• 画像

    コンソ出土のボイセイ猿人頭骨化石(140万年前)。発掘で回収した多くの破片の中から頭骨に属する破片を特定し、組み立てた

  • 画像

    ボイセイ猿人と現代人(左)の臼歯列の大きさの比較。ボイセイ猿人の歯列(右、小臼歯と大臼歯の石膏模型)

  • 画像
  • 画像

B50
ボイセイ猿人の下顎骨
人類最大級の顎

アウストラロピテクスの最古の例は、今のところ420万年前まで遡る。370から300万年前の間には、豊富な化石資料から知られるアファール猿人が生存していた。これら初期のアウストラロピテクスは、300万年前以後のアウストラロピテクスと比べると、咀嚼器の発達はそう強くはない。一方、ラミダスから見ると、初期のアウストラロピテクスでさえ、咀嚼機能の強化が既に始まっていたことが分かる。アウストラロピテクスは、ラミダスと異なり把握性の足を放棄し、むしろ地上の直立2足歩行に特化していたと思われる。より開けたサバンナ環境へ進出するに伴い、咀嚼機能の強化が生じたのだろう。

そうした初期のアウストラロピテクスから、300万年前以後になると、他のアウストラロピテクスとホモ属の双方の系統が出現する。ホモ属では打製石器の使用が常習化し、200万年前以後になると脳容量の増大と顔面部と臼歯列の縮退が急速に進行する。これがホモ・エレクトスの系統である。一方、頑丈型の猿人は、咀嚼器の極端な特殊化によって特徴づけられる。ボイセイ猿人は、230万年前から130万年前までの東アフリカから知られており、頑丈型猿人の中でも最も極端な種である。顎と歯だけでなく、顔面部と頭蓋骨全体が極端な構造設計へと変化している。

筆者らは1997年に、エチオピア南部のコンソから出土した140万年前のボイセイ猿人化石をNature誌に発表した。ここでは、その中の保存の良い頭骨の下顎骨化石を展示した。この下顎骨は、ボイセイの中でも最も保存が良い例の一つであり、しかも大きさが最大級である。強大な咀嚼力は、堅い食物をかみ砕くためだったのだろうか? ボイセイ猿人は、かつては「くるみ割り」とのあだ名が付けられていた。一方、ボイセイの体の大きさは必ずしも分かっていないが、せいぜい小ぶりな現代人程度とも思われている。そうなると、体の大きさの割に歯と顎が極端に大きかったことになる。そうした咀嚼力は、巨大な臼歯の平坦な咬合面に万遍なく加圧するためとの見解も示されてきた。この考えでは、咀嚼器の強大化は、必ずしも堅い食物を砕くためではなく、粗悪な食物を大量に噛み潰すためとなる。

何故そのように特殊化したのか。顎骨の形状と骨分布ともに、力学的に強いように設計されている。大きな咀嚼力のみならず、荷重の繰り返しに耐えるための骨構造と解釈されている。エナメル質が極端に厚いが、これは摩耗が激しい咀嚼環境において歯の寿命を延ばす進化的工夫と思われる。歯の摩耗面のナノレベルの3次元表面形状解析では、南アフリカの頑丈型猿人は堅い(硬度の高い)食物を摂取していただろうとの結果が得られたが、東アフリカのボイセイはそうでないと言う。一方、少なくともコンソのボイセイ化石の臼歯の摩耗面には、粗い傷が少なくない。これは、食物の中に比較的大きい粒径の不純物が混入していたためと思われる。最近になり、エナメル質の炭素の安定同位体分析が進み、東アフリカのボイセイはC4植物を大量に摂取していたと思われている。

絶滅種の具体的なメニューを語ることはほとんど不可能であるが、上記の多様な切り口から、サバンナ環境におけるボイセイ猿人の食性適応の様相を垣間見ることができる。200万年前以後になり、ホモ属の系統がますます道具使用行動を複雑化する中、ボイセイ猿人はサバンナの中でもその環境利用が限定していったのだろう。 (諏訪 元)

参考文献 References

Suwa, G. et al. (1997) The first skull of Australopithecus boisei. Nature 389: 489-492.