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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime16Number2




「BIOMECANICA――河口洋一郎の異形博物誌」展によせて

河口洋一郎 (東京大学大学院情報学環教授、CGアーティスト)

 深海と宇宙への探検の渇望は、生まれ故郷の種子島で過ごした子供のころから今に至るまで、続いている。深海や宇宙へ連れて行く仲間である、「情感的に反応する芸術生命体(=ビオメカニカ、ジェモーショナル・バイオマシーン)」のことを、いつも考えていた。

 種子島では、打ち上げられた宇宙ロケットをいく度となく眺めた。その経験から、芸術生命体の創造が始まった。夜空を見上げては考える。どのような生命体を連れて行ったら、僕の探検やサバイバルの助けになるのだろうか。遊び仲間となって、宇宙旅行を楽しく過ごせるのだろうか、と。
 また、ウツボやナマコ、派手な色の野鳥といった多様性に富んだ亜熱帯の生物たちと育ったことも、新たな生命体を考える根源的なアイデアを与えてくれた。
 生物の独自に進化を遂げた形や色、動きの魅力をどう具現化できるのかを考えた。まずカンブリア紀から現在に至る、地球の生命進化をたどってみた。そこから未来の芸術生命体の進化を考えた。
 彼らとは言葉ではなく、情動的な体の動きでコミュニケーションをとる。情動的な動きの再現には、身の回りの自然から発想を得た。物理・生物シミュレーションから導かれる科学的知見を基に、僕独自の飛躍を加える。生物の挙動は、遊泳、歩行、飛翔など多様に富み、魅力的だ。液体・粒子の物理空間は、新しい芸術生命体の動きをまえもってシミュレーションできる。生物のサバイバルは、重力や水圧などの外圧に適応しながら、進化の過程で突然変異からカモフラージュまでさまざまな形態で見られる。
 これらから、芸術生命体の創造を、試みて来た。

 芸術生命体の最初の創造は、1975年ごろから開発を始めた、自己増殖するCGの造形アルゴリズムである「グロース・モデル」だった。美しい渦巻き状の螺旋構造を作成するアルゴリズムだ。この時はモノクロだったが、1980年ごろからは強烈な色彩を帯びたグロース・モデルによる生命体の創造を試みた。
 1988年ごろ、幼児モデルのキャラクターである「エギー(=卵ちゃん)」をCGで作った。ほかの惑星に一緒に連れて行った時に、宇宙人にも敵意を示さずフレンドリーに交流する。卵のような丸い幼児体型で、非対称の容貌が特徴だ。今回の展覧会では、エギーの進化形の立体造形を展示している。
 2000年ごろには、コンピューターの高速化のおかげで、リアルタイムに反応して動く芸術生命体を作ることが可能になった。「ジェモーション(=growth+gene+emotionから作った僕の造語)」をコンセプトにした展示空間では、人の動きに反応して動くCG映像を作った。そのなかではエギーやクラゲのようなキャラクターだけでなく、周辺環境そのものも変化するようにした。こうして、情感的に反応する最初の芸術生命体と環境の生成が実現した。 最近ではCGで作った不可思議なキャラクターを元に、立体造形を作っている。深海や宇宙へ連れて行くためには、ジェモーションのように動くロボットにしたいと考えている。

 芸術生命体の形や色は、花鳥風月と傾奇かぶきに基づいている。サバイバルの観点からみたときにも、この二つがあると優位に立つと考えるからだ。僕が作った芸術生命体には、この二つの要素が含まれている。
 日本には古来から、花鳥風月という優れた自然の見方がある。花鳥風月は、空気や風や雨、波などの自然現象を繊細に感じる心だ。ビオメカニズムでは、その繊細さを取り入れている。本来の花鳥風月は地上の生命を対象にしていたが、僕の考える花鳥風月は海や宇宙の生命も対象にして、奇抜さがある。宇宙の花鳥風月は太陽系を乗り越えてビッグバンがおきたあとのザ・ユニバースで起こるドラマだ。そこには想定できないドラマがあるだろう。
 傾奇は、豪華絢爛、色彩豊かで派手、生命力豊かなイメージを連想させる。鮮やかな花から多様な色彩を持つ熱帯の魚。超豪華な飲めや歌えの宴席。そのイメージは、派手な舞台から暗黒空間まで広がる。
 僕の想像するかぶいている花鳥風月は、華麗な中にも毒々しいまでの獰猛な荒れ狂う暗黒な強さも含まれる。サバイバルには邪悪なる世界が不可欠だからだ。

 地球上の生物は、邪悪なるものが出てくると、それに対抗してさらに進化をしてきた。その結果、今では毒々しいまでの形や色の進化を遂げている。僕の異形なる芸術生命体は、その毒をも喰らう生々しいまでの強い生命力を表現している。生き残り戦略としての強さだ。

 今回展示する立体造形は、巻貝、クラゲ、魚、蝶といった海や陸の生物から発想を得て作った。ビオメカニズムの一番の特徴はサバイバルすることだ。異形なる容貌は、未知の地での探索に適したように設計してある。狩猟採集能力を持ち、感覚受容器を高性能化したうえに、運動能力を高めた。
 例えば、多重構造にしたのは、故障や防御に対応するように安全性を高めたためだ。高圧の深海でも耐えられる。また、本来の生物としての機能にさらに付加して、見知らぬ極限環境でのサバイバルに対応できるようにした。例えば、蝶は本来飛翔型だが歩行もできる構造に、魚は本来遊泳型だが水中歩行や空中遊泳もできる構造にした。

 僕はこれらの立体造形をロボットにして、時間と空間を乗り越え、深海や宇宙へ連れて行きたい。惑星や銀河、ザ・ユニバースの盛衰、ダークマターも含めて、一緒にサバイバルをしていくのだ。

河口洋一郎 1952年鹿児島県種子島生まれ。1976年九州芸術工科大学画像設計学科(現九州大学)卒、1978年東京教育大学大学院(現筑波大学大学院)修了。筑波大学助教授を経て、1998年より東京大学教授。1975年からCG(コンピュータグラフィックス)に着手し、世界的CGアーティストとして活躍中。その作風は成長のアルゴリズムを使った「グロースモデル」という独自世界を確立し、現在では超高精細立体視映像・演者に反応するCG舞台空間・CG映像に凹凸反応する立体ディスプレイ・生命体から発想する深海/宇宙探査型ロボティック立体造形の創出など、多岐にわたり拡張を続けている。2010年、ACM SIGGRAPHにてデジタルアート分野の貢献者に与えられる“Distinguished Artist Award for Lifetime Achievement in Digital Award”受賞。


BIOMECANICA――河口洋一郎の異形博物誌

   開催場所:東京大学総合研究博物館小石川分館
        東京都文京区白山3−7−1
   交通アクセス:地下鉄丸の内線「茗荷谷」駅より徒歩8分
   開催期間:7月22日(金)―9月25日(日)
   休 館 日:月曜・火曜・水曜(ただし祝日の場合は開館)
        8月11日(木)―14日(日)(夏季休館)
   開館時間:木曜・土曜・日曜: 10時〜16時30分(入館は16時まで)
        金曜:10時〜19時(入館は18時30分まで)
   展示主催:東京大学総合研究博物館
        東京大学大学院情報学環 河口洋一郎研究室

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作品と作者 (C)Yoichiro Kawaguchi


(C)Yoichiro Kawaguchi


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