東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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ウロボロス開館10周年記念号

学術標本の分析

吉田 邦夫 (本館助手/年代学、考古科学)

学術標本は、形態による分類学的情報、文化、機能情報だけでなく、様々な自然科学情報を内包している。これら時間情報、環境情報、物性情報などを取り出し、研究成果を発信していくことは、本館の博物資源開発研究系、博物情報メディア研究系の責務である。分析に用いられる技術はまさに日進月歩で進化しているので、新技術をこれまでに知られていない分野に適用することによって、思いもよらない結果が得られることがある。ここでは、いくつかの分析例を紹介する。
標本を破壊しないで分析できればそれに越したことはないが、科学技術の進歩がそれを可能にする。たとえば、X 線による断層撮影(X線CT)によって、南米ペルー北海岸のスピクニケ文化(紀元前1200 〜 800 年)とされる3 つの鐙形壺の内部を可視化して、接合部の接ぎ跡の状態などから、真贋を見分けることができた。また、三内丸山遺跡で出土した円筒下層式土器は、胎土に繊維を練り込んで製作されており、X 線CT はこの繊維の混在状況を可視化した。繊維は比較的長く、繊維束が一定間隔で見られることから、粘土紐を積み上げていく過程で混入させたと考えられる。
また、土器の縄目や籾などの圧痕に印象材を入れレプリカを作成し、顕微鏡観察により施紋具や種子の種類を解明する「レプリカ法」と呼ばれる手法は、高い分解能をもつ。日本列島におけるイネやアワ・キビなどの出現時期の研究にも有効である。また、石器、骨角器に応用すれば、製作法、使用法の解明にも寄与することができる。
もう一つの非破壊分析の代表は、蛍光X 線分析である。この分析は、資料に含まれる元素の種類と量をたちどころに明らかにする。40cm角程度の資料の場合、資料表面のカラー画像と各点の元素の種類と量を対比するマッピング測定が可能である。ヴェラム紙(羊皮紙)に手書きされた中世写本の分析や、現在進行中である日仏国際学術研究におけるプロヴァンス地方の教会絵画に使われている顔料分析に適用している。
考古学資料などで最も重要なものは、時間情報である。加速器質量分析法(AMS)による炭素14 年代測定は、1mg炭素があれば測定可能であることから、貴重な資料についても分析が許されるようになった。本学にはエジプトのミイラが3 体保存されているが、これまで未測定であった少女と婦人頭部ミイラを包む亜麻布を測定した。どちらも三重の棺に納められているミイラより新しく、紀元前400 〜 100 年頃のものであった。本館医学部門の故神谷敏郎氏に協力して頂き、本学ミイラを扱った科学技術振興機構・サイエンスチャンネルの教育番組制作に協力し、年代測定、X 線CT を用いた分析方法、結果を紹介した。その他の分析についても同機構での数々の番組制作に協力し、学術標本の自然科学分析に関する教育活動に参加した。
人類・先史部門が所蔵する古人骨の年代測定が進行しつつある。弥生時代とされていた25資料が測定されており、その内8資料が縄文時代前期の値を示すことなどが報告されている。今後、縄文時代の古人骨を測定する計画がある。
前述した三内丸山遺跡出土の円筒下層式土器は、口縁外部に炭化物が付着しており、煮炊きした際に吹きこぼれたおこげであると考えられている。また、新潟県長岡市を中心として縄文時代中期に「火炎土器」といわれるきわめて装飾性の高い土器が出現する。これらは祭祀に用いられていたものと推定されているが、この土器群の口縁部にも炭化物の付着が見られる。これら土器付着物の年代測定を続けている。これまで土器を有する時代の年代も、伴出する貝や木炭を測定することによって求めることが一般的であった。必ずしも、土器との同時代性が保証されているわけではないので、土器が使用されていた年代を知るには、付着炭化物を測定することは有効である。これまで百数十資料を測定してきたが、考古学的に想定される年代と乖離する場合がある。付着炭化物の物性を解明した上で測定しているわけではないので、煮炊きしたものではない正体不明の物質を測定している可能性はある。この点を検討中であるが、原因がわかっているものもある。三内丸山資料で数百年古い値を示すものがあるが、一般に海産物の年代は約400 年古い測定値を示すのである。また北太平洋では、古い海洋深層水が湧昇しているため、この海で生きる魚貝類、海獣はさらに数百年古い年代を示すことが知られている。このような現象を海洋リザーバー効果と呼んでいる。
海洋リザーバー効果は場所によって異なるので、原水爆実験の影響がない1955年以前に採取され採取年が記録された貝資料を用いて、測定を行うことが有効である。本館地史古生物部門が所蔵している該当資料の内、稀少資料などを除き150 資料を選別し、測定を行っている。
これまでの年代測定で最も印象的だったのは、中国戦国時代「楚」の竹簡である。1995 年、8 本50 万円で800 本あまりが売りに出され即刻完売した。当時国内には楚の時代の文字研究者がいなかったこともあるが、さらに3,900 本が売りに出て、さすがに怪しまれ年代測定が依頼された。結果は、原水爆実験の影響を受けた戦後の竹だった。1980〜1990年、または1960 年前後の竹を使った真っ赤なにせ物であり、何年か寝かせた竹を使っていた。
時間情報の解析の他に、安定同位体分析(13C-15N,18O)などがあるが、いずれも破壊分析である。一般の所蔵機関では遺物の損傷を許さないことが多いので、心おきなく自然科学分析ができるのは、大学博物館の醍醐味であり、最大の武器である。

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三内丸山遺跡 円筒下層b式土器 土器番号4993
1.全体像
2.3次元像(表面)
3.3次元像(内部空隙)



中国戦国時代「楚」の竹筒と称するもの