東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
東京大学 The University of Tokyo
HOME ENGLISH SITE MAP
東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime25Number3



コレクション紹介
菱川コレクション:ニッポニテスを中心とする 異常巻アンモナイト

佐々木猛智(本館准教授/動物分類学・古生物学)

 アンモナイトはデボン紀に出現し、中生代末に絶滅した軟体動物門頭足綱に属する一群である。アンモナイトは全世界で1万種が存在すると言われており、かつて大繁栄した絶滅動物の代表例である。アンモナイトの多くは円盤状の平巻の殻を持っているが、白亜紀後期に通常の螺旋からは逸脱した形が進化した。そのようなアンモナイトは通常の形ではないという意味で「異常巻(heteromorph)アンモナイト」と呼ばれている。
 異常巻アンモナイトは、分類学的にはアンモナイト目のアカントセラス亜目に属しており、その中で特に顕著な異常巻の種はノストセラス科に見られる。異常巻アンモナイトの中で世界的に最も有名な種はニッポニテス ミラビリス(Nipponites mirabilis)で、北海道の蝦夷層群から産出する。この種は矢部長克博士が1904年に記載したもので、タイプ標本は本館が所蔵している。タイプ標本は1個体(ホロタイプ)しかなく、本館が誇る稀少標本のひとつになっている。
 ニッポニテスをはじめとする異常巻アンモナイトは完全な形の標本を得ることが難しく、産出個体数も極めて少なく入手が難しい。本館でもこれまでニッポニテスの標本は5個体しか所蔵していなかった。しかし、この度菱川法之博士からニッポニテスを含む異常巻アンモナイトの標本をご寄贈いただき、標本数を増やすことができた。菱川博士の本職は医師であるが、蝶類の研究家として著名であり、日本蝶類学会の会長としてご活躍である。
 菱川コレクションの異常巻アンモナイトは17個体あり、Nipponites mirabilis
(図1)が9個体、Nipponites occidentalis
が3個体、Nipponites sp.が3個体、Nostoceras hetonaienseが1個体、Ainoceras paucicostatumが1個体である。いずれも母岩を一部残した状態で完全にクリーニングされている。
 ニッポニテスは他のアンモナイトからあまりにもかけ離れた形態を持つことから古生物学者の興味を引いてきた。かつては巻貝のヘビガイ類との形の類似性から海底に接して生息するという学説があった。しかし、他のアンモナイト類やオウムガイ類に類似して内部に隔壁を持っており、現生のオウムガイ類に見られるような浮力調節機構を持っていたと推測される。また、最近のコンピュータシミュレーションを用いた研究ではニッポニテスが中性浮力を持つという結果が示されている。中性浮力とは生物体の質量が、生物体と同体積の水と同じ質量を持つ状態であり、水中に浮かんだまま静止できることを意味する。現生のオウムガイでは漏斗から水を噴射して反動で移動することができ、漏斗の向きを変えることで移動方向を調節できる。従って、ニッポニテスも同様に漏斗の向きを変えることで遊泳方向を柔軟に調整できた可能性が考えられる。
 ニッポニテスがなぜ奇妙な形を進化させたかという点は謎である。ニッポニテスは成長初期の殻は平巻に近く、ある時点から突然U字状の蛇行を繰り返すように成長する。殻の形は流線型からはかけ離れており、俊敏な動きは難しいはずである。魚類などの遊泳能力の高い動物を補食することは困難であると考えられるため、プランクトンを餌にしていたとする説が提唱されている。
 ニッポニテスにはまだ分かっていない疑問が多数存在しているが、研究可能な標本の個体数が少ないことが研究の妨げになっており、標本の蓄積が重要である。貴重な標本を寄贈して下さった菱川博士に厚く御礼申し上げる。


ウロボロスVolume25 Number3のトップページへ


図1 Nipponites mirabilis. 白亜紀チューロニアン期. A. 北海道中川町. B-C. 北海道夕張市大夕張.