東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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ウロボロス開館10周年記念号

次世代ミュージアムへの展望

松本 文夫 (本館客員助教授/建築・情報デザイン)

「世界のミュージアム化」が進行している。膨大な事物事象が全世界で同時多発的に生み出され、ミュージアムの特権領域であった「保存」は、いまや全ての人間活動が直面する危急の問題になりつつある。多くの場合、モノは廃棄と腐敗によって、情報は孤立と忘却によって他所で生かされることなく無効化する。そのような淘汰を生き延びた歴史的資産だけでなく、モノと情報を現在的資産として継承する同時進行的な枠組みが必要ではないか。それが総体としてのミュージアムの重要な役割のひとつであると考える。
収集されたモノと情報は、過去の記録として保存されるとともに、未来の創造の資源として使われる。すなわち、膨大な博物資源を基盤として、新しい学術的知見を構築し、または新たな社会的営為を誘発することが期待される。そのためには、博物資源に対するアクセシビリティを高めていく努力が必要になるだろう。保存における精緻化のシステマティクスは、創造においては横断・発見のダイナミクスに転回し、学問領域や社会制度を再編・再統合する契機をつくるかもしれない。たとえば、自然物と人工物の形質構造を横断的に分析する研究は、かたちのデザインに新しい取組みを開拓する可能性がある。このように、ミュージアムとは「保存」の拠点であると同時に、「創造」の源泉であるべきではないだろうか。
保存と創造が、過去と未来をつなぐミュージアムの時間機能であるとするならば、その実在形式はいかなるものだろうか。ここでは、モノ・空間・人間の相互関係から、ミュージアムの今後の形式を、集中・越境・遍在という3 つの状態で考えてみたい。
第1 の「集中」は、いうまでもなくミュージアムの初源的な形式である。古代の宝庫から珍奇陳列室、さらには近代博物館に至るまで、モノを集約的に保存することはミュージアムの至上命題であった。オトレの世界図書館やル・コルビュジェの世界博物館(ムンダネウム)で希求された世界資源の全的集約という夢は、結局実現することはなかった。唯一無二の世界中心をつくるのは困難だとしても、モノの集約保存を徹底する試みは旧態依然的とはいえない。現在の情報・物流・建設技術をもってすれば、保存機能に特化したミュージアムをつくることは可能であろう。それは圧倒的な空間圧縮と縦横無尽な情報管理によって実現される「レポジトリ(収蔵庫)型ミュージアム」である。これはデータベースそのものに限りなく近い巨大な保存空間である。空間は成長可能なプロトコルを内蔵し、資料は3 次元的なアドレス・システムに従って高密度に収蔵され、保存条件に応じた微気候制御が可能である。たとえば、このような施設を都市の地下空間に埋設すれば、記憶保存庫として数多くのミュージアムを支える基盤になりうるであろう。
第2の「越境」は、ミュージアムが「外に出て行く」形式である。アートの世界では、企画展や巡回展などで作品の流動が早くから行なわれてきた。博物資源を有するミュージアムの場合はどうか。収集機能と展示機能のいずれを外在化するかによって双方向の可能性がある。すなわち、自館の資料を一時的に外部に移転して、モノ+空間のセットとして構成する「デリバリ型ミュージアム」、もうひとつは逆に、各所に散在する外部の資料を一堂に集めて複合展示空間として構成する「バザール型ミュージアム」である。本館の西野嘉章教授らによるパオ・ミュージアムやモバイル・ミュージアムの構想は前者に相当し、同じく「グローバル・スーク」展は後者に相当する先駆事例といえるだろう。ミュージアムが外に飛び出すことで、異なるコンテクストにおける博物資源の新しい利活用の途が開かれることが期待される。
第3 の「遍在」は、ミュージアムが環境全体にあまねく無数に存在する形式である。この状態では、資料はオリジナルの環境や個人に帰属し、複数の異なるミュージアムによって参照される。それらの資料は個人ユーザによってミュージアムのコンテンツとして発見的に編入される。たとえば、都市空間をミュージアムに見立てる「エリア型ミュージアム」を構想することにより、都市に散在するモノや情報を有機的に再結合して多種多様なミュージアムを創出することが可能になる。これは、閉じた「建物」から開かれた「場」へのミュージアム概念の根本的転換を意味している。このミュージアムを実現するには、網羅的な空間情報データベースと新しいユーザ・インターフェイスの構築が必要になる。エリアに内在するコンテンツを直感的に感知できるナヴィゲーション・システムの開発が急務になる。
以上のように、集中→越境→遍在という流れの中で概観すると、ミュージアムはその物理的スケールを極小化し、数量を極大化させる。これはすなわち、ミュージアムがシステムとして環境に溶け込み、不可視化する過程である。「遍在」のミュージアムは、モノと情報の爆発的増大と空間的拡張に呼応したユニヴァーサルな存在形式である。一方で、「集中」におけるオンリー・ワンとしての古典的ミュージアム像が無効になるとは思えない。均質化と網状化を指向する全体システムの中で、「強度のある場所」としてのミュージアムへの期待はますます高まるのではないだろうか。
つぎに、次世代ミュージアムの具体的な構想をいくつか例示する。荒唐無稽と思われるような提案が含まれているが、ミュージアムに関する思考実験と割り切っていただければ幸いである。
「ミュージアム・ユニヴァーシティ」は、大学博物館の語順を逆転したものであるが、これは研究教育機関としての総合大学である。この大学では、ミュージアムという方法を通して全ての研究教育活動を行ない、その活動履歴を継続的に保存する。講義室とはすなわち展示室のことである。研究室は展示室の中に島のように散在する。この大学の教員と学生の多くは世界中からやってきた人々であり、国際ワークショップ型の協働作業によって最新の学術成果が随時公開されていく。それは、ある種のバザール型空間であり、美しくまとまった展示というよりは、未完成で刺激的な展示になるだろう。もちろん、研究教育内容のすべてを視覚的な表象物に還元するのが目的ではない。言語コミュニケーションや五感の喚起力を活かしながら、学術の最先端を共有する試みを続けていく。展示室は研究専攻ごとのクラスターに緩くゾーニングされているが、相互の境界面は不確定であり絶えず変動改組する。クラスターの一面は完全に開放されて、大学活動の総覧空間に接続している。展示室の上部は俯瞰・横断用の空中歩廊、下部は膨大な収蔵庫と書庫になっている。
「グローバル・ミュージアム」は、ある種の世界博物館であり、世界の「場所」に全ての研究成果をマッピングしていく地球型ミュージアムである。このミュージアムは直径約13メートル(地球の100万分の1)の球形の建築物となる。球の内側は空洞になっており、球の裏面には世界地図が描かれている。地球が反転しているために、世界の全体像をどこからでも一望できる。球殻の壁面は二重構造になっており、その間は資料の収蔵空間にあてられる。このミュージアムの最大の特徴は、資料間の相互関係を球体内部の空洞に視覚化することにある。各国間の経済活動、人口増減や民族移動、世界的な気候変動、動植物の分布状況など、地球規模のあらゆる相互関係を、交錯する光の線や面で視覚的に表現する。来館者は、南極付近と赤道沿いと世界中心の展望デッキから、全地球的なファクトの数々を体感する。
「クロノス・ミュージアム」は、全ての博物資源を「時間」のパラメータによって配置するミュージアムである。博物館において経時的な展示構成をとることは常套的な方法である。このミュージアムの特徴は、時間を主意的に扱うのではなく、空間の数学的基準として採用することにある。年表の数直線をバネのように螺旋状に展開した基本構造をもっており、博物資源の情報量に応じて同心方向に拡幅する。螺旋の空間構造は、ル・コルビュジェの無限連鎖ミュージアムに通じる発想である。ル・コルビュジェの螺旋が平面的な時間拡張性を持っているのに対し、クロノス・ミュージアムの時間は垂直方向に推移する。見る方向によって、縦断面は通時的な柱状構造、平断面は共時的な円環構造をもつ。このミュージアムの構成は高層ビルにフィットするが、近現代になるほど資料が激増することを想定すると、歪んだ円錐のような形態になるかもしれない。
「フォルム・ミュージアム」は、「かたち」についてのミュージアムである。動植物、鉱物などの自然物から、芸術作品、工業製品、建築などの人工物に至るまで、スケールとしては原子やDNA から宇宙レベルまで、あらゆる事物事象の「かたち」を通体験するミュージアムである。ここでは、画像や模型などの外的対象物としてかたちを鑑賞するだけはなく、人間が中に入れる空間として全てが構造化されている。泡のような空間、傾いた床・壁・天井、穴だらけの空間、ねじり曲がった経路、粒子が浮遊する空間、樹状に分岐する階段、自分の存在が波動を生成する空間など、不可思議な空間が連続する。フォルム・ミュージアムでは「スケール」も重要な展示ファクターであり、人間尺度を自在に変化させるという仮定のもとに、かたちの世界に内側と外側からアプローチすることになる。展示空間は、形態的類同性と縮尺的連続性というマトリックスに従って配置され、複数の異なる認識体験を提供する。フォルム・ミュージアムは、自然科学と人文科学の諸分野を横断的に連携することではじめて実現可能になるミュージアムである。(この構想は、「かたちと力」(ルネ・ユイグ著、西野嘉章・寺田光徳訳、潮出版社、 1988年)を参考に着想したものである。)
「グラヴィティ・ミュージアム」は、都市空間に遍在するエリア型ミュージアムである。都市には、建造物や地形などの可視的・物理的な要素だけでなく、人々の関心・評価・意味などの不可視的・無体的な要素が充溢している。グラヴィティとは、それらが総合して生み出した「場の強さ=重力」のことである。都市の重力場を感覚することで、都市に存在する多様な要素を連結して見えないミュージアムを構築できる。空間情報データベースには、都市の地理情報、コンテンツの位置情報、人々の体験評価情報が重層して蓄積され、ヒートマップ解析を介して都市のグラヴィティ・マップが生成される。重力場を感知する携帯デヴァイスのナヴィゲーションによって、ユーザは都市空間に離散した特色あるミュージアム・サイトを彷徨することになる。重力場ナヴィゲーションに使われるデヴァイスは、ユーザの関心対象を単純な矢印で指示する「自分専用コンパス」のようなものが考えられる。
世界知が集結・起動する場として、ミュージアムの基本システムを開放系にしておくことは、最も重要なことであろう。上にあげたようなプロジェクトが直ちに実現可能というわけではないが、未来に向けたビジョンを見据えながら、実験的試行を続けていくことが大学博物館に課せられた使命かもしれない。(2006年5月30日 記)

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