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    輓馬。ベルジアン系、剥製、肩高1850mm

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    左側面

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E5
輓馬剥製
大家畜品種の盛衰

日本のウマの飼育頭数は10万頭程度で推移している。ウシが500万頭弱であることを知れば、ウマがいかに少ない数しか飼われていないことに気づくだろう。日本のウマは一部に馬肉生産のための集団はあるものの、大半は競走馬、品種でいえばサラブレッドになる。ある意味で競馬場のウマこそが、日本人のウマに対するイメージを独占してしまっているともいえる。これはウマが第一次産業の生産物である時代を通り越し、現代社会において既に人間の精神世界を豊かにするためのエンターテインメントの中に生きる存在になっていることを意味している。

しかし、世界のウマはサラブレッドだけではない。日本にもこの標本のような、サラブレッドとはまったく異なる外貌のウマが少数ながら飼われてきた。本標本の品種はベルジアン(Belgian)系と呼ばれ、輓馬、つまり重い馬車や橇を牽引するために改良されてきた品種である。

競馬場やその中継でサラブレッドを見ている読者は多かろう。しかし剥製が見せるのは、大き過ぎる体幹、重量感にあふれた頸部、そして太い四肢とそれを引き上げる肩と腰の骨格。すべてが競走馬の優美さを否定する武骨なシルエットである。輓馬は強大な筋肉で重い荷物を曳くために改良された。そのため、最高速力も加速力もサラブレッドの性能に満たない。しかし、性質がきわめて温和で、人にとってこれほど扱いやすい大家畜は無いであろう。

蒸気機関やエンジンが発明される以前、ウマは人間にとってきわめて貴重な重量物の運搬輸送手段であった。たとえば200年ほど前ののナポレオン軍の巨大な大砲を陸送するには、改良した輓馬が必要不可欠であった。もちろんそれはトラクターの無い時代の農耕に用いられたことも意味している。かつては輓馬は畜力として存在意義を示していたのである。

現在の日本では北海道にわずかながら輓曳競馬が残されていて、こうしたウマの飼育は小規模に継続している。しかし北海道の地域経済の縮小とともに、年々輓馬を見る機会は減ってきている。標本は、輓曳競馬に使われた個体を剥製として残したものである。ベルジアン系の品種について、また人間と輓馬の関係についての基礎資料として、研究が続けられている。 (遠藤秀紀・楠見 繭)