東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
東京大学 The University of Tokyo
HOME ENGLISH SITE MAP
東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime25Number3



研究紹介

ヨウ素同位体の研究

松崎浩之(本館教授/加速器質量分析、同位体地球化学)

 千葉県茂原市に点在している、天然ガス井を訪ねた。それは住宅街の何気ない一角にあった。金網のフェンスで囲われた敷地に、金属パイプやバルブからなる構造物が地中から顔を出したような形で置かれている。関東天然瓦斯開発株式会社の研究員がバルブを開けると、ガスが液体の飛沫を伴って噴き出してくる。この天然ガスは、地下200mから700mの深度の岩盤中に存在する地層水(間隙水)に溶け込んでいる。本来は岩盤の隙間に圧力のバランスを保って存在していたガスが、地上からの掘削孔により圧力が解放される形で噴き出してくるというわけだ。ガスを溶かし込んでいる液体は「鹹水」と呼ばれている。この「鹹水」を胚胎している岩盤は、上総層群と呼ばれる地層である。上総層群の中でも、国本(コクモト)層、梅ヶ瀬(ウメガセ)層、太田代(オオタダイ)層、黄和田(キワダ)層と呼ばれる地層には水溶性ガスを含む鹹水が多く存在している。これらの地層は、80万年前から180万年前に海底で堆積したものが隆起した岩盤である。水溶性天然ガスの主成分はメタンであり、燃料として利用される。「鹹水」は海水と近い組成を持つ液体で、上総層群が堆積する際に取り込まれた海水であると考えられている。ここで、近い組成、と言ったのは、塩素とナトリウムの濃度が近い、ということで、その他の成分は結構違っている。マグネシウムやカルシウムは現在の海水よりむしろ欠乏しているし、臭素やヨウ素は逆に濃縮している。特に、鹹水中のヨウ素濃度は海水(ヨウ素濃度:55〜60ppb)の1,000〜2,000倍濃縮しており、100〜140ppmも含まれる(Muramatasu2001)。実際、この高濃度ヨウ素は抽出・精製されて、ヨウ素製品として出荷されている。実は、千葉県だけで世界のヨウ素の1/3を生産している、という。

 ところで、近年ガスハイドレートもしくは、メタンハイドレートという物質が話題になっている。メタンハイドレートは、氷の結晶の中に天然ガス(メタン)が閉じ込められたものであり、大陸縁辺域の海底下に存在している。メタンハイドレートは、低温かつある程度の高圧の条件下で存在できる。圧力は、その場所よりも上に存在する物質の重さで決まるため、海底でも地下でも深くなればなるほど高くなる。ただ、圧力は高過ぎても氷の結晶自体が安定に存在できなくなってしまう。一方で、温度は、海水中は深層に向かって水温が下がるが、海底下の地下では、むしろ深くなるに従って上昇してくる。このような事情から、メタンハイドレートが存在できる条件を満たすのは、比較的浅い海底下の地下ということになる。大陸と海洋の境界の海域で、海底堆積物や陸源堆積物の堆積層のあたりになる。そのような条件を手がかりに、世界中で、メタンハイドレートの調査が行われてきた。海底下にドリルで穴を開け、掘削コアを取り出す。メタンハイドレートは、地上に取り出すと、氷が溶けてガスが散逸してしまう。これに火を近づければ、炎を出して燃えることから、「燃える氷」と言われる。堆積物中には堆積過程で取り込んだ海水が間隙水として存在している。間隙水を分析すると、ちょうど千葉県の「鹹水」のような塩梅で、ヨウ素が極端に濃縮していることが分かってきた(例えば、Egeberg1999)。
 このような、天然ガスとメタンハイドレートの類似性から、両者は同様の成り立ちを持っているのではないか、と思われる。その存在域が、低温・高圧下の場合はハイドレートの形を取るが、より低圧・高温の状態では、水溶性天然ガスとなるのではないかと考えられる。
 一説によれば、メタンハイドレートの形で固定されている炭素の量は約10,000Gt(ギガ・トン)であるという(Kvenvolden1994)。地球表層環境を循環している炭素量は、全体でもおよそ30,000Gtと考えられている(IPCC AR4)ので、全炭素の1/4がメタンハイドレートの形で固定されていることになる。これは化石燃料としては莫大な量である。しかし、もしこれだけの量のメタンが大気中に放出されたら大変なことになる。メタンは二酸化炭素に比べて、25倍の温室効果があるとされているため、全地球規模の気候変動を引き起こすことになる。これだけの量の炭素は地球の歴史を通じて常にハイドレートの形で固定されていたのだろうか。それとも、ある時期に大量の炭素が固定されたのだろうか。あるいは、グローバルな炭素循環の中でゆっくりと交換していくような定常状態を保っているのだろうか。天然ガス/メタンハイドレートの存在は、 地球の歴史や気候変動に関わる極めて興味深い対象である。
 メタンハイドレートの起源を探る手がかりとしてヨウ素の存在が鍵となりそうである。水溶性天然ガスはヨウ素を極度に濃縮した鹹水に溶け込んでいた。メタンハイドレート近傍の堆積物中の間隙水も同様にヨウ素を濃縮している。ヨウ素の濃縮過程とメタンの生成とは深い関わりがあると思われる。メタンの化学式はCH4、すなわち、もっとも単純な有機物である。つまり、有機物が分解した最終形であると考えられる。すると、メタンの起源は、有機物、つまり生命体(動植物)の遺骸であることが想像できる。一方、ヨウ素は生体親和性の高い元素として知られ、生物の体内によく取り込まれる。そこで、生命体の遺骸が有機物とヨウ素を持ち込み、有機物が分解する際に、ヨウ素が遊離したと考えると、メタンにヨウ素が付随していることが理解できる。では、有機物とヨウ素を持ち込む生命体の遺骸はどこからどのように運ばれてきたのか?先に、メタンハイドレートや天然ガスが、大陸と海洋の境界部分に分布していることを述べた。例えば日本列島の位置する場所は、プレートが海溝に向かって沈み込む場所に近い。そのため、日本近海にはメタンハイドレートが分布している(図1)。海洋における生命体の遺骸を含む海洋堆積物は、プレートが沈み込む場所では、陸側の岩盤の上に乗り上げ、付加体(accretion prism)を形成することが知られている。一方、陸上の動植物の遺骸は河川の営力によって海洋に運ばれてくる。何れにしても、有機物(+ヨウ素)が堆積し、堆積物中で分解作用が生じ、メタンとヨウ素が分離すると思われる。以上は、極めて定性的な考察であり、数値モデルの検証も行われておらず、観測データも限定的でしかない。それでもメタンとヨウ素の起源はほぼ同一と考えて良さそうである。
 ヨウ素同位体システムを利用して、年代測定ができないか。こう考えたのは、ロチェスター大学のUdo Fehn博士であった(Fehn, 2000)。ヨウ素は安定同位体127Iの他に、長半減期(1.57×107年)放射性同位体の129Iがある。これらの同位体比を測定することによって、放射性炭素年代測定と同じように、年代測定が可能である。外界とのやり取りが遮断された環境中に129Iと127Iが存在していると、放射性である129Iのみが次第に崩壊して減ってくる。すなわち、同位体比129I/127Iが時間とともに減少してくる。そこで、メタンハイドレートや天然ガスに付随するヨウ素の同位体比を測定すれば、それが初期値からどれくらい減少しているかを知ることができるだろう。しかし、そのためにはその“初期値”を知っている必要がある。ヨウ素129は、大気中での宇宙線とXe(キセノン)との相互作用で生成するほか、天然に存在する238U(ウラン238)の自発核分裂でも生成する。ウラン238は地殻の他、海水中にも含まれるため、地殻中や海水中でも129Iは生成している。こうして生成した129Iが安定同位体の127Iとよく混合し、ヨウ素の地球化学的循環システムの中で均質化しているとしよう。その中で129Iは、生成と放射性崩壊が釣り合った、平衡状態となり、129I/127Iは一定の値を取るであろう。これが、年代測定に必要な“初期値”である。ところが、1950年代以降、人類が核エネルギーを利用することによって、235Uの核分裂によって莫大な量の人為起源の129Iが生成した。1950〜1960年代は、米ソを中心として競い合われた大気圏核実験によって、その後は、原子炉で使用済みの核燃料再処理工場から人為起源の129Iが環境中に流入した。その結果、環境中の129I/127I比は天然状態に比べて数桁上がってしまった。現代において、自然状態におけるヨウ素同位体比の“初期値”を求めるのは困難なのである。
 しかし、深海中、地下深部など、人為起源の129Iがまだ到達していない環境試料中のヨウ素同位体比を測定すれば、“初期値”を保存しているのではないか、と考えられる。Fehn博士のグループは、南北アメリカ大陸沿岸部の海底堆積物のヨウ素同位体比を測定し、“初期値”として、129I/127I=1.5×10-12という値を求めた(Moran 1998)。さあ、これで年代測定を行う準備ができた。Fehn博士はアメリカのフロリダ沖にあるブレークリッジのメタンハイドレートサイトで採取した堆積物コアの間隙水中のヨウ素同位体比を測定し、129I/127I = 1.3〜2.2×10-13という測定値を得た。これは、“初期値” 129I/127I=1.5×10-12を使うと、年代にして、4,500万年〜5,500万年ということになる。ところが、ここに一つ問題がある。地質学的な考察から、この間隙水を含む地層の堆積年代は180万年〜550万年前だという。ヨウ素同位体比で求めた年代も、堆積年代も正しいとすると、大昔に別の場所(もっと古い地層中、すなわち下層)で有機物が分解して分離されたヨウ素が、現在の場所に移動してきた、ということになる。ただ、この説明は、あまりすっきりしない。
 では、千葉県の天然ガスはどうか?鹹水中のヨウ素同位体比を測定すると、やはり結果は、129I/127I = 1.5〜1.9×10-13という値となった(Muramatsu2001)。年代にすると、4,700万年〜5,200万年となる。概ねブレークリッジと同様の結果だ。ところが、最初に述べたように、これらの鹹水を算出する上総層群の堆積年代は、80万年〜180万年前であり、地質学的年代と食い違いが生じることも、同様であった。
 これを受けて、我々は、北海道に点在するヨウ素含有温泉水中のヨウ素同位体比を測定した(図2)。北海道は興味深い基盤岩構造を持っている。日本列島は、海洋プレートが海溝に沈み込む、“沈み込み帯”に位置する。海洋プレートが持ち込んだ含水鉱物は、ある深さまで沈み込んだところで、圧力が高まり、水分を吐き出す。水分が加えられると岩石の融点が下がり、溶解してマグマとなり、地上に噴出する。すなわち、火山の列は、海溝からある距離を隔てて、海溝線と平行に並ぶことになる。これを火山フロントという。北海道は、図1に示されている、千島海溝と日本海溝に沿う火山フロントが存在するため、苫小牧の西あたりで折れ曲がっている。一方、北海道の基盤岩を構成する地質帯は、南北に伸びており、千島海溝の火山フロントとほぼ直角に交わる関係になっている。かつて、これらの基盤岩を形成した時代は、日本海溝寄りの東西方向のプレート営力が卓越していたと思われる。
 空知エゾ帯と呼ばれる地質帯および礼文・樺戸帯の一部(Hk-Aグループ)は、新第三紀海成層であるが、ヨウ素を高濃度に含む温泉が多い。実際の泉質も、茂原の鹹水と似たような感じであった。ヨウ素同位体比の測定結果も、129I/127I = 1.0〜1.8×10-13に分布し、鹹水やハイドレート間隙水に近い(図3)。空知エゾ帯に含まれる古丹別層は、やや古いタービダイト層であることが知られ、湧出する温泉水中のヨウ素同位体比は-14乗台に入り、生成プロセスが異なるものと考えられる(Hk-Bグループ)。一部の温泉水は、神居古潭帯、という、中生代〜古第三紀海成層が新第三紀海成層の中に貫入している地層から湧出し(Hk-C)、ヨウ素同位体比は特に低い値を示している。
 ブレークリッジの間隙水、茂原の鹹水、北海道の温泉水について、ヨウ素同位体比を胚胎する岩層の地質学的年代に対してプロットしたのが図3である。図中の点線は、ヨウ素同位体比の初期値を129I/127I=1.5×10-12とした減衰曲線を示している。大部分のもの(ブレークリッジ、茂原、北海道Hk-AおよびHk-B)が、点線よりはっきりと下方に分布している。すなわち、ヨウ素同位体から求めた年代の方が地質学的年代より大幅に古い、という結果を示している。ここまで来ると、ヨウ素同位体比による年代測定の前提をもう一度検証する必要があろう。
 こうしてヨウ素同位体が私の研究室の主要な研究テーマの一つとなった。(続く)

Egeberg, P.K., G.R. Dickens (1999) Thermodynamic and pore water halogen constraints on gas hydrate distribution at ODP Site 997 (Blake Ridge), Chemical Geology, 153, 53-79.
Fehn. U., G. Snyder, P.K. Egeberg (2000) Dating of Pore Waters with 129I: Relevance for the Origin of Marine Gas Hydrates, Science, 289, 2332-2335.
IPCC Fourth Assessment Reports (AR4) , https://www.ipcc.ch/assessment-report/ar4/
Kvenvolden, K.A. (1994) Natural gas ydrate occurrence and issues, Annals of the New York Academy of Sciences, 715, 232-246.
Moran, J.E., U. Fehn, R.T.D. Teng (1998) Variations in 129I/127I ratios in recent marine sediments: evidence for a fossil organic component, Chemical Geology, 152, 193-2003.
Muramatsu, Y. , U. Fehn, S. Yoshida (2001) Recycling of iodine in fore-arc areas: evidence from the iodine brines in Chiba, Japan, EPSL, 192, 583-593.
松崎浩之 (2015) ヨウ素129を利用した地球環境中のヨウ素の研究-メタンハイドレートの年代測定の試みと福島第一原子力発電所事故で放出されたヨウ素131の復元-, SIS Letters, No. 16, 2-13.



ウロボロスVolume25 Number3のトップページへ




図1 日本近海のメタンハイドレートの分布(水色で示した領域).

図2 北海道の地質帯と温泉水サンプリングポイント.
図3 間隙水,鹹水,温泉水中のヨウ素同位体比とそれらを胚胎する岩層の地質学的年代との関係.図中の点線は,ヨウ素同位体比の初期値を129I/127I=1.5×10-12とした減衰曲線を表す.