東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
東京大学 The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime22Number1



スクール・モバイルミュージアム

矢後勝也(本館助教/昆虫自然史学・保全生物学)
遠藤秀紀(本館教授/比較形態学・遺体科学)

 東京大学総合研究博物館と文京区教育センターとの連携で、これまで2013年から3年以上に渡ってスクール・モバイルミュージアム事業が展開されてきた。平成29年度のスクール・モバイルミュージアムでは、2016年6月10月〜10月14日のおよそ4ヶ月間の日程で、文京区教育センターの2階大学連携事業室にて「東大昆虫館」展が開催されている。
 昆虫とは、時に身近で親しみやすく、時に可憐で美しく、時に忌み嫌われる存在である。人の感性を揺さぶるこの生き物は、色や形、大きさ、動きが環境に合わせて実に様々だ。今回はできる限り多くの昆虫標本を出展し、別種同士はもちろんのこと、同じ種の中でも何一つ全く同じ形や模様のない昆虫の多様性を体感できるような展示を目指した。また、昆虫の多様性を生み出した進化や発生の過程、昆虫の興味深い行動や生態、近年の環境破壊や地球温暖化、外来生物などの影響を受ける昆虫の変化も解説した。140年前から収集された東京大学ならではの歴史的標本にも触れながら、最新の研究成果もわかりやすく紹介することで、現代の子供達に昆虫への科学的な探究心を抱いてほしい想いも込められている。
 展示スペースは約12m×8mと小規模であるが、ここに約3,700点の昆虫標本を敷き詰めて、表裏で異なる色彩のチョウを両面ガラス箱に収納して天井から吊るすなど、昆虫の美を表現したインスタレーション的手法も部分的に導入することで、展示場の入口から圧倒的な存在感を引き出すようにした(図1)。空間の色調は標本の美しさを損なわない黒とグレーをベースとし、エンジ色の繻子系生地を展示台上に敷いて標本箱を並べることにより、展示品に高級感とレトロ感を与える工夫も凝らした。また、基本的に動線は右回りを意識しながら展示物を配置した。
 展示内容を動線順に説明すると、入口(図1)を進んですぐ右側の壁面には、まず本展示の挨拶文を掲載し、次に昆虫と他の虫との違い、チョウとガの違いなどを実物の標本や形態図と合わせて解説した。特に翅の付け根に聴覚器官がある夜行性チョウ類のシャクガモドキは、このパートでの注目される展示標本となった。続いて、日本産シルビアシジミが2種いることを明らかにした分類学的研究と分子系統地理、迷チョウや迷トンボなど自然の力で飛来する昆虫、アサギマダラやオオカバマダラのような渡りをする昆虫、地球温暖化と植栽の影響で北上する代表的な昆虫などを、標本とともに展示パネルを付けて概説した。また、外来昆虫の分布拡大と在来昆虫への影響に関する展示では、最近大きな話題となっている南米原産の危険外来昆虫ヒアリの日本産個体(国内初確認された尼崎産)を全国に先駆けて国内初の展示を行った。
 通路を左に折れると、右側壁面はちょうど展示場全体の正面奥に当たる(図1)。ここでは日本蝶類学会初代会長を務められた五十嵐邁博士や東京大学名誉教授の人類学者・尾本惠市博士が収集した艶やかなチョウ類コレクションを壁一面に広げてインパクトのある展示を策した。また、両コレクションの間には映像モニターを設けて、ブータンシボリアゲハ再発見の際の調査映像やオオルリシジミやオオムラサキなどのチョウ類の野外映像を上映した。
 さらに右回りで通路突き当たりを左折すると、右側壁面(入口から見て左側壁面)には、ヒマラヤ造山活動とそれに伴う気候変動により種分化したシボリアゲハ属の分子系統地理学的研究、東京大学を中心とする文京区に棲む昆虫たち、環境省「種の保存法」の国内希少野生動植物種に指定されている昆虫、当時小学生だった新井麻由子氏が発見して矢後との共同研究で発表したコノハムシの興味深い産卵行動などを、解説パネルとともに実物標本も並べて展示した(図1、2)。特に「種の保存法」に関する解説パネルでは、外来トカゲ・グリーンアノールや外来植物アカギにより激減したオガサワラシジミの現状やその保全対策などを発信し、生物多様性保全の重要性を伝える展示とした。その他に、産業技術総合研究所の二橋 亮博士による翅の斑紋多型を制御する遺伝子についての解説パネルと合わせてドクチョウ類やシロオビアゲハの標本を並べて斑紋多型の例を見せたり、総合研究大学院大学の蟻川謙太郎教授による交尾行動や産卵行動で働く尾端光受容器に関する解説パネルも掲示したりするなど、外部からの協力も得て一部の展示を行った。
 展示室の中央部には、今回の展示の目玉として、日本の近代養蚕学や農業害虫学の開祖として知られる佐々木忠次郎教授由来の昆虫標本を配置した(図2)。これらの昆虫標本は石川幸男教授、星崎杉彦助教のご支援の下、本学農学部から2012年に総合研究博物館へ移管されたもので、当時の研究で用いられた害虫標本やカイコ標本の他、明治〜大正期の東京周辺で主に採集された希少種のベッコウトンボやタガメ、ゲンゴロウ、国内絶滅種のスジゲンゴロウのような貴重な標本が含まれ、欧米式の針刺し標本としても国内最古級となる。佐々木教授由来の昆虫標本のすぐ手前と奥の展示台には、世界最大級の昆虫や美麗・端麗な昆虫などを収納した計16箱の昆虫標本箱を平置きにした。特筆すべき昆虫標本として、世界最大のチョウでワシントン条約附属書I掲載種のアレクサンドラトリバネアゲハの雌雄および蛹の標本、世界最大のガ・カエサルサンや世界最長級の昆虫・カービーオオナナフシの標本などが挙げられる。また、ヘラクレスオオカブトやオウゴンオニクワガタをはじめとする外国産カブトムシやクワガタムシには子供達がよく集まり、根強い人気の高さが伺えた。
 出入口に近い廊下側の壁面では、雌雄の識別に関するコーナーを設けて、雌雄で異なるチョウの交尾器や前脚のスライド標本を双眼実体顕微鏡で観察できるようにした。また、美しく輝いた昆虫を散りばめた標本箱内をルーペで観察できるコーナーも設置し、いろいろな色素や構造色で昆虫が放つ美麗な色彩の仕組みも解説した。この展示に隣接した最も出口に近い位置には、昆虫関連の図鑑や子供向けの書籍を本棚に収納して、自由に閲覧できるスペースを提供した。また、当館から出版された昆虫関係の標本資料報告も並べることで、コレクションデータベースに関する研究発信の場も設けた。
 本展示の関連イベントとして、子供向けの「おはなし会」なども開催している。8月末現在まで、前出の尾本惠市博士のご講演も含む3回の「おはなし会」と1回の「こんちゅう野外教室」を開催しており、大盛況の中、幕を閉じることができている。特に「こんちゅう野外教室」では、申し込み開始1時間で定員超えの30名に達し、それ以降は断るほど多くの子供達が集まった。当日も天気は上々でいろいろな昆虫を見ることができ、実際に採集してスケッチするイベントに子供達は楽しく過ごしたように感じた。保護者からの評判も良く、来年度の開催の期待も高かった。9/30に最後の「おはなし会」が催される予定で、藤岡知夫博士や奥本大三郎博士のような文京区在住の昆虫界で著名な方々をお招きして、東京大学周辺に生息する昆虫の変遷について対談いただく見通しとなっている。
 この展示開催にあたり、下記の方々にご後援、ご協力いただいた。環境省関東地方環境事務所、日本昆虫学会、日本鱗翅学会、日本蝶類学会、日本蝶類科学学会、昆虫DNA研究会、NPO法人日本チョウ類保全協会、ファーブル昆虫館「虫の詩人の館」、日本蝶類研究所、蟻川謙太郎、五十嵐昌子、石塚詩織、井上暁生、小川結子、奥本大三郎、尾本惠市、三枝豊平、谷尾 崇、原田一志、雛倉正人、藤岡知夫、二橋 亮、細石真吾、堀江洋成、三橋弘宗、宮川 崇(敬称略・順不同)。また、文京区教育センターの安藤彰啓、安部 忍、中川景司、井ノ宮輝(敬称略・順不同)の他、多くの方々にもご支援いただいた。この場を借りて心よりお礼を申し上げる。

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図1 「東大昆虫館」展の展示場入口からの様子.壁面には解説パネルとともに多くの標本を展示し、天井からは表裏で翅の色彩が異なるチョウを両面ガラス箱に収納して吊るした.奥には映像モニターを設けて、ブータンシボリアゲハ再発見の際の調査映像や展示に関連する日本産チョウ類の野外映像を上映している.

図2 展示場の右側中央から左側中央を眺めた様子.中央には日本昆虫学の祖・佐々木忠次郎由来の明治〜大正期に作製された貴重な昆虫標本を設置し、その両側には世界最大級の昆虫や美麗な昆虫を展示した.奥の壁面には各解説パネルとともに様々な昆虫標本を並べている.