東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime26Number1



マクロ先端研究発信活動
Hands off 11:標本に触れずに知る標本研究

久保 泰 (本館学振特別研究員/古生物学)
平山 廉 (早稲田大学国際教養学部教授/古生物学)

 東京大学総合研究博物館マクロ先端研究発信グループは、博物館資料からどのように先端研究が産み出されるのかを知ってもらうため、平成22年度より継続的にハンズオン・ギャラリーを実施してきた。第11回目となる今回も夏休み期間中に中高生向けの企画としての開催を予定していたが、コロナ禍の為に通常の形での開催は中止を余儀なくされた。
 代替の企画としてズームによる講義を企画した。しかし、標本に触れなければ、本企画の趣旨である標本に触れるハンズオン体験を行えない。そこで3Dプリンターで標本を作製し、事前に受講者に郵送した上で講義を行う事とした。また、オンラインの講義を行うのであれば、対面では不可能な事に挑戦したいと考え、化石発掘現場からの中継を企画した。早稲田大学の平山廉教授が行っている白亜紀後期(岩手県久慈市の玉川層)の脊椎動物化石の発掘に三月下旬に参加予定であったので、平山教授の了解を得た上で、発掘期間中の3月25日と3月26日に講義の日程を設定した。講義の内容は脊椎動物化石の発掘の紹介と鎧竜恐竜のジンユンペルタの顎運動および食性復元についてとした。
 講義用に送る3Dモデルは、ジンユンペルタに近縁な鎧竜のアンキロサウルスの頭骨の10分の1サイズの模型、そして摂食時の微小な傷(マイクロウェア)が残されたジンユンペルタの歯のすり減った面(咬耗面)と、すり減っていない面を500倍に拡大した模型、さらに比較用にジンユンペルタよりも硬い植物を食べていたと考えられるハドロサウルス類のエドモントサウルスの歯の咬耗面のマイクロウェアの500倍模型を作成した(図1)。アンキロサウルスの模型はWebページのMorphoSource (https://www.morphosource.org/) にあるCanadian Museum of Nature の標本番号CMN FV 8880 の3DモデルをアップロードしたDr. Mallonの許可を得た上で使用した。ジンユンペルタは浙江自然博物館で、エドモントサウルスは福井県立恐竜博物館で歯型を採取し、東京大学大学院新領域創成科学研究科久保研究室のレーザー顕微鏡(VK-9700)を用いた微小領域のスキャンにより3Dモデルを作成した。3Dモデルの造形には光造形方式の3Dプリンター(Phrozen Sonic XL)を使用した。レジンを材料に光造形を行う3Dプリンターは解像度が極めて高く、本機はXY方向の解像度が50?、Z方向は10?である。今回はZ方向のピッチを50?に設定して造形したがプリント時の積層による段差は全く視認できなかった。しかし、光造形の3Dプリンターではモデルを吊り下げながら造形する機構上、多くの場合は模型を支えるサポートを同時に造形し、造形完了後に取り外す必要がある。マイクロウェア模型は底面を張り付けて造形する事でサポートを不要とし極めて精巧なモデルを作成する事ができた。一方、アンキロサウルスの頭骨模型は重量も大きく、多くのサポートが必要であったためサポートを取り外した跡が凸凹として残ってしまった。
 講義は二時間強の長さで、前半は脊椎動物化石の発掘の解説を行い、後半は昨年度に進めていた鎧竜のジンユンペルタの歯化石に残された傷(マイクロウェア)から顎運動と食性を復元する研究について説明した。ジンユンペルタは私自身が2013年に発掘した恐竜であり、前半に岩手県久慈市における発掘の様子を紹介し、後半の話はジンユンペルタの発掘の様子から始める事で流れに一貫性を持たせた。久慈市における発掘調査は柔らかい地層からバラバラに遊離した小さな骨を発掘するスタイルであり(図2)、一方のジンユンペルタの発掘は大きな骨が含まれるブロックを切り出して石膏ジャケットを作成して発掘する(図3)という対照的な発掘手法であったため、双方を紹介する事で脊椎動物化石発掘の多様性も見せる事ができた。また、ジンユンペルタの研究は講義前にオープンアクセスのPLOS One誌に掲載されたため、オンラインの講義の特性を活かし、講義中に論文を見せながら研究の話を行う事ができた。
 中継を行う予定の発掘現場は久慈琥珀博物館の琥珀採集体験場近くの小川沿いである(図2)。現地にはおよそ9000万年前の久慈層群玉川層が露出しており、2010年から早稲田大学の平山廉教授が中心となって継続的に発掘を続けている。カメ類やワニ類、サメ類、恐竜等の脊椎動物の遊離した骨や歯が2千点以上産出している。現場からの中継のために2種類のポケットWiFi(Y!mobileおよびイモトのWiFi)を一か月レンタルした。講義は発掘を行っている現場の発掘用備品置き場で行った。そこから発掘現場に移動し中継をする予定であったが、残念ながら現場は電波の状況が悪く中継ができなかった。そのため二日目の26日は前日に現場で録画した動画を見せた。
 講義の参加者は25日は中学生約10名とジンユンペルタを発掘し筆頭著者として記載した浙江自然博物館の?文杰博士、26日は高校生1名であった。参加人数が少なかったのは残念であったが、3Dモデルの造形は失敗率も高く予想以上の時間がかかったため、結果として、参加人数が少なかったおかげでなんとか作成を間に合わせる事ができた。
 コロナ禍により大幅に内容を変更した今回のハンズオン企画であったが、新たな挑戦を行う事ができた。残念ながら発掘現場からの中継はできなかったが、受講者には現場の雰囲気を感じてもらえたのではないだろうか。久慈および中国浙江省での発掘(標本の収集)、ジンユンペルタの記載論文の紹介(ホロタイプの指定)、浙江自然博物館でのマイクロウェア観察用の歯型採取の様子(図4:標本の管理)、ジンユンペルタのマイクロウェア研究とその成果物である論文の紹介(標本の研究利用)を紹介する事で、標本研究の実際や標本の収集や管理を行う博物館の重要性についても伝える事ができたのではないかと感じている。マイクロウェアの3Dモデルを実際に作成する事で、その博物館展示における大きな可能性にも気づく事ができた。現在進めている研究では植物食恐竜のマイクロウェアが時代による植生の変化に応じて変化していく事が明らかとなりつつある。将来的には、是非この研究成果をマイクロウェアの拡大模型を用いて展示し、触って理解できる展示を行いたいと考えている。本企画は日本学術振興会補助金、ひらめき☆ときめきサイエンス(課題番号20HT0059)の補助をうけて行った。ここに記してお礼申し上げる。




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図1 本企画で利用した3Dプリントした模型. 左上:アンキロサウルス頭骨, 左下:アンキロサウルス下顎, 中央上:ジンユンペルタの非咬耗面のマイクロウェア, 中央下:ジンユンペルタの咬耗面のマイクロウェア, 右下:エドモントサウルスの咬耗面のマイクロウェア.

図2 岩手県久慈市における白亜紀玉川層の発掘現場の様子.

図3 中国浙江省でのジンユンペルタの発掘の様子. 作成した多数の石膏ジャケットが見える.


図4 浙江自然博物館での調査の様子. 竜脚類恐竜のマイクロウェア観察用の歯型を取っている.