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図1:グリーンランドSE-Domeとアイスコアの掘削

発表者
松崎 浩之(東京大学総合研究博物館 教授)

発表概要
東京大学総合研究博物館の松崎浩之教授は、フィリピン原子力研究所(PNRI)、弘前大学、北海道大学などと共同で、グリーンランドSE-Dome アイスコアを加速器質量分析(Accelerator Mass Spectrometry)を用いて分析し、大気圏核実験により生成したヨウ素129(I-129)のピークが明確に記録されていることを初めて見出しました。これこそ、人類の活動が地球環境に不可逆な影響を与え始めた新しい地質年代とされる“アンソロポシーン(Anthropocene:人新世)”を示すゴールデンスパイクの有力な候補である、としてScience of the Total Environment誌に発表しました。

発表内容
現代は、地球温暖化や環境汚染など、人間の活動が地球に不可逆な影響を与えた新しい地質年代、アンソロポシーン(人新世)注1 に入っている、と言われています。

しかし、これが、完新世注2 更新世注3 などと同様の地質年代区分として確立するためには、アンソロポシーン(人新世)の始まりを示す、明確かつ恒久的な、境界を示す層序学的マーカー注4 を必要とします。これをGSSP(Global Boundary Stratotype Section and Point)もしくはゴールデンスパイクといいます。

最近では、20世紀半ばのグレート・アクセラレーション注5 こそがアンソロポシーンの始まりである、という考え方が合意されつつあります。

では、グレート・アクセラレーションを象徴するゴールデンスパイクとして何がふさわしいでしょうか。これまでに、樹木年輪などの環境アーカイブ中に記録された、核実験起源の炭素14(C-14)が有力な候補として上がっています。それは、C-14が核実験の開始(1950年頃)と同時に急激に上昇し、グレート・アクセラレーションのタイミングと一致するからです。しかし、C-14の半減期は、5,730年と、数万年先の未来には消えてしまいます。すなわち、アンソロポシーン(人新世)のゴールデンスパイクとしては“恒久的”とまではいえません。一方、I-129は、核分裂生成核種であり、かつ半減期が1570万年と長いため、I-129の方が恒久的と言えます。

本研究では、北海道大学の研究チーム(飯塚芳徳 准教授ら)が、グリーンランドSE-Domeで掘削したアイスコア中のI-129を、東京大学の加速器質量分析注6(松崎浩之 教授ら)で分析し、アンソロポシーン(人新世)のゴールデンスパイクとしてのポテンシャルを探りました。分析したアイスコアは表層から90メートルの長さを持ち、年代としては、1957年から2007年をカバーするもので、およそ4ヶ月の時間分解能でI-129を測定したところ、人類の核利用のほぼ全歴史を記録していることが分かりました。すなわち、1958年、1961年、1962年に、大気圏核実験に対応するピーク、1986年のチェルノブイリ事故に対応するピークのほか、使用済核燃料再処理工場からの排出によるシグナルがはっきりと記録されています。アイスコア中に記録されている年代と実施の人類の核利用のタイミングとは、フィリピン原子力研究所のBautista Angel主任研究員によって、定量的な数理モデルによって対応付けられました。

最も重要なことは、このようなI-129のシグナルは、地球上の異なる場所・異なる環境におけるアーカイブ(樹木年輪、珊瑚、堆積物等)にも見られることです。すなわちI-129のシグナルは、グローバルに見出すことができるのです。

以上の理由によって、SE-Domeアイスコアに記録されたI-129をアンソロポシーン(人新世)のゴールデンスパイクの優れた候補として提案しました。

 

図2:東京大学タンデム加速器研究施設(MALT)のタンデム加速器とヨウ素129の測定
図3:グリーンランドSE-Domeアイスコアから得られたヨウ素129の時系列データ。主要な大気圏核実験に対応したピークが見出された。核燃料再処理工場からの排出による増加や、チェルノブイリ原発事故に対応するピークも見られる。

発表雑誌
雑誌名:「Science of the Total Environment」(オンライン版:5月11日)

論文タイトル:129I in the SE-Dome ice core, Greenland: a new candidate golden spike for the Anthropocene

著者:Angel T. Bautista VII*, Sophia Jobien M. Limlingan1, Miwako Toya, Yasuto Miyake, Kazuho Horiuchi, Hiroyuki Matsuzaki, Yoshinori Iizuka

DOI番号:https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2023.164021

アブストラクトURL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0048969723026426

用語解説
(注1)アンソロポシーン(人新世):
人間の活動が地球に不可逆な影響を与えた新しい地質年代で、ホロシーン(完新世)に続くものとして、提案されている。これを正式な地質年代として認めるために、ゴールデンスパイクが必要。

(注2)完新世:
氷河期が終わったおよそ1万年前からの地質年代区分をいう。人類の文明化の歴史に相当し、アンソロポシーンが確立するまでは、現在も完新世に含まれるとされる。

(注3)更新世:
約258万年前から完新世の始まりまでの地質年代区分で、氷河期と間氷期を繰り返していた時代で、人類が発祥し、マンモスが絶滅した。チバニアンも更新世に含まれる。

(注4)層序的マーカー:
ここでいう層序とは、地層が重なる順序のことであり、一般的には地質年代の区分は異なる地層の境界に対応している。ゴールデンスパイクは、地質区分の境界を典型的に示す特定の地層に対して定められる(チバニアンのそれが千葉県市原市のある地層に定められたのが良い例)が、本研究では、アイスコアも同様の記録を保持し得るものとして提案している。

(注5)グレートアクセラレーション:
20世紀半ば以降、人口、経済活動、技術の急速な増大・進歩により、地球環境の大規模な変化が進んでいることをさす。

(注6)加速器質量分析:
負イオン源とタンデム加速器を組み合わせて構成される質量分析システム。極めて感度の高い分析手法で、他の手法では検出の困難なヨウ素129(I-129)などの各種でも、加速器質量分析で測定すると、精密に分析できる。年代測定に利用されている炭素14(C-14)も、現在ではほとんど加速器質量分析で測定されている。

問い合わせ先
東京大学総合研究博物館 教授 松崎浩之
hmatsu[a]um.u-tokyo.ac.jp
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