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化石の空白期を埋める(論文解説資料、2016年2月)


サハラ以南の地域の、800万年前ごろの類人猿と他の哺乳動物化石の初めて報告。新たな化石と確定した年代は、現生のアフリカ類人猿と人類の系統が700〜1000万年前ごろの間にアフリカで生じたという見解を支持する。
論文タイトル:
New geological and paleontological age constraint for the gorilla-human lineage split
2016年2月11日 Nature誌にて発表

Q:なぜ、この研究が重要か?
A:この時代は、人類とアフリカ類人猿(ゴリラとチンパンジー)が分岐したころと考えられているが、今までは、800〜900万年前の信頼できる年代を持つ哺乳動物化石は、サハラ以南のアフリカでは報告さられていなかった。この鍵となる時代のアフリカの化石は、いかなるものも、人類の起源と出現過程についてひも解く一助となる、重要なものと言える。本研究成果は、そのような化石の最初の報告である。
2007年に研究チームは、同じ地域でゴリラの祖先系統と思われる類人猿化石、チョローラピテクスを発見し、発表した。今回の研究により、その化石が800万年前のものであることが明らかとなった。新たに発見された他の動物化石は700〜900万年前のものであり、将来は、人類と類人猿の祖先の化石のさらなる発見が期待される。

Q:なにが、新たに発見されたのか?
A:新しい哺乳動物化石と化石サイト(化石産出地点)複数が、2010〜2015年の間に発見された。新たな化石は、ゾウ、カバ、イノシシ、ウマ、レイヨウ、げっ歯類、ウサギ、肉食獣、サル(オナガザル類)を含み、合計で数百個に達する。2006年と2007年には同地域で、チョローラピテクスの歯の化石が9点発見されている。

Q:チョローラピテクスとは何か?
A:チョローラピテクスは我々の調査チームが発見し、2007年に命名した化石類人猿、学名はChororapithecus abyssinicus (チョローラピテクス・アビシニクス)。2007年に発表したチョローラピテクス化石は9点の歯(もしくは断片)にすぎなかったが、臼歯の大きさはゴリラ並みであった。また、通常の類人猿よりも繊維質の食物への適応、すなわち、現生のゴリラの食性適応へ一歩向かった形状を示していた。これらのことから研究チームは、チョローラピテクスはゴリラの系統の基部に位置する可能性が高いと考えた。チョローラピテクスの名称は、化石を産する岩石や堆積物の地質名であるチョローラ層に由来する。なお、チョローラは化石産出サイトから約10km離れた村の名前である。

Q:新たな化石と年代は、何を教えてくれるのか?
A: チョローラ層の800万年前ごろの新たな化石群は、複数の哺乳動物(カバ、ブタ、ウマ、オナガザル類など)の系統が、東アフリカで独自に進化していたことを示唆している。類人猿については、ケニアの980万年前のナカリピテクスから、800万年前のチョローラピテクスへと進化した可能性が示された。ナカリピテクスはチョローラピテクスと共に、ゴリラの系統群の原始的な種の可能性がある。あるいは、ナカリピテクスは、ゴリラと人類の系統が分岐する前に位置する可能性も指摘されている。いずれの考えを取るにしても、これら800〜1000万年前の類人猿化石は、人類の系統の出現過程を探る鍵となるものであり、さらに多くの化石が必要である。今までの成果はその第一歩となるものである。

Q:より広い意義は?
A:今回の研究成果は、人類の起源をめぐるいくつかの科学的な論争に新たな視点を与えるものである。論争の1つは、どの大陸で現生のアフリカ類人猿と人類の系統群が生じたのか、という点である。この時代の化石記録がアフリカ大陸で乏しいため、現生のアフリカ類人猿と人類の祖先はユーラシア大陸で出現し、その後アフリカ大陸に戻ったとする「アフリカ回帰説」を強く唱える研究者がいる。チョローラ層の800万年前ごろの動物化石は、そうでなはかったことを示唆している。新たな化石と年代は、類人猿とサル(オナガザル類)を含む多くの哺乳動物の系統が、アフリカの中で進化していたことを示唆している。特に、1000万年前ごろ以降は、ユーラシア大陸との交流が、比較的開けた環境に適した系統に偏っていたことが伺えられる。
もう一つの議論は、人類とアフリカ類人猿の分岐年代に関するものである。最近までは、多くの科学者、とりわけ遺伝学者たちは、人類とチンパンジーの分岐がせいぜい500万年前程度、人類とゴリラの分岐が700〜800万年前ぐらい、と考えていた。これらの比較的若い分岐年代は、既存の人類化石と矛盾している。例えば、600万年前ごろのエチオピアのアルディピテクス・カダバやチャドのサヘラントロプス(チャドの化石は700万年前にさかのぼるかもしれない)は、人類と類人猿の分岐の人類側に位置するものと思われる。その反面、年代が古いために人類の化石ではないのでは、と懐疑的な声も挙げられてきた。最近の新たなDNA研究では、現生の人類と類人猿の突然変異率が、以前に考えられていたよりも遅いかもしれない、と指摘され始めている。もしこの遅い突然変異率が、過去の人類や類人猿祖先にまで拡張できるならば、DNA解析に基づいたこれまでの分岐推定年代の多くは、古いほうに調整しなければならない。しかしながら、過去の突然変異率を直接確認する方法は無いため、化石による評価が必要となる。本研究により、ゴリラの祖先系統の候補であるチョローラピテクスの年代が、800万年前であることが示された。ゴリラと人類の系統の実際の分岐は、それよりも数百万年前ぐらいまでさかのぼる可能性がある。すなわち、今回の研究成果は、ゴリラと人類の分岐年代がおおよそ1000万年前、人類とチンパンジーの分岐年代が800万年前ごろとする、人類と類人猿の「深い分岐仮説」を支持するものである。

Q:化石の年代はどのようにして明らかにされたのか?
A:次のような複数の方法を用いて化石の年代を決定した。
1) 化石産出層の上下には火山岩があり、研究チームはこれらの火山岩のいくつかの年代をカリウム−アルゴン法やアルゴン−アルゴン法を用いて測定することができた。これらの放射年代測定法では古代の火山噴火の年代を推定できる。
2) 堆積物粒子は地球磁場の中で磁化を帯び、それを記録する(古地磁気)。過去には地球磁場の南北方向が複雑に変化してきたことがわかっており、その時代変化のパターンを利用して磁気層序年代表(GPTS)が組み立てられている。研究チームはチョローラ層の古地磁気の変化パターンを調べて磁気層序年代表と比較し、化石が含まれる地層の年代を推定した。
3) 動物集団の特徴は時代とともに変化する。チョローラの化石群の特徴を、ケニアの950〜1000万年前の化石群およびケニア、チャド、エチオピアの他地域の600〜700万年前の化石群と比較した。チョローラの化石群は両方の動物群が混交した特徴を示し、700〜900万年前の時代が示唆された。



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