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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime20Number1



研究紹介 
祝! ハナミズキ来日100周年

池田 博(本館准教授/植物分類学)
山口 正(東京大学大学院理学系研究科附属 植物園主任/植物育種学)

 ハナミズキ(別名アメリカヤマボウシ Cornus florida L.)は、アメリカ原産の小高木で、4月から5月にかけて、日本中の公園や街路樹・庭先などで赤や白、ピンク色の愛らしい花をつけているのが見られる(図1)。
 ハナミズキが日本に導入されたのは、今からちょうど100年前の1915年(大正4年)のことで、当時東京市長の尾崎行雄がアメリカ・ワシントンD.C. に桜の苗3000本を送ったことに対するお礼として送られたものとされる。その時にはハナミズキの苗40本が東京市に送られ、日比谷公園や新宿御苑など各地に植栽され、小石川植物園(現在の東京大学大学院理学系研究科附属植物園)にも数本が植えられた。
 小石川植物園でどのように栽培されていたか、詳しい資料は残されていないが、1923年(大正12年)発行の「東京帝國大學理學部附屬植物園案内」には、「・・・大正二年此地ニ山草ノ岩石地栽培ヲ企テタルニ始マリ、・・・山地植物栽培地ノ周園ニハ、たうやまぼうし あめりかやまぼうし しろやまもも ・・・多岐ノ外国産ノ樹木ヲ蒐メタリ。」とあることから、現在の山地植物栽培場(ロックガーデン)のあたりに植えられていたと考えられる(山口 2014)。1980年代まではそこに大きなハナミズキの株があったが、1990年代の雪害により太い幹が裂け、そこから入った腐朽菌で枯れ、切り株だけが残された。この株は1915年にアメリカから送られた株のひとつであろうと考えられたことから、ハナミズキを導入した尾崎行雄に敬意を表し、憲政記念館(旧 尾崎行雄記念館)に掘り起こした切り株が展示されている(図2)。
 東京大学植物標本室(TI)には約170万点の標本が収蔵されている。日本をはじめ、世界中の植物標本を収蔵する、日本で最大の植物標本室である。収蔵されている標本は、野生のものはもとより、園芸や農業で使われる種類の標本も数多い。小石川植物園は、江戸時代に設けられた小石川療養所を起源とし、小石川薬園を経て、1877年(明治10年)以降は東京大学附属の植物園となっている。東京大学開学当時は、近代的植物学を導入し、日本にどのような植物が生育しているのかを明らかにするため、国内外の植物を小石川植物園で栽培し観察していたと考えられる。そのような植物は、生きたまま研究に供されるとともに、押し葉標本として標本室に収蔵された。1877年から1900年あたりにかけて採集された標本を調べてみると、単に「小石川植物園」または "Koishikawa Botanical Garden" とだけラベルに書いてある標本が多数見つかる。
 1915年に小石川植物園に導入されたハナミズキに関する標本がないかと調べてみたところ、果たしてそれらしき標本が見つかった(図3上)。標本のラベルには、「Cynoxylon florida, Rafinesque. アメリカヤマバウシ Cult. in Koishikawa Botanic Garden May 7, 1917. T. Nakai」とあり、1917年(大正6年)5月7日に当時東京帝国大学講師(後に小石川植物園園長)であった中井猛之進が採集したことが記されている(図3下)。枝先に花(花序)を2つつけた標本であり、間違いなくハナミズキであった。1915年に苗が送られたわずか2年後のことなので、植栽後初めて花を付けたものではないかと考えられる。つまり、もしかしたらこの標本は日本で最初に咲いたハナミズキの花なのかも知れない。生物は寿命が来れば死ぬ。ハナミズキも、1915年に導入された40本の苗木のうち、現存しているのは都立園芸高校にある1本だけのようである(図1・4)。過去に存在したことを確実に証明するのは標本である。この標本も、実際にハナミズキが小石川植物園に植えられ、花を咲かせたことを証明する確実な証拠となる。「虎は死して皮を残す ハナミズキは死して標本を残す」といったところであろうか。
 日本からワシントンD.C. に送られた桜はポトマック川河畔に植えられ、現在では毎年3月中旬には「全米桜祭り」が盛大に開催されるという。アメリカからやって来たハナミズキは今や日本全国に広まり、いたるところで人の目を楽しませてくれる。桜とハナミズキは100年にわたる日米両国の友好の証しとなっているのである。ハナミズキの花言葉は「私の想いを受けてください」。一青窈(ひととよう)が歌う「ハナミズキ」にあるように、ハナミズキはこれからの百年も、平和を願う人に愛され続けるだろう。

 都立園芸高等学校校長 徳田安伸、東園同窓会会長 宗村秀夫、同副会長伊藤祐三の諸氏には校内のハナミズキを見せて頂き、貴重なお話を伺いました。また衆議院憲政記念館には、保存されている切り株の撮影許可を頂きました。厚くお礼申し上げます。

参考文献
山口 正 2014. 東大植物園に贈られたアメリカヤマボウシ栽培記録報告.東京大学大学院理学系研究科・理学部技術部報告集2014年度生命科学系植物育成部門: 53-55.

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図1 ハナミズキの花(2015年4月20日、
東京都立園芸高校にて)

図2 衆議院憲政記念館に残る小石川植物園で枯死した
ハナミズキの切り株.


図3 本館所蔵、1917年5月7日に小石川植物園で採集され
たハナミズキの標本(上)とそのラベル(下).

図4 東京都立園芸高校に植栽されているハナミズキ.