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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime21Number1



国際共同展示
Qafqazカフカズ Neolitiネオリティ ―東京大学アゼルバイジャン
新石器時代遺跡調査2008-2015』によせて

西秋良宏(本館教授/考古学)

 今回オープンした常設展示は年単位で維持されるものとなるが、一部には、随時、新たな企画を展開できる機動的スペースも備えている。一つは、展示ホール一番奥のAMS放射性炭素年代測定展示の前の空間、もう一つは2階展示室に向かう階段がある第三展示室の中央スペースである。前者は当面、開館記念連続講演会に用いられる。一方、第三展示室中央は、私たちが近年、取り組んでいるアゼルバイジャン共和国での考古学的発掘調査速報に活用することにした。
 アゼルバイジャンは比較的新しい国である。ソビエト連邦の崩壊にともない1991年に独立した国々の一つで、トルコの北、カスピ海の西に位置する。ヨーロッパに分類されることが多いが、考古学的には西アジアの北縁と言ってよい。古代メソポタミアのウルク文明が到達した北限でもあるし、古代ペルシャの強国アケメネス朝が進出した北限でもある。イスラーム世界の北限でもある。文化史的なヨーロッパとの境界は、アゼルバイジャンの北にそびえる大コーカサス(カフカズ)山脈をあてるのが妥当だろう。
 さて、私たちのチームは農耕牧畜経済の出現を考古学的に調べることを目的としている。ここ30年ほど、シリアを主たるフィールドにしてきた。もちろん2011年の政情不安勃発以降、シリアに足を踏み入れることはできなくなっているが、かといって、その代替地としてアゼルバイジャンを選んだわけではない。調査は内戦開始以前の2008年から始めていたし、そもそも研究の目的が違うからである。シリアは今から1万1000年ほども前、世界最古の農耕を自力で開始した地域の一つであるのに対し、アゼルバイジャンは、他所から農耕経済が伝わってきた地域である。これまでの西アジア初期農耕村落研究の焦点は自力の農耕起源におかれており、伝播によっておこった周辺社会の農耕牧畜化については取り組みが浅かった。最も研究が遅れていた北への拡散をコーカサスで調べてみようとしたのである。
 私たちが調査を開始した当時、アゼルバイジャンの初期農耕時代、つまり新石器時代(ネオリティ)について確実にわかっていることはほとんどなかった。ソビエト連邦時には西側世界の研究動向から孤立していたし、独立後も紛争への対応や国作りに忙しく、考古学研究どころでは無かったというのが実態だったのだろう。したがって、関連遺跡の年代や物質文化の内容をゼロから一つ一つ、決めていく作業が必要となったが、私たちの発見が即、同国にとっての新発見となるわけであるからたいへんやりがいのある仕事になった。
 調査は国立科学アカデミー考古学民族学研究所と協定を締結し、同研究所のファルハド・キリエフ博士と共同ですすめている。これまでに発掘した遺跡は二つある。この地域で最大級の新石器時代遺跡として知られていたギョイテペ(図1)と、その周辺地域を踏査して新たに見つけたハッジ・エラムハンル・テペ(図2)である。どちらも泥れんがで作った建物が壊れたり再建されたりしたりしてできた丘、つまりシリアやトルコでみつかるのと同じ遺丘である。発掘の結果、ハッジ・エラムハンル・テペは約8000年前に設立されたコーカサス地方最古級、ギョイテペはその後に誕生した最大級の農耕村落遺跡であることがわかった。
 その分析をもとにして、この地域に農耕経済が到来した最初の段階から、その後、数百年をかけて急速に独自の農耕社会が形作られていったプロセスを実証することができた。この経緯の研究成果については展示をごらんいただきたい。
 シリアに始まってコーカサスへ北上、というのは、私たちの研究チームの行路にも重なっていて感慨深い。新石器時代には、異なる文化集団が出会った際、何が起こったのだろうか。私たちについて言えば、アゼルバイジャンのみなさんには毎年、手厚く受け入れていただき、気持ちよく研究を進められていることはたいへんありがたい。初期農耕村落の成立は、その後の文明化への出発点でもある。私たちの手がけた発掘は、アゼルバイジャンが独立後、最初に手がけた本格的な農耕村落調査にあたる。日本で言えば、戦後に発掘された登呂遺跡のような位置づけであって、最大級の遺跡であるギョイテペを保存し公園化しようという動きも始まっている(図3)。その事業にも協力させていただきたいと思っている。


■国際共同展示『Qafqaz Neoliti ―東京大学アゼルバイジャン 新石器時代遺跡調査2008-2015』
会   期:2016年5月14日―12月22日
会   場:東京大学総合研究博物館 常設展示第三室
開館時間:常設展示と同じ
共   催:アゼルバイジャン国立科学アカデミー考古学民族学研究所
【関連イベント】
ギャラリーセミナー
アゼルバイジャン考古学の新展開 ―最古の農村から古代文明まで
日   時:2016年5月14日(土)14:00―16:30
会   場:東京大学総合研究博物館1階展示室
講   師:西秋良宏(総合研究博物館)、門脇誠二(名古屋大学博物館)、
       ファルハド・キリエフ(アゼルバイジャン考古学民族学研究所)、
       サファル・アシュロフ(同)



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図1 ギョイテペの約7500年前の建物群.これらを
保存する計画がもちあがっている.



図2 約8000年前,ハッジ・エラムハンル・テペの
発掘.



図3 ギョイテペ周囲に設置された石壁と門.