位体比が減少していきます。この減少の程度から、土壌有機物の数百年~数千年程度の長い滞留時間を推定することが可能になります。
6)加速器質量分析装置(AMS) 加速器質量分析装置(AMS:Accelerator Mass Spectrometer)は、イオン源、タンデム型加速器部及び質量分析部から構成されています。この装置は、イオン源で試料をイオン化し、それを高エネルギーに加速して質量分析を行い、重イオン検出器などで目的とする原子イオンを計測し、同位体比を測定するものです。この装置は、少量の試料で極微量の同位体の検出及び同位体比(14C/12C、129I/127I等)を短時間で高精度に測定できる特長を有しています。
1. 発表者
海部 陽介 (東京大学総合研究博物館 教授) 久保田 好美(国立科学博物館地学研究部 研究員) 郭 天侠 (国立台湾大学海洋研究所) 詹 森 (国立台湾大学海洋研究所 教授)
2.発表のポイント
海洋学で用いられる「漂流ブイ」の軌跡を分析するユニークな方法で、旧石器人が黒潮に流されて沖縄の島々へ移住した可能性はほとんどないことを示しました(図1・2)。 沖縄の海は、距離や海流の面から渡るのが非常に困難です。ホモ・サピエンスがそのような海に3万年以上も前から積極的に進出していたことが、はじめてデータで示されました。これまでの旧石器人に対するイメージを変える発見と言えます。
図1 左)台湾とルソン島(フィリピン)の沿岸(東部海岸10km圏内)から流れた138の漂流ブイの軌跡。色がついているのは黒潮を横断した6つのブイ。島の周囲の円は海岸から20km圏内を示す。右)黒潮の流路。色は流速を示していてオレンジ~赤が秒速1~1.9メートル(海洋研究開発機構 JCOPE-Tにより作図)。★は3万5000~2万7500年前の遺跡がある奄美大島以南の島。
図2 SVP漂流ブイ。水面下に測定装置がつながれ、衛星通信で位置や水温などのデータが収集される。一定規格のこのようなブイが世界中の海を何千個と漂っていて、海の現状をモニタリングしている(参照:https://www.aoml.noaa.gov/phod/gdp/ )。 画像提供:Global Drifter Program/Lagrangian Drifter Laboratory, Scripps Institution of Oceanography, University of California San Diego (https://gdp.ucsd.edu/ldl/ )
3.発見の意義
民俗学者の柳田国男は、愛知県の海岸に漂着したヤシの実を見て、「日本人の祖先は、黒潮に乗って南方から沖縄の島伝いにやって来た」という考えを、1961年の著作『海上の道』で披露しました(注1)。このシナリオは人々を魅了し、1970年代にはフィリピンから日本を目指す民間による実験航海(漂流実験?:注2)も行われています。しかし、本当にそのような可能性があるのでしょうか?
本研究では「フィリピンと台湾から黒潮に流された古代の舟が沖縄の島に漂着する可能性」について、漂流ブイのデータを使って綿密な検討を行ない、漂流説を強く否定する結果を得ました。
琉球列島には、秒速1~2メートル、幅最大100kmにおよぶ世界最大規模の海流「黒潮」が流れ、さらに目標の島が水平線の向こう側で見えないほど広い海峡もあります(図3)。そうした困難な海を意図して渡った祖先たちには、「流れて来た民」よりも、「新しい可能性に挑戦した開拓者」というイメージが適切でしょう。
図3 左上)台湾の立霧山(標高1200m)から見た与那国島方面の海。左下)左上の四角のポイントに姿を現した与那国島。右)沖縄の島々が好天時に海上から見える範囲(円)。グレーの部分は水深80mより浅く3万5000年前頃に陸化していたと考えられる領域。▲は立霧山。 (写真撮影:海部陽介、地図はGeoMapAPPで作成)
4.詳しい内容
日本列島の人類史は、大陸から海を渡ってきた後期旧石器時代の人々によって、3万8000年前頃に幕を開けました。そうした中で、3万5000~3万年前には、琉球列島の全域に人が拡散しています。
しかし、ここで1つ難問があります。当時の人々は島に偶然漂着したのか、島を目指して航海したのか、どちらなのでしょう? これには漂着の確率を算出する必要があり、人類学者はその方法について長い間悩んできました。私たちは、そのためには海洋学で海流の実態調査に使われている衛星追跡機能を備えた「漂流ブイ」(図2)を利用すればよいことに気づき、「人類学者×海洋学者」の日台共同研究チームを立ち上げました。
その途中経過は、2018年に国立科学博物館の動画で公開しています(注3)。今回、フィリピンからの漂流も含めて総合的な分析を終えたので、その最終成果を論文として公表しました。新たな解析から次のことが判明しました。
<奄美大島以南の島々への漂着確率>
地形、過去の地殻変動記録、生物分布、復元された過去の海水温構造、海底堆積物、コンピューターシミュレーションなど様々なデータから、黒潮が台湾~与那国島間を通過して東シナ海へ入る流路(図1右)は、過去10万年以上変わっていません。
1989~2017年の29年間の様々な季節に、台湾とフィリピンの沿岸から流された138の漂流ブイの動きを解析しました。そのうち127が黒潮に乗って北へ運ばれましたが、その大多数(95%)は黒潮を横断できず、横断した6つのうち沖縄の島から20km圏内に近づいたものは4つ(全体の3%)でした(図1)。
黒潮を横断した6つの漂流ブイの1つは、台風の影響を受けていました。残りの5つの動きを、スーパーコンピューターによる最新鋭の海流予測システム(海洋研究開発機構のJCOPE)で評価すると、北風や大洋上に発生する渦で黒潮が乱れたときに、横断が起こっていました。台風や北風で海が荒れているときに舟を出す人はまずいないので、漂流舟が黒潮を横断する確率はさらに小さいはずです。
東京大学の井原泰雄らが2020年7月に発表した関連論文によれば、新しい島で人口を維持するには、男女を含む少なくとも10人程度のグループが渡る必要があります(注4)。そのような条件を満たす漂流が起こる確率は、さらに小さくなります。
つまり、古代の舟が黒潮に流されても、沖縄の島に漂着することはほとんどありません。さらにその舟に10人以上の男女が乗っている確率(狩猟採集社会であれば2つ以上の家族が想定されます)も小さいと考えられ、沖縄への漂流説は支持できません。
<さらなる発見>
台湾から流れた8つの漂流ブイ(7%)は、台湾沿岸から14~20日後にトカラ列島~九州方面に流されていました(図1)。従ってこれらの島に台湾から漂着することはあり得ますが、命をつなぐには、男女の集団が14日以上の漂流に耐えなくてはなりません。
一方で、台湾やフィリピンから流された漂流ブイの多くが、大陸側へ戻ることがわかりました(図1・3)。このことから、「黒潮に流された旧石器人の舟が生還し、それによって蓄積された黒潮についての知識に基づいて、現実的な作戦を練って与那国島を目指した」というシナリオができそうです。
注1 柳田国男『海上の道』筑摩書房 1961年 注2 角川春樹『翔べ怪鳥モア-野性号IIの冒険』角川文庫 1979年 / 毎日新聞社編『竹筏ヤム号漂流記-ルーツをさぐって2300キロ』毎日新聞社 1977年 注3 https://www.kahaku.go.jp/research/activities/special/koukai/about/index.php 注4 Ihara, Y., Ikeya, K., Nobayashi, A. & Kaifu, Y. (2020) A demographic test of accidental versus intentional island colonization by Pleistocene humans. Journal of Human Evolution 145:102839.(日本語解説記事は https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/z0508_00064.html )
5.研究代表者(海部)のひと言
当初は漂流説の検証法を考えあぐねていましたが、台湾の黒潮研究の第一人者である共著者(詹森:国立台湾大学海洋研究所教授)に出会って、漂流ブイのアイディアを思いつくことができました。このおかげで漂流説がほとんどあり得ないことを、はじめて説得力を持って示せたと思います。漂流物の実際の動きを確かめたことにより、思いのほか多くの発見がありました。
6.発表雑誌
雑誌名:Scientific Reports:12月4日(日本時間) 論文タイトル: Palaeolithic voyage for invisible islands beyond the horizon 著者: 海部 陽介(東京大学総合研究博物館) 郭 天侠 (国立台湾大学海洋研究所) 久保田 好美(国立科学博物館) 詹 森 (国立台湾大学海洋研究所) DOI番号: 10.1038/s41598-020-76831-7 アブストラクトURL:http://nature.com/articles/s41598-020-76831-7
7.問い合わせ先
東京大学総合研究博物館 教授 海部 陽介(かいふ ようすけ) E-mail: kaifu(a)um.u-tokyo.ac.jp (a)を@に変えてください
※本研究は、第一著者(海部陽介)が代表を務めた国立科学博物館「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」の関連研究です。このシリーズは、あと数本の論文を発表して完結します。実験航海プロジェクトについては以下をご参照ください。https://www.kahaku.go.jp/research/activities/special/koukai/ 海部陽介『サピエンス日本上陸-3万年前の大航海』講談社 2020年.
図1:研究に用いられた約50グラムのNWA 7533火星隕石。右のサイコロは1辺が1センチメートル。
1.発表者
三河内 岳 (東京大学総合研究博物館 教授)
2.発表のポイント
火星隕石NWA 7533に含まれるジルコンという鉱物の分析から、火星では約42億年に渡って不動蓋型のテクトニクスが続いていたことが明らかになった。 NWA 7533から43億年以上前の古いジルコンと15億年~3億年前の新しいジルコンを発見したことで、42億年に渡る火星内部構造とテクトニクスの解釈が初めて可能となった。 ジルコンは火星表面に広く存在している可能性が高く、このような試料を火星表面からサンプルリターンしてくることは火星の歴史を正確に明らかにする上で非常に有用である。
3.発表概要
東京大学総合研究博物館の三河内 岳(みこうち たかし)教授が参加する国際研究チームは、火星隕石NWA 7533に含まれるジルコンと呼ばれる鉱物に注目して、詳細な年代測定、鉱物分析、化学分析を行うことで、42億年もの長期間に渡る火星の内部構造とダイナミクスを明らかにすることに成功した。 研究チームは、NWA 7533から分離したジルコンやジルコンを含む岩片を鉱物分析・化学分析した後に、鉛とウランを用いた詳しい年代測定を行った。その結果、NWA 7533には約44億~45億年前に2つの形成年代ピークを持つ古い時代のジルコンと約15.5億年前~3億年前の幅広い形成年代を持つ新しい時代のジルコンの2種類があることが分かった。これらのジルコンの成因から考えると、火星内部では、対流する始原的なマントルが深部にあり、その上にリソスフェアに相当するマントルと地殻が乗った不動蓋型のテクトニクスが42億年に渡って続いていたことが初めて明らかになった。 ジルコンは火星表面に広く存在していると考えられ、ジルコンを含む試料を火星表面からサンプルリターンすることは火星の地質学的な歴史を解明する上で非常に有用と言える。
4.発表内容
2012年にアフリカのサハラ砂漠で発見された火星隕石NWA 7533は、44億年以上前に形成された岩片や、その後の様々な時代に形成された岩片、鉱物片などを含む角レキ岩で、これまでに全く見つかっていないタイプの火星隕石である。太古の火星についての情報を得ることのできる唯一の火星隕石であることから、これまでに多くの研究がNWA 7533に行われているが、先行研究では年代測定に用いられるジルコンの分析数が少なく、長期間に渡る火星内部構造の変遷などについてはほとんど議論が行われていなかった。
東京大学総合研究博物館の三河内 岳(みこうち たかし)教授が参加する国際研究チーム(コペンハーゲン大学、東京大学、英国地質調査所、欧州シンクロトロン放射光研究所、パリ大学、ブルターニュ・オキシダンタル-UBO大学、西オーストラリア大学、カーティン大学)は、約15グラムのNWA 7533から50個以上の大きなジルコンを分離し、これらを詳細に年代測定、鉱物分析、化学分析することで、約42億年もの長期間に渡る火星の内部構造とダイナミクスを明らかにすることに成功した。
研究チームは、NWA 7533から分離したジルコンやジルコンを含む岩片を、走査型電子顕微鏡(SEM)、四重極型誘導結合プラズマ質量分析(Q-ICP-MS)、電子マイクロプローブ(EPMA)、放射光X線回折法、マルチコレクター誘導結合プラズマ質量分析法(MC-ICP-MS)、高分解能誘導結合プラズマ質量分析法(HR-ICP-MS)で鉱物分析・化学分析した後に、表面電離型質量分析法(TIMS)、二次イオン質量分析法(SIMS)により鉛とウランを用いた年代測定を行った。その結果、NWA 7533には約44.7億年前と約44.4億年前の2つの形成年代ピークを持つ古い時代のジルコンが多く含まれており、その他のものは、約15.5億年前~3億年前の幅広い形成年代を持つ新しい時代のジルコンであることが明らかになった。
約44億~45億年前にできた古い時代のジルコンは、そのHf同位体などの化学的特徴から、約45.5億年前に始まったマグマオーシャンの固化後にできた最初の地殻を元々の起源としていると考えられる。近年提唱されている43億年前頃までの巨大ガス惑星の移動によって小天体が擾乱され、それらが火星表面に衝突したとされる年代とジルコンの形成年代が一致しており、このような大規模な天体衝突で地殻の再溶融が起こり、そのマグマから結晶化してできた可能性がある。また、約15.5億年前~3億年前の幅広い形成年代を持つ新しい時代のジルコンには、ほぼ同じ時代に形成された他の火星隕石には見られない始原的な化学的特徴がHfの同位体組成に見られることが明らかになった。このことは、約45億年前の火星誕生直後から変化を受けていない、これまで未知だった始原的マントルが火星地下に存在しており、対流するマントル深部から地表にもたらされたプリュームがジルコンの起源であることを示している。15.5億年前~3億年前にこのようなプリュームによる火山活動を行った場所は、タルシス・エリシウムの火星北半球にある2つの巨大火山地域しかない。若い形成年代を持つジルコンは丸みを帯びたような形状のものが多いため、元々、マントルからのプリュームを起源とするこれらの地域の火山活動によってできたマグマからジルコンは結晶化してできたが、その後、岩石が風化により削られた後にダストとして火星南半球まで輸送され、最終的に古い岩石などとともに、3億年前より最近の隕石衝突によってNWA 7533の元となる岩石が形成されたと考えるのが適当である。
以上のことから、NWA 7533に含まれる42億年に渡る形成年代を持つジルコンから、火星の内部では火星形成当時から変化していない始原的な化学的特徴を持った対流するマントルが深部に存在しており、その上にリソスフェアに相当するマントルと地殻が乗った構造となる不動蓋型のテクトニクスが42億年に渡って続いていたことが初めて明らかになった。
火星表面には、幅広い形成年代を持つジルコンが広く存在している可能性が高く、このような試料を近い将来に計画されているサンプルリターン探査によって地球に持ち帰って詳細に分析することができると、火星の地質学的な歴史を正確に明らかにすることが可能になるはずである。
5.発表雑誌
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS) (11月16日オンライン版) 論文タイトル:The internal structure and geodynamics of Mars inferred from a 4.2 Gyr zircon record (邦訳: 42億年間の記録を持つジルコンから推測される火星の内部構造とジオダイナミクス) 著者:Maria Mafalda Costa, Ninna K. Jensen, Laura C. Bouvier, James N. Connelly, Takashi Mikouchi, Matthew S.A Horstwood, Jussi-Petteri Suuronen, Frédéric Moynier, Zhengbin Deng, Arnaud Agranier, Laure A.J. Martin, Tim E. Johnson, Alexander Nemchin, Martin Bizzarro DOI番号:doi.org/10.1073/pnas.2016326117 アブストラクトURL:https://doi.org/10.1073/pnas.2016326117
6.問い合わせ先
東京大学総合研究博物館 教授 三河内 岳 (みこうち たかし) E-mail:mikouchi(a)um.u-tokyo.ac.jp ※(a)を@にしてください
7.添付資料
図1:研究に用いられたNWA 7533火星隕石
1.発表者
三河内 岳 (東京大学総合研究博物館 教授)
2.発表のポイント
火星隕石の分析から、太古の火星表層にあった水が巨大な隕石衝突によって地殻を酸化させ、また、大気中に放出された水素が長期間の温暖気候をもたらした可能性が示された。 かつての火星には長期間ハビタブルな環境が続いていたことが分かっていたが、その原因が表層に存在した水と巨大な隕石衝突によるものであった可能性が初めて示された。 火星誕生直後に水が存在していたことは、他の太陽系天体でも同様の可能性を示しており、生命誕生の環境がこれまで考えられていた以上に多くの天体にあったかもしれない。
3.発表概要
東京大学総合研究博物館の三河内 岳(みこうち たかし)教授が参加する国際研究チームは、今から約44億年前に形成された火星隕石の分析から、太古の火星で起こった巨大な隕石衝突により地殻の溶融が起こり、非常に酸化的な特徴を持ったマグマが形成されたことを示した。マグマが酸化的になった原因としては、隕石衝突によって、火星誕生直後にも関わらず、すでに火星表層に存在していた水からもたらされた酸素が地殻の溶融に関与したことが考えられる。また、水を起源とする水素も火星大気中に放出されることとなり、その温室効果によって長期間にわたり温暖な気候が続く可能性があることが分かった。 これまで火星探査の結果から太古の火星には大量の水が存在するハビタブルな環境が長く続いたことが分かっていたが、この時代は太陽活動が弱かったために、温暖な気候がどのように維持されたかが分かっていなかった。また、水が火星誕生直後にすでに存在していたことから、同様のことが他の太陽系天体にも起こった可能性があり、生命の誕生に都合の良い環境が多くの天体に存在したかもしれない。
4.発表内容
これまで行われた多くの火星探査による地形や岩石の調査によって、ノアキアン時代(37億年以前)の火星表面には大量の水が存在するハビタブルな環境が続いていたことが分かっていた。しかし、この時代は今に比べて太陽活動が弱かったと考えられているために、どのような機構により温暖な気候が長期間にわたり維持されたかについてははっきりと分かっていなかった。東京大学総合研究博物館の三河内 岳(みこうち たかし)教授が参加する国際研究チームは、今から約44.4億年前にマグマから結晶化してできた火星起源隕石NWA 7533(図1)化学的・岩石学的研究を行い、太古の火星で起こった巨大な隕石衝突により地殻の溶融が起こり、非常に酸化的な特徴を持ったマグマが形成されたことを示した。これまでに火星隕石は100個以上見つかっているが、約44億年前の非常に古い形成年代を持つものは、このNWA 7533が唯一であり、火星誕生直後の地殻形成や表層環境進化を辿ることのできる重要な試料となっている。
研究チームは、NWA 7533に含まれる、形成年代が約44.4億年前の火成岩質岩片を走査型電子顕微鏡(SEM)と四重極型誘導結合プラズマ質量分析(Q-ICP-MS)を用いて主要元素の化学分析を行い、さらにマルチコレクター誘導結合プラズマ質量分析法(MC-ICP-MS)によってTiの同位体分析を行った。その結果、これらの岩片を作ったマグマは元々の状態から比べて最大100万倍にも及ぶ酸素分圧の上昇が起こったことが分かった。
また、レーザーアブレーション誘導結合プラズマ質量分析(LA-HR-ICP-MS)も含めた微量元素分析の結果、これらの岩片にはNiやIrなどが濃集しているものがあり、火星外から隕石としてもたらされて、地殻が溶融した際に一緒に溶け込んだ成分である考えられた。
これらの結果から、このような非常に酸化したマグマが作られた原因は、巨大な隕石衝突によって地殻が溶融し、その際に表層に存在していた水から酸素がもたらされたことによると解釈するのが適切である。
さらに、二次イオン質量分析法(SIMS)と同位体比質量分析計(IRMS)を用いた酸素同位体比分析によっても、岩片中に含まれる鉱物に17Oに富む特徴が見られるものがあり、17Oに富む水との反応によって、17Oに富むようになったと解釈することができる。これは、主要元素とTiの同位体分析の結果から得られた酸化的マグマを作った原因が水の存在によると言う解釈と同じであり、水の存在を補強する結果と言える。
また、このような巨大な隕石衝突によっては、水から大量の水素ガスも火星大気中に放出されたはずである。火星大気は二酸化炭素を主成分とするが、水素が加わることにより温室効果が強まったと考えられる。例えば直径100キロメートルの天体衝突があったと仮定すると、火星大気の温度上昇は60度になり、液体の水が存在する期間は数千万年にも及んだと見積もられた。
本研究の結果から、太古の火星に長期間ハビタブルな環境が続いていた原因が、火星誕生の直後から表層に存在していた水と巨大な隕石衝突によってもたらされた可能性が初めて示された。また、44.4億年前と言う火星誕生直後に水が存在していた証拠が発見されたのも初めてのことであり、他の太陽系天体でも同様のことが起こっていた可能性も示された。この結果は、生命誕生の環境がこれまで考えられていた以上に多くの太陽系天体に存在したことを示唆している。
研究チームは、現在、NWA 7533に含まれる含水鉱物の分析に着手しており、本研究の結果をさらに補強するデータの取得を目指しているところである。
5.発表雑誌
雑誌名:Science Advances (10月30日オンライン版) 論文タイトル:Early oxidation of the martian crust triggered by impacts (邦訳:隕石衝突が引き金となった火星初期の地殻酸化現象) 著者:Zhengbin Deng, Frédéric Moynier, Johan Villeneuve, Ninna K. Jensen, Deze Liu, Pierre Cartigny, Takashi Mikouchi, Julien Siebert, Arnaud Agranier, Marc Chaussidon, Martin Bizzarro DOI番号:10.1126/sciadv.abc4941
アブストラクトURL:https://advances.sciencemag.org/content/6/44/eabc4941.abstract
6.問い合わせ先
東京大学総合研究博物館 教授 三河内 岳 (みこうち たかし) E-mail:mikouchi(a)um.u-tokyo.ac.jp ※(a)を@にしてください
https://www.youtube.com/channel/UCm9E65UQzytoLSnnUUmVvyw
VIDEO
東京大学は、令和2年10月1日付で、諏訪元名誉教授に対して東京大学特別教授の称号を授与しました
令和2年10月1日付けで、諏訪元名誉教授、前総合研究博物館長へ東京大学「特別教授」の称号が授与されました。心よりお慶び申し上げます。 特別教授は平成30年度に創設された「特別教授制度」に基づく称号です。特別教授は,「東京大学における研究力の維持・強化、本学研究の世界的プレゼンスの向上を目的として、国内外において現に極めて評価の高い研究を遂行しており、その継続・発展が期待され本学にとって極めて重要と考えられる者に『特別教授』の称号を付与し,最長75歳まで研究に専念するもの」とされています。
今回の「特別教授」称号授与は、これまで諏訪名誉教授が永年に渡って自然人類学の分野において、人類の起源と進化に関する重要な知見の創成と更新に貢献したことを評価されたものです。諏訪名誉教授はこれまでに、日本学士院エジンバラ公賞を始め、朝日賞、外務大臣賞、日本人類学会賞、日本進化学会賞等、多数の賞をご授賞されるなどご活躍されています。
主たるご功績はフィールドワークにもとづく標本の収集とその分析にもとづくものであって、今般の特別教授称号授与は、標本研究をになう私ども総合研究博物館の後進には大いに励みになるところです。
諏訪先生の今後益々のご活躍を祈念いたします。 総合研究博物館長 西秋良宏
関連リンク 東京大学特別教授https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/granted-titles/b01_12.html
広島大学 東京大学大気海洋研究所 東京大学大学院理学系研究科・理学部 東京大学総合研究博物館
発表資料発表資料へのリンク (PDFが開きます)
【概要】 広島大学大学院先進理工系科学研究科の小池みずほ助教、東京大学大気海洋研究所の佐野有司教授、大学院理学系研究科の飯塚毅准教授、総合研究博物館の三河内岳教授らの研究グループは、小惑星ベスタ由来の隕石の年代を測定し、約44億年~41.5億年前という「古い」時代にベスタへ大量の隕石が降り注いでいたことを明らかにしました。
地球をはじめとする太陽系の惑星形成は45 億年前までにほぼ完了しました。しかし、誕生から6~7億年後(約39億年前)、地球や月には大量の隕石が衝突したと推測されています(後期重爆撃仮説)。この説には反論もあり、太陽系初期の天体衝突史はおよそ50年にわたり論争が続いてきました。 本研究で見つかった隕石衝突の痕跡は従来予測より「古く」、太陽系初期に大量の隕石が小惑星に衝突したことを初めて実証的に示しました。小惑星は、かつて地球や月が受けた隕石衝突の目撃者でもあります。今回の成果は「小惑星の衝突史」にとどまらず、地球を含めた太陽系初期の歴史の大幅修正につながると期待されます。
本研究成果は、英国夏時間の2020年8月26日(水)午後1時(日本時間:同日午時(日本時間:同日午後9時)に「Earth and Planetary Science Letters」オンライン版に掲載されました。
詳しくはこちらをご覧下さい。 広島大学プレスリリース (2020年8月26日)
諏訪 元 (東京大学総合研究博物館 特招研究員/東京大学 名誉教授) 佐野勝宏 (東北大学東北アジア研究センター 教授) Yonas Beyene (仏エチオピア研究センター) Berhane Asfaw (地溝帯研究センター) 加藤茂弘 (兵庫県立人と自然の博物館 主任研究員) 遠藤秀紀 (東京大学総合研究博物館 教授) 小藪大輔 (香港市大学 准教授) 佐々木智彦 (京都大学 准教授)
発表のポイント
エチオピアと日本の共同研究チームが、エチオピア南部のコンソ遺跡から140万年前に遡る骨製のハンドアックスを発見した。 本化石資料は、入念な剥離が骨の両面に施されており、100万年前以前に骨製ハンドアックスが製作されていた事を裏付けている。体系的な使用痕分析の結果、刃部には動物解体のようにモノを切断する時にできる痕跡が残されていることが判明した。 該期のアフリカのホモ属の技術が、この時期に洗練化されていったことを示す重要な証拠となる。
発表雑誌 雑誌名 Proceedings of the National Academy of Science of the USA 論文タイトル A 1.4-million-year-old bone handaxe from Konso, Ethiopia, shows advanced tool technology in the early Acheulean 著者 Katsuhiro Sano, Yonas Beyene, Shigehiro Katoh, Daisuke Koyabu, Hideki Endo, Tomohiko Sasaki, Berhane Asfaw, and Gen Suwa DOI番号 10.1073/pnas.2006370117 論文URL https://www.pnas.org/content/early/2020/07/09/2006370117
発表資料発表資料へのリンク (PDFが開きます)
西秋良宏館長
諏訪 元教授・総合研究博物館長 退任記念講演の開催について→退任記念講演は中止となりました このたび令和2年3月末日をもって東京大学を定年退職される諏訪 元 教授・総合研究博物館長の退任記念講演が、下記のとおり開催されます。 ご多用中とは存じますが、多くの皆様のご参加を心よりお待ち申し 上げます。
記
諏訪 元教授・総合研究博物館長 退任記念講演
※席には限りがございます。 ※会場内での撮影、録画、録音はご遠慮ください。
諏訪元教授・総合研究博物館長
2018年7~10月に開催された本館特別展「珠玉の昆虫標本 −江戸から平成の昆虫研究を支えた東京大学秘蔵コレクション−」が、日本空間デザイン賞2019金賞を受賞しました。応募総数1,100件のうち、全11部門で構成される中で最も応募数の多い「エキシビジョン・プロモーション空間」部門214件から選ばれた今回の「金賞」は、各部門で1件のみ選出される最高賞にあたります。また、(一社)日本空間デザイン協会と(一社)日本商環境デザイン協会が、それぞれ長きに渡り開催してきたデザインアワードを合併し、今年から日本最大の空間系アワードに生まれ変わった第1回となる大変栄誉な賞でもあります。 この贈賞式は2019年10月4日に元赤坂の明治記念館で行われ、 洪恒夫特任教授(展示デザイン担当) 矢後勝也助教(企画・総指揮担当) 西野瞳子氏(グラフィックデザイン担当) の3名が本式典に出席しました。
(2019年10月10日)
日本空間デザイン賞2019 金賞の贈賞式の様子 (2019年10月4日、元赤坂の明治記念館にて)
洪恒夫特任教授
矢後勝也助教
火星探査に向けた国際的な惑星保護方針への貢献について ~日本の研究チームが火星衛星微生物汚染評価に関する 科学的研究成果を発表・ 国際ルール設定へ主導的な役割~
国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)、千葉工業大学、東京工業大学、東京大学、東京薬科大学は共同で、火星衛星の微生物汚染評価に関する科学的研究を実施しました。 この研究成果は、国際宇宙空間研究委員会(COSPAR)の惑星保護パネルに受理され、2019年3月開催のCOSPAR理事会でJAXAの火星衛星探査計画(Martian Moons eXploration: MMX)に対する勧告として了承されました。これは、COSPARが保持する国際基準の惑星保護方針(Planetary Protection Policy)における日本の貢献です。 研究成果(査読付き論文2本)は、2019年7月10,17日付けの欧州科学雑誌「Life Sciences in Space Research」電子版に掲載されました。それぞれの機関の研究者が筆頭著者になっている論文2編は、本館教授・三河内 岳 、工学系研究科助教・新原隆史が共著となります。
<掲載論文> Fujita, K., K. Kurosawa, H. Genda, R. Hyodo, S. Matsuyama, A. Yamagishi, T. Mikouchi, and T. Niihara, Assessment of the probability of microbial contamination for sample return from Martian moons I: Departure of microbes from Martian surface, Life Sciences in Space Research, https://doi.org/10.1016/j.lssr.2019.07.009, 2019.
Kurosawa, K., H. Genda, R. Hyodo, A. Yamagishi, T. Mikouchi, T. Niihara, S. Matsuyama and K. Fujita, Assessment of the probability of microbial contamination for sample return from Martian moons II: The fate of microbes on Martian moons, Life Sciences in Space Research, https://doi.org/10.1016/j.lssr.2019.07.006, 2019.
プレスリリース本文 (JAXAのホームページに移動します。)
本郷本館は耐震改修工事のため長期休館中です。再開館の予定が決まり次第お知らせします。
考古学とその関連分野の優れた研究者に贈られる第32回濱田青陵賞の受賞者が、総合研究博物館の米田 穣教授(年代学、先史人類学)に決まりました。
濱田青陵賞は、岸和田市にゆかりが深く、我が国考古学の先駆者として偉大な功績を残され、多くの後進を育成された濱田耕作(号、青陵)博士没後50年にあたる1988年に、「岸和田市文化賞条例」に基づき、岸和田市と朝日新聞社とが創設しました。博士の業績を称えるとともに、我が国考古学の振興に寄与する目的で、顕著な業績のあった新進の研究者や団体を選考し、表彰するものです。(岸和田市公式ウェブサイトより)
受賞理由:炭素や窒素同位体の分析を通して先史時代の食生活を追究するほか、遺跡から出土する有機物の年代測定も手がけるなど国内外の幅広い研究が高く評価されました。
授賞式と記念シンポジウムは9月22日(日)、岸和田市立文化会館で開催されます。
(2019年7月26日)
米田穣教授
米国科学アカデミー(National Academy of Science, NAS)の第154回年次大会(2017年4月29日から5月2日開催)にて、諏訪 元教授が外国人会員に就任しました。今回は、2016年選出の新規会員84名、外国人会員21名の就任式が執り行われ、諏訪教授は、「中新世から鮮・更新世にわたるフィールド調査による諸発見と人類化石の形態と数量解析により、人類の起源について新たな知見をもたらした」と紹介されています。 NASは、米国の科学諮問機関として1863 年に設立された非営利の民間学術団体で、顕著な業績をあげた科学者を毎年選出しており、会員に選ばれることは米国の科学者・技術者にとって最も名誉なことの一つと考えられています。現在は会員2250人と外国人会員450名程度からなり、そのうちの200人程度がノーベル賞を受賞しています。現在、日本在住の日本人会員は30名で、人類学の分野では初めての日本人会員の就任です。 (2017年4月29日)
諏訪 元(教授)総合研究博物館館長 2016年8月、エチオピア、コンソにて
諏訪 元館長
西野嘉章教授・総合研究博物館長 退任記念講演の開催について
このたび平成29年3月末日をもって東京大学を定年退職される西野嘉章教授・総合研究博物館長の退任記念講演が、下記のとおり開催されます。ご多用中とは存じますが、多くの皆様のご参加を心よりお待ち申し上げます。
記
※席には限りがございます。 ※会場内での撮影、録画、録音はご遠慮ください。
西野嘉章教授・総合研究博物館長
西野嘉章館長
ティエリー・ダナ駐日フランス大使より西野嘉章館長にレジオン・ドヌール勲章が授与された (インターメディアテクにて、2015.12.17)
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/exhibition/2014Taiyoukei.html
参考図:ヒトの胎子における頭骨の形成
これまで東京大学総合研究博物館のマクロ先端研究発信グループは,マクロレベルならではの学術標本を機軸とした研究の独創性を内外に広く示すことを目的として研究活動を推進してきました.
今回,当館マクロ先端研究発信グループの小薮大輔特任助教(進化生物学)を中心とした日本,スイス,ドイツ,アルゼンチン,韓国,ベトナムの国際研究グループは地球上の代表的な哺乳類を網羅する100種以上もの膨大な哺乳類胎子標本を各国から収集し,哺乳類の頭部における発生プログラムの多様性の進化は脳サイズの進化と強く結びついていることを明らかにしました.また,哺乳類におけるヒトの頭部発生と脳進化の特異性の一端が明らかになりました.
この研究成果は英国のネイチャー・コミュニケーションズ誌に掲載されました.
本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業特別推進研究「ラミダス化石等人類進化研究を中心としたマクロ形態研究の推進と基盤充実」および同事業研究活動スタート支援「哺乳類における胎子期発生の時空間的進化とモジュール性」,同事業特別研究員奨励費「哺乳類の頭部におけるヘテロクロニーとモジュール性:形態的多様性の進化発生学的研究」,日本科学協会笹川科学研究助成「哺乳類の胎子期における骨形成ヘテロクロニー:形態的多様化と適応の発生学的基盤を読み解く」の研究費助成を受けて行われました.
参考図:様々な動物の胎子のCT画像.左上から順にハリネズミ,イノシシ,シカ,コウモリ,サル,ヒヨケザル
発表の内容
地球上に約6000種生息する哺乳類は陸,海,空,地中と実に様々な空間に適応進出を遂げ,また様々な食物への適応を遂げた極めて多様なグループです.生態的な多様性を反映して,哺乳類の形態も実に多様です.このような多様性を生み出した背景の一つとして,哺乳類の多様化の歴史のなかで胎子期の成長様式が著しく改変されてきたことが考えられます.しかし,マウスやモルモットといった実験動物や,ウシやブタといった家畜動物以外の哺乳類は母胎の中でどのように成長が進んでいくのかはほとんど知られておらず,哺乳類において成長がどのように種間で異なり,その成長の違いが最終的にどのような種間の形態差を生み出していくのかはわかっていませんでした.
今回,研究グループは当館および国内外の博物館に収蔵されている哺乳類の胎子標本を100種以上収集し,高解像度CT技術をもちいて過去最大のスケールで胎子期成長のスケジュールを比較分析しました.その結果,胎子期の頭蓋の成長様式の進化は脳の相対サイズ(体重に対する脳重量の比)の進化を反映することを突き止めました.
哺乳類の頭骨は20個ほどの骨パーツによって構成されており,これら骨が胎子の成長に伴って1つずつ形成されてゆきます(図1参照). 102種の哺乳類と哺乳類以外の様々な脊椎動物でこれらの骨の形成過程を比較すると,脳を覆う骨(前頭骨,頭頂骨,底後頭骨,外後頭骨,上後頭骨)(図2参照)が形成される相対的なタイミングが哺乳類で著しく早いことが分かりました.化石の研究から約2億年前に地球に初めて哺乳類が誕生したと考えられていますが,初めての哺乳類は他の脊椎動物に比べてとても大きな脳をもって誕生したことが知られています.例えば,哺乳類の最も古い化石種の一つとされるモルガヌコドンはそれまでの脊椎動物に比べて嗅球,旧皮質,新皮質,小脳が拡大したことが知られています.モルガヌコドンで大きくなったこれらの領域の多くは,形成タイミングが哺乳類全体で早期化したと示された先述の骨(前頭骨,頭頂骨,底後頭骨,外後頭骨,上後頭骨)に覆われています.爬虫類や鳥類,両棲類にくらべて哺乳類は脳を大きくしたのに伴って,脳を覆う骨の形成タイミングも早期化したことが推論されます.
図1
図2 前頭骨,頭頂骨,底後頭骨,外後頭骨はもともと哺乳類以外の脊椎動物でも頭部のなかで早期に形成される骨ですが,哺乳類の祖先でその形成がさらに前倒しされたと考えられます.他方,脳を覆う後頭部の骨である上後頭骨は哺乳類以外の脊椎動物においては頭部のなかでもかなり後期に形成される骨ですが,哺乳類の共通祖先でその形成は前倒しされ,さらにまた哺乳類が多様化するなかでより大きな脳を獲得した一部の動物群でさらに上後頭骨の形成タイミングが早くなったことが突き止められました.網羅的な統計解析によって上後頭骨の形成タイミングは脳の相対サイズと強く相関することが示されました(図3参照).例えば,ヒトを含むサル類,クジラやイルカ類,モグラ類,トビネズミ類などは哺乳類のなかでも脳の相対サイズが大きいことが知られています.これらのグループでは,上後頭骨の相対発生タイミングも哺乳類のなかでも特に早いことが分かりました(図3).霊長類のなかでも最も大脳化しているヒトの上後頭骨の相対発生タイミングも霊長類のなかで最も早く,げっ歯類の中で最も大脳化しているトビネズミの上後頭骨の相対発生タイミングもげっ歯類のなかでもっとも早いことが示されました.哺乳類の祖先で上後頭骨の形成タイミングは早くなったわけですが,より大きな脳をもつ動物ではこの骨の形成がさらに早くなったと考えられます.
近年の遺伝学的研究によって上後頭骨の発生と脳の発生は特に強く関連していることがわかってきました.上後頭骨と脳が強く結びついている背景にはLmx1bとDlx5という遺伝子が深く関わっている可能性があります.Lmx1b遺伝子とDlx5は胎子期の脳の発生に重要な役割を果たすことが知られています.一方,Lmx1b遺伝子とDlx5が機能不全だと頭部の骨のうち上後頭骨と頭頂間骨が欠損したり,それらの形成が遅延することが報告されています.これらを踏まえると,本研究で突き止められた上後頭骨と脳サイズの強い相関関係は,Lmx1bとDlx5が上後頭骨と脳の双方の形成に関わっている結果(多面発現)によるものである可能性が指摘されます.
図3 また,脳のサイズの進化に伴って頭部の発生プログラムが柔軟に変えられてきた一方で,哺乳類全体で改変されにくい保守的な側面も発生プログラムには存在することが分かりました.哺乳類の頭骨を構成する20個ほどの骨パーツは「骨をつくる材料となる細胞群の由来の違い」によって,それら20個の骨を中胚葉骨グループと神経堤細胞骨グループに分けることができます(図4参照).一方で,「骨をつくる骨芽細胞の振る舞いの違い」によって,それら20個ほどの骨を軟骨性骨グループと膜性骨グループのふたつのグループに分けることもできます.このような「骨をつくる材料の違い」と「骨をつくる方法の違い」のどちらが,より頭部の進化に影響を与えるのか,近年の議論になっていました.
図4 本研究の結果,膜性骨グループの形成タイミングは相対的に早く,軟骨性骨グループの形成タイミングは相対的に遅いことが哺乳類全体で認められました.軟骨性骨グループの骨は一定以上は形成タイミングを早くすることができず,逆に膜性骨グループの形成タイミングは一定以上は遅くはできないわけです.一方で,中胚葉骨グループか神経堤細胞骨グループかどうかは骨の形成タイミングへの影響がほとんどないことがわかりました.従来,中胚葉骨グループか神経堤細胞骨グループかどうかという「骨をつくる材料の違い」は極めて保守的で,進化にも強い影響力を及ぼすのではないかと予測されてきましたが,理論的な予測があるだけで,いまだ検証例はほとんどありませんでした.本研究の成果によって,「骨をつくる材料の違い」ではなく「骨をつくる方法の違い」が骨の形成タイミングの進化において大きな影響力をもっていることが世界で初めて示されました.このように発生プログラムの進化はいくらでも自由自在なわけではなく,改変の難しい保守的な側面があることが明らかになりました.
本研究成果の意義と今後の展開
成長とともに脳がどんどん大きくなると同時に,脳を覆って守る骨が十分に発達していないと脳がむき出しになって脳が損傷する危険性があります.そこでより脳を大きくする動物種では骨も脳に合わせて,より早く形成される必要があったのかもしれません.そして効率よくそれを行うために同じ遺伝子セットが脳と後頭部の骨の両方の形成に関わるようになった可能性が指摘されます.もともと脳が大きい霊長類のなかでもヒトは体重に対してもっとも大きな脳をもつ種ですが,後頭部の骨も霊長類のなかでもっとも早く形成されることが今回の研究から明らかになり,ヒトの大脳化をめぐる進化プロセスの一端が明らかになったといえるでしょう.
諸博物館は展示解説を通した社会教育機関であると同時に,人類遺産,自然遺産である学術標本を蓄積し,未来の社会へと引き継ぐ科学研究機関でもあります.本研究は国内外の自然史博物館で長年収蔵蓄積されてきた希少な学術標本があってこそ可能となった研究であり,科学研究における学術標本の蓄積の重要性を広く示すものでもあります.
今日,動物の胎子期の発生に関する大半の知見はいわゆる実験動物の研究からもたらされています.しかし,限られた種数しかない実験動物だけでは,地球上で様々な形態的な多様性をみせる動物たちの進化の背景を理解することは簡単ではありません.それに対し,本研究は各国の博物館で文字通り埃に埋もれてきた標本群に先端的なCT技術を援用し,多くが未知であった多様な野生動物の胎子期の発生が明らかになりました.これによって,母胎の中で進行してゆく胎子の発生が,進化的にどこまで改変が可能で,どのような改変が不可能なのかが明らかになり,進化生物学の研究に新たな1ページを加えることができました.将来的な研究の発展として,進化的な形成タイミングの改変を司る遺伝子的基盤を特定していくことが期待されます.これを解明することができれば,進化の歴史のなかでヒトの脳にはどのような遺伝子基盤の改変が起き,どのように頭部発生スケジュールが変更され,このように大きな脳をもつに至ったのかも明らかになってゆくことでしょう.
論文情報
論文タイトル Mammalian skull heterochrony reveals modular evolution and a link between cranial development and brain size Daisuke Koyabu*, Ingmar Werneburg, Naoki Morimoto, Christoph P.E. Zollikofer, Analia M. Forasiepi, Hideki Endo, Junpei Kimura, Satoshi D. Ohdachi, Son Nguyen Truong, Marcelo R. Sánchez-Villagra
論文のダウンロードURL(オープンアクセス) http://www.nature.com/ncomms/2014/140404/ncomms4625/full/ncomms4625.html
当館研究者 東京大学総合研究博物館 マクロ先端研究発信グループ 小薮大輔 特任助教 東京大学総合研究博物館 遺体科学研究室 遠藤秀紀 教授
他機関共同研究者 スイス チューリッヒ大学古生物学博物館 Ingmar Werneburg 研究員 スイス チューリッヒ大学人類学博物館 森本直記 研究員(現 京都大学大学院理学研究科 自然人類学研究室 助教) スイス チューリッヒ大学人類学博物館 Christoph P.E. Zollikofer 教授 アルゼンチン 国立科学技術研究評議会 Analia M. Forasiepi 研究員 韓国 ソウル国立大学校獣医科大学 木村順平 教授 北海道大学低温科学研究所 大舘智氏 助教 ベトナム ベトナム科学技術アカデミー 生態学生物資源研究所 Nguyen Truong Son 研究員 スイス チューリッヒ大学古生物学博物館 Marcelo R. Sánchez-Villagra 准教授
問い合わせ
本研究に関する資料請求,お問い合わせ全般
*代表責任著者 東京大学総合研究博物館 マクロ先端研究発信グループ 特任助教:小薮 大輔(コヤブ ダイスケ) Tel: 03-5841-2481(研究室) E-mail: koyabu(a)um.u-tokyo.ac.jp ・・・(a)を@に直してください URL: https://sites.google.com/site/daisukekoyabu/home
本研究に関するコメント,解説など
共同著者 東京大学総合研究博物館 遺体科学研究室 教授:遠藤 秀紀(エンドウ ヒデキ) Tel: 03-5841-2848(研究室) E-mail: hendo(a)um.u-tokyo.ac.jp ・・・(a)を@に直してください
総合研究博物館の林良博館長が2010年3月31日付で退任し、西野嘉章教授 が4月1日付で本館館長に就任いたしました。
西野館長は本学文学部卒業後、大学院人文科学系研究科を経て、1994年に 総合研究資料館(1996年に総合研究博物館に改組)に着任しました。以来、 専門の美術史学の研究と並行して、新たに博物館工学の研究分野を開拓し、次世代の博物館概念の構築、様々な実験展示の企画実践をされてきました。 (2010年4月1日)
西野嘉章館長のあいさつhttp://www.um.u-tokyo.ac.jp/information/director_nishino.html 西野嘉章館長のプロフィールhttp://www.um.u-tokyo.ac.jp/people/faculty_nishino.html
西野嘉章館長が手がけた学術研究および展示等のプロジェクト(最近のものから)
モバイルミュージアムhttp://www.um.u-tokyo.ac.jp/mobilemuseum/index.html インターメディアテクhttp://www.intermediatheque.jp/jp/index.html 東京大学コレクション―上田義彦のマニエリスム博物誌http://www.um.u-tokyo.ac.jp/exhibition/2006ueda.html 鳥のビオソフィア―山階コレクションへの誘いhttp://www.um.u-tokyo.ac.jp/exhibition/2008biosophia.html 維新とフランス―日仏学術交流の黎明http://www.um.u-tokyo.ac.jp/exhibition/2009FranceJapon.html 博物館工学ゼミナール(教育活動)http://www.um.u-tokyo.ac.jp/education/museum_seminar.html
総合研究博物館の諏訪元教授が、2009年度朝日賞を受賞しました。
今回の受賞は、研究課題である 「ラミダス猿人など初期人類の進化に関する 研究」 の業績が高く評価されたものです。 (2010年1月12日)
朝日賞の受賞者紹介のページhttp://www.asahi.com/shimbun/award/asahiaward/2009award05.html 東京大学理学部の受賞紹介のページhttp://www.s.u-tokyo.ac.jp/info.html?id=2095 東京大学総合研究博物館の「新発表のラミダス化石」展のページhttp://www.um.u-tokyo.ac.jp/exhibition/2009Ramidus.html 科学誌「サイエンス」の掲載論文のトップページhttp://www.sciencemag.org/content/vol326/issue5949/index.dtl