東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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哺乳類の頭蓋骨発生の進化を解明umut news:2014年4月7日)


参考図:ヒトの胎子における頭骨の形成


これまで東京大学総合研究博物館のマクロ先端研究発信グループは,マクロレベルならではの学術標本を機軸とした研究の独創性を内外に広く示すことを目的として研究活動を推進してきました.

今回,当館マクロ先端研究発信グループの小薮大輔特任助教(進化生物学)を中心とした日本,スイス,ドイツ,アルゼンチン,韓国,ベトナムの国際研究グループは地球上の代表的な哺乳類を網羅する100種以上もの膨大な哺乳類胎子標本を各国から収集し,哺乳類の頭部における発生プログラムの多様性の進化は脳サイズの進化と強く結びついていることを明らかにしました.また,哺乳類におけるヒトの頭部発生と脳進化の特異性の一端が明らかになりました.

この研究成果は英国のネイチャー・コミュニケーションズ誌に掲載されました.

本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業特別推進研究「ラミダス化石等人類進化研究を中心としたマクロ形態研究の推進と基盤充実」および同事業研究活動スタート支援「哺乳類における胎子期発生の時空間的進化とモジュール性」,同事業特別研究員奨励費「哺乳類の頭部におけるヘテロクロニーとモジュール性:形態的多様性の進化発生学的研究」,日本科学協会笹川科学研究助成「哺乳類の胎子期における骨形成ヘテロクロニー:形態的多様化と適応の発生学的基盤を読み解く」の研究費助成を受けて行われました.


参考図:様々な動物の胎子のCT画像.左上から順にハリネズミ,イノシシ,シカ,コウモリ,サル,ヒヨケザル


発表の内容

地球上に約6000種生息する哺乳類は陸,海,空,地中と実に様々な空間に適応進出を遂げ,また様々な食物への適応を遂げた極めて多様なグループです.生態的な多様性を反映して,哺乳類の形態も実に多様です.このような多様性を生み出した背景の一つとして,哺乳類の多様化の歴史のなかで胎子期の成長様式が著しく改変されてきたことが考えられます.しかし,マウスやモルモットといった実験動物や,ウシやブタといった家畜動物以外の哺乳類は母胎の中でどのように成長が進んでいくのかはほとんど知られておらず,哺乳類において成長がどのように種間で異なり,その成長の違いが最終的にどのような種間の形態差を生み出していくのかはわかっていませんでした.

今回,研究グループは当館および国内外の博物館に収蔵されている哺乳類の胎子標本を100種以上収集し,高解像度CT技術をもちいて過去最大のスケールで胎子期成長のスケジュールを比較分析しました.その結果,胎子期の頭蓋の成長様式の進化は脳の相対サイズ(体重に対する脳重量の比)の進化を反映することを突き止めました.

哺乳類の頭骨は20個ほどの骨パーツによって構成されており,これら骨が胎子の成長に伴って1つずつ形成されてゆきます(図1参照).
102種の哺乳類と哺乳類以外の様々な脊椎動物でこれらの骨の形成過程を比較すると,脳を覆う骨(前頭骨,頭頂骨,底後頭骨,外後頭骨,上後頭骨)(図2参照)が形成される相対的なタイミングが哺乳類で著しく早いことが分かりました.化石の研究から約2億年前に地球に初めて哺乳類が誕生したと考えられていますが,初めての哺乳類は他の脊椎動物に比べてとても大きな脳をもって誕生したことが知られています.例えば,哺乳類の最も古い化石種の一つとされるモルガヌコドンはそれまでの脊椎動物に比べて嗅球,旧皮質,新皮質,小脳が拡大したことが知られています.モルガヌコドンで大きくなったこれらの領域の多くは,形成タイミングが哺乳類全体で早期化したと示された先述の骨(前頭骨,頭頂骨,底後頭骨,外後頭骨,上後頭骨)に覆われています.爬虫類や鳥類,両棲類にくらべて哺乳類は脳を大きくしたのに伴って,脳を覆う骨の形成タイミングも早期化したことが推論されます.


 図1


 図2

前頭骨,頭頂骨,底後頭骨,外後頭骨はもともと哺乳類以外の脊椎動物でも頭部のなかで早期に形成される骨ですが,哺乳類の祖先でその形成がさらに前倒しされたと考えられます.他方,脳を覆う後頭部の骨である上後頭骨は哺乳類以外の脊椎動物においては頭部のなかでもかなり後期に形成される骨ですが,哺乳類の共通祖先でその形成は前倒しされ,さらにまた哺乳類が多様化するなかでより大きな脳を獲得した一部の動物群でさらに上後頭骨の形成タイミングが早くなったことが突き止められました.網羅的な統計解析によって上後頭骨の形成タイミングは脳の相対サイズと強く相関することが示されました(図3参照).例えば,ヒトを含むサル類,クジラやイルカ類,モグラ類,トビネズミ類などは哺乳類のなかでも脳の相対サイズが大きいことが知られています.これらのグループでは,上後頭骨の相対発生タイミングも哺乳類のなかでも特に早いことが分かりました(図3).霊長類のなかでも最も大脳化しているヒトの上後頭骨の相対発生タイミングも霊長類のなかで最も早く,げっ歯類の中で最も大脳化しているトビネズミの上後頭骨の相対発生タイミングもげっ歯類のなかでもっとも早いことが示されました.哺乳類の祖先で上後頭骨の形成タイミングは早くなったわけですが,より大きな脳をもつ動物ではこの骨の形成がさらに早くなったと考えられます.

近年の遺伝学的研究によって上後頭骨の発生と脳の発生は特に強く関連していることがわかってきました.上後頭骨と脳が強く結びついている背景にはLmx1bDlx5という遺伝子が深く関わっている可能性があります.Lmx1b遺伝子とDlx5は胎子期の脳の発生に重要な役割を果たすことが知られています.一方,Lmx1b遺伝子とDlx5が機能不全だと頭部の骨のうち上後頭骨と頭頂間骨が欠損したり,それらの形成が遅延することが報告されています.これらを踏まえると,本研究で突き止められた上後頭骨と脳サイズの強い相関関係は,Lmx1bDlx5が上後頭骨と脳の双方の形成に関わっている結果(多面発現)によるものである可能性が指摘されます.

 図3

また,脳のサイズの進化に伴って頭部の発生プログラムが柔軟に変えられてきた一方で,哺乳類全体で改変されにくい保守的な側面も発生プログラムには存在することが分かりました.哺乳類の頭骨を構成する20個ほどの骨パーツは「骨をつくる材料となる細胞群の由来の違い」によって,それら20個の骨を中胚葉骨グループと神経堤細胞骨グループに分けることができます(図4参照).一方で,「骨をつくる骨芽細胞の振る舞いの違い」によって,それら20個ほどの骨を軟骨性骨グループと膜性骨グループのふたつのグループに分けることもできます.このような「骨をつくる材料の違い」と「骨をつくる方法の違い」のどちらが,より頭部の進化に影響を与えるのか,近年の議論になっていました.


 図4

本研究の結果,膜性骨グループの形成タイミングは相対的に早く,軟骨性骨グループの形成タイミングは相対的に遅いことが哺乳類全体で認められました.軟骨性骨グループの骨は一定以上は形成タイミングを早くすることができず,逆に膜性骨グループの形成タイミングは一定以上は遅くはできないわけです.一方で,中胚葉骨グループか神経堤細胞骨グループかどうかは骨の形成タイミングへの影響がほとんどないことがわかりました.従来,中胚葉骨グループか神経堤細胞骨グループかどうかという「骨をつくる材料の違い」は極めて保守的で,進化にも強い影響力を及ぼすのではないかと予測されてきましたが,理論的な予測があるだけで,いまだ検証例はほとんどありませんでした.本研究の成果によって,「骨をつくる材料の違い」ではなく「骨をつくる方法の違い」が骨の形成タイミングの進化において大きな影響力をもっていることが世界で初めて示されました.このように発生プログラムの進化はいくらでも自由自在なわけではなく,改変の難しい保守的な側面があることが明らかになりました.

 

本研究成果の意義と今後の展開

成長とともに脳がどんどん大きくなると同時に,脳を覆って守る骨が十分に発達していないと脳がむき出しになって脳が損傷する危険性があります.そこでより脳を大きくする動物種では骨も脳に合わせて,より早く形成される必要があったのかもしれません.そして効率よくそれを行うために同じ遺伝子セットが脳と後頭部の骨の両方の形成に関わるようになった可能性が指摘されます.もともと脳が大きい霊長類のなかでもヒトは体重に対してもっとも大きな脳をもつ種ですが,後頭部の骨も霊長類のなかでもっとも早く形成されることが今回の研究から明らかになり,ヒトの大脳化をめぐる進化プロセスの一端が明らかになったといえるでしょう.

諸博物館は展示解説を通した社会教育機関であると同時に,人類遺産,自然遺産である学術標本を蓄積し,未来の社会へと引き継ぐ科学研究機関でもあります.本研究は国内外の自然史博物館で長年収蔵蓄積されてきた希少な学術標本があってこそ可能となった研究であり,科学研究における学術標本の蓄積の重要性を広く示すものでもあります.

今日,動物の胎子期の発生に関する大半の知見はいわゆる実験動物の研究からもたらされています.しかし,限られた種数しかない実験動物だけでは,地球上で様々な形態的な多様性をみせる動物たちの進化の背景を理解することは簡単ではありません.それに対し,本研究は各国の博物館で文字通り埃に埋もれてきた標本群に先端的なCT技術を援用し,多くが未知であった多様な野生動物の胎子期の発生が明らかになりました.これによって,母胎の中で進行してゆく胎子の発生が,進化的にどこまで改変が可能で,どのような改変が不可能なのかが明らかになり,進化生物学の研究に新たな1ページを加えることができました.将来的な研究の発展として,進化的な形成タイミングの改変を司る遺伝子的基盤を特定していくことが期待されます.これを解明することができれば,進化の歴史のなかでヒトの脳にはどのような遺伝子基盤の改変が起き,どのように頭部発生スケジュールが変更され,このように大きな脳をもつに至ったのかも明らかになってゆくことでしょう.

 

論文情報

論文タイトル
Mammalian skull heterochrony reveals modular evolution and a link between cranial development and brain size
Daisuke Koyabu*, Ingmar Werneburg, Naoki Morimoto, Christoph P.E. Zollikofer, Analia M. Forasiepi, Hideki Endo, Junpei Kimura, Satoshi D. Ohdachi, Son Nguyen Truong, Marcelo R. Sánchez-Villagra

論文のダウンロードURL(オープンアクセス)
http://www.nature.com/ncomms/2014/140404/ncomms4625/full/ncomms4625.html

当館研究者
東京大学総合研究博物館 マクロ先端研究発信グループ 小薮大輔 特任助教
東京大学総合研究博物館 遺体科学研究室 遠藤秀紀 教授

他機関共同研究者
スイス チューリッヒ大学古生物学博物館 Ingmar Werneburg 研究員
スイス チューリッヒ大学人類学博物館 森本直記 研究員(現 京都大学大学院理学研究科 自然人類学研究室 助教)
スイス チューリッヒ大学人類学博物館 Christoph P.E. Zollikofer 教授
アルゼンチン 国立科学技術研究評議会 Analia M. Forasiepi 研究員
韓国 ソウル国立大学校獣医科大学 木村順平 教授
北海道大学低温科学研究所 大舘智氏 助教
ベトナム ベトナム科学技術アカデミー 生態学生物資源研究所 Nguyen Truong Son 研究員
スイス チューリッヒ大学古生物学博物館 Marcelo R. Sánchez-Villagra 准教授

 

問い合わせ

本研究に関する資料請求,お問い合わせ全般

*代表責任著者
東京大学総合研究博物館 マクロ先端研究発信グループ
特任助教:小薮 大輔(コヤブ ダイスケ)
Tel: 03-5841-2481(研究室)
E-mail: koyabu(a)um.u-tokyo.ac.jp   ・・・(a)を@に直してください
URL: https://sites.google.com/site/daisukekoyabu/home

本研究に関するコメント,解説など

共同著者
東京大学総合研究博物館 遺体科学研究室
教授:遠藤 秀紀(エンドウ ヒデキ)
Tel: 03-5841-2848(研究室)
E-mail: hendo(a)um.u-tokyo.ac.jp   ・・・(a)を@に直してください


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