東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime20Number3



特別展
「ミュオグラフィ―21世紀の透視図法」展

宮本英昭(本館准教授/固体惑星科学)
田中宏幸(東大地震研教授/高エネルギー素 粒子地球物理学)
新原隆史(本館特任助教/惑星物質科学)
洪鵬(本館特任研究員/惑星大気科学)
逸見良道(本館特任研究員/惑星地質学)
James M. Dohm(本館特任准教授/惑星地質学)

展覧会の狙い
 博物館では、標本の収集と整理・管理に加え、標本を基盤とした研究や公開活動などが行われているが、大学博物館がほかの博物館と比べて少し異なるのは、こうした活動を大学の一員として行っていることである。そのため普段の研究活動を通じて、異分野の研究者らと直接連携している。展示企画のありかたも、一般の博物館と大学博物館では異なるところがある。私たちは、ある分野で卓越した研究者といえども、他分野については意外に無知であることを良く知っている。そのため特に応用範囲の広い重要な研究成果が得られた場合は、やはりその成果を周辺分野の研究者に周知し、興味をかきたてることが重要であると考える。つまり高度な知識を持つ研究者をも直接的なアウトリーチの対象と考え、近隣分野の専門家が見ても学術的に充実していると感じられる内容を提示できる展示企画を追及することになる。
 「ミュオグラフィ―21世紀の透視図法」展覧会の学術企画は、ミュオグラフィの開拓者である東京大学地震研究所の田中宏幸と、惑星科学が専門である東京大学総合研究博物館の宮本英昭が担当した。このふたりの組み合わせは、純粋な共同研究から生まれたものである。現在、日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)では、フォボスという火星衛星からサンプルを取得する、という大型の探査計画を検討しているが、この計画の立案メンバーである宮本が、この計画のカギとなる衛星内部構造探査の切り札として、田中と共にミュオグラフィの検討を始めたのがきっかけだった。その後この検討に学内外の理学・工学の研究者らも加わり、衛星上の超小型探査車への搭載も含め、急速に検討が進められた。これにデザインの専門家や、インターメディアテクといった東大総合研究博物館の独特の活動が加わり、それと東大地震研究所が強力に連携する形で、イタリア国立原子核物理学研究所、イタリア国立地球物理学火山学研究所、ハンガリー科学アカデミーウィグナー物理学研究センターによるサポートのもとこの展覧会が開催される運びとなった。
 ミュオグラフィの応用範囲は極めて広く、他にもさまざまな分野の研究者と結びつくことで、さらなる発展をするに違いない。地震火山噴火研究を始めとした固体地球科学、並びにそれを包括する地球惑星科学、さらに周囲の多くの科学技術人文分野において、重要な共同研究が次々と始まるのではないかと筆者らは考えている。この展覧会がその一助となるのではないか、という期待感こそが、この展覧会を企画する原動力であり醍醐味とも感じている。以下ではこの展覧会の背景にあるサイエンスについて、概略を紹介する。

見えないものを見たい
 顕微鏡は、小さすぎて見えないものを拡大して見えるようにし、望遠鏡は遠すぎて見えないものを近づけて見えるようにする。いったん目に見えたら、次は触ってみたり、聞いてみたりしたい。しかしまずは見てみたい。19世紀の終わりに「見えないものを見せる」新たな技術、X線写真が生まれた。体の中を外から透視することを可能にした、この驚くべき功績により、ウィルヘルム・コンラッド・レントゲンは第1回ノーベル物理学賞を受賞している。その後はご存知のとおり、X線写真は20世紀の医療分野に革命をもたらした。
 これと似たことが、いま生じているかもしれない。2007年に東京大学地震研究所の田中宏幸は、火山全体を透視することに成功したと発表した。エックス線撮影のように火山全体の透視撮像を行い、マグマの位置やマグマの通り道を示したのである。これは火山学100年来の悲願ともいえる衝撃的な成果であった。 火山やビルのような大きいものは、エックス線では透視することができない。田中の新技術は、宇宙から飛んでくる宇宙線がつくる素粒子(ミュオン)を利用するという斬新なもので、ミュオグラフィと名付けられた。このブレイクスルーは世界中の注目を集め、原子炉や溶鉱炉の透視やピラミッドの調査など、応用範囲は急速に広がっている。将来は宇宙探査にも使われるのであろう。

ミュオンの発見
 ミュオグラフィは、素粒子物理学の知識に基づいているので、まずはその基礎的なところから紹介したい。端的に言えば素粒子物理学は基礎科学の一分野だが、応用の側面もありうることを、ミュオグラフィは示した点が興味深いところである。
さて素粒子は英語では「elementary particles」で、文字通り最も基本的な粒子のこと。地球上すべての物質のもととなっているものを指す。物質を構成している分子をバラバラにすると原子になるが、その原子をさらにバラバラにすると、原子核と電子になる。電子はもうバラバラにならないので素粒子である。原子核の方はさらに分解できて、陽子と中性子になる。この陽子と中性子は、昔は原子核をつくる基本粒子だと考えられていたのだが、1935年に湯川秀樹は、陽子と中性子が中間的な質量を持つ未知の素粒子(中間子)によって強固に結合させられているとの仮説を提示した。これは彼が28歳の時であった。
 この原子核内の結合は、今では量子色力学と呼ばれる理論によって説明されている(この理論を確立したD.グロス、D.ポリツァー、F.ウィルチェックにはノーベル賞が授与された)。原子核を構成する基本的な粒子は陽子や中性子ではなく、クォークである。クォークは質量ゼロの「グルーオン」を交換して結合しており、これこそ湯川が予言した中間子の役割を果たしているのだ。さらに湯川の仮説は電子、陽子、中性子以外の新しい素粒子―中間子とミュオン―の発見につながった。こうした「核力の理論的研究に基づく中間子の存在の予想」という湯川の貢献には、1949年のノーベル賞が贈られた。
 アンダーソンとネッダーマイヤーは電子の約200倍の質量を持った粒子を発見したが、1946年、イタリア・ローマにおいてM.コンベルシ、E.パンチーニ、そしてO. ピッチョーニらは、観測された粒子は透過性を持っており、湯川が予言した中間子ではないことを明らかにした。それこそ今日「ミュオン」としてギリシャ文字μで書かれる粒子であり、電子と似た性質を持つ素粒子である。現在では、6種類のレプトンと6種類のクォークの12種類の素粒子の組み合わせで物質が構成されることが知られている。

ミュオンの生成と特性
 実際にミュオグラフィ観測においては、地球の大気中で作られるミュオンが用いられる。そのもととなっているのが、超新星爆発などで加速される陽子やヘリウムの原子核(宇宙線)だ。宇宙線は地球に到達するまでの間、銀河円盤の厚さの数千倍以上の距離を旅していることがわかっている。これは少し奇妙な印象を受けるが、銀河磁場の影響によることがわかっている。宇宙線は荷電粒子であるから、この磁場による擾乱を受けるため、地球に到達するまでに直線的な経路をとれないのだ。宇宙線の速度を光速、銀河円盤の周縁部の厚さを1000光年とすると、宇宙線の銀河系内での旅行時間は500万〜1000万年と計算される。こうして宇宙線は磁場の揺らぎによる擾乱を繰り返し受け、常に進行方向を変えながら地球に到達している。そのため地球に到達するころには、向きに関する最初の情報は完全に失われ、地球上の観測者から見ると等方的に降ってきているように見える。
 さて宇宙線が地球に到達すると、酸素や窒素といった地球大気の原子核と衝突することになる。その結果、中間子(メソン)とよばれるものが生成されるのだが、その多くは荷電パイオン(π)や荷電ケイオン(K)であり、それらの粒子の崩壊生成物として、ミュオンやニュートリノが発生する。いったんミュオンやニュートリノができると、そのほとんどは他の粒子に変わることなく地表まで届く。
 さてミュオンは、ほかの粒子と比べて、はるかに巨大な物体を通り抜けることができる。どうしてミュオンは物質の中であっても、あまり反応せずに長い距離を飛ぶことができるのだろうか?
 ミュオンは荷電粒子である。そしてミュオンはあまりにも小さい(理論上の大きさはゼロ)ので、物質を構成する素粒子そのものには、なかなかぶつからない。しかし、電子や核子が作る電場とは反応し、ミュオンは減速する。つまりミュオンの減速の度合いは、出会う電子と核子の数に依存する。電子は電子雲という形で有限の大きさを持っていると考えることができるのだが、仮に原子核の大きさを指輪程度と仮定すると、電子雲の大きさは東京ドーム程度の大きさになる。つまり物質に入ってきたミュオンが原子核に出会う確率は、東京ドームで落とした指輪を偶然見つけるのと同じくらい非常に小さい。しかしこれと出会うと、大変大きな影響を受ける。これを突発的なイベントというが、まさに予期できず、いきなり起こるため、そう呼んでいるのである。
 ミュオンは電子雲によくぶつかるが、原子核に出会う時と違って、あまりエネルギーを失わない。一方で突発的イベントは、ひとたび起きるとミュオンは光子を放出して大きなエネルギーを失う。光子の放出を伴う荷電粒子の減速は、その粒子の質量の2乗に逆比例するので、質量が電子の207倍もあるミュオンは、この突発的イベントをなかなか経験しない。そのためミュオンの透過力は電子と比べてかなり強いということになる。レントゲン写真は、密度に応じてX線の透過率が変わることを利用した撮像技術であるが、同じように密度に応じてミュオンの透過率が変わることを利用して火山などの内部の様子を撮像するのが、ミュオグラフィである。

世界初の火山透視
 2006年、ミュオグラフィ観測によって世界で初めて浅間山山頂部の内部構造が透視された。この観測では、火口底には固結したマグマが、周囲よりも高密度の領域として見つかった。このマグマは2004年の噴火で噴出したものであることが、航空測量からも確認された。さらに火口底の下に、マグマ流路の上端と考えられる低密度の領域がみられた。こうして得られた透視画像から、一つ前に起こった浅間山の噴火(2004年)を以下のように解釈できる。
 まず、固結した溶岩によって塞がれていたマグマ流路が、マグマから分離したガスの圧力によって爆発し、開口し、それに伴い火山灰、火山礫などを大量に噴出した。その後、マグマが火道をのぼり火口から噴出した。一定期間、噴火活動を行ったのち、地表に出たマグマは外気Ouroborosで固結し、地下のマグマは火道へと吸い込まれ、結果として火口底直下に空洞が残った。これが火口底の下に見つかった低密度領域なのだろう。
 この観測は噴火活動をしていない火山のいわゆる静的構造をとらえたものであったが、のちに塞がれたマグマ流路の上に溜まったマグマが吹き飛んだ瞬間もとらえられた。ミュオグラフィ連続観測中の2009年2月2日未明のことである。このとき、浅間山であらたな噴火が起こったのだ。測定装置は噴火前後でも安定して稼動したため、ミュオグラフィ画像を描くことができた。その結果、2004年の噴火で火口底に溜まったマグマが一部欠損し、火口が大きくなったことがわかった。これは噴火でマグマが吹き飛んだからに他ならない。一方で、火口底の下に続くマグマ流路には変化が見られなかった。これは2009年の噴火はマグマが上昇しておきたものではなく、より深い場所で帯水層と接触して発生した水蒸気が火口底に溜まった古いマグマを吹き飛ばした、いわゆる小規模な噴火であることを意味する。実際、これ以降 噴火が続くことはなかった。
 2013年に、今度はミュオグラフィによって世界で初めて火山の中でのマグマの動きがとらえられた。なんとマグマが繰り返し火道を上昇したり下降したりする様子が、薩摩硫黄島で観測されたのだ。この島では長期間にわたって断続的に噴火が続いており、マグマの昇降が原因ではないかと考えられてきたのだが、その直接的な証拠はこれまで無かった。ミュオグラフィによって、それが初めて誰の目にも明らかな形で可視化されたのである。
 ミュオグラフィは、従来の手法ではなかなか得られなかった火山体内部の「密度」に関する情報を、高分解能かつ非接触で描き出すことができる。こうした他の手法では得られない情報は、火山学的に極めて大きな意義を持つ。ただし医療におけるX線診断が万能でないのと同じように、ミュオグラフィにも得手、不得手がある。火山が大きくなるとミュオンの透過強度が極端に減って、解像度が悪くなってしまう。そのため対象物の厚みは、せいぜい5km程度でなければならない。また、ミュオンは地下からは飛んでこないため、見ることができる対象は、検出器より高い位置のものに限られる。
 「惑星地球」および地球外天体への応用上で述べたように、ミュオグラフィは火山の構造を知る手段として実用化された経緯があるが、その応用範囲は極めて広い。2007年の田中による最初の成功を受け、既にメキシコの古代遺跡、カナダでの資源探査、スイスでの氷河のモニタリング、イギリスでの炭素貯留層のモニタリングなどへの応用がプロジェクト化されている。今後もさらに幅広く、さまざまな分野へと応用されていくに違いない。
 ミュオグラフィの応用範囲は、地球だけに限らない。おそらく将来の太陽系探査においても、極めて重要な位置づけとなるだろう。その理由は(1)対象物と探査機器とが接している必要がない、(2)地震波や電波を放出するような機構を必要としないため、必要とされる電力量は少なく、機器の構造も単純なもので済む、(3)データ解析においても逆解析の必要がなく、地球へと電送すべきデータ量が小さく抑えられる、という大きなメリットが存在するからだ。火星や金星などでの適用可能性は知られているが、他にも重要なターゲットとして火星の衛星、フォボスがあげられる。フォボスは火星表面からの距離が6,000kmと十分に近いため、火星大気で形成したミュオンが崩壊前にフォボス表層に届く。これはミュオグラフィにとって大変都合が良い。現在JAXAの宇宙科学研究所では、2022年打ち上げを目指したフォボス探査計画を検討している。筆者らはミュオグラフィを内部構造探査機器の候補として、準備を進めている。

特別展示「ミュオグラフィ―21世紀の透視図法」
会 期 2015年12月5日(土)〜2016年5月8日(日)
休館日 月曜日(月曜日祝日の場合は翌日)、年末年始・その他定める期間
時 間 11:00〜18:00(金・土は22:00まで)、入館は閉館時間30分前まで
入館料 無料  ハローダイヤル : 03-5777-8600
会 場 インターメディアテク2階「GREY CUBE(フォーラム)」
住 所 東京都千代田区丸の内2-7-2 JPタワー/KITTE2・3階
アクセス JR東京駅丸の内南口1分/丸の内線東京駅地下道直結
主 催 東京大学総合研究博物館+東京大学地震研究所
共 催 イタリア国立原子核物理学研究所・イタリア国立地球物理学研究所
後 援 在日イタリア大使館・駐日ハンガリー共和国大使館・駒澤大学
新日鐵住金株式会社


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現代物理学の父とも呼ばれるアルベルト・アインシュ
タインが,東京帝国大学に来訪した際に利用したと
伝えられるエレベータの内部に,ミュオグラフィの
根幹をなすプラスチックシンチレーターを配置した
展覧会のオブジェ.ミュオグラフィの原理を
アーティスティックに語る.


本展覧会で初公開された最新鋭・並列型ミュオグラフィ
装置による丸の内のリアルタイム透視実験.壁の向こう
のビル群を透視した結果が,期間中に逐次更新されて
いく.