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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime18Number2



IMTイベント
「メディア」の考古学 ― インターメディアテクにおける記録映画上映会、
蓄音機音楽会について

大澤 啓(本館インターメディアテク寄付研究部門特任研究員/美学・美術史学)

 
インターメディアテク内の階段教室「ACADEMIA」では、11月から記録映画上映会及び蓄音機音楽会を定期的に開催することになった。
当初の構想段階から、実験的な文化施設として、インターメディアテクに明確な使命が託されている。その一つは、人間の幅広い活動の遺産として残された歴史的な学術標本及び文化的産物を、既成の分類から解放し、デザインという基準のもとに融合させることによって、新たな表現方法を探求することである。この方針を守り、東京大学コレクションの再評価に向けてその公開を支えているのは、古い什器や建築部材の再活用に基づく新たな展示方法である。
 オープンを迎えて半年が経つが、インターメディアテクの実験を映像・音という新たな領域に拡大するタイミングが来た。

映像の考古学
 現在の情報化社会において、映像は常に生成され、複製や加工を経て瞬時に幅広く共有される。無限の伝染連鎖を思わせるこの映像の増殖が、我々の意識自体に深く影響していることは言うまでもない。毎日の出来事をとどめる類似した映像が増加し、我々を飽和状態に追いつめていることは広く認識されているからである。しかし、常に映像に没入しているからこそ、我々に見えなくなった現象がある。それは、20世紀の偉大な産物である「映像遺産」の大半の消失である。
 フィルムのデジタル化技術が飛躍的に進化したにも関わらず、多くの映画は忘れられ、その唯一の保存媒体であるフィルムがやがて朽ちてしまい、もしくは単になくなってしまい、完全に消失する。映画のなかでも、記録映画がとりわけ憂慮すべき状態にある。それは、多くの記録映画は注文制作されたもので、その時の役割をいったん果たした上で、消耗品のように放置もしくは廃棄されてきたからである。
 こういう状況のなかで、20世紀における人間の活動を映像に残した記録映画を発掘・収集・保存・デジタル化し、公開することによって、消失の危機に瀕する膨大な「映像遺産」を保存する。それと同時に、今まで見慣れている映像と異なる記録映画を通して、20世紀日本の変貌を再評価する。インターメディアテクで企画されている上映シリーズはただの公開事業ではなく、「映像の考古学」そのものである。
 東京大学大学院情報学環が進める「記録映画アーカイブプロジェクト」は膨大な記録映画コレクションを保存している。そのなかで、上映の第一弾として取り上げるのが「日本発見」シリーズである。昭和36年から翌年に亘り、岩波映画製作所が制作し、日本教育テレビで放送された、各都道府県を紹介する教育番組である。当時の名監督が各都道府県の紹介映画を担当し、社会学的観点から高度成長期の日本を紹介している。とは言え、このシリーズは、単に「すたれた教材」ではない。冷静にして詩的なナレーション、当時の映画におけるフレーミングや編集と一部共通する実験が見られるほか、写されている日本の姿が非常に興味深い。各地域を特徴づける風土をはじめ、グローバル化以前の「日本人の顔」、そして工業化の最中の「日本の風景」が見事にとどめられている。

20世紀の「音」
 20世紀は録音技術、そして音の複製技術の発展の世紀でもあった。21世紀に入り、点滴を受けるように、無機質な音質でデジタル音声ファイルを常にヘッドフォンで聴く我々にとって、木製家具が暖かい音を発するのを初めて聴いた蓄音機発明期の人々の当惑は想像を超えるものである。だからこそ、孤立した音楽受容から共有できる音楽鑑賞に戻り、今になってあの驚きを再び体験してみたらどうか。
 記録映画の上映と交互に行う蓄音機音楽会では、総合研究博物館が所蔵する二台の蓄音機で様々な媒体の音楽を再生する。その中で最も貴重な音源が、昨年の冬に総合研究博物館に寄贈された「湯瀬哲コレクション」である。ジャズを中心に、1万枚を超えるこのレコードコレクションは多くのSP盤を含む。湯瀬氏が生涯に亘って形成したコレクションを蓄音機最高級のヴィクトロラ製クレデンザで再生することによって、希少な名盤を紹介すると同時に、デジタル時代とともに失われた「音」の厚みと奥行きを改めて共有したい。アイポッドの時代に、インターメディアテクの階段教室に集まり、昔ながらの音楽会を体験することによって、ミュージアムを「共感覚」の場に展開するのである。
 とは言え、この試みは懐古趣味に満ちた集会ではない。忘れられた名盤を鑑賞するのと同時に、生の音声から電子音楽まで幅広い音源を蓄音機に通し、蓄音機がもつ再生装置としての可能性を追求していきたい。

 上記二つの公開実験事業は、見捨てられてきた古いモノを発掘し、それらに秘められている可能性を追求することによって再評価するという、インターメディアテクの基本理念に基づく試みである。いわば「メディアの考古学」である。



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