東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime17Number3



保存
標本の保存と再生

菊池敏正  (本館インターメディアテク寄付研究部門特任助教/文化財保存学)

 文化財保存修復の分野では、様々な修復、復元プロジェクトが進められてきた。現在も、国内の文化財については大切に保存され、長い歴史の中で確立された伝統的な技術を基軸に修復されている。近年では、天然材料に対する自然科学分析も導入し、伝統的修復技術と融合が進められ、文化財を取り巻く環境を充実させている。それらの文化財に対して、学術標本は近代日本における学術研究の蓄積であり、且つ最も幅広い分野を網羅するコレクションでありながら、その圧倒的な数に注目が集まり、標本を支える台座や、模型標本の構造に着眼点がおかれる機会が少なかった。大学博物館所蔵の模型標本の中には、江戸末期から明治期にかけて日本の伝統的な技法を応用し制作された標本が多く残されている。また、様々な標本を設置する台座等にも伝統的な材料構造的特徴が見受けられるものがある。
 インターメディアテクでの展示に伴い、それらの標本を長期的に展示活用できるよう古典的な様式を継承しつつ、新たな台座の制作を進めている。これは、台座等の支持体を安定させる事により、間接的ではあるが標本の保存を助けることにも繋がる。古い学術標本を収納する箱や台座には、日本彫刻史において重要な材料であった漆が用いられている場合が多い。平安時代後期以降、寄木造による造像が主流になりつつも、長期にわたり彫刻制作において漆は必要不可欠な素材であった。漆文化は後に、漆工芸として江戸時代に繁栄を極めることになるが、現代では国内で使用される漆の90%を中国からの輸入に頼る状況である。国産漆の減少は、石油系人工樹脂による便利で安価な製品の台頭が最も大きな要因として挙げられるが、そのような背景の中、古い学術標本の台座が漆により丁寧に制作されていることは、当時の標本の貴重さを強く感じさせるものでもある。
 また、展示による活用及びレプリカによる保存も兼ね、東京大学数理科学研究科所蔵の数理模型についてレプリカ作成を進めている。これらの模型は十九世紀から二十世紀初頭にかけて、ドイツのマルチンシリング社により十五年程の期間をかけて制作された石膏製の幾何学模型である。世界的に見てもマルチンシリング社製の数理模型コレクションが多く揃うことは非常に珍しく、重要な標本である。数理模型については素材が全て石膏であり、同素材を用いた制作が可能となるが、当時はシリコン等の合成樹脂は存在せず、このような模型をどのように制作をしたのか疑問も残る。これらの標本は一つの造形物としても美しく、現代美術に大きな影響を与えると予想される。その他にも、国内で制作された模型標本には西洋文化と日本の伝統技術が混合された物が多く残り、仏教文化に育まれた日本美術の伝統技法が近代化の進む日本で衰退していく中、多方面へ広がった痕跡をたどることも興味深い視点である。今後、学術標本修復技術の基盤を構築しつつ、レプリカを用いた保存及び展示発信までを包括的に進める事が出来れば、博物館としての活動に新たな展開をもたらす可能性があると考える。




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数理模型1


数理模型2