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――頭骨の「歪み」からさぐるヒト的難産・育児の起源――

横方向への強い歪みを示す現代人(左)とジャワ原人(右)の頭骨。
どちらも後ろからみたところ。

■発表のポイント

◆ヒトは「未熟な赤ちゃん」を産むように進化してきたと言われていますが、それが人類進化史のどこで始まったかは不明です。この難題解決のための新手法を考案しました。

◆ヒトの頭骨には、しばしば「変形性斜頭」と呼ばれる歪みが生じることが、医師の間で知られています。これは出生時のヒトの頭骨が未発達な上、頸部の筋が弱く「首が座っていない」ため、頭骨が歪みやすいことに起因しています。

◆我々は、このような頭部の強い歪みがヒトに独特の現象で、従ってそれがヒト的な「出生時の未熟さ」の指標になることを複数の統計手法から確かめました。さらに、ジャワ原人とフローレス原人の化石頭骨にそのような歪みが認められたことから、これらの人類の赤ちゃんが未熟であったことを示しました。この発見は、母親の難産、出生と育児における協力行動、さらに脳サイズの増大といった「人間らしさ」の理解に、大きな意味を持ちます。

発表内容

東京大学総合研究博物館の海部陽介教授らによる研究グループは、「未熟な赤ちゃん」を産むヒト型出生の進化的起源に関する論文を発表しました。

霊長類の赤ちゃんは一般に「早熟」で、首はすわり、自分の力で母親の毛皮などにしがみついて自身の身体を支えることができます。チンパンジーの新生児は比較的未熟ですが、生後短期間でこのように自立していきます。ところがヒトの赤ちゃんは、生後約4か月も首が座っていない状態が続き、自力で立って歩けるまでに約1年を要します。ヒトの赤ちゃんが長期に渡って未熟であることの説明として、これまで「生理的早産」あるいは「出産のジレンマ」という考え方が知られていました(注1)。
これは、人類は直立二足歩行をする関係で骨盤の幅を過度に大きくできず、従って母親の産道サイズに制限が生じ、これが出産時の胎児の脳サイズを制限するというものです。脳は胎児期に急速に成長するのですが、脳が大きくなりすぎた胎児は母親の胎内から出てこられなくなります。そこで人類は進化のどこかの時点で、その大きな脳サイズに見合う本来の妊娠期間を短縮して、脳が急速に成長する胎児の状態を維持した柔らかい頭のままの未発達の赤ちゃんを出生するようになった、というのです。
この現象により、母親と胎児の双方が「難産」というリスクをかかえるようになり、産婆のような出生時の協力行動の必要性や、未熟な赤ちゃんを守るために父親の育児参加を含む共同育児などが発達するようになったと考えられています。つまり、「生理的早産」の進化上の起源をさぐることは、こうした人間らしい一連の行動の起源をさぐることにも結びつきます。
しかし生理的早産の起源を化石でさぐるのは容易ではありません。これまで、人類進化学者たちは、稀にしか見つからずしかも不完全な成人骨盤の化石や幼児頭骨の化石のサイズを検討するなどして、「生理的早産」の進化的起源をさぐろうとしてきました。議論が集中しているのは、ホモ・エレクトスにおいて生理的早産が生じていたかどうかですが、これらの化石の不完全さなどの制限から、見解の一致には至っていませんでした。そこで本研究では「変形性斜頭」という現象に注目した新たな方法を導入して、この課題の解決をはかることを目指しました。
「変形性斜頭」は、ヒトの赤ちゃんの頭部に生じる歪みの1つの形態です。その主原因は、ヒトの赤ちゃんは脳が大きく頭部が重いにもかかわらず、出生時の頭骨が未発達で、かつ頸部の筋が弱く「首が座らない」状態にあるため、床に寝かされた赤ちゃんの頭部(脳が大きいため重い)が重力によって歪むことが主原因とされています。この歪みは、成長に伴い一定の改善が得られるものの、ある程度の変形は成人まで保持されることが少なくなくありません。頭骨と頸部の未熟さは生理的早産の一側面ですので、大きな歪みを示す頭骨は、生理的早産を経験していたと考えることができます。そこで私たちは、次の2つを調査することにしました。
・ 総計1500以上の大型類人猿とヒトの頭骨の歪みの程度を比較し、ヒト特有の重度の歪みの様態を把握する。
・ 原人の化石頭骨の歪みを定量し、ヒト的な「変形性斜頭」が存在するかを検討する。
解析の結果、末期のジャワ原人(注2)2個体と、フローレス原人(注3)1個体において、ヒト的な頭骨の歪みを検出しました。これらの歪みは、埋没中に地層の圧力で生じたものとは区別され、「変形性斜頭」とみなすべきものであることを複数の根拠をあげて論じた上で、これらの原人が、すでに未熟な赤ちゃんを産むヒト的出生パターンを進化させていたと結論しました。
この結論は、原人が、私たち現代人と同様に難産を経験し、それを軽減するため、あるいは未熟な赤ちゃんを保護するための協力行動を発達させていたことを示唆します。

なお、本研究における乳児CTデータの利用については、国立成育医療研究センターの倫理審査委員会の承認の下に実施しました(approval number: 2021-139)。

画像1:水平方向に強い変形性斜頭を示す乳児の頭部を上から見たスキャン画像(左)と外観写真(右)。提供:国立成育医療研究センター

画像2:水平方向に強い変形性斜頭を示す乳児のCT画像①。
提供:国立成育医療研究センター
画像3:水平方向に強い変形性斜頭を示す乳児のCT画像②。
提供:国立成育医療研究センター
画像4:ヒトと類人猿の頭骨の歪みの比較。縦軸において0から離れるほど歪みが大きいことを示す。
x=類人猿(紫=チンパンジー、青=ボノボ、橙=オランウータン、黒=ゴリラ)、シアン=ヒト、赤い星=化石人類)。Credit: Kaifu Y et al. 2026 CC License: CC BY
画像5:フローレス原人にみられた頭骨の変形。正面と底面。矢印は変形の原因となったと考えられる圧力がかかった場所。
Credit: Kaifu Y et al. 2026. CC License: CC BY
画像6:強い横方向の変形性斜頭を示す近世人骨(沖縄県新城遺跡)(左)とジャワ原人(中央・右)の頭骨。いずれも後からみたところ。頭蓋底部は水平だが、左右の側壁が横方向に歪んでいる。同様の変形は東京の江戸時代人などでも多くみられた。 Credit: Kaifu Y et al. 2026. CC License: CC BY
画像7:ジャワ原人の育児の様子の想像復元画。現代人のように、未熟な新生児を抱きかかえたり、父親らと共同で面倒をみたりしている。頭頚部が未発達な新生児を地面に寝かせることで、変形性斜頭が生じる。
画:菊谷詩子 提供:海部陽介

研究者のコメント

海部陽介:頭骨の歪みは「人間らしさの刻印」である、というのがこの研究の1つの結論です。2007年からフローレス原人の頭骨化石の研究を開始し、その歪みの成因について国立成育医療研究センターの金子剛先生に相談し「変形性斜頭」という現象を知ったことから、この着想を得ました。

矢野 航:人類の「柔らかい頭」がいつ誕生したのかを探求しました。新生児・幼児に持つ柔らかい頭ゆえに生じる歪みをどのように指標にしていくか研究チームで議論を積み重ねました。私はヒト新生児頭骨3次元CT像の3D定量分析を担当しました。チーム内の各専門家の分析と議論、検証を経てようやく産まれた難産の論文でした。

彦坂 信:私たちはヒト頭骨に関するデータと、「変形性斜頭」に関する知見をもっていましたが、それを人類学などの科学に結びつける手立ては持ち合わせていませんでした。ヒト特有の生活様式がいつ始まったのか、というエキサイティングな知見に結びつく仮説と解析手法を提供いただいたチームのメンバーに深く感謝しています。

■脚注

注1: A. Portmann. Biologische Fragmente zu einer Lehre vom Menschen. Schwabe 1951(邦訳:A・ポルトマン『人間はどこまで動物か』岩波書店 1961)/ S. L. Washburn. Tools and human evolution. Scientific American 1960 Vol. 3 Pages 62-75

注2: ジャワ島のガンドンとンガウィで発見された頭骨化石各1点で、年代は10万年前頃と推定されます。ジャワ原人は110万年前からの化石があり、その末期のグループのものという意味です。

注3: インドネシアのフローレス島で発見された、身長1メートル程度の小型の原人です。詳しくは、以下の情報などをご覧ください。
https://www.um.u-tokyo.ac.jp/research/umutnews/20240807.html

■発表者・研究者等情報

東京大学 総合研究博物館
海部 陽介 教授

防衛医科大学校 医学教育部医学科 再生発生学講座
矢野  航 准教授

国立成育医療研究センター 小児外科系専門診療部 形成外科
  彦坂  信 診療部長

中部学院大学 看護リハビリテーション学部 理学療法学科
清水 大輔 教授

大阪大学 大学院人間科学研究科 生物人類学研究分野
西村  剛 教授

北海道大学 総合博物館
久保 大輔 准教授

京都大学 大学院理学研究科 動物学教室自然人類学研究室
森本 直記 准教授

ほか4名

論文情報                                          
雑誌名:Proceedings of the Royal Society B
題 名:Cranial evidence for human-like helpless infancy in Homo erectus and Homo floresiensis
著者名:Yousuke Kaifu, Wataru Yano, Makoto Hikosaka, Daisuke Shimizu, Takeshi Nishimura, Daisuke Kubo, Rusyad Adi Suriyanto, Jatmiko, Thomas Sutikna, Naoki Morimoto, Iwan Kurniawan(責任著者)
DOI: 10.1098/rspb.2026.1055
URL: https://doi.org/10.1098/rspb.2026.1055

■研究助成

本研究は、科研費「ヒトの生理的早産の進化をさぐる新手法(課題番号:24657173)」、「シンクロトロン・プロテオミクス・高精度年代測定を用いたジャワ原人研究の新展開(課題番号:23K17404)」、「成育医療研究開発費(課題番号:2021-A1)」により実施されました。