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    放射性炭素と酸素同位体比の測定のために切り出された木片。上が原生のワランゴ、下がミダス王墓の資料(撮影:山田昭順)

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    ウィグルマッチングによるミダス王墓の年代推定

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    ナスカ台地に自生するワランゴの木 (撮影:米田 穣)

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年輪からみる近東と南米の古代文明

トルコ共和国の首都アンカラから約70km南西に位置するゴルディオンは、鉄器時代にフリギア王国の首都として栄えた都市であり、アレキサンダー大王が解いたといわれるゴルディオンの結び目の伝説でもしられる。ここに位置する王墓のひとつミダス王の玄室は巨大な木造構築物であり、ここに展示する木片はその一部である。放射性炭素年代からこの木材は起元前912年に伐採されたと推定できる。日本では縄文時代晩期に相当する木材で、なぜこのように正確な年代を決められるだろうか。

通常の放射性炭素年代の測定では、どれだけ注意しても化学処理や測定にともなって、外部から大気や有機物の炭素が混入するため、測定に伴う数十年の誤差が発生する。一方、樹木年輪はほぼ1年1回成長輪を刻むので、生きている樹木で中心までの年輪の数を数えれば、正確に樹齢を調べることが可能である。また、年輪の成長幅や密度の変化は、降水量や気温などの気象条件に強く影響を受けるため、同じ地域の樹木では共通した年輪変化パターンを見出すことができる。この特徴を利用し、年代が明らかな樹木年輪と枯れた樹木や古材の年輪とのパターンマッチングによって年代決定を行う方法が年輪年代法であり、欧州の年輪データベースは1万年以上前にまで遡る。

植物の場合、細胞の廻りにセルロースの壁があり、それが強固な構造をなしている。樹木ではセルロースは、一度形成されると成分が置き換わらずに周辺に新しい細胞が付け加わって成長する。そのため、樹皮から100本分の年輪を数えた年輪には、100年前のセルロースが存在している。放射性炭素が100年間で減少する分を補ってやれば100年前の大気中の放射性炭素を推定できる。年輪年代法によって年代を決めた年輪で放射性炭素年代を測定すれば、過去の大気に含まれていた放射性炭素の濃度変化を調べることができるのだ。年輪年代のデータベースをつくった樹木で、今度は放射性炭素を暦年代に変換する較正曲線データベースが1980年代から構築された。

ミダス王墓の木材では、年輪にそって5年ごとに木材を分割して放射性炭素年代が測定された。通常の測定では、測定に伴う誤差と、実際の年代への較正にともなう誤差のために、年代推定には数十年から数百年の誤差がともなう。しかし、年輪にそって連続的に放射性炭素年代を得ることができれば、較正曲線の変動パターンと参照して、誤差数年の正確な年代を決定することができるのである。この方法はウィグルマッチングと呼ばれ、木造建築の年代や改修履歴の研究などにも広く応用されている。

年輪が形成される地域は季節変動の大きい中緯度地方に限られており、例えば南米のナスカ台地ではウィグルマッチングの応用は難しい。木材に見える縞は、1年に1本正確に刻まれているのでなく、数年に1度あるいは1年に数本できる成長輪である。私たちは、この成長輪をさらに細かく分割して、含まれる放射性炭素と炭素や酸素の安定同位体を測定している。放射性炭素の変動を統計解析して、木片の成長輪の形成年代を特定し、さらに安定同位体比から降水量との関係を検討するプロジェクトだ。この木片には、有名な地上絵が描かれるようになった時期と、その前後におけるエルニーニョ現象の頻度などの情報が記録されていると期待される。 (米田 穣・大森貴之)