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本展は、東京大学総合研究博物館とのコラボレーションによって実現した、オーストラリアの現代美術家、ケイト・ロードの作品を日本で初めて紹介する展覧会です。会場となる東京大学総合研究博物館小石川分館の展示空間全体を使ったインスタレーションを制作します。ロードは、色鮮やかなフェイクファーや樹脂、フラワーペーパーなどを組み合わせて、動植物をモチーフとした彫刻作品や、バロックやロココ調の部屋やジオラマを思い起こさせるインスタレーションを制作する若手アーティストです。彼女が表現する「ありそうで、ない」動物や、自然物、空間は、ミュージアムの原型と言われる、珍奇なものを蒐集した驚異の部屋=ヴンダーカマー(Wunderkammer)本来の在り方を感じさせます。本展では、東京大学総合研究博物館小石川分館の「驚異の部屋」展(常設展)の中に、東京大学総合研究博物館が所蔵する学術標本と、それにインスピレーションを得て制作される、サイトスペシフィックなロードの新作の数々を織り混ぜたインスタレーションを展開します。明治期に旺盛した擬洋風建築(当時の大工が見よう見まねでつくった洋館風の建物)として国の重要文化財にも指定されている同館の中に、カラフルな小部屋「ケイト・ロードの標本室」が出現し、全体にもロードの小作品や学術標本が散りばめられることで、展示空間は歴史と現代が入り混じる重層した世界へと様変わりします。
タイトルである"Fantasma"とは「亡霊、幻影、幻想」を意味する "phantasm"に由来します。人工の素材のみを用いて造られるロードの作品と、学術標本が織りなすヴンダーカマー的コレクション、そしてそれらを包む擬洋風建築。いずれも異なる来歴や出自を持つこれらは、展覧会を通じて、あたかも昔からそうであったかのような、ひとつの世界観として私たちの前に立ち現れてくるでしょう。そうした世界観を作り出している(あるいは作り出しているように見える)のは、実在しない幻(phantasm)のような「ファンタジー(fantasy)」というフレーミングです。そもそも「ヴンダーカマー」とは、近世の王侯貴族が、文字通り「wunder=wonder(不思議、驚異)」の感覚に基づき、分野を隔てず様々な珍品を蒐集したコレクション陳列室です。そこでは、その他の珍しい品々と同じく、ドラゴンや人魚、ユニコーンの角といった架空の動物もコレクションの一部を飾っていました。それらは想像上の怪物であるにもかかわらず、生きた証拠であるかのような物理的な存在を持つことで、実在か架空かを超えたミクロコスモスを形成し、人々を魅了したのです。このような驚きや好奇心をくすぐるものを人々が求める衝動は、現代においてもなお、アートが担うべき側面のひとつではないでしょうか。この展覧会に訪れる一人ひとりが、見知らぬ何かに思いを馳せ、ある情景を想像するとき、目の前の作品たちの向こうには「あるかもしれない」世界が広がることでしょう。