東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
東京大学 The University of Tokyo
HOME ENGLISH SITE MAP
東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime16Number2




博物館展示におけるiPadの活用

清水晶子 (本館キュラトリアルワーク推進員/植物形態学)
藤橋弘朋 (GingkoSoftware/ソフトウェア開発)
鶴見英成 (本館特任研究員/アンデス考古学・文化人類学)

 展示において資料写真を見せたいとき、かつては写真パネルとして見せるのが一般的であった。博物館では収蔵資料のデータベースという形でデジタル化されたデータも蓄積され、これらを展示に活用したいという要望も増えているに違いない。昨今ではコンピュータと液晶モニタ、デジタルフォトフレームなどを直接展示に利用している例も見受けられるが、コンピュータの場合はキーボードやマウスによる操作がわずらわしい上、展示会場のデザインに電子機器をマッチさせることが難しく感じられることも多いのではないだろうか。
 2010年にアップルによって発表、発売されたタブレット型のiPadはマルチタッチパネルの操作がコンピュータに不慣れな人にとっても容易で、デザインもシンプルである。展示にどのように活用できるか、その可能性を探ってみた。

iPadの標準アプリケーションを用いた展示
 「ヒマラヤ・ホットスポット」展(2010年12月18日〜2011年2月27日)では、植物写真家の吉田外司夫氏によるヒマラヤ植物写真2400枚ほどを、iPadに標準搭載されている写真アプリケーションを利用して自由に閲覧できるようにした。iPadにインストールする前に植物写真を植物の科ごとにフォルダ分けするだけで、iPadの写真の初期画面に科の一覧がサムネール表示され、そこから閲覧者が見たい植物を探せるようになる(図1)。植物写真そのものが美しく表示されることに加え、ピンチと呼ばれる操作で見たい部分が拡大できるのが大きな利点である。
 このほか、過去のヒマラヤ調査の調査風景の資料写真と、ネパール標本データベース(iPad版)をそれぞれ別のiPadで公開した。iPadはすべて会場の通行の邪魔にならない場所にスタンドに固定しておいた。
 標本データベースの展示での公開は、iPad用のデータベースをwebサーバを通じて館内LANで行った。サーバを使うとiPadには収容しきれない大量のデータを扱うことができる。一方、表示に時間がかかること、閲覧者が標準ブラウザアプリケーション(iPadの場合はSafari)に慣れていないと操作しづらく、直感的に操作できない難点がある。また、ブラウザを使うと入力に制限がかけられないため、閲覧者の勝手な操作が可能になり、インターネットに接続された環境であれば、展示の趣旨に関係ないウェブページの閲覧に使われてしまう場合がある。

展示専用アプリケーションの開発
 標準アプリケーションを利用する場合、当然ながらそのアプリケーションの機能に制約を受ける。写真では写真だけ、ムービーではムービーだけしか見せられないし、インターフェースもそのアプリに備わっているものだけしか使うことができない。ブラウザを使用すれば写真と文字を組み合わせたマルチメディアコンテンツとしてウェブページを扱えるが、ネットワーク接続と外部にウェブサーバが必要になってしまう。そこで公開中の、「アルパカ×ワタ」展(全5集、2011年4月29日〜9月4日)では、iPadの標準アプリケーションではなく、マルチメディアコンテンツをiPad単体で閲覧することができる展示専用のアプリケーションを使って、参考資料をまとめて閲覧できるようにしたいと考えた(図2)。アプリケーションMuseumNotesを試作し、実際に展示での試用を通じて出てきた要請をさらに取り込む形でアプリケーションの開発を行った。
 このアプリケーションは、1)コンテンツはウェブサイトを構築するときと同じようにhtmlで書き、iTunesを用いてアプリ内に直接転送できる2)コンテンツは階層的に管理され、ブラウザ的な操作方法以外にも、閲覧者が→などのアイコンに触れると先に進めるなど、直感的操作も可能になっている3)一定時間操作がないと自動的に初期画面(図3)に戻る などの特徴を備えている。表紙にあたる初期画面は簡単に入れ替えることができ、展示に即したヴィジュアルな画面とすることも、逆にシンプルな画面にすることも可能である。コンテンツとなるデータは全てアプリ内に保持されるので、ネットワーク接続を必要とせず、稼動にあたっては電源だけを気にすればよい。
 「アルパカ×ワタ」展では、本館収蔵の古代アンデス織物コレクションのすべての写真画像と基本データ、5回にわたるそれぞれの展示のテーマに即した写真資料に簡単な解説文やデータなどの文字情報を表示させることができた(図4・5)。資料写真は調査風景や静物から走査電子顕微鏡写真まで、テーマに則して多岐にわたる。5回それぞれの展示期間内に、関連イベントとして講演会を実施しているが、講師から提供された写真を一部に用いて講演内容とのリンクもはかっている。5回の展示に合わせて簡単に資料の内容を入れ替えることができるため、それぞれの展示で見せたい資料を表示でき、たいへん効果的であった。

今後の可能性と問題点
 iPadは、本来は個人が自由にいろいろなデジタル情報を見たり、聞いたりするためのツールであり、今回は使わなかったが音声などの情報も扱えばより活用の幅が広がるだろう。iPadの標準アプリケーションのムービーやiBooksを用いれば動画やPDFを表示させることもできる。マルチタッチパネルの操作性が非常に高く、より踏み込んだ内容の情報を詰め込むことも可能で、閲覧者が望む情報をそこから能動的に引き出すことができる。しかし、逆に言えば、情報が多すぎると、その場面で展示する側がいったい何を見せたいのか、その意図するところが不明瞭になってしまう可能性がある。展示会場で、限られた台数のiPadを会場に固定して使う場合にはそれぞれの場面で見せるものをどう限定していくかがむしろ問われるように感じられた。しかし、写真、動画、音声、画像、文字情報と扱えるデジタルデータの幅が広く、多様な情報を組み合わせられるのはなんといっても利点が大きい。さらにiPadは加速度、方位、位置情報などを取得、利用できるので、展示ツアーなどでは1人1台のiPadで資料を見せるのも効果的だろう。
 なお、アプリケーションの初期画面とアイコンをデザインしてくださった森田デザイン事務所、iPadスタンドを自作してくださった松原 始氏、ソフトウェア開発と試用においてデータ入力にご協力いただいただけでなく、貴重な助言をくださった伊藤泰弘氏と河野京子氏にこの場をかりて感謝の意を表したい。

ウロボロスVolume16 Number2のトップページへ



図1 「写真」アプリケーションでのサムネール表示。「ヒマラ
ヤ・ホットスポット」展では、吉田外司夫氏によるヒマラヤ
植物写真を科ごとにフォルダに分け、閲覧者が
見たい植物を科から選択できるようにした。


図2 「アルパカ×ワタ」展会場では、iPadが来館者の見やす
い角度になるように、自作したスタンドで台上に固定した。


図3「アルパカ×ワタ」展でのアプリケーション初期画面。
画面に触れるとメニュー画面が表示される。一定時間
操作がないと初期画面に戻るように設計されている。


図4 資料写真一覧の例。左には写真のサムネールが、右
にその基本データが表示されている。見たい項目を選んで
触れると写真が大きく、解説とともに表示される(図5を参
照)。上部のバーにはボタンと現在見ているメニューの
タイトルが表示されるが、この画面では左上のボタンに
触れるとその前のメニューに戻ることができる。画面
下のボタン(MENU)に触れるとヘルプまたは最初の
メニューへのボタン(一番最初のメニューに
戻れる)が表示される。


図5 資料写真とその解説。画面下の左右の→によって写
真を順番に閲覧できる。上部のバーの左のボタンで資料の
一覧(図4)にもどる。