東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
東京大学 The University of Tokyo
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博物館工学ゼミナール ミュージアム建築ワークショップ

冬学期課題: A City as Museums  
「ミュージアムとしての都市」の可能性を考える。
ミュージアムの存在形式を再考する課題である。ミュージアムは一般にスタンドアロンの施設であるが、これをネットワーク化された「領域」へと都市的に展開させる可能性が考えられる。「大規模集中」から「小規模分散」へいう存在形式の変化を考えるとき、ミュージアムの施設規模はコンパクト化し、存在数量は大幅に増加することになる。ミュージアムの遍在、すなわち、都市(環境)そのものがミュージアム化する状況に近づいていく。「ミュージアムとしての都市」は具体的にどのように構想しうるのか。既存の計画手法にとらわれることなく、ミュージアムの機能・構成・形態・運営等についての斬新な構想を提案してほしい。
課題詳細


提出作品 「ヴォイドの可視化」  今井悠也、冨田真理子、野島史暁、伏木田稚子

文京区湯島二丁目周辺
都市のヴォイドに挿入された「風船」

風船の中には展示カプセルが封入される
風船のスタディ・モデル


提出レポート: ヴォイドの可視化

■問題の発見
  まず、この提案では湯島二丁目を建築予定地として設定した。実地調査をした結果、ここが魅力的なまちであるのに、その魅力を失いつつあるのではないかという懸念から、この場所を選んだ。
 湯島二丁目は伝統的なまちである一方、新しいオフィスも建ち並ぶ、「東京らしい」まちである。近くには菅原道真をまつっていることで有名な湯島天神や神田明神といった江戸時代からの施設や東京大学、東京医科歯科大学などの大学が多数ある。一方では東京の中心部として、オフィスや商業施設など都市の現代的な役割も果たしている。また、湯島天神前の通りや蔵前橋通りのファサードはほとんどがこうした現代的な建物に覆われているが、昭和から続く古いアパートが点在している地点も多い。湯島は江戸と東京をつなぐ、魅力あるまちといえよう。
  そうした中で私たちが着目したのは、ヴォイド(空洞)である。現代的なビルと古いアパートが横並びになっている通り沿いでは、どうしてもビルとアパートの境界にヴォイドすなわち空隙を意識せざるを得ない。また、湯島という地区は本郷・神田の台地の上にある、坂と丘のまちだ。これは池之端や根津といった台地の下にあるまちとは決定的に異なる地形を呈している一つの地域的特長である。坂による起伏が、空間的になにもないスペースをもたらしている。このように、建築と地形という二重の意味において、湯島というまちがヴォイドで象徴されると私たちは分析した。  こうしたヴォイドは、暗く、狭いといったネガティブなイメージをもたれがちかもしれない。確かに「ヴォイド」といえば格好がつくかもしれないが、実態としては「すきま」であり「空き地」であり、「何も使われていない空間」であるからだ。しかし、他方では「何も無い」ことの可能性やそこへ潜りたくなるような母胎回帰のイメージをも、ヴォイドは持ちうるだろう。私たちの提案では、ヴォイドを可視化することにより、そうしたヴォイドに対するネガティブなイメージをポジティブなそれに転換し、「建築と建築の間を建築すること」の可能性を追求したいと考えている。
  さらに、湯島の現代的都市としての問題点は、コミュニティとしての湯島という意識が不足しており、これを復権させる必要があると考えた。現在の湯島地区には、公園と呼べるような施設が不足しており、神田明神や湯島天神といった本来はコミュニティ活性のための「場」であった場所は観光施設化されてしまっている。そうして行き場を失った地域コミュニティは最終的には場としてだけでなく実質的に失われていく一方である。本提案では、こうしたコミュニティ活動を応援する下地としての「井戸端」のような機能を復活させることをも主眼に入れ、公共施設としての博物館を、住民のものとして復権させることを試みたい。

■目的
  本ミュージアムの目的は、以上のような議論をもとに、大きく二点に分けられる。
1ネガティブなヴォイドを可視化すること。
2コミュニケーションする場としての「井戸端」の復活。
1はハード面で建築空間をどうするかという提案であり、2はソフト面でこのミュージアムが果たすべき目的である。

■展示カプセルの果たす役割
  展示カプセルの形態について述べる前に、コンセプトを形として実現化するまでの過程について、まとめておきたい。
  「voidの可視化」というコンセプトと、「建築と建築のスキマを建築する」というアイディアの根源を合わせて考えた結果、「都市にうずもれている隙間に物を詰める」という軸で話を進めることが決定した。その際、建築設計をハード面とソフト面の2面にあえて分けるとすれば、隙間はハード面に相当し、そこに詰められる物はソフト面に分類されるのではないかという考えで一致した。
  どういうことかといえば、建築はそこに在るハード面にソフト面的要素を新たに付加することで、ひとつの創造物として機能するという解釈である。それを今回のアイディアに当てはめるのであれば、価値を見出されずに存在する隙間というハード面に焦点を当て、そこに建築の常識としては比較的新しいと思われる風船というソフト面的要素を付加することにより、誰もが考え付かなかった新しいミュージアムを創造したいというのが、私たちの願いである。
  ここで再度、隙間についてそれが持つ潜在的可能性を整理しておきたい。まず、狭い・暗い・何もないというネガティブな要素が顕著だが、それに加えて、隙間は東京に特徴的かつ両側に立地するビルによって規定される空間であり、ビルが示す新旧の差が投影された、無限大の価値を持つギャップである。無視されている隙間に現実的な利用価値を見出し、それを何らかの方法で実現するということの持つ難しさは、確かに否定することができない。例えば、隙間の使用権利の問題が最大の壁となって私たちの前に立ちはだかる上、社会制度という法的な縛りが隙間の活用を絶対的不可能なものにしている。そして、それらの諸問題を解決する術を、私たちは現段階で持ち合わせていない。しかしできるならば、そういった制度自体への奇抜な提案として、私たちのアイディアが新しいインパクトを与えることができればと思っている。そしてまた、都市に偏在する隙間の不変性に着目し、戦略として持つ隙間の面的な意味を最大限に引き出すことができるソフト面的要素の探究過程を次に述べたい。

■ソフト面的要素と形態
  これまで活用されてこなかった隙間というハード面に、どのようなソフト面的要素を付加すると斬新なのか。先に述べた通り、隙間には物をただ置くのではなく、ひたすらに詰めることで何か新しい発見ができるのではというのが私たちに共通の意見であった。「詰める」「積む」これをキーワードに、何をソフト面的要素とするか。
  これについての当初のイメージは、丸くて軽くてふわふわと漂うものであった。カエルの卵のように、単体としての存在形態がユーモラスなだけでなく、それらがいくつも重なり合いひしめき合うことで生まれる集合体としての面白さに惹かれた。そこから提案されたのが、自然界に数多く存在する丸という形態であり、分子に代表されるような「連なる」イメージである。いくつもの丸い物体が積み重なることで、形が流動的に変化し、環境によってさらにその形態が左右されるという不思議。そして、そこに生まれる自由度の高い展示形式。
  このようなイメージと見た目の斬新さを実現するためには、どのような形態を用いればよいのか。初めに出たアイディアは風船であった。丸みを帯びた単体としての存在感だけでなく、集まることで生まれる流動的側面をも持ち合わせた形態という点で、私たちのイメージ通りではないかと感じた。さらに、その風船の中に物質を入れることで、展示ケースの代替品としても機能するのではないかという提案が出された。
  これまでの展示ケースといえば、角ばった箱ものが大半を占め、それらを秩序立って空間に置いていくというのが主流であったように思う。私たちはあえて従来の形式にこだわることなく、斬新な展示ケース、奇抜な展示ケースの配置を探究していく方針で話を進めた。その成果は、次の項目で述べたいと思う。

■展示カプセルの形態と素材
  新しい展示ケースと風船をどう結び付けるか。ここから生まれたのが、展示カプセルというアイディアである。風船に展示したいものを入れ、それを展示ケースと同様の役割を果たす展示カプセルとして見せる。そこで重要となってくるのは、展示カプセルの素材は、中身が見えるものでなければならないということである。そして、多数の展示カプセルを量産するためには、手に入りやすい物質でカプセルを作る必要がある。
  また、先に述べたカエルの卵というイメージを形にするためには、弾力があり形が変容しやすい素材であること、そして思わず触りたくなるような親しみの持てる物質であるのが望ましい。隙間というネガティブな感情を抱かれやすいハード面に、あえて柔らかい雰囲気を醸し出すソフト面的要素を付加するという組み合わせの不自然さも大切にしたい。
  その上で、誰もが簡単に物を入れられるようなカプセルの形態を提案したい。このような思いから私たちが考えたのは、素材は風船に近いながらも、形態は薬のカプセルのように中身を出し入れしやすいものである。
  具体的には、カラーボールのような透明で弾む素材で作られた、半円を2つ組み合わせた形態の展示カプセルをイメージしている。大きさはバスケットボール程度、硬さはゴムまり程度、中には空気もしくは水を満たし、中に入れた展示物が丸い空間の中に浮くようなものを想像している。

■膜のイメージ
  しかし、ただ単にカプセルを積み重ねるだけであれば、カプセルの自由な動きは敷地を飛び出し、まったく統制がとれない状態になってしまうだろう。そこで、カプセルを取り囲む「秩序」として、膜を導入したい。この膜は、カプセルを保護する膜としての機能も期待されている。
  膜の素材については、カプセルの存在感を打ち消さないほどに薄く、カプセルの動きを封じない伸縮性のあるものが望ましい。具体的には、シリコンゴムを用いることを計画している。

■展示内容
  ミュージアムの機能とは、何であろうか?展示物の収集、展示というのが一般的に思い浮かぶ。収集し、分類し研究するアーカイヴとしての機能を持つ一方で、それを展示したり、またワークショップなどを通じて、外部へと発信し学びつながる場としてミュージアムは機能するのである。
  本ミュージアムにおいては、このアーカイヴとしての機能から、積極的なコミュニケーションの場として機能することを期待している。
  そこで、地域住民の、「みせたいもの」を一人5点まで、カプセルに詰めることが可能という教示を行う。ここで言う、「みせたいもの」というのは、いわゆる「お宝」的な価値あるものでもかまわないであろうし、また、他人にとっては全く価値を持たないかもしれない個人的な体験・生活の残滓、成果であるかもしれないが、それは住民それぞれの価値観に委ねる。
  なぜ、「みせたいもの」に限定したのか。コミュニケーションの創出ということを考えた場合、見た人が気になることと、出品者がそれにまつわる来歴を思わず語りたくなるようなモノであることが必要だと考えたからである。
  展示物を媒介としてコミュニケーションの創出を図るために、具体的に以下のような方法を提案したい。
  まず、出品者は出品したモノに対しての自らの思いを自由に語り、さらに観覧者はそれに対しての反応を示す。これらのコメントに対し、出品者はさらにレスポンスを表示する。この積み重ねで、展示物を媒介とし、出品者と観覧者、出品者同士、地域住民同士のコミュニケーションを創出すること、現代の都市のなかで失われてしまった、「井戸端」となることができるだろう。

■手順
1.実施エリア
湯島二丁目、500?相当の「隙間」
2.中心となる参加者
「隙間」を有するエリア内の住民。大人から子供まで、年齢制限なし。
3.実施の手順
@事前説明
基本的に参加者は湯島界隈の住民全員であるから、本企画の主旨と実施内容を十分に周知・理解してもらう。講習会を複数回行い、また各家にマニュアルを送付する。
A選定作業
住民各々の自宅から、一人5点までカプセルの中に詰めるものを選定・報告してもらう。
その際の選定基準の提示の仕方には留意する。たとえば、「あなたの家に眠っているものの中で、見せたいと思ったものを持ってきてください」という程度の呼びかけが、一人ひとりの展示への参加・コミュニケーションへの参加を自覚させ、かつ自由度が保持されるので適当だと思われる。
こうした過程で、埋もれていた骨董品、抜歯したばかりの親知らず、陽の目をみなかった刺繍作品などが等価値に集められる。
B梱包作業
実際にカプセルの中に詰める作業は、住民自ら、隙間において行われる。運営側立会いのもと、マニュアルに従って専用の装置を直接操作してもらう。
C展示作業
建築物の隙間に、隙間に接する建築から集められたものを中心にカプセルを積み上げ、多くの部分を膜で固定。その周辺に、自由に触れられ動かすことのできるカプセルも設置する。隙間は何箇所もあるので、全工程が終了するまでは完成した区域も上から布で覆い隠しておき、一斉に外す。
D完成〜開始
住民には、展示物の一覧を配布する。随時展示替えも行う。
また複数個所にパネルを設置して外部の人にも実施概要を説明する。
たとえば重文指定民家の住人のように、期間中は(了承を得られた)住民は「学芸員」となり、コミュニケーションのセンターとして機能してもらう。また、WEBページを開設し、観た人にコメントを残してもらうのもよい。
E会期終了・回収作業
基本的に、会期終了に伴い、展示物は各所有者に返却される。
しかし、互いに気に入った出品物を住人同士で交換することも可能である。

■住民側のメリット/問題点
  このミュージアムによる、住民側のメリットを整理したい。
1.住民同士のコミュニケーション活性化
  まず、住民は、博物館を一つのメディアとして自ら表現することを体験する。その体験を通じて、住民同士の中にコミュニケーションが生まれることとなる。はじめは誰が隣に住んでいるかも分からない不安を持っていた住民同士が、このミュージアムに参加することで顔見知りとなり、今まででは分からなかった共同作業も実現できるのではないだろうか。
2.商店街の活性化
  1の段階が終了した時点で、このミュージアムが成功していた場合、新たに観光施設としてのニーズが高まるであろう。地域活性化のカンフル剤として注目されることで、湯島地区への来訪者が増大することが見込まれる。その結果、周囲の商店がさらに活性化されることが望まれる。
 
  しかし、問題点としてまだ残っているものがいくつかあるので、これについても整理したい。
1.安全性 
  シリコンゴムのような素材は耐久性に優れており、少しのことでは壊れないことは私たちの実験に置いても示されている。しかし、膜となる素材の上に、人が乗ってさらに中を動き回ることの危険性は0とは言い切れないだろう。
2.土地の確保
  この提案は、隙間となる土地/空間の確保ありきのものである。実際の土地の確保に関しては防災や防犯などの観点からは難しいかもしれない。また、建ぺい率の制限をどうクリアするかは難しい課題かもしれない。しかし、それらのデメリットを上回るような公園としての機能を押し出せば、このミュージアムのための土地の確保も難しくはないのではないだろうか。ミュージアムの空間が公開空地として認められれば、企業価値の向上や地域コミュニティとの交流が可能であることに目を付けて、企業が協力するだろうと考えている。

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