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    宇宙線研究所から寄贈された屋久杉の円盤。展示用と分析用に半切した(撮影:山田昭順)

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    年輪の変化パターンを複数の研究者によって計測し、相互比較することでより正確な年代を決定していく

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    年輪の変化パターンを複数の研究者によって計測し、相互比較することでより正確な年代を決定していく

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屋久杉に刻まれた太陽の歴史

カミオカンデやスーパーカミオカンデなどで知られる東京大学宇宙線研究所から、直径130cm、重さ80kgの屋久杉の円盤が2015年に寄贈された。宇宙線は大気上層で窒素と反応して放射性炭素をつくるので、放射性炭素年代測定とも縁が深いが、なぜ宇宙線研究所が屋久杉を採取し研究していたのだろうか。年輪資料は、正確な年代を決めるための測定試料としてだけではなく、過去の宇宙線の変化を調べるアーカイブとしても活用されているのだ。

寄贈された屋久杉円盤には、1650本ほどの年輪が確認できた。月に35日雨が降るとも言われる屋久島は、花崗岩からなる急峻な地形をしており、1963mの宮ノ浦岳は九州の最高峰だ。多雨によって浸食された花崗岩は、決して植物の生育に適した環境でなく、屋久杉の成長は悪い。年輪が1mmにも満たないのが見て取れる。そのため、それほどの大木でない屋久杉にも2000年近くの年輪が刻まれているのだ。本州のスギは平均的な寿命が数百年ほどなので、長時間にわたる連続した年単位の情報をもつ屋久杉は極めて貴重な資料といえる。

X線天文学のパイオニアで、当時、原子核研究所に所属した小田 稔らが、学習院大学の木越邦彦との共同研究を開始し、1960年に屋久島で試料採取している(木越 1978)。原子核研究所に直径2m以上の樹幹が3本あったとのことで、この資料もその一部であるに違いない。年輪の放射性炭素濃度から、宇宙線を研究する方法は「較正曲線」を作成する作業と全く同様だ。較正曲線が必要な理由である大気中炭素の放射能の変化は、宇宙線の強弱によってもたらされるからだ。遠い銀河からやってくる宇宙線は、その強度には大きな変化がないと考えられるが、大気上層にまで到達する量は、太陽系をおおう太陽風と地球磁場の強弱によって変化する。正確な年代を知るためのデータベースは同時に太陽活動の歴史を刻んだものであり、地球上の環境への様々な影響を記録していることになる。AMSによって年輪1年1年の放射性炭素の変化を読み解けるようになったことで、太陽活動が地球環境に与えた影響を読み解く、「宇宙気象学」の扉が開いた(宮原 2014)。屋久杉は太陽が人類に与えた影響を読み解く貴重な情報源にもなったのだ。

「縄文杉」で知られる屋久杉の古木にも数千年の歴史が刻まれているのだろう。屋久杉は2001年に伐採を終了しているので、その情報を読み解くことは現時点ではできない。我々は、この貴重な屋久杉円盤を活用すべく、資料の正確な伐採年を決定し、今後の研究で活用できるように準備を進めている。 (米田 穣・大森貴之・尾嵜大真)

参考文献 References

木越邦彦(1978)『年代を測る―放射性炭素法』中央公論社。

宮原ひろ子(2014)『地球の変動はどこまで宇宙で解明できるか:太陽活動から読み解く地球の過去・現在・未来』化学同人。