東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
東京大学 The University of Tokyo
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ごあいさつ

 東京大学総合研究博物館は、2002年に学術文化財のストックハウスとして小石川植物園内に分館を開設し、以来、「アート&サイエンス」のコンセプトを研究課題のひとつとして掲げ、「サイエンス」という言葉の語義範囲に包摂される様々な事象、たとえば、大学の如き教育研究機関に蓄積される学術標本のコレクション、それらの周辺に展開される先端諸科学の専門学術研究、あるいはまた、標本を蒐集し、研究を推進する理科学者の思考形式や精神構造といったものが、一般にそうと信じられているほどには「アート」と縁遠いものでもなく、むしろ、「アート」がこれまで独り我がものの如く主張してきたオリジナリティやクリエイティヴィティの問題は、審美的な感受性のそれ、造形的な構造性のそれなどとともに、「サイエンス」と根本的な部分において通底し合うものを持っている、だとすれば、誰の眼にも衰退しつつあるように映るこの後者に、新たな息吹を吹き込み、斬新な発想や新しい形態を生み出す上で、利用可能なリソースとしての価値を持っているのではないか、そのようなことを広く世間一般に向かって云わんがため、機会を見ては小石川分館で展覧会や小規模イヴェントを開催してきたところ、それらの甲斐が多少なりとはあったのかもしれない、「アート&サイエンス」という論点の立て方に興味を持つばかりか、自分たちの手でなにか面白いイヴェントでも企てられないかと考える学生たちが年ごとに増えてきて、果ては、「アート」ばかりでなく、人体を包むモノとして「モード」もまた、「サイエンス」に接近を図るべき時代がいまや到来しているのではないか、新しい刺激をそこから得ることができるのではないか、否、そうあらねばならないのではないかなど、実に真っ当な意見を開陳する者まで現れる始末となり、「モード&サイエンス」のコンセプトをもって「アート&サイエンス」のそれに代え得るものなのか、などと屁理屈めいたことを唱えるよりも先に、ファッション・ショーの演出においても、そのための小道具やアクセサリーにおいても、最新のトレンドを伝える流行雑誌や映像クリップ他のメディアにおいても、自然界を構成する動物や植物や鉱物のイメージ断片が、当初は控えめに、がしかし今や堂々と姿を現すような時代になってきており、そのことは、たとえばミラノやパリのモード界の現状を顧みるならすぐに得心が行くのではないかと思われるわけであるが、「モード」のクリエーションが博物学的な標本、理化学的な精神、工学的な技術と、ときに過激な火花を散らしたり、ときに建設的な協働を結んだりする、超領域的な環境、千載一遇の機会が、どこか然るべき場所に準備されていて然るべきなのではないか、との考えで衆目の完全一致をみるに至り、愚考の果てに、片や博物館工学ゼミの参加者と、片やファッション・フリークの集まり「fab」のメンバーの双方に諮ったところ、思いもかけぬことにどちらからも諾との色好い返事が返ってきたことから、三十人を優に超えるにわか仕立ての混成グループが瞬く間に結成され、彼等を中心として、小石川分館の展示スペースを使って「モード&サイエンス」をテーマに掲げたファッション・イヴェントを開催する仕儀となり、それがため、この場を借りて、学内外の関係各位に慎んでお知らせ申し上げるとともに、この企画の実現にあたって有り難いご支援を賜った企業、団体、個人の方々に心よりお礼を申し上げることで、企画実行委員会からのごあいさつに代えさせて頂きたいと思う次第である。

西野嘉章 モード&サイエンス実行委員会委員長
東京大学総合研究博物館教授



「Seeing」----見ることを見つめなおす

 われわれは普段、学術標本や廃棄物に眼を向けることは少ない。ましてや美しいと思うことなど。しかしそのような物も、ひとたび東京大学総合研究博物館小石川分館に置かれるやいなや、来場者の視線を誘う。ここにある物に、タイトルやキャプションはついていない。したがって自力で物と向き合うほかない。
  その小石川分館にわれわれは何度も足を運び、「物を見ること」それ自体に気づいた。見つめれば見つめるほど、展示物は多くを語った。しかもそれは展示物との個人的な対話であって、他人から強制されたものではない。そこに正しい見方といったものはない。自分が見たいように見て、感じたいように感じれば良い。もしかしたら、その瞬間から眼の前の世界に対する見方が、少しだけ変わるかもしれない。それによって退屈な日常が、幾分輝いて見えるかもしれない。見ることを見つめなおす場所。それが小石川に対する素朴な感想である。
  さて、長い歴史の中で衣服は社会的な記号として機能してきた。それは現在でも変わらない。われわれは特定のスタイルを纏うことによって、あるコミュニティへの帰属を社会に対して表明する。それと同時に社会の目は、衣服によって人の生活、ときには性格までも判断する。言わば衣服がどんな具象性をもっていたとしても、見る者によって「あるスタイル・あるコミュニティ・ある言葉」の中にきれいに収められてしまうのである。その意味で、衣服は、われわれが小石川で学んだ「物そのものを見つめる行為」から、遠い存在にあると言える。
  そこでわれわれは、制作する衣服のコンセプトを「Seeing」とした。まず制作者が物をじっくり見て、感じること。そして来場者の方々に、物を見ることの深みを体感してもらうこと。見ることを見つめなおすこと。小石川×衣服という組み合わせをもって、このコンセプトに挑戦することは、前述のように大きな意味を帯びてくる。

奥山雄太 モード&サイエンス実行委員会制作統括
東京大学経済学部三年


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