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ミュオグラフィの陸から海への展開

本資料のPDF版

東京大学国際ミュオグラフィ連携研究機構
東京大学生産技術研究所
東京大学大学院新領域創成科学研究科
九州大学
関西大学
シェフィールド大学
英国科学技術施設会議ボルビー地下実験施設
ウィグナー物理学研究センター
日本電気株式会社


1.発表のポイント
■海底ミュオグラフィセンサーアレイ(注1)を世界で初めて設置し、東京湾における天文潮位のリアルタイム
 測定にはじめて成功した。
■ミュオグラフィ(注2)はこれまで火山、原発、ピラミッドなど陸域における透視に成果を上げてきたが、
 海への展開は初である。
■今後はセンサーアレイの拡張により、地震による津波や低気圧などによる異常波浪が東京に到達する前に
 イメージングできるだけではなく、東京湾に眠る天然ガス資源の探査への活用も期待される。

2.発表概要
 東京大学国際ミュオグラフィ連携研究機構は、同大学生産技術研究所、大学院新領域創成科学研究科、および九州大学、関西大学、シェフィールド大学、英国科学技術施設会議ボルビー地下実験施設、ウィグナー物理学研究センター、日本電気株式会社と共同で、世界初となる海底ミュオグラフィセンサーアレイの一部を東京湾アクアライン海底トンネル内部の100 mにわたって設置し、東京湾における天文潮位のリアルタイム測定に成功した。 
 ミュオグラフィは、宇宙に由来する高エネルギー素粒子ミュオン(注3)を用いて巨大物体を透視する技術である。これまで火山、原発、ピラミッドなどの透視に成果を上げているが、すべて陸域での測定に限られてきた。今回これをはじめて海へ展開し、天文潮位のリアルタイム測定に成功した。
 この測定の成功は、地震による津波や高潮をそれらが東京に到達する前にイメージングできることを示す。将来的にはセンサーアレイをさらに拡張することにより、より広域で津波や高潮を検知できるようになると考えられる。さらに東京湾海底に眠る天然ガス資源の探査への活用も期待される。


3.発表内容

<海底ミュオグラフィセンサーアレイについて>
 東京湾海底ミュオグラフィセンサーアレイ(Tokyo-bay Seafloor Hyper KiloMetric Submarine Deep Detector;以下、TS-HKMSDD)は、幅10cm、長さ2mのミュオグラフィセンサーモジュール(図1)を一定の間隔に配列したミュオグラフィセンサーモジュールの一次元集合体(図2)である。
 東京湾の海水を貫通し、海底下の東京湾アクアライン海底トンネルにまで到達した素粒子ミュオンは、センサーモジュールにて検知され、TS-HKMSDDの中央に位置するデータ収集センターにて記録される(図3)。この記録されるミュオン数の時間変化を測定することにより、TS-HKMSDD上部に位置する海水の動きや海底岩盤内部の変化をイメージングすることが可能となる。



図1:ミュオグラフィセンサーモジュール
© Hiroyuki Tanaka/Muographix
素粒子ミュオンを検知する度にダイオードが点灯する。


図2:TS-HKMSDD
© Hiroyuki Tanaka/Muographix
ミュオグラフィセンサーモジュールが一定の間隔に配列されている。2021年末までに、100を超えるセンサーモジュールが海面下45mのトンネルに整備される予定である。


図3: TS-HKMSDDの中央に位置するデータ収集センター
© 2021 Hiroyuki Tanaka/Muographix

<センサーアレイによる測定について>
 ミュオンは貫通力が強いため、東京湾の海水を通り抜けた後、さらに海底の岩盤を貫通し、アクアライン内部に設置してあるセンサーに到達する。このミュオンの到達数を時間毎に計数することにより、海水の厚みすなわち海水準の変動を測定することが可能となる(図4〜6)。海水準の決定精度、時間分解能、空間分解能、測定範囲は、トンネル内にインストールするセンサーモジュールの敷設範囲、敷設密度を上げることによって向上する。天文潮位のリアルタイム測定に成功したことは、今後のセンサーアレイの拡張により、地震による津波や低気圧などによる異常波浪をそれらが東京に到達する前にイメージングできることを示している。
 また、この拡張により、より広域で津波や高潮をイメージングできるようになるだけでなく、東京湾海底に眠る天然ガス資源の探査にも活用できるようになると考えられる。これは、南関東ガス田(注4)は我が国の天然ガス可採埋蔵量の90%以上を占める大規模ガス田であるが、東京湾領域が全くの調査空白域となっていることに関係する。 
 なお、TK-HKMSDDは幅10cmの細長いセンサーモジュールを約10m間隔で配列したものであり、その構造論的性質から引き続きモジュールを足し続けていくことができる。現計画では2021年度中にTK-HKMSDD を長さ1kmに拡張する予定であり、東京湾のより広い領域をカバーできるようになる。



図4:今回設置したTS-HKMSDDの位置
© 2021 Hiroyuki Tanaka/Muographix
Muと示された部分がTS-HKMSDDの一部が設置された場所を示す。


図5:TS-HKMSDDによる潮位測定結果(観測点:千葉)
© 2021 Hiroyuki Tanaka/Muographix
青線(上)はTS-HKMSDDにより測定された潮位、赤線は海上保安庁による検潮結果。


図6:TS-HKMSDDによる潮位変動の時空間イメージ
© 2021 Hiroyuki Tanaka/Muographix
カラースケールは潮位を示しており、緑が低く、黄から赤に行くに従い高くなる。

<今後の展望>
 今後はTS-HKMSDDの運用により得られる大量の東京湾透視画像に、既に火山噴火予測で成果が上がっている火山透視画像の機械学習プログラム(注5)を応用することで、将来の高潮の詳細な波高分布の予測につなげることを計画している。
なお同様の海底トンネルは世界各地にあり、ミュオグラフィのユビキタス性(注6)からTS-HKMSDDはそのモデルケースとなって成果を即世界の海へと展開することが可能である。英国、北海海底トンネルにおいては既にHKMSDDを整備する計画が立案されている。

<国際ミュオグラフィ研究所について>
 TS-HKMSDDを今後さらに拡張していくことで、国際研究拠点の研究インフラとして発展させる予定である。特に国際ミュオグラフィ研究所とつなぐことで、地震、気象、海洋、資源など多岐の分野にわたる研究者がつながり、多極的かつ国際的な海洋ミュオグラフィ研究が進むことが期待される。国際ミュオグラフィ研究所は、本学のデジタルアーカイブ技術(注7)を駆使しサイバー空間に2016年に設置した仮想研究所で、2021年現在11カ国34機関が参加する。研究者がサイバーインフラを共有することにより、これまで異セクタ間の共同研究や国際共同研究プロジェクトを数多く駆動してきた。TS-HKMSDDはサイバー空間を通して、東京大学大気海洋研究所をはじめとする関係機関との共同利用に供される。

<ミュオグラフィアートチームについて>
 東京大学と関西大学を核に進めているミュオグラフィアートチームは、革新的な科学技術であるミュオグラフィを情報科学(コンピューターグラフィックスCG、仮想現実VR、拡張現実AR)あるいは絵画などのアートを用いて社会に発信している。今回の海底ミュオグラフィセンサーアレイもその対象として一般社会に発信していく予定である。

4.問い合わせ先
東京大学国際ミュオグラフィ連携研究機構 機構長
教授 田中宏幸(たなか ひろゆき)
〒113-0032 東京都文京区弥生1丁目1−1
Email: ht(a)muographix.u-tokyo.ac.jp
ht(a)eri.u-tokyo.ac.jp
ht(a)virtual-muography-institute.org
※3つのアドレスすべてにお送りください。(a)を@に書き換えてください。
国際ミュオグラフィ連携研究機構ウェブサイト: https://www.muographix.u-tokyo.ac.jp/


5.用語解説
(注1)東京湾海底ミュオグラフィセンサーアレイ(TS-HKMSDD)
素粒子ミュオン(注3)を検知できるミュオグラフィセンサーモジュールを一定の間隔に配置したもの。ミュオンが検知されるたびTS-HKMSDDの中央に位置するデータ収集センターに信号が集められ、記録される。今回、東京湾アクアライン海底トンネル内部の100 mにわたり設置されたが、今後さらなる拡張が計画されている。

(注2)ミュオグラフィ 
ミュオン(注3)の強い貫通力(岩盤で1km以上)を用いるレントゲン写真撮影法。医用のレントゲン写真ではX線を利用するが、これはX線の透過力が人体程度であることを利用している。ミュオンの透過力が海洋の深さ程度のオーダーであることからミュオグラフィを利用して海のレントゲン写真を撮影可能である。

(注3)ミュオン 
主に超新星などの銀河系の高エネルギーイベントによって光速まで加速される宇宙線と呼ばれる粒子が地球に到達すると、大気を構成する窒素や酸素の原子核と反応して高エネルギーの二次粒子生成する。その一つがミュオンと呼ばれる素粒子であり、貫通力が強い。

(注4)南関東ガス田
千葉県を中心として茨城・埼玉・東京・神奈川県下にまたがる微生物起源のメタンガスから成る水溶性天然ガス田。可採埋蔵量は3,685億立方メートルと評価されており(国内の天然ガス確認埋蔵量の9割)、エネルギー資源として豊富であり戦前より開発が開始され、東京都内でもガス井が掘削され天然ガスの生産が行われていた時期もあったが、現在は千葉県でのみ商業生産が行われている。しかし、東京湾下の調査はこれまで十分に行われてこなかったため、このエリアでのガスの賦存形態が未解明のままである。南関東ガス田の未探鉱エリアである東京湾には陸域との面積比に基づいて約900億立方メートルの微生物起源ガス賦存が期待され、当該ガス田の可採埋蔵量は陸域と合わせて4,585億立方メートルとなり国内の天然ガス確認埋蔵量の9割強の規模となる。さらに遊離ガスの存在領域や存在形態については未解明の部分が多い。

(注5)火山透視画像の機械学習プログラム 
東京大学医学部附属病院と同大学地震研究所が共同で開発したプログラム。一日一枚の桜島の透視画像を機械学習(CNN)することによって噴火判定し、過去7日間の連続透視画像を学習した結果を翌日の噴火の有無の判定に適用した。その結果、噴火予測と実際の噴火の有無の一致を示す正答率(accuracy)は71%で、過去7日間に噴火した日数を基にした予測の正答率の57%を上回った。噴火しない日を正しく「噴火しない」と予測できた割合は、約85%とさらに高かった。

(注6)ミュオグラフィのユビキタス性
宇宙線は地球に満遍なく降り注ぐのでミュオンも同様に地球上に満遍なく降り注ぐ。その性質は地球上どこで測定しても同じであることから、日本で開発した装置や手法を世界で使える。その逆も然り。

(注7)デジタルアーカイブ技術
東京大学総合研究博物館が開発したサイバー空間において異分野を融合させる技術。これまで同館は資料をサイバー空間に効果的に表現することで、東京大学の研究成果を社会や異分野の研究者に効果的に発信することに成功してきた。応用が多岐にわたるミュオグラフィを軸として異分野や国内外の研究者をつなぐためには、デジタルアーカイブ技術が必須である。

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