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    水月湖から回収されたコア。1mmほどの縞が休むことなく刻まれている(撮影:山田昭順)

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    2014年に実施された水月湖でのコア試料採取(提供:福井県)

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    水月湖の年稿データを取り入れたIntCal13較正曲線(Reimer et al. 2013)

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時を刻む湖
水月湖の年縞堆積物

年輪を刻むのは樹木だけではない。水深35メートルの湖底に静かに降り積もる堆積物に刻まれた縞が、放射性炭素年代を改良する鍵として注目されている。福井県三方五湖のひとつ水月湖で1991年に採取されたコアを調査した安田喜憲(ふじのくに地球環境史ミュージアム)は、堆積物に細かい縞が刻まれていることを発見した。水月湖には河川が直接流入しておらず、水深が深いので下層が無酸素状態になっている。そのため、堆積物が生物活動によって撹乱されない。結果として、春に増殖する珪藻や晩秋から早冬に堆積する鉄の鉱物などによって、白黒の縞が刻まれることになった。このような堆積物の年輪は高緯度の湖では知られていたが、温暖な日本列島で存在することは知られていなかった。安田はこの縞を「年縞」と名付けた。

さらに幸運なことに、水月湖は断層によって沈降しているので、通常の湖にくらべて極めて長期間の堆積物を有していたのだ。普通の湖沼では、堆積物がたまって数万年で陸化することが多い。水月湖では45mもの湖底堆積物に7万枚にも及ぶ年稿が含まれていた。このような好条件をもった湖はこれまで発見されていなかった。水月湖が奇跡の湖と呼ばれる所以である。

水月湖で調査が始まったのは、縄文時代の遺跡がきっかけだ。水月湖に隣接する三方湖の沿岸に位置する鳥浜貝塚は、縄文時代草創期から数千年間にわたって集落が営まれた。この遺跡は低湿地で酸素が少ない環境だったので、丸木舟や漆の木などの有機物の保存状態が極めて良い点で画期的であった。私たちがまだほとんど知らない縄文時代の実像を伝えてくれ貴重なタイムカプセルだ。鳥浜貝塚に暮らした縄文人と環境変化の関係を調べるために、隣接する湖の堆積物に着目したのが、研究の始まりだったのだ。

最新の較正曲線IntCal13には日本の水月湖のデータが含まれた。年稿堆積物の較正年代に応用できることに気付いた北川浩之(名古屋大学)は、4万枚もの堆積物を数え、250以上の有機物を拾い出して放射性炭素年代を測定した。このデータは、大気に直接由来する炭素の変化を反映しているので、年代のずれがある海洋堆積物やサンゴ化石のデータに比べて画期的だった。しかし、年稿の数え落としが無視できないとされて、2004年には較正曲線に加えられなかった。

数十メートルに及ぶ堆積物を回収するのは至難の業で、1メートルあるいは2メートルのコアを隙間があかないように引き上げる必要がある。このコアの間の隙間や攪乱が蓄積すると大きな誤差になってしまう危険がある。中川 毅(立命館大学)を代表とする国際チームは、繋ぎ目がずれたコアを4本掘削することでこの問題を解決した。文字で書くと簡単だが、数万枚の年縞を計測するだけでも常識外れの仕事量である。強い使命感と情熱に支えられた偉業といえる(中川 2015)。

年代測定の基準として水月湖のデータは重要な役割を果たすことになったが、研究の第二章は始まったばかりである。堆積物には7万年にもおよぶ環境の様々な情報が刻まれている。それを読み解くことで私たちは何を知るのだろうか? 研究は現在進行形である。 (米田 穣・大森貴之)

参考文献 References

中川 毅(2015)『時を刻む湖 7万枚の地層に挑んだ科学者たち』岩波書店。

Reimer, P. et al. (2013) IntCal13 and Marine13 radiocarbon age calibration curves 0–50,000 years cal BP. Radiocarbon 55(4): 1869-1887.