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旧石器時代の海洋進出の実態を探るため台湾から与那国島を目指した丸木舟の実験航海(2019年)について、新たな分析結果を、2本の論文としてScience Advances誌に報告しました。

与那国島を目指して出航した丸木舟スギメ(2019年7月7日 撮影:海部陽介)

与那国島を目指して出航した丸木舟スギメ(2019年7月7日 撮影:海部陽介)

【発表のポイント】

◆「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」(国立科学博物館・国立台湾史前文化博物館)において2019年に行った実験航海により、丸木舟を熟達の技で漕げば、黒潮の海を横断して台湾から与那国島へ渡れることが証明されました。 ◆さらに高精度海洋モデルを使った数理シミュレーションにより、黒潮が速かった3万年前頃の海においても、丸木舟は台湾から与那国島へたどりつけることが示されました。ただし旧石器人(旧石器時代人)が黒潮の存在を認識し、その流れに対抗する適切な航海戦略を持っていることが必要条件です。 ◆3万年以上前の旧石器人による琉球列島への渡来は、舟とそれを漕ぐ技術に加え、戦略的挑戦の下に達成されたと言えます。

【発表内容】

 東京大学総合研究博物館の海部陽介教授と、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の張育綾副主任研究員らによる研究グループは、「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」(2016-2019)を締めくくる2本の論文を発表しました。

 人類による本格的な海洋進出は、インドネシア東部、オーストラリアから日本列島にかけての西太平洋地域で、5万~3万年前頃(後期旧石器時代)にはじまったことがわかっています。その中で3万5000~3万年前頃に生じた琉球列島への渡来は、当時の世界で最も困難な航海を伴ったとして注目されます。琉球列島の海域には、隣の島が見えないほど広い海峡があり、さらに秒速1~2mで流れる世界最大規模の海流・黒潮が流れ込んでいるからです。この海を旧石器人がどのように越えたかを徹底的に探求したのが、同プロジェクトでした。

図1:3万数千年前の琉球列島と各島における最古の遺跡のおおよその年代。海面を80 m 下げて陸化する部分をグレーで示してある。円は海上から島が見える範囲。黒潮の流路は推定される3万5000 年前のもの。▲は図2を撮影した立霧山。背景地図はGeoMapAppにて作成。

図1:3万数千年前の琉球列島と各島における最古の遺跡のおおよその年代。海面を80 m 下げて陸化する部分をグレーで示してある。円は海上から島が見える範囲。黒潮の流路は推定される3万5000 年前のもの。▲は図2を撮影した立霧山。背景地図はGeoMapAppにて作成。

図2:台湾の立霧山から眺めた与那国島方面の海。島が見えるとするなら中央の雲の隙間。海面は穏やかに見えるが、そこには強大な黒潮が流れている(海流は目には見えない)。そのため、島を見つけてまっすぐ目指しても、たどりつくことはできない。(撮影:海部陽介)

【論文1:Kaifu et al.の発表内容】

 失敗に終わった草束舟や竹筏舟による実験の後、2019年に成功した丸木舟による実験航海(台湾→与那国島)の様子は、オープンサイエンスを基調とするプロジェクトの成果として、一般書や記録映画、テレビ番組等で紹介しています(「関連情報」に記載の公式ウェブサイトを参照)。本論文は、丸木舟実験の全容をはじめて国際的に報告するものですが、旧石器時代の道具(刃部磨製石斧)で丸木舟の製作が可能であることをデータで示し、さらに海洋研究開発機構が開発した超高精度海流予測モデルJCOPE-T-DAを用いて航海における海流等の影響を分析した結果を盛り込み、学術的な内容となっています。 新たな検討の結果、実験航海の成功には、丸木舟という舟の性能と漕ぎ手の実力だけでなく、幸運も作用していたことが明らかになりました。航海の終盤において疲労困憊した漕ぎ手が全員休んだ際、丸木舟は与那国島へ向かって漂流しましたが、それはたまたまそのときに後方から来ていた長波のうねりによるものでした。

図3:実験で使用した旧石器型石斧と直径1メートルのスギ伐採の様子(2017年9月:能登にて)。(撮影:海部陽介)

図4:丸木舟の実験航海の様子。JCOPE-T-DAによる海流図(左)とその当時の丸木舟(右:海部陽介撮影)。海流図において橙~赤は流速1m/sを超える黒潮本流。

【論文2:Chang et al.の発表内容】

2019年の実験航海は、海を渡ることの困難さを本研究チームが根本的に理解する貴重な機会となりましたが、一度きりの実験なので、出航日時や出発地を変えたらどうなったのか、さらに現代の海ではなく3万年前の海であったらどうなのかといった疑問が残りました。そこでこれらを解決するため、海洋研究開発機構と愛媛大学などが開発した現代および古代の海洋モデルを用い、海洋開発研究機構が保有するスーパーコンピューター「地球シミュレータ」で以下のシミュレーション結果を得ました。複数のモデルを使用したのは、古代海洋モデルの有効性を検証するためです(注1・2・3)。

まず、2019年の航海の出発地は与那国島より子午線上で136.8kmも南方に位置する烏石鼻でしたが、この選択は、我々が黒潮の強大な流れを考慮した結果によるものでした。シミュレーションの結果、出航日時をいつにするかに関わらず(黒潮の変動を考慮しても)、出発地は、烏石鼻から子午線上で104km北に位置する太魯閣付近とするのが、より現実的であったことがわかりました(注4)。

次に、旧石器人が渡来した時期(最終氷期)の黒潮は、現在よりも流速が速いが、流軸がやや東方(与那国島の方向)へ傾いていたことがわかりました(注5)。この海況下で、黒潮に逆らって東南方向へ漕ぐ戦略をとれば、丸木舟が太魯閣から与那国島へたどりつくチャンスはかなり大きいとの結果が示されました。ただし舟は与那国島からやや北方へ流される可能性があり、それでも諦めずに島を目指して漕ぎ続ける必要があります。

図5:古代海洋モデル(JCOPE-P)による3万年前の海におけるシミュレーションの結果の一部。2019年の実験結果から丸木舟の最大巡航速度を1.08 m/sとし、色分けしたように複数の巡航速度について検討した。円は水平線上に雲がない日中といった特定条件下で海上から与那国島が見える範囲。現在(図2)に比べて黒潮の流軸が東方へ傾斜していることに注意せよ。黒潮の存在を認識せず太魯閣からまっすぐ島を目指した場合(左)は 島を見つけられる可能性が低く、運よく見つけても島の北方へ32km以上流されてしまう。黒潮の存在を認識して東方から南へ60度の方向へ漕いだ場合(右)は、島を発見し到達できる可能性が高い。

2つの論文で示されたのは、後期旧石器時代においても、丸木舟のような性能の舟なら琉球列島の島々へ到達できたということ(事実上この地域における当時の航海舟は丸木舟であったろうということ)、ただしそれには条件があり、乗っている男女が全員熟練の漕ぎ手であること(注6)、さらに黒潮の存在を認識しそれを攻略する方策をもって挑むことが不可欠だったということです。これは数万年前に本格的に海へ進出しはじめた祖先たちが、戦略性をもった挑戦者だったということを暗示しています。

【研究者のコメント】

海部陽介:

実験航海を終えてから随分時間がたってしまいましたが、張副主任研究員のシミュレーションが加わったことで、ようやく残りの疑問を解決してプロジェクトを完結することができました。琉球列島への渡海は「戦略的挑戦」だと感じていましたが、それを大規模な実験と高度なシミュレーションを組み合わせて学術的に示すという、先例のない研究ができたと思っています。プロジェクトに関わってくれた日本と台湾の大勢の仲間やサポーターに、改めて感謝申し上げます。

張育綾:

台湾で生まれ日本で研究をしている私にとって、この魅力的な研究に参加できたことは、とてもありがたいことでした。私は海洋物理学を専門とし、計算機を使い、「粒子追跡法」を用いて、日本近海における鰻や鮭の回遊、火山噴火の際の軽石の漂着予測、メキシコ湾における油流出などの研究に携わってきました。黒潮は速く流量が甚大で、危険な海流と考えられています。そのため、黒潮に入ったら漂流するしかなく、それを横断するのは至難の業と思っていましたが、シミュレーションの結果は私の想像を超えていました。この成果が3万年前の航海の解明に役立ったことを、とてもうれしく思います。共著者の皆様のご尽力に感謝申し上げます。

【脚注】

注1:使用したモデルは3つあり、ここではそれぞれ超高精度現代海洋モデル(JCOPE-T-DA)、高精度現代海洋モデル(JCOPE-T)、古代海洋モデル(JCOPE-P)と呼びます。2019年の実際の航海データを用いて3つのモデルの再現性を検証した結果、超高精度現代海洋モデルの再現性は極めて高く、他2つのモデルでは再現性が少し劣るものの一定の制限の中で有用であることを確認しました。それぞれのモデルの長所と短所を考慮しながら、シミュレーション結果を解釈しました。

注2:海洋研究開発機構アプリケーションラボと宇宙航空研究開発機構の共同で開発された現代の超高精度現代海洋モデル(JCOPE-T-DA)は、船舶の運航支援、海上構造物の設計支援などを目的として、各種海洋産業や公的機関を対象とした情報コンサルティング事業に活用されています。

https://www.eorc.jaxa.jp/ptree/ocean_model/index_3km_j.html

(JAXAが配信しているリアルタイム情報)

注3:古代海洋モデル(JCOPE-P)は、海洋研究開発機構アプリケーションラボJCOPEグループが開発した海洋大循環モデルをベースにして、愛媛大学先端研究院沿岸環境科学研究センターにおいて過去の海水準と気候の変動に合わせて改築されたモデルで、約3万5000~6000年前の黒潮を含めた北太平洋の海流再現に使われています。

注4:烏石鼻には、付近の山に登っても与那国島が見える場所がないという難点がありましたが、太魯閣の山には与那国島を目視できるポイントがあり、旧石器人が山から島を発見してそこを目指したというシナリオが成立します。

注5:最終氷期の3つの時期(21000年前、30000年前、35000年前)についてシミュレーションを行いました。我々はこの時期の黒潮の流軸が東方に傾くことに気づきましたが、それは太魯閣の北方(宜蘭の沖)に海底の浅い部分があるからと思われます。

注6:本研究における実験航海は、5人の漕ぎ手全員の実質的な貢献なしには、黒潮は横断できないことを物語っています。

〇関連情報:

論文発表に伴い、「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」の記録映画(日本語音声+英語字幕 89分)と短編動画(6分)を公開します。以下のサイトで、プロジェクトの他の関連情報とともにご覧いただけますので、こちらもぜひご紹介ください。

国立科学博物館「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」公式ウェブサイト

日本語       https://www.kahaku.go.jp/research/activities/special/koukai/

英 語       https://www.kahaku.go.jp/research/activities/special/koukai/en/

【主要研究グループ構成員】

東京大学 総合研究博物館  海部 陽介 教授(論文①②)                                                 (元:国立科学博物館「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」代表)

国立台湾史前文化博物館  林  志興 博士(論文①)

東京都立大学  山田 昌久 名誉教授(論文①)

東京都立大学大学院 人文科学研究科文化基礎論専攻 歴史学・考古学分野  岩瀬  彬 助教  (論文①)

明治大学 研究・知財戦略機構 黒耀石研究センター  池谷 信之 特任教授 (論文①)

国立研究開発法人海洋研究開発機構 アプリケーションラボ 気候変動予測応用グループ  張  育綾 副主任研究員(論文②)  宮澤 泰正 上席研究員・ラボ所長代理(論文②)

愛媛大学 先端研究院 沿岸環境科学研究センター  郭  新宇 教授(論文②)

【論文情報】

論文①

雑誌名:Science Advances

題 名:Palaeolithic seafaring in East Asia: an experimental test of the dugout canoe hypothesis

著者名: Yousuke Kaifu* Chih-Hsing Lin, Nobuyuki Ikeya, Masahisa Yamada, Akira Iwase, Yu-Lin K. Chang, Masahiro Uchida, Koji Hara, Kunihiro Amemiya, Yunkai Sung, Katsuaki Suzuki, Minoru Muramatsu, Michiko Tanaka, Sayaka Hanai, Toiora Hawira, Saki Uchida, Masaki Fujita, Yasumasa Miyazawa, Kumino Nakamura, Pi-Ling Wen, Akira Goto(*責任著者)

DOI10.1126/sciadv.adv5507                  URLhttps://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adv5507

論文②

雑誌名:Science Advances

題 名:Traversing the Kuroshio: Paleolithic migration across one of the world’s strongest ocean currents

著者名:Yu-Lin K. Chang*, Yasumasa Miyazawa, Xinyu Guo, Sergey Varlamov, Haiyan Yang, Yousuke Kaifu*(*責任著者)

DOI:10.1126/sciadv.adv5508                  URL:https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adv5508

【研究助成】

本研究は、科研費「ホモ・サピエンス躍進の初源史:東アジアにおける海洋進出のはじまりを探る総合的研究(課題番号:18H03596)」、「初水槽実験に基づく火山噴火由来軽石漂流の研究(課題番号:23K03503)」、「サピエンスによる海域アジアへの初期拡散と島嶼適応に関する学際的総合研究(課題番号:21H04368)」、「学際的研究による沖縄諸島の後期旧石器ホモ・サピエンス拡散・適応史の解明(課題番号:22H00027)」、および国立科学博物館の研究費のほか、下記の皆様からのご寄付・援助により実施されました。1752名のクラウドファンディング支援者、募金くださった数えきれない方々、日本航空/日本トランスオーシャン航空/琉球エアクミュニケーター、日本通運、ベストワールド、ルミネ、ワールドブレインズ イカリ消毒、ガンガラーの谷、ファーマライズホールディングス、エム・シー・ジー、ヒット、サンソウシステムズ各社、新光證券、CIPHERLAB、太古鼎輸、国家海洋研究院、モンベル社、ガーミンジャパン社