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恐竜化石層から産出した白亜紀の淡水生二枚貝化石と貝殻の微細構造模式図

■概要

 東京大学総合研究博物館の吉村太郎 特任研究員(兼 東京科学大学 研究員、研究当時:東京大学大学院理学系研究科 博士課程)、佐々木猛智 准教授、福井県立恐竜博物館の中山健太朗 研究員、安里開士 研究員、野田芳和 指導研究員の共同研究グループは、福井県勝山市に分布する前期白亜紀(約1億2000万年前)の手取層群北谷層(注1)から産出した淡水二枚貝Nakamuranaia soniの化石殻皮(注2)から、生体高分子であるβ-キチン(注3)が分子レベルで極めて良好に保存されていることを発見しました。微生物活性の高い淡水河川環境では有機物の長期残存は困難とされてきましたが、電子顕微鏡観察、蛍光染色、フーリエ変換型赤外分光分析(FT-IR)(注4)により、現生種と酷似したハニカム状構造とキチンの分子骨格が保たれていることを実証しました。さらに、野火によって生成された灰に由来するシリカ過飽和水が死後ごく初期に殻表面に形成した自生シリカ薄膜が、微生物や分解酵素を遮断する防護壁(タフォノミック・シールド)として機能したことを解明しました。本成果は、従来の新生代(約4000万年前)を中心とする報告から一気に時代を遡り、淡水域の生体鉱物におけるキチン分子保存の記録を約1億2000万年前へ更新するものです。

■発表内容

<研究の背景>
 化石中の生体高分子は、絶滅生物の進化や生態を復元する上で様々な情報をもたらします。主要な多糖類であるキチンは節足動物の外骨格や貝殻基質などを構成しますが、微生物や酵素により速やかに分解されるため、地質時代を超えた保存は極めて稀とされてきました。従来の報告例も海域や閉鎖的な湖沼に限られており、流水によって酸素が供給され微生物分解が極めて活発な「淡水河川環境」では速やかに消失すると考えられており、中生代以前の淡水生無脊椎動物における生体分子の保存限界やメカニズムは未解明のままでした。

図1:白亜紀の淡水二枚貝の殻皮における
キチン質の同定と微細構造の比較

A, B(蛍光染色像): Calcofluor White(A:青)とCongo Red(B:赤)による染色。化石の殻皮にキチン質生体高分子が残存していることを示す。C〜F(電子顕微鏡像): 殻皮内面のハニカム状微細構造の観察像。現生イシガイ類(C:低倍率、D:高倍率)と同様の構造が、白亜紀化石(E:低倍率、F:高倍率)でも崩壊せずに極めて良好に保存されている。

<研究手法と結果>
 研究グループは、恐竜化石の産地として名高い福井県勝山市の手取層群北谷層から産出する淡水二枚貝 Nakamuranaia soniの保存状態の良い貝殻に着目し、以下の多角的な分析を行いました。

古環境と保存プロセスの統合モデル:地層中の石灰質ノジュール(乾燥の証拠)や木炭化石(山火事の証拠)から、激しい乾季の後に発生した雨季の鉄砲水によって、貝と野火によって生成された灰が急速に埋没したことが示唆されます。灰の溶解に伴うシリカ過飽和水が、微生物分解が本格化する前に殻を急速に珪化・カプセル化したことが、約1億2000万年に及ぶ分子保存を可能にしました。

1. 微細構造観察と組織化学蛍光染色(図1):貝殻最外層(殻皮)の電子顕微鏡(FE-SEM)観察により、現生イシガイ類と一致する直径20〜50μm の多角形ハニカム構造が原型を保って残存していることを確認しました。さらに2種類の蛍光染色により、この骨格内にキチン質微小繊維が高濃度に局在していることを実証しました。

2.フーリエ変換型赤外分光分析(FT-IR)による分子構造の同定(図2):化石殻皮の赤外吸収スペクトルから、β-キチン特有の官能基や結合(アミドI・IIバンド、C–O–C架橋、β-グリコシド結合)を同定しました。周囲の母岩からは有機物シグナルが検出されなかったため、後世の汚染ではなく化石由来の生体分子であることが証明されました。

3.初期珪化作用とタフォノミック・シールドの解明:元素分析と脱灰実験から、殻表面が微結晶シリカ層で密閉され、「シリカ-キチン複合骨格」を形成していることを発見しました。死後ごく初期にシリカが微小繊維をコーティングしたことで、微生物や分解酵素の侵入を物理的・化学的に遮断する防護壁として機能したことが判明しました。

4. 古環境と保存プロセスの統合モデル:地層中の石灰質ノジュール(乾燥の証拠)や木炭化石(山火事の証拠)から、激しい乾季の後に発生した雨季の鉄砲水によって、貝と野火によって生成された灰が急速に埋没したことが示唆されます。灰の溶解に伴うシリカ過飽和水が、微生物分解が本格化する前に殻を急速に珪化・カプセル化したことが、約1億2000万年に及ぶ分子保存を可能にしました。

<学術的意義と今後の展望>
 本研究は、「分解が極めて激しい淡水河川環境では生体高分子は長期保存されない」という従来のタフォノミー(化石化作用論)の通念を覆す成果です。野火が発生する地域では、灰由来の自生シリカが死後初期に有機物を密封する「タフォノミック・シールド」として働くことで、過酷な淡水環境下でも分子レベルの化石が保存され得る新たなメカニズムを実証しました。これにより、これまで見過ごされてきた陸域・淡水域の堆積層が、未知の生体分子化石を宿す有望なフィールドであることが明らかになりました。今後、同位体質量分析やアミノ酸の検出・解析を組み合わせることで、中生代の陸上生態系における動植物の有機質化石から、失われた進化情報を解読できると期待されます。

図2:赤外分光分析(FT-IR)による
化石殻皮のキチン質の同定

化石および現生種の殻皮、標準試料、周囲の母岩におけるFT-IR吸収スペクトルの比較。A〜D(スペクトル比較): 白亜紀化石 Nakamuranaia soni の殻皮(A)、現生イシガイ類 Nodularia douglasiae の殻皮(B)、標準 β-キチン(C)、周囲の堆積岩(D:陰性対照)。検出ピーク: 破線は、β-キチンに特有のアミドI、アミドII、C–O–C架橋、β-グリコシド結合の振動バンドを示す。化石(A)においてこれらの特徴的な分子骨格が確認され、母岩(D)ではシグナルが皆無であることから、化石本来の β-キチンが分子レベルで残存していることが実証された。

■発表者・研究者等情報
東京大学総合研究博物館
 吉村 太郎 特任研究員
  兼 東京科学大学 研究員
  研究当時:東京大学大学院理学系研究科 博士課程
 佐々木 猛智 准教授

福井県立恐竜博物館
 中山 健太朗 研究員
 安里 開士 研究員
 野田 芳和 指導研究員

■用語解説

(注1)手取層群北谷層(Kitadani Formation)
福井県勝山市などに分布する白亜紀前期(約1億2000万年前)の陸成層。フクイラプトルやフクイサウルスなどの恐竜化石をはじめ、哺乳類、カメ、魚類、淡水生貝類、植物化石が豊富に産出する東アジアを代表する化石産出層。
(注2)殻皮(Periostracum)
軟体動物の貝殻の最外層を覆う有機質の膜。キチン質やタンパク質の複合体からなり、内側の炭酸カルシウムの結晶成長を制御する役割や、貝殻の溶解を防ぐ役割を持つ。
(注3)β-キチン(β-chitin)
N-アセチルグルコサミンがβ-(1,4)結合した直鎖状の高分子多糖類。セルロースに次いで地球上で2番目に豊富な生体高分子であり、節足動物の外骨格や菌類の細胞壁などを構成する。
(注4)フーリエ変換型赤外分光分析(FT-IR)
試料に赤外線を照射し、分子の官能基ごとの固有の伸縮・変角振動に基づく吸収スペクトルを測定することで、化合物の分子構造や化学結合の状態を非破壊・高精度に同定する分析手法。

■論文情報                                          
雑誌名:Geobiology
題 名:Exceptional chitin preservation driven by early-stage silicification in Mesozoic freshwater environments
著 者:Taro Yoshimura, Kentaro Nakayama, Kaito Asato, Yoshikazu Noda & Takenori Sasaki
DOI:10.1111/gbi.70067