東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime16Number3




展覧会におけるヴィジュアル・アイデンティティ

洪 恒夫 (本館特任教授/展示デザイン)
中野豪雄(グラフィックデザイナー)

トータルにデザインすることで生まれるヴィジュアル・アイデンティティ
 展覧会と来場者との間に生じるコミュニケーションは数多くあるが、その中の一つにヴィジュアル・コミュニケーション(視覚コミュニケーション)がある。そして、展覧会を開催する際、通常準備するものには、展示、告知のためのポスター、フライヤー(チラシ)、そして図録があり、これらには全てヴィジュアルデザインの要素が含まれている。
 展示は視覚のみならず、聴覚、触覚、時として嗅覚・味覚などを複合的に組み合わせて五感に訴えかけることのできるメディアである。その中でも視覚を用いた伝達のウェイトは大きい。グラフィックパネル、サイン、内装、照明などがそれである。私は展示の企画、デザインを専門とするが、展示をつくるうえで留意していることの一つに、展示空間が醸し出すイメージを明快にすること、展示空間に特徴を持たせることがある。何故なら展示空間が展覧会のテーマやコンセプトが持つイメージや世界観に近づけられれば、展示を通したメッセージの伝達の効果を高めることができるからである。
 ポスターは言わずと知れた展覧会の告知、広告宣伝のためのツールである。まずは人の目を引き、展覧会の存在を知らせ、会場に足を運んでもらうきっかけをつくるものである。必要な情報を盛り込み、確実に会場に来ていただくための必要情報を提供する役目を持っているが、それだけにとどまらず、展覧会のテーマやコンセプトを強く訴求し、その世界観を漂わせることも可能となる。
 フライヤーはポスターと同様の機能を持つが、ポスターと違って手にとって持ち帰られる媒体であるため、より詳細な情報を盛り込むことができる。往々にして表はポスターと共通のデザインを用いることが多い。
 そして、図録は展覧会の記録であり、詳細解説であり、展覧会の掘り下げ情報を盛り込んだ読本である。因みに本館展覧会の図録は美術館、博物館のそれとは異なり、関連の学術研究の論述、論文の要素も加わっていることが特徴となっている。ここにもブックデザインとしてのヴィジュアルデザインが存在し、図録そのもののイメージはもちろん、展覧会のイメージをも盛り込み、発信することができるものになる。
 さて、このような展覧会を構成するアイテムには必ずデザインが施されている。つまり、展示デザイン、ポスター、フライヤーのグラフィックデザイン、そして図録のブックデザインであり、そこにはデザイナーが存在する。職種、テリトリーが異なるため、これらの作り手が変わることは多い。しかしながら、これら各種デザインに統一感があり、ある共通のイメージを持たせることができたとすれば、展覧会としてのアイデンティティを創出することができる。これを実現するのが今述べてきたような数々のヴィジュアルによる統一的なデザインであり、ヴィジュアル・コミュニケーションを横断させながらトータルにデザインすることで生まれる同一性、すなわち、ヴィジュアル・アイデンティティなのである。
(洪 恒夫)


アルケオメトリア展の展示デザイン
 さて、今般公開される「アルケオメトリア展」であるが、ここで取り上げられる主たる標本は土器と漆である。標本を年代の測定を始めとした科学の眼で透かし見ることでそれらが作られた年代、使われた年代、また、使われていた状況にかかわる情報、ひいてはそれらがおかれていた文化的な背景を考察する上での情報なども手に入れられる、という学術研究の現場を紹介するものである。
 本展の企画者である本館吉田邦夫教授の意図を受けて私が考案した展示のストーリーとしては、展覧会趣旨の紹介を皮切りに、年代を測定する原理とはどういうものなのかを解説し、それらの原理を応用した科学技術の手法、メソッドを紹介。そして、今回とり上げる土器、漆などの標本を科学技術によって調べ、解き明かされた年代・出来事などの学術情報を標本とともに展示する。さらには、そこから見えてくる日本の文化、大陸とのかかわりを示唆する、といったものである。このストーリー上にのってくるメインのコンテンツは青森、新潟、ロシアなどからの出土品である、火焔土器、繊維土器、漆、動物化石ほかである。同じく年代測定のテーマから南仏の祭壇画、エジプトのミイラ、ペルーの織物も扱う。
 展示で繰り広げられるストーリーは空間を移動していくことで展開される。そこが、ページをめくることによる書籍、画面に映し出される内容が変わることによる映像などとは大きく異なる。つまり観覧者の視線が動き、シーンが変わることで進行するのが特徴である。空間の中を動くということは観る人の視点を集中させにくいという難点がある一方で、見ている対象の後ろにあるものの見えがかり、つまり借景をも含んだ風景や奥行き感を演出することができることや、包み込まれた感覚なども演出に取り込める利点もある。前者の奥行き感は、見せたいものを前後に階層化、いわばレイヤー型の配置を意識的に行うことで面白い効果が生まれる。それは空間ならではの効果であり、私が展示空間のデザインを行う時にしばしば活用するものである。
 そこで、前述のストーリーに基づくゾーニングに、このレイヤーの効果を活かすことを今回の展示でも試みた。何故なら企画者の話を初めて聞いた時にイメージとして頭の中に浮かんだものが、土器などの物質的な標本をX線CTや炭素による年代測定技術で透かして解明する様であり、それはデータなどがレイヤー形状で描きだされるようなものであったからである。
 原理の解説のゾーンから標本のゾーンに目を移したとき、その先のゾーンの様子も階層的に目に入る。こうした構成を奥行きを利用したレイヤー構造によって表現し、空間に表情をもたせると同時に次の展開への期待感を醸成するような演出を施すことにした。具体的には標本を展示して解説するステージを入り口付近からガラスのパーテーション越しに見せ、さらにはそこから見出される文化的な考察のゾーンも見えがかりとして空間表現するものである。ガラスは本館が収蔵し、しばしば利用する60cm幅のものを用い、その寸法を什器デザインのモデュールとした。必然的にステージ造作の天板も60cmのモデュールを活かすことが効果的だと考えた。これを起点としてグリッド型の形状を空間展開する、言ってみれば「グリッドモデュールデザイン」を本展のデザインコンセプトにすることにしたのである。
 本展のグラフィックデザインは前回の「鰻博覧会」展で担当いただいたグラフィックデザイナーの中野豪雄氏に依頼した。なお、ポスター、フライヤー、図録のデザインもヴィジュアルの統一感を出すうえでも氏にお願いし、「レイヤー型の展示」、そして「グリッドモデュールデザイン」をキーワードにデザインを始めてもらった。コンセプトを共有し、コラボレーションすることで、アイデンティティを持った展覧会の実現を目指したのである。
(洪 恒夫)



アルケオメトリア展のグラフィックデザイン
 グラフィックデザインとは一般的には2次元の印刷物におけるデザインのことを指す。この中にはポスターやフライヤー等、一枚で完結する媒体もあれば、図録のように複数頁を構造的に組み立てるもの、または大型サイン等の空間との親和性が重要視されるものもある。展覧会におけるグラフィックデザインでは、これら全てを手がけることになるが、実態としてはそれぞれに専門職が存在し、統一が計れるケースが意外に少ない。
 本展では、「ヴィジュアル・デンティティ」を様々な媒体で一貫させることができた。この実現に向けて最も重要なのは、明快なコンセプトを早い段階で打ち出すことである。その意味では、「グリッドモデュール」がこの展覧会のヴィジュアルコンセプトとして、または様々なデザインを行っていく上での拠り所として機能したところが大きい。
 本展は副題の「考古遺物と美術工芸品を科学の眼で透かし見る」とあるように、科学技術と学術研究の手法を用いることで、考古遺物の年代を「測定」していくことがテーマである。この「測定」という概念を抽象化し、象徴化する意味で、グリッドは最適のモチーフだった。図に示したのは、ポスターデザインの概念である。
「考古遺物」→火焔土器
「科学の眼」→グリッド
「透かし見えるもの」→X線CT画像、元素記号や化学式
 これらを統合したのがポスターである。2次元の媒体でありながら、概念的には4層のレイヤーが重なっていることになる。
 また、「X線CT画像」と「元素記号や化学式」はシルバーインキと透明ニスを用いて光沢性によるユニークな効果を表現している。こうした見え方は、観る側の誘目性を高めながらも、本展のアカデミックな世界観の演出にも役立つ。 ポスターとは告知の機能が役割であるものの、展覧会のポスターとなると、その役割は特殊性を帯びて来る。特に東京大学総合研究博物館の企画展は一般的な博物館や美術館の展覧会と違い、学術研究という専門性の強い展示であり、言わば単なる告知を越えた、専門領域に踏み込む入り口としてその世界観を表しておく必要がある。つまり、ポスターやフライヤーを見た瞬間から展覧会が始まっていることを示唆している。ひとつのヴィジュアルでそのメッセージ性や機能を完結させつつも、展覧会への導入として位置づけられるという意味で、今回のポスターは展示空間との関係性が明確にあり、「展覧会の世界観の表出」と「展覧会の入り口」が同義であることを示すことができた。
 空間グラフィックでも同様に、全ての壁面をグリッドで覆うことで、展覧会を貫く世界観を生み出すこととした。本展は、予め決まった大きさのものが並ぶような展示ではなく、火焔土器、食物、ケサイなど大きさが様々な展示物もあれば、研究内容を紹介するパネル等も含まれる。このようにグリッドモデュールをフォーマットとして共通化することで、仕様、サイズの違いに対応すると共に「測定」というイメージを体現する効果も得られると考えた。
 図録も同様である。ブックデザインでは決まったサイズの誌面の中で様々なテキスト、図版などをコントロールすることを求められるが、フォーマットの精度を高めることが著者との共有化をもたらすだけでなく、表紙を含めた全頁のデザイントーンの統一と、読者にとってのリーダビリティの向上に繋ることになる。
 また本展の展示グラフィックのもう一つの特徴として、英文をサインとして扱っていることが挙げられる。本展で頻繁に用いられる「14C」や「Isotope」などの言葉は、一般的にはあまり馴染みのない学術用語だが、これらをダイナミックに空間に配置することによって言葉としての「響き」となり、展示空間の演出効果となる。さらにこの「響き」は、のちの図録における読書体験への導入として繋がって行く。
 このようにして、来観者はポスター、展示空間、図録という手順を踏まえながら展覧会の世界観を味わって行くことになるが、この一連の流れを効果づけるのがヴィジュアル・アイデンティティの力であり、展覧会が発信するメッセージを伝え、興味と理解へとつなぐ道筋を構築する役割も果たすものと考える。  
(中野豪雄)

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会場全体のイメージスケッチ
コーナーの見えがかりを
複層化させる、レイヤー構造を生むゾーニング


中央ステージ展示のイメージスケッチ
グリッドで
区切られた天板の展示


会場デザイン確認のためのスタディモデル