東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime25Number2



インターメディアテク特別展示
『からだのかたち――東大医学解剖学掛図』開催にむけて

上野恵理子(本館インターメディアテク寄付研究部門/特任研究員)

  肉眼で、ある1つのモノを観察した時、モノに重なりあうものや、モノと背景との間に境界が生まれる。つまり、そのモノ自体の輪郭に実線は存在しないはずである。しかし、我々ヒトがあるモノを描こうとする時、肉眼では存在しないモノの輪郭を描くという行為が洞窟壁画の時代から見られる。これは、手の指でなぞり描くことからはじまるように、身体(からだ)の形状(かたち)につながる。  2017年秋より、本学医学部標本室・金子仁久氏による協力のもと、筆者は医学部の新出資料である医学解剖学掛図の調査研究を行ってきた。
 はじめに、「掛図」について触れておきたい。掛図とは板ガラス、映像フィルム、スライドから現代のデジタル画像へと至る以前に、明治の初めから教育の現場で使われてきた視覚教材のひとつである。教壇の壁や黒板、専用のスタンドなどに図や表を掛け吊るし、教師が指し棒で指しながら解説をする。実際に掛けて使われたことから「掛図」と呼ばれるようになったとされる。掛図には軸装のものと厚紙のものがある。掛図に示される絵図は、大学ではその種の作業を専門とする画工を専属として抱え制作していた。また、ヨーロッパから購入して掛図がある。手描きで制作される掛図の多くは、ヨーロッパの研究書や専門書から転写されたものである。残されている掛図のなかには創作物として美術的な視点で見ると質の高いものや、絵として興味深いものが見受けられる。掛図が講義で使われなくなり、およそ60年以上の時間を経て、大学では、どのように保存・活用していくかという問題に直面している。筆者の調査研究中で、岐阜大学・京都大学の両大学から、ほぼ同じタイミングで調査依頼をいただいたことがそれを強く物語っている。
 さて、このたび、東京大学総合研究博物館では、特別展示『からだのかたち――東大医学解剖学掛図』を開催する運びとなった(図1−3)。東京大学大学院医学系研究科・医学部二号館の一室に保管されてきた掛図は、解剖学に関わるものだけでも総数にして700点を超える。今回展示する掛図は、絵図が和紙や絹布でなく、洋紙に描かれている点が日本画の軸物と異なる。掛図には下書きのためのグリッド線が残されているものがある。元となった可能性のある図の例として、ドイツの解剖学者シュパルテホルツ著『人体解剖ハンドアトラス』(1913年刊行) が挙げられる。この掛図を制作する転写の方法として、手本にする解剖学書の図の上に等間隔でグリッドを引き、掛図の洋紙にも等間隔でグリッドを引く、そして、元図のグリッド線に交差する図のポイントを掛図の洋紙のグリッドに押さえていき、ポイントを繋いで全体の図を正確に転写していく、という描き方である。この拡大転写方法について、筆者は研究の中でどのくらい精度があるのか手本の元図と掛図の絵図を重ねてみたところ、位置については正確な転写であった。絵図の描写については、使用している筆記具や描き手のくせ(文字なども含め)などが絵図に表出している。ドイツの医学書の図を転写し、転写する描き手の描写が透けて見えてくることが美術史的・博物史的な絵図としての面白さを生み出している。
 人体解剖学の歴史は、アートとサイエンスの境界が曖昧であった時代に遡る。15世紀半ばになると、人の思考や感情は身体の形態に反映されるとする考え方がイタリアに誕生し、そのことを実証してみせるため人体解剖学の知識が必要となったといわれている。解剖学が身体を扱う医学校と、形態を扱う美学校の両方で学ばれるようになったのはそのためであろう。ブリュッセル生まれの解剖学者アンドレアス・ヴェサリウスが1543年に『人体の構造に関する七書』を出版し、近代解剖学の基礎を確立して以来、解剖図は医学・美術の身体模範図として19世紀後半に至るまで発展を続けてきた。
 国内では、1774(安永3)年に元はドイツの解剖書のオランダ語訳本である俗称『ターヘル・アナトミア』、この和訳本として杉田玄白らが出版した『解體新書』が、西洋の近代解剖学導入の嚆矢となった。人体を古典古代の理想美に仮託しつつ表現した洋風解剖図に対し、日本の画工の描く解剖図は、西洋の人体表現を再解釈しつつ転写することで、「日本的」と形容し得る表現にたどり着いた。
 いわゆるコンテンポラリー・アートはもとより、マンガやアニメーションなどの大衆文化においても、「日本的」な人体表現が国内外で大きな注目を集めている。この現象を解説する際に、日本画の特徴のひとつとされる「平面性」が引き合いに出されることがある。高畑勲が『十二世紀のアニメーション』(徳間書店)で述べている「線と色面による描法ついて」の内容が興味深い。<『源氏物語絵巻』や『伴大納言絵詞』の室内シーンは「作絵」という技法で描かれている。これは絵師がまず線で下描きを描き、色を指定する。助手がそれに従って濃い色彩をほどこす。そして絵師が改めて線を描きおこし、絵を完成させる。この「作絵」は、セル画によるアニメやアシスタントを使うマンガ家の技法によく似ている。また「彫塗り」という手法でも絵師は下描きを下に敷いて、一気に抑揚のある筆勢で描き、その線質を失わないよう色で埋めるが、『信貴山縁起絵巻』のように、淡彩風に色をかけるだけにとどめることが多い。もちろん部分的に「作絵」にするなどのこともあるようである。明治以降、風刺画を含め、陰影のある線の混み入った西洋画の影響、アールヌーボー以後、浮世絵などの日本絵画の影響、着色版画印刷技術が結びついて、欧米でも線と面の平明なスタイルが隆盛を迎える。マンガやアニメが日本で発達した要因のひとつとして、この「線と面」による絵という、いわば日本の伝統的思考への回帰現象が挙げられてよいはずである。>と高畑は述べている。これらの解釈において見逃されているのは、日本における近代解剖図による人体表現の存在である。ヨーロッパで制作された解剖図を日本において手描きの転写によって掛図の絵図にし残された「線と色面」という人体表現もまた、今日のマンガやアニメが日本で発達した要因を持ちあわせているのではないか。この問いが本展の要となる。
 連続企画「インターメディアテク博物誌シリーズ」の第七回となる本特別展示では、東京大学大学院医学系研究科・医学部所蔵の解剖学掛図を公開し、近代解剖図における人体の描画表現について再考する場として、一年を通して歴史的な手描きの掛図を約20点ずつ定期的に入れ替える。
 最後に、本展示の開催にあたりご協力を賜った、本学医学部標本室・金子仁久氏、本掛図の調査に関わってくださった方々に心から御礼を申し上げる。

■特別展示基本情報
名 称:インターメディアテク博物誌シリーズ(7) 特別展示『からだのかたち――東大医学解剖学掛図』
会 期:2021年3月6日から2022年3月末[Part1:2021年3月6日〜7月18日、
                     Part2:7月21日〜12月頃、Part3:12月頃〜2022年3月末]
時 間:11:00〜18:00(金・土は20:00まで開館)*時間は変更する場合があります
休館日:月曜日(月曜が祝日の場合は翌日休館)、年末年始、その他館が定める日
会 場:インターメディアテク3階「MODULE(モデュール)」
主 催:東京大学総合研究博物館
共 催:東京大学大学院医学系研究科・医学部標本室
入館料:無料
住 所:東京都千代田区丸の内2-7-2 KITTE 2・3階
アクセス:JR東京駅丸の内南口徒歩約1分、東京メトロ丸ノ内線東京駅地下道より直結、
     千代田線二重橋前駅(4番出口)より徒歩約2分
■特別展示に関する問い合わせ先
050-5541-8600
国外からは+81-47-316-2772(ハローダイヤル)



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特別展示『からだのかたち―東大医学解剖学掛図』会場風景
© インターメディアテク/空間・展示デザイン © UMUT works

図1 展示会場風景1.

図2 展示会場風景2.

図3 展示会場風景3.