東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
東京大学 The University of Tokyo
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地球には、宇宙線が降り注いでいますが、これがはるか上空の空気と衝突して中性子と呼ばれる微粒子が出来ます。さらに、この中性子が空気の中にある窒素原子と衝突して、炭素14原子が生成するのです。炭素14原子は、まわりの酸素と結びついて二酸化炭素となり、普通の二酸化炭素と一緒に大気中に拡散していきます。


表1 死後年数と14C濃度、崩壊速度の関係




図1 AMS法




図2 酸-アルカリ-酸処理




図4 土器が持っている時間情報(文様図;『宮の原貝塚』 (1972)





図5 歴年代への換算

放射性炭素(炭素14)で年代を測る吉田 邦夫

年代測定法のからくり
  炭素14は、放射性炭素とも呼ばれ、電子(β線)を放出し、壊れて窒素14原子に変わります(この現象を放射性崩壊といいます)。この現象は、極めて規則的に起こり、1万個の炭素14原子があると、その数が半分の5千個になるのに、5730年かかることが知られています(この時間を、半減期と呼び、炭素14の半減期は5730±40年です;Godwin, 1962)。つまり、非常に正確な時計の役割を果たすことが出来るのです。大気中の炭素14原子は少しずつ壊れて減っていきますが、上空で日夜生産されているので、大気中にはいつも一定の量、炭素原子全体の約1兆分の1だけ存在することになります。二酸化炭素は水に溶けるので、海水や河川・湖沼の水の中にも、この割合で、炭素14原子を含む二酸化炭素が存在していることになります。
  光合成(炭酸同化作用)をする植物は、この二酸化炭素を取り込むので、植物組織の中にも同じ割合の炭素14原子を含むことになります。また、この植物を食料とする動物や、食物連鎖を構成する動物・人間も同じ割合の炭素14原子を含むわけです。植物も動物も生きている限りは、その組織の炭素の中に1兆分の1の炭素14原子を持っているのです。これらの生物が死んでしまうとどうなるのでしょう? 新たな炭素の取り込みがなくなるので、その時点から、炭素14は壊れる一方と言うことになります。5730年で半分になるのですから、遺物の中に1兆分の1あった炭素14が、その半分、2兆分の1になっていることがわかれば、その生命体は、5730年前に生命活動を停止した、ということがわかるのです。これが、炭素14年代測定法の原理です。

壊れるのを待つか、残りものを数えるか?
  東京大学でも1961年に炭素14年代測定装置を購入し、測定を開始することになります。崩壊するときに出る電子を数える「β線計測法」という方法です。炭素14は半減期が長いので、ほんの少しずつしか壊れません。現代の炭素が最も多くの炭素14原子を持っているのですが、この炭素1gを使っても1分間に約14個しか壊れないのです。私たちの身の回りには宇宙線をはじめとして、結構沢山の放射線が飛び交っているので、4〜5秒に1個の電子を数えるのは至難の業です。資料が古くなれば、その数はさらに少なくなるわけです。測定室では、約6トンもの鉄(厚さ25cm)で測定器の周囲を囲い、反同時計数法という電子技術を使って、3〜4万年前の資料まで測定できるようにしているのです。現在4代目の装置が動いています。
  これに対して崩壊しないで残っている炭素14原子は、3万年前のものでも炭素1g中に16億個も残っているのです(表1)。残っている炭素14原子を直接数えようというのが、加速器質量分析(AMS;Accelerator Mass Spectrometry)法です。この方法は、加速器を使う大がかりなものですが、1977年に提案され、東京大学でも原子力研究総合センターのタンデム加速器を用いて、1980年に開発を始め、1985年から炭素14年代測定を行ってきました。その後、タンデム加速器を更新し、1999年秋から新しい装置による測定が、ほぼ定常的に出来るようになっています(図1)。
  従来のβ線計測法に比べて、AMS法は3つの特徴を持っています。
1  測定に必要な試料が約千分の一以下の1mg程度
2 約6万年前の資料まで測定が可能
3 測定時間が、短い(30分〜1時間程度)
この方法の何よりの魅力は、極微量の資料で年代測定が出来ると言うことで、様々な分野で新しい試みがなされています。

測定試料はゴマ粒ほど、邪魔者は、まわりの塵や埃
  年代を正確に決めるには、目的とする生命遺存体の炭素だけを取り出す必要があります。その時に、やっかいなのは、現代の炭素14濃度が最も高いということです。空気中に漂う塵埃を混入させないようにしながら、埋蔵中に付着・浸透したものや、発掘後の汚染を取り除かなくてはなりません。化学的にこれらの汚染を除くために、酸−アルカリ−酸処理(Acid-Alkali-Acid、AAA処理)を行います(図2)。最後に、グラファイト・鉄粉混合試料を内径1mmの孔にプレスして、タンデム加速器のイオン源に装着します。イオン源には一度に40個の試料が取り付けられ、通常1試料について、10分間の測定を3回繰り返しますので、40個の測定に1昼夜かかることになります。

縄文人からの便りに日付の消印が
  これまで、縄文土器の年代は、遺跡から一緒に発掘された木炭や貝殻の炭素14年代を測定して決められてきました。私たちは、10年ほど前から、土器自身に残された炭素を使って、直接土器の製造年代や使用年代を決定する研究を進めてきました。AMS法ならではの分野です。
 
縄文時代早期や前期の土器の中には、粘土の中に繊維を混ぜて焼いた「繊維土器」と呼ばれる一群の土器があります。内部の繊維は完全に酸化されずに、黒々とした炭化物が残っていることがよくあります(図3)。この繊維は、土器を製造する際に意図的に加えられたと考えられますから、その材料は製造年代を示すことになるはずです。このような資料は、粘土を含めて0.1g程度を削り出せば、年代を測定出来ることがわかりました。
 繊維土器に限らず、様々な炭化物が土器片に残されていて、多様な時間情報をもっていることがわかってきました。粘土の中に含まれていた種子や植物組織、土器作りの際に偶然埋め込まれた表面の有機物などは、土器の製造についての時間情報を与えるはずです。また、吹きこぼれや加熱時の表面のすす、穀物片や油脂、煮炊きした食物などの残存物やそれらが炭化したものからは、使用についての時間情報が得られます。古代からの便りに、いってみれば日付の消印が押されていたのです。この消印を判読して詳しい年代を決めようというわけです。

 図4に新潟県葎生遺跡から出土した一群の土器片から得られた時間情報をまとめてみました。これらの土器は、繊維土器ではありませんが、内部の黒く見える部分を取り出すと、ほぼ妥当な年代が得られることがわかります。この値は、AMS装置が不安定な状況で測定したもので、再測定を計画しています。それでもまだ、東大の現状では、炭素14年代の誤差が50〜100年で、製造年代と使用年代の違いが見えてくる状況ではありませんが、今後さらに精度を上げれば、ディテイルが浮かび上がってくるものと期待しています。
 
一方、このような分野での測定には、十分注意する必要があります。何しろAMS法ではほんの少しでも炭素があれば測定が出来てしまうのです。測定試料が、目的とする生物遺存体の痕跡であることを十分に検証して、年代値を取り扱うことが強く求められています。

炭素14年代値と実際の年代
  冒頭に述べた考古学界における炭素14年代の論議でも問題になったことですが、炭素14年代と実際の年代は、必ずしも一致しません。炭素14年代値を算出するときに、過去においても大気中の炭素14濃度が一定であると仮定しているのですが、実はこの仮定は正しくありません。主に、地磁気が変動することによって、地球に降り注ぐ宇宙線が変動して、その結果炭素14の生成量が変わってしまうのです。そこで、アメリカとヨーロッパの樹木を使い、いくつかの年輪試料をつなぎ合わせて暦年を決めた年輪に含まれる炭素14濃度を測定して、炭素14年代を暦年に変換する較正曲線がつくられています。最新の較正曲線では、11,800calBPまでは樹木年輪試料で、それ以前の24,000calBPまでは、サンゴのU/Th(ウラン/トリウム)年代を用いて較正されます(INTCAL98;図5、暦年をcalBPで表します)。縦軸が測定した炭素14年代で、測定値が10,000yrBPとすると、暦年はほぼ11,500calBPに相当することになります。つまり、炭素14年代の測定値は、実際の暦年より若い値が得られるのです。これは、過去の炭素14濃度が現在より大きかったために、炭素14原子が沢山残っていて、見かけ上若い年代を示しているのです。
  最近の新聞報道でも問題になりましたが、年代の新旧を比較する場合には、炭素14年代値か暦年較正値のどちらかに統一して議論をしないと全く間違った結果が出てくることになります。また、11,800calBPを境にして、異なった較正方法を採っていることにも留意すべきでしょう。
このような作業の中で、炭素14年代測定と縄文時代研究の間の、あるべき関係が形成されるものと期待しています。

参考文献
"INTCAL 98:CALIBRATION ISSUE", Radiocarbon, 40 (1998)
Anderson E. C. and Libby W. F. (1947), "Radiocarbon from Cosmic Radiation", Science, 105, 576
Arnold J. R. and Libby W. F. (1949), "Age Determination by Radiocarbon Content: Checks with Samples of Known Age", Science, 110, 678-680
Arnold J. R, and Libby W. F. (1951), "Radiocarbon Dates", Science, 113, 113-120
Crane, H. R. and Griffin J. B. (1960), "University of Michigan Radiocarbon Dates V", Radiocarbon, 2, 31-48
Godwin H. (1962), "Half-life of Radio Carbon", Nature, 195, 984
Libby W. F. (1946), "Atomospheric Helium Three and Radiocarbon from Cosmic Radiation", Phys. Rev., 69, 671-672
Libby W. F. (1951), "Radiocarbon Dates, II", Science, 114, 291-296
山内清男(1937)「縄紋土器形式の細別と大別」『先史考古学』1巻1号、
山内清男(1967)「洞穴遺跡の年代」『日本の洞穴遺跡』pp374-381
吉田邦夫(1999)、「最新の年代測定法ではかる縄文土器」、化学、54, 20-23


放射性炭素年代測定室
准教授   吉田 邦夫 (年代学・考古科学)