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図1:刺突の痕跡が発見された縄文人骨(顔面の欠損した頭骨を前からみたところ)と利器として想定される鹿角

【発表者】

 平野 力也(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 大学院生)
 海部 陽介(東京大学総合研究博物館 教授)

【発表のポイント】

 ・100年以上前に発見されていた縄文人の頭骨に、鋭利な刺突具で破壊的に孔をあけた痕跡があることを発見しました(図1)。
 ・この損傷は、鹿の角のような尖った物体を頭骨に打ちつけたものと考えられ、「平和な縄文人」像を検証する手がかりとなります。

【発表概要】

東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の平野力也大学院生は、1920年に岡山県で発掘された縄文人の頭骨に、鋭利な刺突具で破壊的に孔をあけた痕跡があることを発見し、東京大学総合研究博物館の海部陽介教授とともにその成果を報告しました。

この頭骨は縄文時代前期(約6000年前)の成人女性のもので、額にある孔を肉眼観察とCTスキャンを用いて法医人類学的基準で診断したところ、利器の刺突(現代であれば銃撃を含む)によってできる典型的な形状を示していることがわかりました(図2)。合わせて既報告の3例についても同様の検討を行い、縄文人の頭骨に、円形や楕円形の孔が多方向からあけられている実態を記載しました。その解釈にはなお慎重を要しますが、これまで論じられてきた暴力行為以外に、死後の儀礼的行為の可能性を検討する必要性を指摘しました。

今回の発見は、既存の縄文人骨コレクションの中になお未報告の類例が存在することを予見させるもので、縄文時代における暴力行為の実態解明に向けた研究の、新たな開始点となります。

図2:羽島6・7a号の頭骨全体像(A)。左前頭部の楕円孔の拡大(B)。孔から放射状に走るひび割れは、人為的損傷を示す特徴の1つ。

【研究の背景】

縄文時代は、弥生時代以降と異なり、集団どうしの組織的戦闘の証拠が見当たらない平和な時代であったとされます。一方で縄文人骨には、他者による意図的損傷が疑われるもの(“殺傷人骨”)が1922~1982年にかけて十数例ほど報告されており、近年の分析的研究でもこれらが引用されて、縄文人の暴力や闘いのあり方が考察されてきました。そうした中で、例えば、縄文時代には1対1や1対多人数の闘いが存在し、石斧(石製の斧)や石鏃(石製の矢じり)といった日常に用いる道具が利用されたといった推論がなされています。
しかし現時点で、縄文時代の殺傷人骨についての網羅的な調査はなされておらず、既存の報告事例についても第三者による十分な再検証がなされていないため、これらのデータがどれだけ実態を示しているのかは不明な部分があります。研究を前進させるためには、個々の事例の再検討と、既存人骨コレクションの系統的調査が必要です。

【研究内容】

本研究で新たに人為的損傷が確認されたのは、岡山県倉敷市に所在する6200–5200年前頃(縄文時代前期)の羽島貝塚から1920年に出土した6・7a号人骨で、左の額の部分に楕円形の孔が存在しています(図2)。

額の孔は1941年の当初報告では、「輸送などの際の破損」とされていました。その後、所蔵先の東京大学総合研究博物館において多数の研究者の目に触れながらも、この孔については言及されることなく今日に至っていました。しかし今回の肉眼とCTスキャンによる検討の結果、孔は頭骨の外面から内面に向かって拡大する、典型的な「刺器損傷」の形態(近現代であれば「銃器損傷」でも見られる)を示すことが明らかになりました(図3)。

図3:羽島6・7a号頭骨のCTスキャンによるイメージ。孔が骨表面に対してほぼ垂直に、頭の外側から内側へ拡大する様子が観察できるが、これは尖った物体が頭蓋に刺入して生じる孔の特徴である(A)。利器は左前頭部に対してほぼ垂直に左側から刺突されたのだろう(B)。

羽島6・7a号に加え、既報告の人為的損傷を有する縄文時代人骨3例についても同様に再検討し、2例において同様の「刺器損傷」を確認しました。後者については、これまで槍や弓矢による損傷との解釈がありましたが、丸みを帯びた孔の形状と、多方向より骨に垂直な方向に穿孔されている状況から、鹿角などの鋭利な物体を握って近距離から打ちつけたと解釈する方が自然です。

またこのような損傷が生じる背景として、先行研究では暴力行為に絞って議論がなされていましたが、死亡直後でも同様な形態の損傷が生じ得ることから、死後の儀礼行為として遺体を損壊した可能性も考える必要があります。

本研究は、他の既存の縄文時代人骨にも未報告の人為的損傷が存在する可能性を予見させます。今後、網羅的・系統的な調査を行うことで、縄文時代の人々の暴力行為や風習についての理解が深まっていくものと期待されます。

【関連情報】

展示公開

本研究で調査した人骨の一部(図1のもの他1体)を、下記展覧会にて、会期終了まで公開します。

 東京大学総合研究博物館・特別展示
 『骨が語る人の「生と死」 日本列島一万年の記録より』
 ウェブサイト:https://www.um.u-tokyo.ac.jp/exhibition/2023life_and_death.html

【論文情報】

雑誌名:Anthropological Science (Japanese Series)
題名:縄文時代人骨における人為損傷の新報告と既存3例の再検討
著者名:平野力也*・海部陽介
DOI:10.1537/asj.240220
URL:https://www.jstage.jst.go.jp/browse/asj/-char/ja