東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
東京大学 The University of Tokyo
HOME ENGLISH SITE MAP
東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime20Number2



復興支援
大槌文化ハウスでの2年間の活動

松本文夫(本館特任教授/建築学)

 岩手県上閉伊郡大槌町の「大槌文化ハウス」がオープンしてから2年が経過した。同施設は、大槌町の協力のもと、東京大学総合研究博物館が企画立案を行い、民間企業の協賛を得て大槌町中央公民館内に設営し、2013年9月9日から供用を開始している(設営に至る経緯は本誌Volume18/Number2に掲載)。地域文化の復興創成のために、大槌町と東京大学が連携協力を行う拠点として活用されてきた。本稿では、施設オープン後に実施された「東大教室@大槌」を中心とする支援活動の内容と経緯を報告する。

文化支援という方向性
 震災復興の事業ではインフラや住宅地などハードの整備が先行するが、中長期的な視点から見れば文化の再生もまた欠かせない要素である。大槌文化ハウスの計画の初期段階において、当館の西野嘉章館長より「文化支援」という活動の方向性が提示された。被災地における文化の復興に大学博物館がどのように寄与できるか。大槌における活動を開始するにあたり、その目標として人間連携、資源共有、空間創出という3つのテーマを想定した。「人間連携」はコミュニティの再生に関わる目標であり、人と人のつながりの機会を提供し、地域の再生を側面から支援する。「資源共有」はコンテンツの保全に関わる目標であり、既存の自然資源や文化資源の情報を共有し、新たな地域資源の発見・評価・創出に結びつける。「空間創出」はスペース(領域や場所)の創造に関わる目標であり、将来のまちづくりのイメージを検討し、連携拠点としての文化空間を構想する。
 大槌文化ハウスの完成により、これら3つのテーマが現実化する端緒が生み出された。すなわち、町内外の人々が集い交流する場所がつくられ、地域資源と学術研究を結びつける契機がうまれ、まちづくりや生活空間を話し合うことが可能になった。このことから、総合研究博物館による文化支援の中軸として、大槌町民のための社会教育プログラムを継続的に実催することにし、これを「東大教室@大槌」と名づけた。約1.5ヶ月に1回のペースで東京大学の研究者2名が大槌に行き、それぞれの専門分野に関わる2つの「教室」を開催する。これまでに15回の実施機会があり、のべ30の教室が開かれた(表1)。可能な範囲で大槌や三陸や東北に関わる事象にも触れ、町民の方々が地域の自然資源や文化資源を再評価・再発見すること、また研究者がここで新しい研究を展開させることが期待されている。総合研究博物館の研究者が中心となって講師を担当してきたが、2015年6月からは大槌にある大気海洋研究所国際沿岸海洋研究センターの研究者にもご参加を頂いている。

東大教室@大槌
 以下に東大教室@大槌の各回の内容について講義概要をもとに振り返る。特記なき限り講師の所属は総合研究博物館であり、また所属および職位は実施当時のものである。「空間の教室」については別項にまとめて記述する。
 「古生物の教室――北上山地の生い立ちを探る」(椎野勇太特任助教)では、およそ2億5千万年前の岩手県の地史について解説があった。大きな環境変動と大量絶滅が起きたペルム紀における岩手県を含む北上山地の生い立ちと、そこに生きていた生命の姿が多面的に紹介された。
 「魚の教室――耳石から読み解く魚の生態」(黒木真理特任研究員)では、三陸大槌に生息する魚の耳石の観察を通して、その硬組織の構造や微量元素からわかる魚の生態について解説があった。また、鵜住居川でとれたアユを解剖して受講者が耳石を取り出す作業を体験した(図1)。
 「鳥の教室――砂礫と植生の鳥類学」(松原始特任助教)では、大槌にも存在する河川敷の鳥類相について解説があった。河川敷は定期的な出水によって攪乱を受けて地形や植生が変化しているが、鳥類はそのような環境を利用して営巣や採餌を行っていることが紹介された。
 「考古学の教室――日本列島にやってきた人類」(佐野勝宏特任助教)では、アフリカで誕生した人類がユーラシア大陸を横断しておよそ3万8千年前頃に日本列島に到達したことが説明された。岩手県をはじめ日本列島で出土した石器から、当時の人類の生活について学んだ。
 「骨の教室――イルカが辿った進化の歴史」(小薮大輔特任助教)では、大槌と関わりの深いクジラ類の起源と進化について解説があった。ヒゲで餌を集めるヒゲクジラ類とメロンで音波探査をするハクジラ類があり、近年のDNA研究でクジラ類はカバに近いことがわかった(図2)。
 「植物の教室――海辺植物の進化と多様性」(燻R浩司特任助教)では、三陸海岸や世界の海浜植物を例にその繁殖戦略や分布域の変遷について説明があった。海浜植物は乾燥や日差しに強く、塩に強く、攪乱にも強く、種子が海でも散布されるという特徴をもつことが紹介された。
 「昆虫の教室――チョウが教える環境変化」(矢後勝也助教)では、地球温暖化、人為的攪乱、環境破壊、薬剤散布、外来生物の影響で生物の世界が変化している実態が説明された。チョウを例として未来を予測するとともに、絶滅が危惧される種の保全についても話があった(図3)。
 「解剖の教室――死体から進化の歴史を読み取る」(遠藤秀紀教授)では、死体を身体の歴史を隠しもつ「知の源泉」ととらえ、そこから動物の進化の謎に迫る遺体科学の研究が紹介された。動物の死体を集め、それを切り、中を覗き込み、指先で形を精査しながら探っていく。
 「遺跡の教室――神殿と村と道のアンデス古代史」(鶴見英成助教)では、多様な自然環境が凝縮された南米ペルーを舞台に、アンデスの古代遺跡がその場所に存在した理由が明らかにされた。神殿遺跡の発掘や古代道の踏査を通じて、土地利用や人/物資移動の背景が説明された。
 「古地図の教室――地図に込められた地域表現への思い」(森洋久・国際日本文化研究センター准教授)では、地図を描くことに対する作者の思惑や思い入れが説明された。江戸時代から現代にかけてのさまざまな絵図や古地図を題材に、地図表現のバリエーションが紹介された。
 「太陽系の教室――惑星や小惑星の探査と太陽系博物学」(宮本英昭准教授)では、無人探査機による太陽系探査の最前線が紹介された。NASAの火星探査機および「はやぶさ」や「はやぶさ2」で見出せるものを学び、また宇宙ミュージアムTeNQを映像で結んで訪問した(図4)。
 「貝の教室――大槌の豊かな海」(佐々木猛智准教授)では、大槌の貝類の多様性と水産有用資源について解説があった。 大槌は東京大学による貝類調査の拠点として重要であり、研究船「新青丸」による震災後の調査成果が総合研究博物館に蓄積されていることが報告された。
 「海の教室1――震災後の大槌湾の生き物たち」(河村知彦・大気海洋研究所国際沿岸海洋研究センターセンター長・教授)では、赤浜の東大こと海洋研の概要と研究内容が紹介された。また震災の津波で攪乱を受けた大槌の海の生態系やそこに棲む生物の現状が説明された。
 「<伝えること>の教室――展示というコミュニケーションメディア その特性と力」(洪恒夫客員教授)では、展示とその伝える力について事例をもとに紹介された。表現手法を複合させ、情報を効果的に伝達するコミュニケーションメディアとしての展示の可能性が明かされた。
 「海の教室2――海洋生物資源の保全と利用」(青山潤・大気海洋研究所国際沿岸海洋研究センター教授)では、魚類資源を例に、海洋生物資源の利用と保全のあり方について説明があった。最近の研究により大槌湾のコウナゴに、新種が含まれていることが判明したという。

空間の教室
 「東大教室@大槌」の実施の際は1回に2名の研究者が大槌に行くと述べたが、そのうちの1名は筆者である。教室の記録/立会いのために毎回参加することにし、筆者自身は「空間の教室」を継続して実施してきた。これまでの全体の流れとしては、序盤においては建築・都市の歴史や事例を紹介し、中盤では大槌のまちづくりに引き寄せてさまざまなアイディアを話し合い、最近では毎回のテーマを決めて議論を深めるようにしている。以下に現在までの進行概要を示す。
 「空間の教室」の第1回では、まちづくりの導入として世界各地の都市の事例を紹介し、大槌町と同一縮尺の俯瞰図を示すことでスケールを比較できるようにした。第2回では、建築の歴史を紹介し、古典様式に回帰しつつ前進する西洋と、外来様式を移入しつつ洗練させる日本のダイナミズムを伝えた。第3回では、都市の歴史を紹介し、古代から近代に至る都市の計画理念および震災復興や戦災復興の事例までを概観した。第4回では、教室参加者にヒアリングを行い、大槌の将来像、大槌に残したいもの/新たにつくりたいもの、市街地と海の関係、自然資源の保全などについて皆で意見交換を行った。第5回では、津波防災の計画方針について東北地方の沿岸地域の状況を概観した。第6回では、「ミライ図を描く」と題して大槌の将来像を地図として表現する実習を行い、参加者各人が発表して意見交換を行った(図5)。第7回では、前回の未来の地図を総合化して1枚にまとめた「まちづくりアイディアかさねマップ」(図6)を作成して議論を重ねた。第8回では、湧水やイトヨに代表される大槌の「地域資源」を参加者が洗い出し、その保全や活用について話し合った。第9回では、「持続可能」な都市をテーマに、将来世代のニーズを損なわない開発のあり方について大槌を題材に議論した。第10回では、「環境共生」をテーマに自然環境と社会環境の両立について大槌を対象に議論した。第11回では、「コミュニティの再生」をテーマに、震災で分断されたコミュニティの再構築について東京大学の学生を入れてグループで議論し発表した。その次は番外編「映像の教室」とし、古今の映画の名場面を通して、時間と空間を記録表現するメディアとしての映像の可能性に迫った。第12回では、「住むことのデザイン」をテーマに個人住宅の歴史と事例を学び、続いて自分の住まいをデザインする実習を行った。第13回では、「住むことのデザイン」の2回目として集合住宅の歴史と事例を概観し、集まって住むことの今後の可能性と課題について考えた。第14回では、「まちなみのデザイン」をテーマに生活圏の景観事例から特徴を探り、新しいまちなみのデザインの可能性を考えた。

ハンズオン、映像交信
 2014年10月4日(土)に「先端科学でふれあうハンズオン・ギャラリー@大槌」が開催された。マクロ先端研究発信グループによって実施されてきた学術研究を体感するイベントで、2014年度は東京大学の研究者9名が参加して大槌文化ハウス/大槌町中央公民館で開催された(詳細は本誌Volume19/Number3に掲載)。大槌文化ハウス内にはブータン国王陛下から贈呈されたブータンシボリアゲハの標本が展示され、多くの来訪者の関心を集めた。東日本大震災の被災地で初めての公開となり、国王陛下の被災者への想いを現地に伝える貴重な機会となった。
 大槌と遠隔地を映像でつないでコミュニケーションを行う機器が2014年夏に大槌文化ハウスに導入された。その映像交信実験がこのハンズオン・ギャラリーの際に実施された。大槌文化ハウスに協賛頂いているバークレイズ・グループのシンガポール支社が交信相手となり、先方は日本人駐在員とそのご家族が対応して下さった。大槌側にはハンズオンの研究者9名が揃い、各人の研究内容を説明するなどして交流した(図7)。

参加動向と活動評価
 文化支援の活動に対する現地での参加動向および活動に対する評価についてまとめておきたい。東大教室@大槌のこれまでの参加者数(申し込んで受講した人数)は232人、同席している町職員らを加えると、1つの教室に平均10人が参加していることになる。年配の熱心なリピーターの方々のほかに、若い方や新しい方も徐々に増えてきている。それでも参加人数が多いとはいえない。長らく大槌文化ハウスの運営に携わってきた大槌町の佐々木健氏(現町議会事務局長)はしかし、「人数の問題ではなく、貴重な機会に人が集まり継続していることが重要」と指摘されている。実際、参加者の皆さんの学習意欲は旺盛で、毎回の質疑応答では活発な情報交換が行われている。
 大槌町教育委員会生涯学習課は、教室終了時に参加者にアンケートを実施している。各回の教室に対する満足度を5段階で評価して頂いているが、全183の回答を集計すると、満足139(76%)、やや満足28(15%)、普通16(9%)、やや不満足0、不満足0、という結果であった。
 東大教室@大槌の企画全体に対する意見や感想も求めているが、全般に高い評価を頂いている。他所では得られない貴重な機会である、知らなかった新しい分野を学べる、身近なテーマについての知識を深められる、といった意見があり、多くの方が教室の継続を望んでいる。
 以下に教室に対する参加者のコメントの一部を掲載する。「一方通行の会ではなく、互いに質問→解答を出して頂きながらの進め方で時間が過ぎるのを忘れた(魚の教室)」「非常に体系的に建築の歴史・情報を知ることができて面白かった(空間の教室2)」「自分も野鳥の観察が好きで、いちいち納得し、自分の体験・五識とほぼ一致した(鳥の教室)」「自分自身のルーツに興味を持っており、人類の起源から現代に至る大きな流れを感じた(考古学の教室)」「実際目にできない骨を見たり触ったりできた。新しい水かき、手の部分は油がいまだににじみ出ているのには驚いた(骨の教室)」「貴重な物を見ることができ、説明も充分。根浜、岩泉、宮古等身近なものであった(昆虫の教室)」「生命の大切さを、生の肉体を見て改めて感じた(解剖の教室)」「全く新しい文明の発達のプロセス等が理解できた(遺跡の教室)」「地図に多くの人々の思いや思想、宗教観が含まれていることが新鮮に感じられた(古地図の教室)」「科学者の方がどのような事項に注視しているのか、会話を通して科学者のいきづかいがよくわかった(太陽系の教室)」「ホタテに無数の目があるのに驚いた。大槌の海の豊かさを大事にしたいと思った(貝の教室)」「今すぐ映画を見たくなるほどの映画の分類や表現の詳しい講義で、とても興味深く楽しかった(映像の教室)」「震災前と後の海底の様子がよくわかった。ウニやアワビの生態など知らない事が多いと感じた(海の教室1)」。

今後の展望
 東日本大震災の発生から4年半が経過した。大槌町の状況は震災直後から大きく変わりつつある。中心市街地に盛土が大量に運び込まれ、巨大防潮堤の建設も始まっている。一方で町の人口の3割弱にあたる約3400人の方々は現在も仮設住宅で生活されている。新しい町の具体的な姿はまだ見えておらず、住民の今後の居所が確定しないケースも多い。このような状況下でいかなる文化の復興が可能だろうか。かつての日常生活の中にあった人・モノ・場所の相互関係は震災によって大きく分断された。これから期待される日常性の回復とは、元通りに戻ることではなく、地域社会の新たな構築という側面をともなう。それは再び「つながり」を築くことであろう。
 先に文化支援の目標としてあげた人間連携、資源共有、空間創出というテーマは、人・モノ・場所のつながりを築くことに関係してくる。それは地域の伝統をもとに日常生活をリデザインすることであり、自然資源と文化資源を生かした環境共生型の社会理念を立てることである。このことは震災復興に留まらず、社会全体に求められる根本的な転換を先取りする形で現実化されようとしている。大学は学術知を総動員して、その先行的な研究に取り組むべきなのかもしれない。大槌文化ハウスで実践されてきた「東大教室@大槌」の多様なアウトプットを貫く中枢があるとすれば、そのような新たな学術知の創出による文化的な貢献ではないだろうか。
 現実問題としては、このプロジェクトが今後どのような行方をたどるかは見えていない。状況が許す限り、時間をかけて地域に付き添い、つながりの種を少しずつ増やしていくことになるだろう。

 最後に、大槌文化ハウスを運営管理して下さっている大槌町教育委員会生涯学習課にあらためて御礼を申し上げる。また、同施設の設営から運営に至まで一貫してご支援を頂いているバークレイズ・グループおよび新日鉄興和不動産株式会社に深く感謝を申し上げる。

ウロボロスVolume20 Number2のトップページへ



表1 大槌文化ハウスで実施された「東大教室@大槌」
の一覧(2013年10月-2015年10月)クリックで拡大


図1 魚の教室.アユの耳石を取り出して観察した.


図2 骨の教室.大槌と関わりが深いクジラ類
について学んだ.



図3 昆虫の教室.外来種や東北絶滅種などチョウ
に関する説明があった.



図4 太陽系の教室.宇宙ミュージアムTeNQとの間
を映像で結んだ.



図5 空間の教室6.大槌町の将来像を各人
が図で表現した.



図6 まちづくりアイディアかさねマップ.
「 空間の教室6」における参加者のアイディアを
重ねて表現した地図(部分).


図7 海外との映像交信.
ハンズオン・ギャラリー@大槌の研究者がシンガポール
と交信した.テーブルの上にはブータンシボリアゲハ
が展示されている.