—台湾最古の人類化石はデニソワ人男性の下顎骨だった—
4月11日配信のプレスリリースをWEB用に修正(2025/4/11)

手に持った澎湖1号の下顎骨を右側面から写した写真 (提供:張鈞翔博士、撮影:張介宇)
【研究概要】
- 総合研究大学院大学の蔦谷匠助教と澤藤りかい特別研究員 (現 九州大学講師)、東京大学の海部陽介教授と太田博樹教授、台湾の國立自然科學博物館の張鈞翔センター長、コペンハーゲン大学のフリード・ウェルカー准教授とエンリコ・カッペリーニ准教授など、日本、台湾、デンマークの国際共同研究チームは、台湾最古の人類化石の古代タンパク質配列を調べ、これが旧人の「デニソワ人」男性に由来することを明らかにし、Science誌に報告しました。
- 台湾の澎湖 (ほうこ) 水道の海底から発見されていた原始的な人類 (澎湖人) の下顎骨化石 (澎湖1号: 19–1万年前) は、発表当時、その形態的独自性と原始性から「アジアで発見された第4の原人」とされました (注1) (図1)。その形態学的評価は変わりませんが、今回の分析で、人類進化史におけるその位置づけが変わりました。
- アジア東部、特に南東部の現代人のゲノムにはデニソワ人由来の要素があり、当地で両者が交雑したと推測されていました。しかし、デニソワ人の化石はこれまでアジア北部でしかみつかっていませんでした。本研究は、デニソワ人がアジア南東部にも分布していたことを化石の物的証拠から直接的に示しました。
- 本研究は、同時代に地球上に生息したネアンデルタール人や私たちホモ・サピエンスと比べて、デニソワ人の顎と歯がだいぶ頑丈でごついことも明らかにしました。これらの成果によって、謎に包まれていたデニソワ人の姿や分布がより明確になりました。

図1. 澎湖1号の下顎骨を左側面から写した写真。(撮影:総合研究博物館 海部陽介教授)
【研究の背景】
「デニソワ人」は、シベリアのデニソワ洞窟でみつかった骨や歯の断片から抽出された古代ゲノムによって、2010年に存在が示された旧人集団に対する仮称 (ニックネーム) です。ネアンデルタール人とは別系統の旧人ということがわかっていますが、その確実な化石は、これまでシベリアとチベットの2ヶ所の遺跡でしかみつかっておらず、化石も歯や指の骨などごく断片的なものがほとんどです [文献1]。そのためデニソワ人の姿や実際の分布域は謎に包まれており、多くの研究者がその解明に取り組んでいます [文献2,3]。実際には、すでに知られているアジアの古代型人類化石のいくつかはデニソワ人である可能性が高いと考えられます。しかし、それらの化石のDNAあるいはタンパク質の配列に記録された遺伝情報がわからないかぎり、どの化石がデニソワ人のものなのかは不明です。
デニソワ人の姿かたちがよくわかっていない一方で、ゲノムの研究から、デニソワ人と私たちホモ・サピエンス (現生人類) とのあいだには交雑があったということが明らかにされています。おそらくアジア、特に東南アジア周辺やおそらくはオセアニアで、数万年前に交雑が起こった可能性が高いということがこれまでの研究でわかっており、日本列島に暮らす現代人のゲノムにもわずかですがデニソワ人との交雑の痕跡が残っています [文献4]。こうした事実は世界を驚かせました。
本研究の共著者である張と海部は、2015年に、台湾最古の人類化石である下顎骨 (澎湖1号、通称「澎湖人」) を報告していました [文献5] (図1)。この化石は過去十数万年のあいだに海水面が低下して陸地となっていた時期があった台湾の澎湖水道の海底からさらいあげられたもので (図2)、2015年当時は、その独特かつ原始的な形態から、「アジア第4の原人」と位置づけられました。この見解を検証するため、この化石から古代DNAを抽出する試みも行われましたが、おそらくDNAが分解されすぎていたため、うまくいきませんでした。

図2. 干潮時の澎湖諸島の海岸。遠浅の海が広がっている様子がわかる。(撮影:総研大・蔦谷匠助教)
今回、本研究チームは、澎湖1号に含まれる過去のタンパク質 (古代タンパク質) を抽出することに成功し、遺伝情報を記録したその配列から、この化石がデニソワ人の男性に由来することを明らかにしました。この結果から、デニソワ人がアジア南東部にも生息するという、ゲノムの研究から得られていた推測が、化石記録からも支持され、デニソワ人についての大きな謎のひとつが解明されました (図3)。

図3. 研究成果をもとに想像したイメージイラスト。台湾の明るい太陽の下を頑丈なデニソワ人の男性が歩いている。(作画:孫正涵 (Cheng-Han Sun) 氏)
【研究の成果】
本研究からは以下の結論が得られました。
- 澎湖1号の骨と歯からは、コラーゲンやアメロブラスチンなど51種類の内在タンパク質に由来する合計4241残基のアミノ酸配列が得られました。このなかにはデニソワ人に特有となる2ヶ所が確認されました。配列をもとに系統樹を描くと、澎湖1号は既知のデニソワ人と同じグループに区分されました。
- 澎湖1号の歯からは、男性にのみ存在する型のタンパク質 (Y型アメロゲニン) が非常に高い信頼性のもとに検出されました。このことから、澎湖1号は遺伝的に男性であったことが明らかになりました。
- この下顎骨 (澎湖1号) がデニソワ人のものであるとわかったことで、デニソワ人の顎や歯の形態がより明確になりました。同時期に地球上に生息していたネアンデルタール人やホモ・サピエンスと比較して、デニソワ人の歯や顎は頑丈でごつい特徴をもっていることが明らかになりました。同じホモ属のなかで異なる方向性の進化が起こったことを示す結果です。
- ゲノムの研究より、デニソワ人と私たちホモ・サピエンスの主要な交雑はアジアの南東部で起こったことが示唆されています。しかし、確実なデニソワ人の化石がみつかっていたのはこれまでアジア南東部から遠く北に離れたシベリアとチベットのみでした。今回、台湾からデニソワ人の化石が得られたことで、デニソワ人がアジア南東部にまで分布していたことが明らかになりました。
- 本研究を含むいくつもの研究で、古代DNAが分解されて配列が解読できなかった標本でも、古代タンパク質は残存しており、その化石の由来する生物分類群を正確に推定できる場合があることが示されています [文献6,7]。本研究の成果は、化石の残存状況が悪く古代DNAが回収できないことの多いアジア南東部の人類進化研究において、今後、古代タンパク質の分析が重要な手法になっていくことを予見させるものです。
- (参考情報)化石に含まれるタンパク質やDNAなどの生体分子は多くが分解されており、その解析には特別な技術や設備 (クリーン実験室など) が必要です。本研究では、コペンハーゲン大学の世界最高レベルの実験設備を用いることで、現代のタンパク質の混入による汚染の影響を最小限に抑え、さらにデータ解析によってそうした汚染の影響を取り除きました。現在、同様のクリーン実験室は総合研究大学院大学でも稼働しています。
【研究者のコメント】
非常に質の高いタンパク質の解析結果が出たときには、「これは額に入れて飾りたいね…」と共同研究者たちと唸りました。皆がそれぞれ異なる強みを持った最高の国際共同研究チームでこのような成果を出せたことは、非常に楽しく勉強になる経験でした (図4)。またなによりも、台湾の宝とも言える重要な人類化石を分析する機会をいただいたことに深く感謝しています。(蔦谷匠)

図4. 本研究に関わった共同研究者たちの一部。右より澤藤、タウロッツィ、カッペリーニ、
ウェルカー、張 (手に持っているのは澎湖1号の実物)、蔦谷、海部、太田。(撮影:コペンハーゲン大学・Anna Razeto Richter氏)
【注】
- 台湾沖海底から発見された新しい原人の化石について|国立科学博物館
【文献】
- F. Chen, F, et al. Nature 549, 409–412 (2019)
- Y. Kaifu, S. Athreya, PaleoAnthropology (2024)
- R. Sawafuji, et al. Quat Sci Rev 333, 108669 (2024)
- 太田博樹 『古代ゲノムから見たサピエンス史』 吉川弘文館
- C.-H. Chang, et al. Nat Commun 6, 6037 (2015)
- E. Cappellini, et al. Nature 574, 103–107 (2019)
- F. Welker, et al. Nature 576, 262–265 (2019)
【著者情報】
- 蔦谷 匠 (コペンハーゲン大学 Globe Institute・特別研究員、総合研究大学院大学 統合進化科学研究センター・助教)
- 澤藤 りかい (コペンハーゲン大学 Globe Institute・特別研究員、総合研究大学院大学 統合進化科学研究センター・特別研究員、九州大学大学院 比較社会文化研究院・講師)
- Alberto J. Taurozzi (コペンハーゲン大学 Globe Institute・助教)
- Zandra Fagernäs (コペンハーゲン大学 Globe Institute・博士研究員)
- Ioannis Patramanis (コペンハーゲン大学 Globe Institute・博士研究員)
- Gaudry Trochė (コペンハーゲン大学 Globe Institute・技術支援員、コペンハーゲン大学 Novo Nordisk Foundation Center for Protein Research・技術支援員)
- Meaghan Mackie (コペンハーゲン大学 Globe Institute・技術支援員、コペンハーゲン大学 Novo Nordisk Foundation Center for Protein Research・技術支援員、ダブリン大学 School of Archaeology・博士課程大学院生、トリノ大学 Department of Life Sciences and Systems Biology・博士課程大学院生)
- 覚張 隆史 (金沢大学 古代文明・文化資源学研究所/医薬保健研究域附属サピエンス進化医学研究センター・准教授)
- 太田 博樹 (東京大学 大学院理学系研究科・教授)
- 蔡 政修 (國立臺灣大學 Department of Life Science and Institute of Ecology and Evolutionary Biology・准教授、国立科学博物館 地学研究部・客員研究員)
- Jesper V. Olsen (コペンハーゲン大学 Novo Nordisk Foundation Center for Protein Research・教授)
- 海部 陽介 (東京大学 総合研究博物館・教授)
- 張 鈞翔 (國立自然科學博物館 Center of Science・センター長)
- Enrico Cappellini (コペンハーゲン大学 Globe Institute・准教授)
- Frido Welker (コペンハーゲン大学 Globe Institute・准教授)
【論文情報】
- 論文タイトル:A male Denisovan mandible from Pleistocene Taiwan
- 掲載誌:Science
- 掲載日:2025年4月11日(金)
- DOI:https://doi.org/10.1126/science.ads3888
【研究サポート】
本研究の成果は以下の助成を受けたものです。
- 日本学術振興会 科研費 19H05350, 20H05821, 20H05822, 20KK0166, 23K17404、海外特別研究員制度 202170033
- 科学技術振興機構 創発的研究支援事業 JPMJFR233D
- そのほか海外の研究助成