東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
東京大学 The University of Tokyo
HOME ENGLISH SITE MAP
東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime15Number1



研究紹介
学校と博物館―アーキテクチャの個人化と領域化

松本文夫(本館特任准教授/建築設計・情報デザイン)
 大学博物館には「学校」と「博物館」という2つの要素が含まれる。もともと学校と博物館はきわめて親しい関係にあった。古代ギリシアでは、学校の原型と博物館の原型が同じ空間に存在していた。両者はその後、別々の社会制度として発展したが、大学博物館においては再び機能として重合した。本稿では「学校」と「博物館」の歴史的展開を振り返り、社会制度のアーキテクチャ(基本構造)が時代とともに変化したことを確認する。古代から現在までを8つの段階に分けて考察していきたい。

学校と博物館の発展
――制度の源流から現代へ

 最初に、学校と博物館の「制度の源流」に注目する。ヨーロッパ的な視点からみれば、学校の原型にあたるものとして、プラトンが古代ギリシアに設立した「アカデメイア」という学園がある。アカデメイアは政治家や統治者の養成を目指した学校で、そこでは「対話」による教育が重視されていた。その後、スコラ派の学校や修道院が教育の場となり、高等教育の源流である「大学」が中世のボローニャに誕生した。一方、博物館の原型と考えられている「ムセイオン」は、このアカデメイアの中にあった施設である。ムセイオンは学術・芸術の神ムーサイを祀る神殿で、これが学堂として発展した。その後、アレキサンドリアに設立されたムセイオンは、現在のミュージアムに通じる収集研究施設として隆盛した。宝物や資料など「モノ」の蓄積は多様な形式で存続し、各種コレクションの充実は近代博物館の誕生につながった。「制度の源流」についてまとめると、学校と博物館の原型はもともと同じ場所に存在していた。学校の原点には「対話」があり、博物館の原点には「モノ」があった。両者は情報交換と物的蓄積の機能を分担しながら徐々に進化し、これが別々の制度として自立するようになる。
 二番目に、「制度の基本形」について考える。18世紀になると、フランスとイギリスで近代公教育の思想が成立し、「義務・無償・非宗教化」という学校教育の原則が立てられた。モデルスクールがつくられ、「教室」という空間単位で教育活動を行う方針が明確になる。日本においては、江戸時代に藩校や寺子屋などの教育システムが存在していた。明治時代に学制が発布され、身分や性別による就学上の差別を排除し、現在の公教育の基礎が築かれた。一方、博物館の分野では、コレクションの「公開」という形で近代博物館が成立する。イギリスのアシュモレアン博物館は、収集家アシュモールのコレクションをオックスフォード大学が引き受け、1683年に博物館として一般公開した初期事例である。これは、大学博物館の原型ともなった。その後、収集家スローンのコレクションをもとに1759年に大英博物館が創設され、フランスでは歴代王室のコレクションをもとに1793年にルーヴル美術館の公開が始まった。このように、「制度の基本形」が成立する段階では、機会均等と公開共有の思想を基盤として、学校や博物館のプロトタイプがつくられたことがわかる。
 三番目は、「プランの変化」という段階である。学校に関しては1970年代のイギリスで教育改革が叫ばれ、教室という単位に縛られないオープンな教育手法が試行されるようになる。一斉授業では対応できない個別的・自発的な教育活動への取り組みにつながり、学校における「人間と空間」の関係が多様化する。日本でもオープン化が試行され、授業手法や空間構成の工夫がなされるようになる。一方、博物館における「プランの変化」としては、動線の自由化があげられる。アシュモレアン、大英、ルーヴルなどの初期施設では、コレクションを収容するために既存建物を転用していた。しかし、その後の博物館の多くは専用施設としてつくられ、さまざまな動線計画が提案された。たとえば、ミュンヘンのアルテ・ピナコテークのような通過型、ベルリンのアルテスムゼウムのような回遊型、ベルリン新国立美術館のような自由型といった動線がある。近代博物館では、一般公開の普及にともなって、利用者の機能を重視する構成に変化していった。以上のように、「プランの変化」は、構成のオープン化や動線の自由化といった、利用者主体の計画思想につながっていく。
 四番目に、「プログラムの変化」について考える。前項のプランの変化は建物の内部構成の変化だが、プログラムの変化とは社会的役割の変化を指す。オープン化の動きは学校と周辺地域との新たな関係に発展し、地域施設としてのコミュニティ・スクールが生まれた。これは学校の敷地に、高齢者施設・青少年センター・図書館・保育所など諸施設を取り込む「機能的複合」の動きである。生涯学習熱の向上、高齢化社会への対応、少子化にともなう学校再編といった動向を背景としている。一方、博物館においては、パリのポンピドゥ・センターのように、図書館や研究所など他部門を併設する「機能的複合」の動きが誕生する。かたや既存の大規模館では施設肥大化にともなう「機能的分化」が起こる。たとえば、大英博物館では、自然史部門が自然史博物館として、図書館部門が大英図書館として別の組織に分立した。ルーヴル美術館では時代による切り分けが行われ、19世紀美術はオルセー美術館に、20世紀以降の美術はポンピドゥ・センターに移管された。このように、「プログラムの変化」においては、機能的な複合や分化によって、地域的連携や機能的連携・重点化が模索される。学校や博物館においても、基本形の再生産だけでなく、制度の再編がダイナミックに発生していると考えられる。
 五番目に、「都市への展開」という視点から考える。施設単位のプログラムを広域的に連携させることによって、施設のネットワーク化が可能になる。都市計画の分野では、学校を中心とした「近隣住区」という思想が生まれ、小学校の通学圏を一つの住区として社会施設を展開する施策が実施された。教育現場を都市の中核にするという考え方である。歴史的な大学は都市領域内に分散的に展開し、オックスフォード大学やハーバード大学のような大学中心の都市空間が形成された。これは教育の場が都市に広く溶け込んだ状態といえるだろう。一方、博物館の分野でもさまざまな「都市への展開」が起こる。世界初の屋外型博物館であるスカンセン、屋根のない博物館といわれる中世歴史都市、都市空間にアートの文脈を重ねる領域型美術展、総合研究博物館が実験しているモバイルミュージアムなどである。このように、「都市への展開」では、ハコモノから都市領域へ、大規模集中から小規模分散へという制度の構造変化を見ることができる。学校や博物館という施設が、広い社会空間に進出する段階といえる。
 六番目に、「情報の介在」について考える。ネットワーク化の展開は情報技術の介在を促す。学校へのコンピュータの導入によって、離れた場所をつなぐ「遠隔授業」が可能になり、同期型の双方向コミュニケーションを生んでいる。普及している形式としては、非同期型のビデオ授業なども導入されている。博物館においては、情報技術の介在によって実空間の機能を強化する方向に向かう。実空間をCG等でバーチャル化する「仮想現実技術」や、実空間に付加情報を付与する「拡張現実技術」が試行される。総合研究博物館でも、坂村健教授が中心となって「デジタルミュージアム」という実験研究が2000年前後に行われた。今や学校においても博物館においても「情報の介在」はあたり前のことになっているが、これは20世紀末に誕生した「情報空間」という新しい空間を実空間に融合させる試みといってよい。
 七番目に、「情報への集約」について考える。情報の介在がさらに進行し、実空間を離れて情報空間に集約されていく状態である。実際に、通信教育や放送大学のように、場所に縛られずに学べる学校が出現する。バーチャル大学やサイバー大学のように情報空間だけで活動が完結する学校もある。学習計画を自分のペースで組み立てることができ、教育参加の自由度が高まっている。博物館における「情報への集約」は、収蔵品や文献等の情報を情報空間に集約することである。多くの博物館でデータベース化が行われているが、ビジュアルを含めて全情報を系統的に残すことは容易なことではない。また、異なる組織のデータベースを横断的に利用することも課題になっている。古くはアンドレ・マルローの「空想美術館」やアビ・ヴァ―ルブルクの「ムネモシュネ」などで、視覚的情報の縦横無尽な集約の構想が存在した。情報空間にいかなるミュージアムを築くかは今後の課題といえるだろう。「情報への集約」は、現在の情報技術における「クラウド化」の流れと重なる。情報リソースを集約化し、現実の場所の制約をなくすことで、今まで以上の多くの人が多くの情報に接する可能性が開かれる。
 八番目、最後に「パーソナル化」について考える。この段階では、既存の制度に縛られない個人的な活動が主体となる。マサチューセッツ工科大学(MIT)の「オープンコースウェア」は、MITの講義をインターネットで無償公開するものである。ここでは、利用者はMITの学生になるのではなく、単位を取ることも卒業することもない。学校という枠組に縛られずに、個人がそれぞれの知的関心に基づいて自由に学習する基盤が提供されている。オープンコースウェアの動きは世界の大学に広がり、iTunes UやYouTube EDUでも個人向けの大学講義コンテンツを配信している。一方、博物館の分野では、個人化の動きが教育分野ほど鮮明にはなっていない。しかし、ルーヴル美術館やメトロポリタン美術館では、お気に入りの作品を自分で編集管理する個人化ツールが提供されている。大規模集中型の博物館とは違ったタイプとして、今後、コレクションが個人に帰属し、必要に応じてミュージアムのアーキテクチャに組み込まれる「パーソナル・ミュージアム」が生まれてくるかもしれない。「パーソナル化」は、学校および博物館の存在形式や利用形態を大きく変える可能性をもっている。

アーキテクチャの変化―個人化と領域化
 さて以上で、学校と博物館の発展経緯を段階的に整理してみた。全体の流れを振り返ると、学校と博物館における社会制度のアーキテクチャが変化してきたことがわかる。アーキテクチャの違いがはっきり確認できるのは「人間と空間」の相互関係である。学校においても博物館においても、人間と空間の関係が「1:1」の初源的な原型がある。それが近代化によって「N:1」の公的管理形式となり、機能変化や領域拡大によって「N:N」の複合的形式に変化し、現在においては人間を主体とした「1:N」の個人的形式が台頭する。この区分にしたがって、全体の流れをもう一度確認してみよう。
 ここで「1」は単数的な状態、「N」は複数的な状態である。人間を縦軸、空間を横軸にして、各軸の両端を1とNにした2軸マトリックスを考えれば、人間と空間の相互関係は、「1:1」、「N:1」、「N:N」、「1:N」という4つのアーキテクチャ(基本構造)に整理できる(図1)。「1:1」は人間1に対して空間1が存在している関係であり、個人や小集団に関係付けられた限定的な空間を示すモデルである。対話とモノを基盤とした「制度の源流」はこの状態にあった。次に、「N:1」は人間Nに対して空間1が存在している関係であり、多数の人間によって共有された統合空間を示すモデルである。近代以降の社会制度の多くがこの形式をとっており、「基本形の成立」および「プランの変化」はこの段階で起きている。「N:N」は人間Nに対して空間Nが存在している関係であり、多数の人間に共有された分散空間を示すモデルである。制度の複合化や情報化に関わる形式であり、「プログラムの変化」、「都市への拡大」、「情報の介在」はここに該当する。「1:N」は人間1に対して空間Nが存在している関係であり、多数の空間に関係付けられた人間を示すモデルである。近年のさまざまな局面で見られる形式で、個人を中心として空間が編成される「パーソナル化」はこの段階である。
 この単純な4つの類型から見えてくることは、近代以降の社会制度のアーキテクチャが変化しているということである。第一の変化は、「N:1」の施設型(ハコモノ型)アーキテクチャから、「1:N」の個人型アーキテクチャへの変化に見出せる。とはいっても、ハコモノとしての学校や博物館はいまだに多数存在しており、これらが無くなるわけではない。しかし、そのプランやプログラムは流動化しており、さまざまな情報プラットフォームの介在を通して、個人を中心とした空間の再編が起きつつあるといってよい。国家や自治体が整備するパブリックな枠組だけでなく、個人が自発的意志で参加するコモンの枠組が増えている。第二の変化は、「1:1」の場所型アーキテクチャから、「N:N」の領域型アーキテクチャへの変化である。現代都市においては、住宅・学校・博物館などの無数の建物が独立した「点」として存在している。しかし、これらの中に相互に連携するものが生まれて「面」(=領域)として機能するアーキテクチャが生まれている。コミュニティ・スクールのような地域諸施設の連携、大学都市のような教育機関の連携、領域型美術展のような作品スポットの連携などがある。以上をまとめれば、社会制度のアーキテクチャの多様化が起きているということである。近代初期の基本形のほかに、現代においては、「個人を主体とする形式」、および「領域に分散した形式」が生まれている。

 以上のような変化を博物館の類型として考えてみると、初期ムセイオン(1:1)、近代の大規模集中型博物館(N:1)、小規模分散型ミュージアム(モバイルミュージアムなど)(N:N)、そして個人ネットワークによる遍在型ミュージアム(1:N)、ということになろう。博物館のインフラ基盤が、ハコモノからネットワークに拡張する可能性がある。都市環境には、個人に関連付けられたモノや情報が無数に埋め込まれている。それらを必要に応じてネットワーク化するシステムが今後の博物館のインフラの一つになるのではないか。大学博物館において学校と博物館という制度が再会したのも、このような人間主体の枠組み変化と無縁ではないように思われる。博物館はハコモノであるだけでなく、人間活動のさまざまな局面に発展的に参入する仕組である。

参考文献:松本文夫、教育活動のデザイン―問題解決から価値創造へ、2009年度北海道大学教育GPシンポジウム「大学博物館から拓く学生教育の未来2」報告書所収、北海道大学総合博物館、pp3-14、2010年2月

ウロボロスVolume15 Number1のトップページへ



図1 「人間と空間」の4つのアーキテクチャ