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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime26Number2/3



本館特別展示『空間博物学の新展開/UMUT SPATIUM』
空間博物学の新展開――空間の収集から創出へ

松本文夫(本館特任教授/建築学)

  総合研究博物館の本館で特別展示『空間博物学の新展開/UMUT SPATIUM』
を開催している。小石川分館の常設展示『建築博物誌/アーキテクトニカ』と比べると、「建築博物誌」に対して「空間博物学」というタイトルが使われている。建築(=アーキテクチャ)には構成原理や設計思想といった非物象的な意味が含まれる。小石川分館の展示では、分野横断的な理念としてのアーキテクチャに注目してきた。建築と空間はもとより密接な関係にある。「建築」がその特質を構造や構成として取りだせるものであるなら、「空間」は私たちの身体の体験に結びついた媒質に相当するものである。今回の展示では両者を切り分けるのではなく、建築を充填し包含するものとしての「空間」の可能性に注目した。
 「空間」は世界を成立させ、私たちが存在する基盤となる形式である。しかし空間という言葉が意味するものは必ずしも一様ではない。歴史的に見てもさまざまな空間概念が存在してきた。空間のあり方を大別すれば、「場所、広がり、関係」としての空間が考えられる。「場所としての空間」はアリストテレスの「トポス」に由来する局所的な空間である。「広がりとしての空間」はデカルト座標系によって定められる無限に広がる均質な空間である。「関係としての空間」は物理的な一体性を必須としないネットワーク型の空間である。場所、広がり、関係という空間概念の拡張は、現代社会における人間と空間の関わりの多様性にも深く関係している。
 建築学の分野では、ユニヴァーサル・スペースの理念が20世紀に生まれた。床と柱と最小限の壁で構成された、使い方を限定しない空間である。実際の建築設計においては、学校や事務所や美術館といった建築類型(ビルディングタイプ)に応じて綿密に計画が行われてきた。しかし近年のコロナ禍を経て、人間による空間の使い方が多様化している。仕事や教育の現場では、対面だけでなく遠隔の人間関係が増え、社会空間における「近接性」のあり方が変化している。近接性とは実空間と情報空間におけるつながりを包含する概念であり、人間どうしの近接性のリデザインが現代社会の課題になっている。既成の建築類型を必ずしも前提としない、より小さな空間類型(スペースタイプ)の有機的な連携にも新しい可能性が見いだせる。
 一方、博物学の分野では、空間は収集の対象になってこなかった。学術研究で扱われる標本はモノであって空間ではない。標本の多くは空間から引き離されてモノ自体として保存される。博物学では自然は「動物界・植物界・鉱物界」に分類されたが、それが属する空間はむしろ捨象される側にあった。「空間」という不定形な対象を捕捉し、人間が体験するさまざまな空間を収集し、今後の研究やデザインに活かすこと。これは博物学の新たな課題の一つと考えることができる。
 「空間博物学」は建築や都市の空間を「収集」し、今後の新たな空間の「創出」に結びつけることを企図している。現実の空間の移設は容易ではなく、「模型および映像」は空間の記録と表現のために有効な手段である。総合研究博物館には2008年の特別展示『UMUTポープンラボ―建築模型の博物都市』以来、東京大学の学生らが制作した建築模型のコレクションがあり、その数を徐々に増やしながら小石川分館に保管されている。また「世界建築紀行」として上映されてきた建築や都市の写真コレクションもある。小石川分館は旧東京医学校本館(重要文化財)の建物を活用したミュージアムである。2020年に実施された耐震基礎診断によって同館の耐震性能が不十分である可能性が判明し、2021年1月から休館する事態となった。本展示では、公開できなくなった小石川分館のこれまでの収集の蓄積を活用しつつ、新しい建築模型や映像作品を導入して積極的な創出の流れを組み立て、空間博物学の方向性を提起することを目指している。

 空間の「収集と創出」という空間博物学の基本的な方向性に沿って、実際の展示空間は六つのサブテーマによって構成されている。模型展示による「空間編纂」、「空間標本」、「空間記録」、「空間収集」、そして映像展示による「空間動態」と「空間紀行」である。展示会場を取り囲むように展示テーブルが配置されており、そこに建築模型の数々が列品される(図1)。両端妻側の壁面には2つの映像が投影されている。以下、サブテーマごとに展示内容を紹介していく。
 『空間編纂(Spatial Curation)』をテーマにして、展示会場の中央列では主として新規制作のコンテンツを展示している。ここで編纂とはキュレーションのことで、収集され分類された標本群を、新しいコンテクストのもとで再構築する「創出」の試みである。建設の場所や時期が異なる複数の建築を、一つの造形物としてまとめた集成型の模型が四つ並んでいる。このうち、今回新たに制作された3Dプリントの大型模型が二つある。
 「20世紀の建築」の公共建築編(図2)は、中央列の最前面に位置している。20世紀を代表する世界の公共建築18作品を選び、その全体または部分の空間を1/300の共通縮尺で再現している。ふだんは隣り合うことのない建築が一堂に会し、新しい相互関係のもとに配置され、ある種の理想都市のような風景をつくりだしている。手前に見える回廊が連なる建物は、開かれた環境共生型ミュージアムの先鞭をつけたデンマークのルイジアナ近代美術館。その右側にあるのは、歴史遺産の優れた改修事例として知られるヴェローナのカステルヴェッキオ美術館。中央にある鳥籠状の建物は、光あふれる清新なロビー空間を実現したウィーンの郵便貯金局。その左にある切妻屋根の建物は、素材としての木の可能性を提示した那珂川町馬頭広重美術館。さらに左には、20世紀の建築としてモダニズムとは一線を画したストックホルム市庁舎。その斜め後ろにあるのは、書架に囲まれた円筒状の大吹抜をもつストックホルム市立図書館である。日本の建築では、戦後の日本建築の記念碑的な出発点となった広島平和記念資料館、建築の成長プロセスへの介入を試行した大分県立大分図書館がある。
 「20世紀の建築」の住宅建築編(図3)は、公共建築編に並んで展示されている。20世紀につくられた著名な住宅建築18作品を選び、1/100の共通縮尺で再現し、高密度に集成している。同じ住宅建築でも、規模の差がかなりあることが見てとれる。中央部に位置する二つの大きな住宅は、近代建築の五原則を明瞭に実体化した方形のサヴォア邸、および戦後の住宅需要に応える実験住宅としてとして作られたL字型のスタール邸である。ユニヴァーサル・スペースを体現したファンズワース邸がサヴォア邸に隣接して建っているが、これも思いのほか大柄である。かたや、日本の住宅建築では、池辺陽設計の立体最小限住宅、安藤忠雄設計の住吉の長屋、黒川紀章設計の中銀カプセルタワーのように小規模な事例もある。これらは小さな空間の創意工夫によって建築設計の新たな可能性を開拓している。建築のスケール、すなわち身体との関係で捉えられる空間の大きさが、住宅を理解するための重要なポイントになっていることがわかる。「20世紀の建築」は、本学建築学科の学生有志による3Dモデリングおよび株式会社クリモトによる精巧な3Dプリントによって実現したものである。
 「建築の記憶」はこのような空間編纂の最初の試みで、2017年に制作された。古代エジプトから現代までのさまざまな建築を立体的にコラージュして直方体のフォルムにまとめ、3Dプリンタで出力している。カルナック神殿、パンテオン、 ランス大聖堂、東大寺南大門、サヴォア邸、森山邸など筆者の記憶に残る内外30以上の建築が、おおむね古い順に下から組み上げられた。ファサード、外観形態、内部空間、骨格構造といった、その建築の特徴的な部分を1/300の縮尺で表現している。ここで選択された建築群は、建築史の流れを網羅的にカバーするものではない。しかし時代の推移とともに、建築の物象においては量塊的なものから繊細なものへ、空間においては閉じたものから開かれたものへ、という大きな変化の流れが見えてくる。「住居の歴史」は建築博物教室で大場秀章先生に「生物共生のアーキテクチャ―多様な生き物と共生する建築を考える」と題して講演をいただいたときに展示用に作られた模型である。建築の素材の変遷に着目し、洞窟、始原の小屋、竪穴式、高床式、組積造、ドミノシステムに至る住居建築が円環状に並んでいる。
 「近接性の空間」(図4)もまた今回新たに制作された模型である。コロナ禍以降の人間関係における「近接性の再構築」という問題意識をもとに試作された社会空間モデルである。中央の空間は主人公X氏の部屋(自室や研究室)である。格子状の棚のように見えるのは、Zoom等の遠隔会議ツールの画面であり、これを利用してX氏は他者と交信している。右側に浮いているのは他者の空間群であり、その所在場所はバラバラであるが、情報システムを介して時空間が共有されている。一方で、左側に並んでいるのはX氏が属しているコミュニティである。学校や職場や家族などであり、これらは通常は「場所の空間」として一つの建物にまとまっていることが多い。このように物理的に隣接した「場所の空間」と、ネットワークによって結び付けられた「関係の空間」が共存しているのが現代社会の特徴である。つまり、人間どうしの近接性を「距離の近さ」と「つながりの強さ」の両面から考えることができる。これまで、学校やオフィスのような比較的大きな建築類型をベースに社会環境が構築されてきたが、それに加えて、より小さな個人レベルの空間の結びつき、すなわち空間類型の分散連携の可能性を考慮すべきであろう。なお、この模型は通常の建築模型とは異なり、複数の縮尺が共存している。空間の相互関係を表現した細密な模型は、モデラーの阿部貴日呼氏によって作られた。
 『空間動態 (Spatial Dynamics)』と題して、中央列つきあたりのスクリーンで小石川分館の紹介映像を上映している。小石川分館が耐震問題への対応のため長期休館する見通しとなり、西秋良宏館長から映像による記録/発信の提案があった。国の重要文化財である建物の状況を映像記録として残し、休館中で閲覧できない展示コンテンツを公開発信するために、3DVRの製作を行うことになった。完成した3DVRは当展のウェブサイトで公開されており、ユーザが自ら操作して建物内の空間を移動し、展示を観覧することができる(図5)。展示室のスクリーンでは、その操作をキャプチャした動画を上映している。撮影には赤外線3Dセンサを備えた全方位型の高解像度カメラが使われており、小石川分館の内外の多数の場所で撮影が行われた。池越しの移動、高所からの見渡し、小屋組の探索など、通常はアクセスできない場所での視点も含まれている。3DVRのコンテンツは3次元データ(メッシュ、点群、画像データ)を統合してクラウド上にアップロードしたURLからなる。センサで測距した3次元の空間情報が取得されており、建築や展示を空間的に記録するだけでなく、身体動作をともなって追体験できることが魅力的である。博物館における展示空間の新たな表現手段としての可能性を感じさせてくれる。3DVRを製作したのはARCHI HATCHの徳永雄太氏である。
 『空間標本 (Spatial Specimens)』のコーナーには空間の構成や形態を示すさまざまな模型が並んでいる。空間博物学の原点となったのは「空間標本」の収集の試みであった。空間標本とは、建築や都市から取り出された「空間の部分」のことである。建築一棟という括りだけでなく、より柔軟で細やかな空間の範囲を対象にすることができる。壁面に掲げられた格子状配置の模型群は、空間標本収集の最初の試みである。法政大学大学院の渡邉眞理先生のデザイン・スタジオ(2015年度)をお手伝いしたときの成果物である。課題では既存の都市・建築から7.5m立方の範囲をトリミングして空間標本を作ることが求められた。学生によって空間標本を抽出する着眼は多様であり、路地性、量塊性、対比性、親水性、光と影、物と空間などが意識された。テーブルの上には東京大学の模型制作ゼミのメンバーによる最新の空間標本が展示されている。さて、右側の長手壁面に沿って大型の空間標本の模型が並んでいる。大仏様の構造を伝える「浄土寺浄土堂」、渓流に張りだすように作られた「落水荘」、ビザンティンの大ドームの到達点を示す「ハギア・ソフィア」、歴史遺構の上に新たな建造物を重ねた「ヘドマルク博物館」、ゴシック的空間を鉄筋コンクリートで実現した「ル・ランシー教会堂」、対称性を追究したルネサンス期の邸宅「ヴィラ・ロトンダ」、先端的な素材と曲面造形をみせる「ビルバオ・グッゲンハイム美術館」、旧発電所を現代美術館に転生させた「テートモダン」である。
 『空間収集 (Spatial Collections)』のテーブルには東京大学の学生らが制作した建築模型が展示されている。模型制作ゼミのメンバーの多くは教養学部前期課程の授業「空間デザイン実習」の履修者有志である。彼らは模型化する建築を選定し、図面や写真等の資料を収集し、建築家の設計思想を調べ、組立方法や素材を検討し、建築模型として完成させる。このようなゼミの活動は、模型制作を通して建築への理解を深める学びのプロセスにもなっている。2008年以来制作されてきた建築模型は、第一群として近現代ミュージアム建築の模型、第二群として古代から現代に至るミュージアム以外の建物の模型がある。模型は手作りであり、スチレンボード等の面的素材を組み立てるか、またはスタイロフォーム等の塊系素材を切削して作る。このコーナーには、ダグラス邸、原広司自邸、河川管理人の家、スナイダーマン邸、アルテスムゼウム、グッゲンハイム美術館、カサミラなど35点が列品されている。
 『空間記録 (Spatial Documentation)』のテーブルには明治・大正期の本郷キャンパスの歴史的な校舎建築の模型が展示されている。1997年の東京大学創立120周年記念特別展示のときに、当館の西野嘉章元館長の指揮で制作された模型群である。このうち、旧東京医学校本館(現小石川分館)を除く建物は、1923年の関東大震災で崩壊し現存していない。これらの精巧な縮尺1/100の木製模型は、本部施設部に残された建築古図面をもとに、イタリアで最高の木工職人として知られた故ジョヴァンニ・サッキとその工房によって制作された。二つの建物を紹介する。最前面に置かれた東京帝国大学法科大学講義室は、東京帝国大学技師の山口孝吉の設計になるものである。この建物の8角形のアウトラインは、震災後に同じ場所に建てられた内田祥三による法文1号館の形に引き継がれている。旧東京医学校本館は1876年に創建され、1877年の東京大学創立とともに医学部の中核施設となった。1911年に赤門の脇に移築され、山口孝吉がその改修設計を行い、このときほぼ現在の姿ができあがった。1965年に本郷で解体され、1969年には理学系研究科附属植物園(小石川植物園)内の現在地へと移築されている。1970年に国の重要文化財に指定され、2001年11月から、東京大学総合研究博物館の小石川分館として一般公開されてきた。前述の通り、同館は耐震基礎診断の結果を受けて2021年1月より休館中である。
 『空間紀行 (Spatial Travelogue)』は世界各地の建築や都市の空間を訪ねるスライドショーである(図6)。ヨーロッパ、西アジア、北アフリカ、日本、北アメリカ、中国、インドで筆者が撮影した約1000枚の写真を投影している。地域・文化・用途による空間の多様性を体感するとともに、人間の空間に通底する共通の感覚も見いだせるかもしれない。スライドショーには展示室で模型化されている建築もいくつも登場する。小石川分館の常設展示でも上映されていたが、すべてのポジフィルムを高解像度でスキャンし直し、また新しいデジタル写真の一群も追加している。
 UMUT SPATIUMという展示副題の通り、総合研究博物館に空間の数々が展示された。ここで空間の多様性に向き合い、それぞれの空間の見かたを発見し、次なる空間の創出を思い描いていただければ幸いである。当展の実現にあたっては、文中で名前をあげた個人や組織のほかにも多数の方々にお世話になった。あらためて深く感謝を申しあげる。また小石川分館における博物館活動およびコンテンツ制作にあたって、総合研究博物館の鶴見英成助教(現・放送大学准教授)および永井慧彦特任研究員と常に共同作業をしてきたことを申し添える。

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図1 特別展示『空間博物学の新展開/UMUT SPATIUM』の会場風景.

図2 20世紀の建築(公共建築編)の模型.

図3 20世紀の建築(住宅建築編)の模型.

図4 近接性の空間(社会空間モデル)の模型.

図5 小石川分館の3DVR.

図6 空間紀行の写真.