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    アムッド1号人骨と調査団。イスラエル、1961年(調査団提供)

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    デデリエ洞窟の遠景、2003年(撮影:西秋良宏)

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    デデリエ1号人骨の 発見、1991年(提供:赤澤 威)

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    野外調査時に収集された各地の鉱物サンプル。左から銅鉱石(イスラエル、ティムナ谷、KB12.590.1)、礫岩(シリア、ヤブルド、KB12.589)、岩塩(死海、KB12.489)。高さ11cm(左端)

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    野外調査時に収集された水と砂。左端が水(シリア、パルミラ塩湖)。高さ11cm(KB12.6521ほか)

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G7
西アジア洪積世人類遺跡調査

西アジアの野外調査については、イラク・イラン調査に端を発する原始農耕村落調査が続いていることを述べたが、一方で、洪積世(更新世)化石人類を発掘し人類進化の理解に寄与しようとする海外調査も続いている。もっぱらレヴァント地方で継続されてきたから、西アジアというよりは、地中海沿岸地域における野外調査だと言える。

最初の調査は1961年のイスラエル、アムッド洞窟の発掘である。1964年にも発掘は継続され、実に見事なネアンデルタール成人男性の全身骨格の発掘、復元に成功した(代表:鈴木 尚)。

ついで1967年にはレヴァント諸国で8ヶ月にわたる遺跡探しの踏査が実施され、そこで選ばれた遺跡が発掘されることとなった。シリアで1970年から1984年まで発掘されたドゥアラ洞窟(代表:鈴木 尚、後に埴原和郎、赤澤 威)、レバノンで1970年に発掘されたケウエ洞窟(代表:鈴木 尚)がそれらの遺跡である。いずれにおいても人骨化石は出土しなかったが、ネアンデルタール人と同時代、あるいは、それより古い時代の人類の生活痕跡が密に発見され行動面での進化について新知見が得られている。たとえば、ドゥアラ洞窟調査では周辺地域の綿密な踏査が平行して実施され、40万年以上前の原人時代あるいは新石器時代の石器製作址も調査されている。

圧倒的な人骨化石の出土を見たのが、1987年に赤澤 威らが発見したシリアのデデリエ洞窟である。1989年から2011年春まで継続的な調査が実施され、ネアンデルタール人幼児全身骨格の化石が三体分みつかっただけでなく、様々な年齢層の断片的な人骨化石も多数出土した。また、この洞窟では約7〜5万年前のネアンデルタール人生活層に加えて、その前後、30万年間ほどの連続的な堆積層が見つかっており、各種ヒト集団の行動進化を直接研究するための標本も大量に得られた。

さて、この研究グループの貢献の第一は、もちろん、ネアンデルタール人骨化石資料を集積し研究材料として蓄積、整備した点にある。総合研究博物館をそうした日本唯一の機関たらしめているし、国際的に見ても有数の化石コレクション(レプリカ)が形成された。加えて、計画的な野外調査によって、化石人類が生きていた時代の環境や彼らの行動、食性の証拠など付随データもあわせて収集した点にも意義がある。すなわち、ネアンデルタール人が生きた土地、環境、彼らが製作・使用した石器、捕獲して食べた動物の化石、そして、周辺から採集した植物化石などにかかわる一次情報が豊富に蓄積されている。それらは向後、多様な分野の研究者が利用できる一級のソースとなっている。 (西秋良宏)

参考文献 References

赤澤 威(2000)『ネアンデルタール・ミッション』岩波書店。