東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime26Number2/3



新規研究部門
素材・技術・型の統合的な研究調査−国際デザイン学寄付研究部門の設置について

大澤 啓(本館国際デザイン学寄付研究部門特任研究員/美学・美術史学)

 昨年7月、総合研究博物館に国際デザイン学寄付研究部門が新たに設置された。この研究部門は、ヴァン クリーフ&アーペル社による寄付のもと、現代日本におけるデザイン・工芸・美術の統合的な研究調査を目的とする。準備期間を経て活動が本格的に始動する時点で、研究部門設置の背景にある構想と目的を紹介したい。

新たな眼差し
  「国際デザイン学」(英語では「International Design Studies」)は聞き慣れない名称かもしれない。フランス語の「dessein(「絵」もしくは「目的」)」から派生した「デザイン」の語源を辿ると、「図面」と「意図」という異なる意味を持ち合わせていることが分かる。この両義性には意味がある。1925年頃、ドイツのバウハウス運動、米国人建築家のフランク・ロイド・ライト(1867-1959年)そしてフランス人建築家のル・コルビュジエ(1887-1965年)を中心に、工業製品の設計が「デザイン」と呼ばれるようになった。この言葉は1960年代までに世界的に定着し、いまやあらゆるモノの意匠を示すようになった。
 新たな分野の急発展は多くの論述を生み出し、そのデザイン論が「デザイン学」という分野を形成した。建築評論家のレイナー・バンハム(1922-1988年)による名著『第一機械時代の理論とデザイン』(1960年)がその代表例である。この書名が示すように、デザインの根元には「機械時代」における設計とそれを支えるモダニズム思想がある。従って、その対象は図面に現れるモノの意匠である。モノを製造するにあたって、改良や調整が繰り返され、当初の意匠とは多少異なるモノが最終的にできることは当然である。しかし同じ「図面」に基づく工業製品である以上、改良版が新たに設計されない限り、仕上がった製品は同一のモノであり、個体差はほぼないはずだ。工芸と違って、製造プロセスのなかで新たな「意図」が働いてモノの形や機能が途中で変わることはない。この思想は20世紀のものづくりを支配し、世界各地の多様な生活様式が均一化された。西洋中心的な発想に対し、世界各地のものづくりを支えてきた多様な材料、技術、型および思想をデザインに組み込む動きが生じた。この動きは、デザインにおける手仕事の復権にも繋がった。グローバル化された現代において、デザインにおける「遊び」が重視され、また世界各地の素材と技術がモダニズム思想に基づいた設計を彩るようになった。
 世界的なデザインの聖地となった日本において、国際デザイン学の照準を工芸に合わせたら何が見えてくるか。手仕事を前提とする工芸は今でも多くの担い手に継承され、保存と伝承を目的とした組織によって制度化されてきた。一方、技術の伝承は革新を前提とするもので、次世代の工芸を生み出す型が求められている。その型の多くは、デザインの分野に由来するものである。工芸技術を伝承する形として、工業製品から着想を得た意匠が導入され、工芸品に新たな機能をもたらす。一見矛盾しているようだが、この緊張感のなかで工芸の新たな「美の標準」が生まれている。

素材・技術・型
  工芸技術とデザインとの複雑な関係性は、単なる美学的な問題に止まらない。モノの形と用途が時代に適してないと売れない。売れないと素材の確保も技術の伝承も困難になる。そのためには、世界的な市場を獲得する必要がある。工芸のなかでも、一点ものの作品を製作する作家から匿名量産型の企業まで、製造方法とその規模が異なることは周知の通りである。しかしスケールの差はともかく、その根本にある、素材・技術・型を巡る経済の方式は同一である。
 国際デザイン学寄付研究部門(図)の主な研究対象は、素材・技術・型から成る日本工芸の三角形である。国際的なデザイン・スタンダードを視野に、工芸における素材・技術・型を、地域そして分野ごとに、体系的に記述する。フィールドワークとオーラルヒストリーを融合したこの方法は、日本における工芸の現在形を明らかにする。既存の分類や制度に依拠しないこの調査は、素材と技術と型との新たな関係性を促す。この三つの構成要素を再構築することによって、研究者やデザイナーのみならず、工芸家にも新たな用途や機能や形が見出されることを期待する。冒頭に「デザイン・工芸・美術」を同列に掲げたのはそのためである。工芸を構成するそれぞれの系譜は当然重視すべきであるが、既存分野への分類を敢えて採用しないことによって、素材・技術・型の関係性めぐる未来像が見えてくるはずである。
 同時に、この研究は保存に向けた調査でもある。資源の枯渇は工芸においても顕著な影響を及ぼしており、自然素材の確保が年々厳しくなっている。素材が入手できないと、モノの作り方が根本的に変わる。それ以前に、製作に必要な道具のための素材が確保できないことも少なくない。素材を分類し、その入手ルートと活用方法を分析することによって、日本工芸における材料のレッドマップを作成することが可能になる。

技の博物館
 この研究調査を遂行することにあたって、具体的な計画は三つある。まずは、工芸の担い手の現地調査に基づく、日本工芸のデータベースである。歴史的研究に基づいたオーラルヒストリーと映像記録を通じて、どの地域でどの素材がどの技術をもって加工され、どういう型が活きているか分析する。次に、この局地的な知見を世界のデザイン動向と照合し、大きい動向を明らかにする。そのためには、和英バイリンガルのプラットフォームに基づいた、世界の主要デザイン研究機関との連携が必要とされる。ここで得た成果をもとに、日本工芸において有力だと思われる、突出した技術とコンセプトを見出す。これは学術的な研究成果のみならず、新たな工芸の開発にも結びつく。
 この研究を、膨大な学術コレクションを保有する大学博物館で遂行する意義は高い。東京大学コレクションを構成する学術標本は、研究に欠かせない資料であると同時に、伝統的な技術の宝庫でもある。その学術標本を現役の技術継承者の実践と照らし合わせることによって、それら標本の物質性をより正確に捉え、東京大学コレクションの歴史的価値をさらに高めることにもなる。



東京大学総合研究博物館 スクール・モバイルミュージアム

蝶 ―魅惑の昆虫―
Butterflies ―Fascinating Insects―
期 間:2022年5月13日(金)〜10月31日(月) 9:00~17:00(日曜・祝日休館)
会 場:文京区教育センター2F 大学連携事業室(文京区湯島4-7-10) TEL: 03-5800-2591
入場料:無料
展示企画・指揮:矢後勝也・遠藤秀紀(東京大学総合研究博物館)
展示副指揮:勝山礼一朗・紙屋(伊藤)勇人
主 催:東京大学総合研究博物館
共 催:文京区教育センター
後援:日本鱗翅学会、日本蝶類科学学会、日本蝶類学会、ファーブル昆虫館「虫の詩人の館」
東京大学総合研究博物館 https://www.um.u-tokyo.ac.jp/
文京区教育センター http://www.bunkyo-tky.ed.jp/ed-center/

昆虫学者による講演会
6月4日(土)15:00〜16:00 矢後勝也(東京大学総合研究博物館・講師)
7月30日(土)15:00〜16:00 原田基弘(日本蝶類学会・名誉会員/東京大学総合研究博物館・研究事業協力者)
8月20日(土)15:00〜16:00 鈴木誉保(東京大学大学院新領域創成科学研究科・特任助教)
9月10日(土)15:00〜16:00 手代木求(日本蝶類学会・元編集委員長/東京大学総合研究博物館・研究事業協力者)
10月8日(土)15:00〜16:00 築山 洋(日本蝶類学会・元編集委員長/東京大学総合研究博物館・研究事業協力者)
10月22日(土)15:00〜16:00 奥本大三郎(埼玉大学・名誉教授/ファーブル昆虫館「虫の詩人の館」・館長)
会場:文京区教育センター2F 研修室
対象:どなたでも
費用:無料
申し込み方法:事前申し込み(詳細は文京区教育センターHPでご確認ください)

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図 国際デザイン学寄付研究部門のロゴ.「工」という文字から着想を得た.