モノの文化史 ─考古学コレクション

モノの文化史 ─考古学コレクション

総合研究博物館では莫大なコレクションを地学系、生物系、文化史系といった大まかなくくりで管理、活用している。この区分は研究史や標本を集めた研究者の所属にもとづく便宜的所産であって、実際の学術が全てそれに沿っておこなわれているわけではない。本章で扱う文化史系について言えば、実際、その研究に用いる標本は必ずしも文化のかおりがするものばかりではない。江戸時代の焼き物だとかルネッサンス期の絵画などは間違いなく文化史標本と言えるだろうが、一方で、たとえば、黒曜石の原石とか古代人の食べ物の残りとか、住居址に寄生していたイエネズミの骨、それらも文化史系標本である。原石標本は、石器を作る材料がどこで集められたのかを知る研究に用いられるし、食料残滓は生活の基盤を調べるのに不可欠な資料である。ネズミの骨なども、住まいが仮住まいだったのか一定の定住性があったのかを判断する一級の証拠となりうる。文化史研究には地学系、生物系標本も欠かせないのである。文化史系標本とは、ヒトの行動の歴史にかかわる総合的な物的証拠と言った方がよい。

物的証拠に対して、ヒトの過去を調べるためのもう一つの強力な証拠は文書記録であろう。それ自体では沈黙しているモノと違い、文書は雄弁である。書き手の意気込みすら伝わることもある。性格を異にする両者があい補って文化史研究は進んでいく。

物的証拠が文書記録とは異なった貢献をする点は少なくとも二つある。一つは、時代を問わない一貫性である。文書記録は今から約5000年、世界で最初に文字を使い始めたメソポタミア社会にまでしかさかのぼれないが、物的証拠はヒトが地球上に現れた数百万年前にまでさかのぼれる。したがって、文字記録の有無とは無関係に歴史を語りうる。もう一つの強みは、客観性である。文書のように書き手が選んで残す記録と、活動の現場に残った物証は違う。犯罪捜査の際、証言だけでなく、できうる限り物証を求めるのと同じである。もちろん、物的証拠のもつ客観性というのは相対的なものであるから、その判断は十分な研究をへておこなう必要がある。ヒトはモノに意味を込め、行動痕跡を操作することもありうるからである。

要するに、文化史研究とは、意識的でもあり無意識的でもある複雑なヒトの行動の歴史を解読していく作業である。ヒトが人工物を作り始めてから経過した時間は250万年とも350万年とも言われるが、この間、どんな歴史が作られてきたのだろうか。現在、地球上に展開する実に多様な文化、文明は、地域や時代によって異なる背景で生じた歴史的産物である。文化史系標本には、その時々の痕跡が刻まれている。 

西秋 良宏