東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
東京大学 The University of Tokyo
HOME ENGLISH SITE MAP
東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime13Number1



常設展
鉱物の多様性が意味すること

宮本英昭 (本館准教授/惑星科学)
橘 省吾 (本学理学系研究科助教/惑星科学)
  地球や私たち生命体を構成している元素は、そもそもは宇宙開闢時のビッグバンで誕生した水素とヘリウムが起源であった。それらが恒星内の核融合によって炭素や酸素、鉄などに転じ、さらに巨大な星が超新星爆発を起こしてその生涯を終えるときに、金やウランなどより多くの元素が作られつつ、それらは広大な宇宙空間にばらまかれた。何世代もの星によって、つくられてはばらまかれた元素が46億年前に再び集まることで太陽が形成され、その周囲に円盤状に広がっていた微粒子が互いに付着して成長し、惑星や衛星が誕生した。その後さまざまな進化過程を辿った結果として、現在私たちが直接見ることのできる地表面が形成されたと考えられているが、その過程は天体ごとに大きく異なるようだ。
  ところで、地球には多種多様な鉱物が存在している。この一見単純な事実は、かつて地道な野外調査や岩石収集を繰り返し、観察と分類を基礎とした博物学的知見を集積するという、緻密で膨大な作業を積み上げることによって初めて系統的に明らかにされた。この博物学の重要な成果は、地球という天体の歴史や生い立ちを理解する上で、本質的な役割を果たしている。というのも、地表を形作るのは岩石であるが、その岩石を構成している鉱物の形成過程を調べることによって、鉱物や岩石が形成された履歴を知ることができるからである。科学者達はこうした作業を地球上のさまざまな場所の岩石について行うことで、少しずつ地球の辿ってきた歴史を理解してきた。そして地球上において多彩な鉱物種が形成されるに至った要因は、水であり、生命体であり、火成活動であったことを明らかにしている。ところで、こうした要素が長期間に亘り全て揃った天体は地球以外には太陽系に存在していない。そのため地球の鉱物の多様性は、そのまま地球という天体における表層環境が持つ特異性を示しているとも考えられる。
  今回の展示では、東京大学総合研究博物館に収蔵されている鉱物標本の一部を化石標本と混在した形で展示し、化石や鉱物といった天然に産出される無機物が内包する美しさをそのまま示すことにした。展示室で見ていただける鉱物の形や色、化石の形態のほか、鉱物や化石に含まれる元素の種類や同位体組成には過去の地球環境や生命の営みが時を忘れたかのように保存されている。最先端科学は、鉱物や化石に凍結された時間の流れをたぐり、地球や生命の進化、その多様性を解き明かし、地球という天体の特異的な進化の姿を描き出す。東京大学の研究者も、このような科学的営みに大きな貢献をしつづけている。しかし高度化し細分化されていく先端科学の中で、時に忘れられてしまうことがある。それは、鉱物や化石は純粋に美しいということだ。この自然美に対する純粋な憧憬や畏敬こそ、地球惑星科学と現在呼ばれる研究分野の根源であったはずだ。その意味から、かつて東京大学理学部の基礎教育に広く用いられていた鉱物や化石の標本を混在して展示し、原点とも言える好奇心を鼓舞できないかと考えた。
  そこで東京大学総合研究博物館に収蔵されている中でも特に有名な「クランツ標本」と「若林標本」と呼ばれる標本群の一部を展示することにした。「クランツ標本」と呼ばれている標本群には、約3000点の鉱物標本と、4000点の岩石・鉱石標本が含まれているが、これらの標本は東京大学が開成学校、東京開成学校と呼ばれていた明治初期に、世界的に著名であったドイツの標本商「クランツ商会」から購入されたものである。こうした標本は当時から広く教育に用いられたものであり、東京大学における地球科学研究の基礎を築いた教材であったと言うことができる。
  一方若林標本は、三菱鉱業の若林弥一郎博士(1874-1943)が収集した鉱物コレクションで、後に東京大学に寄贈されたものである。主に日本・朝鮮・中国を産地とする見た目にも美しい標本群は、当時の分類で少なくとも85種2000点を超える鉱物標本から形成されており、個人コレクションとしては和田維四郎標本と並んで世界的といえる。このコレクションについて 1974年にカタログが作成され東京大学研究総合資料館(現東京大学総合研究博物館)から出版されているので、興味のある方は参照されたい。
  本展示を通じ、地球や生命の歴史を内包した化石や鉱物が持つ、決して派手では無いが圧倒的な美しさを、その人類に与えた科学的インパクトと共に感じていただければと思う。

ウロボロスVolume13 Number1のトップページへ


図1 黄鉄鉱(スウェーデン産、クランツ標本)

図2 三角黄銅鉱(秋田県荒川鉱山産、若林標本)