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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime20Number3



海外モバイルミュージアム
フィリピン「Mobile Museum Boxes Project 2015 -16」

寺田鮎美(本館インターメディアテク寄付研究部門特任助教/文化政策、博物館論)
佐々木猛智(本館准教授/動物分類学・古生物学)

 「Mobile Museum Boxes Project2015-16」は、2014年度トヨタ財団の研究助成を受け、日本とフィリピンの研究者が取り組んでいる国際協働研究プロジェクトである。
 フィリピンは7千以上の島々から国が形成されており、二つの公用語(フィリピノ語及び英語)の他に80前後の地域言語があると言われる。島の数や言語の数が象徴しているように、自然と文化の多様性はフィリピンの大きな特徴である。しかし、近年の急速な経済発展により、首都マニラは世界的にも有数のメガシティとなっている一方で、マニラ首都圏とその他の地方では様々な社会格差が生じている。教育インフラの地域間格差も例外ではない。  本プロジェクトは、東京大学総合研究博物館が2006年以来国内外で展開してきた「モバイルミュージアム」のコンセプトを出発点とし、フィリピンにおける教育機会の地域間不均衡の解消と地方固有の自然・文化遺産の継承者育成に対し、ミュージアムがどのように貢献できるのか、その活用可能性を実践的に探究するという研究課題を設定した。
 モバイルミュージアム・ボックスとは、箱の中に展示コンテンツを搭載し、ミュージアム空間内だけでなくどこにでも出かけていき、展示を人々に見せることができる機動性を特徴とする。その特徴を活かし、地方に住む人々、特に若い世代に対し、ミュージアムが提供しうる、モノを通じた教育機会を提供することを狙いとした。また、地方固有の自然や文化遺産を展示内容に取り上げることで、それらについて自らの言葉で語ることのできる次世代の継承者育成に寄与することを目指した。  さらに、本プロジェクトでは、展示キットの最小単位及び形態を「箱」としたことにより、蓋を開けるだけで、展示がそこにできあがるという、展示セッティングの簡便化を試みた。また、箱の数や種類を組み替えることで、何通りもの展示ヴァリエーションが可能となることを想定した。
 箱のデザイン上の工夫としては、黄金比に基づく寸法を全ての箱に共通とし、複数の箱を組み合わせ、時に組み替えて展示をする場合にも統一性を担保できるように設計した。一方で、一部の箱の蓋部分に垂直方向に延長可能な折りたたみ式ボードを装着し、展示構成に変化を生むことができるようにした。
 今回のプロジェクトでは、フィリピン諸島の南端に位置するミンダナオを対象とした。ミンダナオ島は、マニラがある国内北部のルソン島に続き、二番目に大きな面積を有する。この島を中心に周辺の各島から形成されるミンダナオ地域では、国内で最も文化的多様性に富むと言われるほど様々な民族文化が見られるとともに、固有の動植物が数多く生息している。そこで、「The Diversity ofNatural History in Mindanao(ミンダナオの自然誌の多様性)」を展示テーマに取り上げ、10個のモバイルミュージアム・ボックスを制作し、ミンダナオの大学生に向けて展示公開を行うものとした(図1)。
 展示カテゴリーはミンダナオの陸生植物、陸生動物、水生動物に地質学を加え、各箱に個別のトピックを割り当てた。陸生植物では、世界で2番目に大きな花として知られるラフレシアと嚢状葉植物(ピッチャープラント)をミンダナオの植物相を代表するものとして選んだ。実際のかたちや色を模型で伝えるとともに、ピッチャープラントの箱では実物の乾燥標本を組み合わせ、蓋から立ち上がる延長板に展示して見せた。陸生動物では、イリエワニの頭部骨格やミンダナオサイチョウの剥製を展示したほか、ミン ダナオで見られる鳥類の多様性を表すために、羽と足の部分のみの標本を収めた箱を制作した。水生動物では、ミンダナオ最大の湖であるラナオ湖に生息する魚類を模型で示した。地質学では、フィリピン最高峰の火山であるアポ山とその周辺山地を上空から眺める模型、ミンダナオ産の岩石や鉱物に加え、実物の岩石や鉱物サンプルを用いてミンダナオの地質分布地図を作り上げた。
 今回制作した箱のなかで、東大のモバイルミュージアムの基本コンセプトにある既存コレクションの利活用という観点において、注目すべき箱がある。それは、フィリピンで収集された貝類コレクションである(図2)。この標本は佐々木が個人的に収集したものの他に、故川口四郎博士から寄贈を受けた標本を含む。川口博士は1980年代にサンゴ礁に生息し褐虫藻を共生させる二枚貝類(シャコガイ類、ザルガイ科)を研究したことで知られる。日本の研究者によって集められた研究用標本が原産地のフィリピンで展示に活用され紹介されたことは意義深い。
 モバイルミュージアム・ボックスの展示公開は、2015年12月9日から22日にマニラの国立博物館でお披露目を行った後、2016年の1月18日から29日にミンダナオ国立大学イリガン校(イリガン市)、2月2日から6日にセイヴィアー大学(カガヤンデオロ市)とミンダナオ島の2箇所を巡回した。場所は両校ともに、理科系学部の建物1階のロビー空間を利用することができ、学生たちが日常的に行き交うロビーという非ミュージアム空間をまさに一時的なミュージアムに変容させることができた(図3)。わざわざ展示を見に訪れた学生ももちろんいたが、多くの場合は通りかかった学生が足を止め、熱心に箱の中の展示物を見ていた。その熱心さの表れとは、群がるようにスマートフォンでたくさんの写真を撮る姿に顕著であり、展示を見ながら友人やガイド役を担ってくれた学生スタッフと会話を交わす姿も見られた。
 今回のプロジェクトでは、ミンダナオという地域を対象に自然遺産に着目した10個のモバイルミュージアム・ボックスを制作したが、モバイルミュージアム・ボックスのアイディアは、このイニシャルキットだけに留まるものではない。将来的には、文化遺産をテーマにした箱を追加で作ることができるかもしれない。また、別の地域ではその土地の自然・文化遺産をテーマにした箱を作ることもできるだろう。このように、モバイルミュージアム・ボックスは、各地を移動していくことで、その数と内容のヴァリエーションを増やしていくことが可能である。実際に、展示を見た教員や学生から既にさまざまなアイディアが寄せられており、このコンセプトに理解と共感を示してくれたものとありがたく、そして心強く感じている。
 このようにネットワーク型のミュージアムが箱を最小単位として展開していくこと、これがモバイルミュージアム・ボックスの将来像である。残りのプロジェクト期間では、コンセプトに賛同した人々が誰でも参画することができ、その人々の手によって発展させていく方向づけを示すために、マニュアル機能を果たす展示カタログの編集を行う予定である。
 また、プロジェクト終了後は、ミンダナオ国立大学イリガン校に今回制作した10箱の展示キットを寄託し、ミンダナオ地域の大学や高校へのアウトリーチに活用していただく予定となっている。同大学での展示期間中には、同校付属高校、イリガン市立高校、ミンダナオ国立大学マラウィ校等、近隣の学生がグループ単位で見学に多数訪れたほか、教育関係者からは展示開催希望が寄せられたと聞いている。このマネージメントをいかに行うかは今後の大きな課題であるが、これからもモバイルミュージアム・ボックスが若い世代を中心とした人々に新たな知識や体験を与え、人々の好奇心を刺激し、彼らの創造的活動の一助となるよう願っている。
 最後に、本プロジェクトは、共同研究者であるフィリピン国立博物館のルイシト・エヴァンゲリスタ氏、ミンダナオ国立大学イリガン校のエメリト・バターラ氏、東京大学大学院人文社会系研究科の松田陽氏をはじめ、本プロジェクトの趣旨に賛同いただいた多くの方々との協働により実現した。展示テーマやトピックの選定にあたっては、ミンダナオ国立大学イリガン校の教員を中心に、フィリピンで大学生の教育現場に携わる方々に事前調査にご協力いただき、貴重なご意見を賜った。また、展示の開発・制作には、当館やフィリピン国立博物館の各専門家に参画していただいた。関係各位に対し、ここに心より感謝申し上げたい。

Mobile Museum Boxesホームページ


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図1 ミンダナオ国立大学イリガン校理数学部ロビーでの展示風景.


図2 東大コレクションより寄贈された貝類標本の箱.


図3 セイヴィアー大学科学センターロビーでの展示
風景.