
低地から中標高の常緑広葉樹林に生息する(撮影:呂 晟智)。
■発表のポイント
◆台湾全島26地点のタカサゴイチモンジをddRADseq(注1)で解析し、島内に3〜4つの遺伝的系統を検出しました。
◆中央山脈が個体群間の主要な移動障壁となっており、その効果は島の南部でより大きいことを明らかにしました。
◆中央山脈の東側に比べて西側の系統は南北に大きく分化しており、特に南西系統は遺伝的多様性が最も低く、近交の程度が最も高いことが判明しました。
◆将来気候予測では、南西系統の生息域がすべての将来気候シナリオで非アナログ気候(注2)となり、遺伝的オフセット(注3)の信頼性の高い推定ができませんでした。
◆北東系統は、推定可能であった系統の中で遺伝的オフセットが最も低いことが分かりました。
■概要
台湾のみに分布する大型のタテハチョウ・タカサゴイチモンジは、低地から中標高の常緑広葉樹林帯に生息し、飛翔力が高いことから、島内では広く遺伝子流動(注4)が生じていると考えられてきました。
東京大学総合研究博物館の沈 宗諭 JSPS外国人特別研究員、矢後勝也 講師、台湾師範大学の徐 堉峰 教授、台湾中央研究院の黃 仁磐 上級研究員、台湾東海大学の呉 立偉 准教授らの研究グループは、台湾全土26地点から得られた個体を対象にゲノムワイドSNP解析を行いました。その結果、中央山脈を境として東西の系統が明瞭に分かれ、東側に比べて西側で南北方向の分化がより顕著に生じていることが明らかになりました。さらに、系統ごとに適応している気候環境の幅が異なり、将来の気候変動に対する脆弱性も系統間で大きく異なることを示しました。
本研究は、島の固有種を単一の保全単位として扱うのではなく、系統単位で保全を考える必要性を示した成果です。特に将来の気候変動に対する脆弱性を考慮すると、系統ごとに保全優先度が異なることが明らかとなり、気候変動時代の保全戦略に重要な知見を提供するものです。
この研究成果は、2026年8月2日付で国際学術誌Evolutionary Applicationsから出版されました。気候変動の理解と適応に向けた進化ゲノミクスをテーマとする特集「Evolutionary Genomics: Understanding and Adapting to Climate Change」に収録されています。
■研究者コメント
台湾は九州ほどの大きさの島ですが、中央山脈がつくる環境勾配は驚くほど急です。そのため、よく飛ぶチョウであっても、環境に応じて細かく分化していました。地域ごとの環境に適応することは、その場所で生き延びるうえでは有利に働きます。しかし一方で、気候変動によって環境が変化したときには、その適応がかえって生息域の移動や環境への対応を難しくする場合があります。本種の南西系統は、そのことを最もよく示した例だと考えています。
■発表内容
<研究の背景>
台湾は亜熱帯と熱帯の境界に位置し、標高差の大きい島です。氷期には大陸と陸続きになった歴史をもち、島内には急峻な環境勾配が広がっています。このため、大陸からの移入と島内での分化の両方が、台湾の生物相に高い固有性をもたらしてきたと考えられてきました。
チョウ類は、台湾で最もよく研究されている生物群の一つです。定着種358種のうち、約6分の1が固有種、約半数が固有亜種とされています。固有種の約3分の2は中・高標高の山地に生息する一方、人為的な環境改変は低地から中標高域に集中しています。そのため、低地から中標高域に依存する種ほど、生息環境の減少による絶滅リスクが高いと考えられています。
タカサゴイチモンジは、このような低地から中標高の常緑広葉樹林に生息する台湾固有種です。幼虫はブナ科アカガシ亜属などを食草とし、利用できる寄主植物の幅も比較的広く、成虫の飛翔能力も高いことが知られています。そのため、島内では活発な遺伝子流動が生じていると考えられていました。ところが、過去のミトコンドリアDNA解析による研究では地域間の遺伝的差異が示唆されており、蛹や成虫の形態・斑紋にも地理的変異が認められていました。高い分散能力にもかかわらず、なぜ島内で遺伝的・形態的な分化が生じているのかという矛盾が、本研究の出発点となりました。
<研究内容・成果>
台湾全島26地点で得られた個体から、ddRADseq(注1)によりゲノムワイドなSNPを取得しました。品質フィルタリング後、タカサゴイチモンジ69個体と、外群として近縁種も含めて解析を実施しました。集団構造の解析には4,529のSNP、環境ゲノム解析には9,269のSNPを使用しました。
集団構造はADMIXTURE、sNMF、snapclustの3手法で推定し、いずれもほぼ一致した結果が得られました。3系統に分ける場合は、東部、北西部、南西部の3系統に、4系統に分ける場合は東部系統がさらに北東部系統と南東部系統に分かれました。合わせて系統樹の推定、系統間の遺伝子流動と系統内の近交係数の推定、移動障壁の可視化、過去の集団サイズの復元を行いました(図1)。
環境との関係はRDAforest(注5)を用いて解析しました。19の生物気候変数のうち、日較差、等温性、年降水量、最暖四半期降水量の4変数が安定して選択され、モデルが捉えたゲノム変異の32.94%を説明しました。さらに、現在と将来で予測されるゲノム組成の差から、遺伝的オフセット(注4)を推定しました(図2)。遺伝的オフセットが大きいほど、将来の気候環境に適応するために必要な遺伝的変化量が大きく、将来の気候環境への適応性が低いと解釈されます。評価は4つの将来気候シナリオ(SSP126、SSP245、SSP370、SSP585)と、2021年から2100年までを20年ごとに区切った4期間について行いました。

地図は各個体の採集地点を示す。色は南西部(赤)、北西部(黄)、北東部(水色)、南東部(緑)の各系統に対応する。左下は系統樹、右下は系統間の移動率を示す円環図であり、外周の数値は各系統の近交係数を表す。

2021年から2100年までを20年ごとに示した。色が濃いほど、将来の気候環境に対する適応性が低いことを表す。プロットの色は各系統を示す。疑問符(?)は非アナログ気候となり、遺伝的オフセットを推定できなかった地点。これは生息不可能になることを意味するものではなく、現在の環境と遺伝子型の対応関係を将来へ適用できず、予測の不確実性が高いことを示している。南西部の非アナログ化は、低排出のSSP126を含む全シナリオで共通していた。
主な結果は次のとおりです。
・中央山脈が最大の移動障壁となっており、その影響は島の南部でより強いことが明らかになった。
・東側の系統では内部の分化が弱かった一方、西側では南北方向に強い分化が認められた。
・多座ヘテロ接合度は南西系統で最も低く(平均0.123)、北西系統(0.151)および南東系統(0.148)を有意に下回った。近交係数も南西系統で最も高く、近交の個体間ばらつきが有意だったのも南西系統のみであった。
・4系統すべてで集団サイズは完新世を通じて比較的安定していたが、およそ2,000~4,500年前に大きく減少していた。
・南西系統は5つの環境クラスターのうち1つにのみ分布し、気候ニッチが最も狭かった。将来気候下では、すべての将来気候シナリオおよびすべての予測期間で非アナログ気候(注2)となり、遺伝的オフセット(注3)を推定できなかった。一方、北東系統は推定可能な系統の中で遺伝的オフセットが最も低いことが示された。
なお、非アナログ気候となることは、その場所が生息不可能になることを直接意味するものではありません。現在の環境と遺伝子型の対応関係が将来にもそのまま成り立つとは限らず、将来予測の不確実性が大きいことを示しています。
<期待される成果・今後の展望>
本研究は、島の固有種であっても、系統ごとに遺伝的な健全性や気候変動に対する脆弱性が大きく異なり得ることを明らかにしました。これは、保全を種単位ではなく系統単位で進める重要性を示す成果です。
特に南西系統は、遺伝的多様性が低く、近交が進み、他系統との遺伝子流動も乏しい状態にありました。また、将来気候に対する予測が最も不確実な地域でもあることから、優先的な保全対象として検討する必要があると考えられます。
一方で、異なる系統間で個体を移動させることには慎重な対応が求められます。地域ごとの環境適応を損なう恐れや、独立した進化的単位を均質化してしまう恐れがあるためです。まずは同一系統内で生息地を回復させ、生息地間の連結性を確保することで、自然な遺伝子流動を促すことが現実的な保全戦略と考えられます。
今後は染色体レベルの参照ゲノムの構築に加え、南西系統の分布縁辺や非アナログ気候が予測された地域における緻密なサンプリングが課題となります。これにより、気候適応に関わる遺伝子座の特定や、近隣集団間における現在の遺伝子流動の実態をより高い解像度で明らかにできると期待されます。
■用語解説
(注1)ddRADseq
2種類の制限酵素でゲノムを断片化し、その一部を集中的に配列決定する手法。参照ゲノムがない生物でも、多数の遺伝的変異を効率よく取得できる。
(注2)非アナログ気候
将来予測される気候条件に対応する環境が現在の調査範囲内に存在しない状態。現在のデータから将来の適応性を予測することができないため、予測の不確実性が高い。
(注3)遺伝的オフセット
将来の気候環境に適応するために必要なゲノム組成の変化量を推定した指標。値が大きい集団ほど、将来の環境への適応性が低いと解釈される。
(注4)遺伝子流動
個体の移動や繁殖を通じて、異なる個体群の間で遺伝子が交換される現象。遺伝子流動が大きいほど、個体群間の遺伝的な違いは小さくなると考えられる。
(注5)RDAforest
冗長性解析(RDA)とランダムフォレスト回帰を組み合わせ、ゲノム全体の遺伝的変異と環境要因との関係を推定する手法。個々のSNPを個別に検定するのではなく、多数の遺伝子座の共変動パターンを利用して環境適応を評価する。
■発表者・研究者等情報
【発表者】
東京大学総合研究博物館
沈 宗諭 JSPS外国人特別研究員
矢後 勝也 講師
台湾師範大学
徐 堉峰 教授
台湾爽文国民中学校
呂 至堅 教諭
台湾東海大学
吳 立偉 准教授
陳 明玉 研究事業協力者
台湾中央研究院
黃 仁磐 上級研究員
陳 薇云 研究事業協力者
台湾大学
林 宗翰 研究事業協力者
■論文情報
雑誌名:Evolutionary Applications
題 名:Within-island diversification generates lineage-specific climate vulnerability, insights from the Taiwan-endemic Formosan Duke
著 者:Zong-Yu Shen, Yu-Feng Hsu, Masaya Yago, Chih-Chien Lu, Ming-Yu Chen, Wei-Yun Chen, Tzong-Han Lin, Jen-Pan Huang, Li-Wei Wu
DOI: https://doi.org/10.1111/eva.70309
URL: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/eva.70309
■研究助成
本研究は、台湾国家科学及技術委員会(NSTC)の助成(113-2311-B-029-001-MY3、114-2917-I-564-011、114-2621-B-001-006-MY3)を受けて実施されました。


