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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime16Number2




鰻(うなぎ)博覧会の展示企画・デザイン

洪  恒夫 (本館特任教授/展示デザイン)

 本展展示の企画打ち合わせが始まったのは年明け早々のことであった。そこで、それまで学術企画の先生方が準備してきた展覧会の趣旨の説明を受けた。本展での私の役割はこれまでの展覧会の作業と同様、学術企画の内容を読み解き、噛み砕き、展覧会で発信するべき情報、内容、展示物などを盛り込んだ「展示」というコミュニケーションメディアに仕立て上げることである。今回のテーマはウナギである。その名を聞けば誰でもわかる美味しい高級な食材となる魚である。テーマも素材もいたってシンプルであるが、シンプルであるが故、その扱い方、掘り下げ方によっては単調になったり、深み、幅がでるなど展示の方向性、性格に違いが出るものと思われた。打ち合わせでは、学術企画側から展覧会の趣旨を綴ったものとコンセプトを記したものが示された。それらの説明を受けることで展示の企図の概要を把握することができた。
 余談であるが、企画作業を行う時に「切り口」という言葉をしばしば使う。専門用語ではないが、テーマとなっているもののどの部分に焦点を当てて展開するのか、その焦点の当て場というようなニュアンスで使うものである。今回のように単一テーマを展開するときは、その切り口によって同じテーマであってもその性格、方向性、メッセージが大きく変わってくるのである。展示の企画を立てるとき、その切り口をどこにするかに悩むことが往々にしてある。今回提示された資料には、ねらいと展覧会のコンセプトとしてウナギをどのような切り口で切るのかが簡潔にまとめられていた。
 学術企画側から示されたウナギの切り口は大きく分けて3つ。序章的なものを加えると4つである。それらは、1.ウナギをその生態の解明を主軸に「自然科学」から捉える視点、2.ウナギを食資源として扱う「社会科学」から捉える視点、3.ウナギを食はもとより多様な文化にかかわりがあるという「人文科学」から捉える視点の3つである。そして、序章は、ウナギは古来科学者にとっても不思議な存在であったという、言いかえれば歴史からの視点である。この序章は今日の研究によってその不思議が解明されつつあるという1への伏線的な役割も持っていた。本博物館で先端研究の紹介としての展示を展開するとすれば、自ずと1の自然科学の領域が大きくなる。人と広範な接点を持つ題材であることから、当然、2,3はなじみ深いものである反面、1とはいささか面持ちが異なるため、一つの展覧会としての統一感を出すための工夫が必要であることを直感的に感じた。
 展示企画の初期段階で留意するのは、与件である事柄やコンセプトを明快に伝えるための空間構造、情報の訴求力を高める空間的な特徴の持たせ方である。空間のデザインのコンセプトとも言えるものである。提示された学術企画ではこのウナギというテーマを前述の4つの切り口で構成される。したがって、今回はこの切り口を素直に空間に落とし込み、かたちにすることにした。序章、自然科学、社会科学、人文科学をそれぞれの床をエリアで区切って配置し、その中に関連の展示物を落とし込むというスタイルをとった。それは、企画に盛り込まれている内容を各々の切り口に基づいて空間全体に対してチャートを描いて表現するものである。言わば「空間のチャート化」の試みである。これを本展の空間デザインコンセプトとした。具体的には、各エリアを陣地分けするように境界線で区切り、その中に関連する展示物をレイアウトするデザインである。こうすることによって、各カテゴリーに属する展示物が明快に区分けできる。また、自然、社会、人文と、切り口は違えどもウナギは同じウナギであり、例えば自然科学と社会科学双方に関るなど、内容的に「かぶる」ものもある。エリアを線描きで表現する利点としては、通常のような展示コーナーを続けて並べるだけでは表現できないこうした「かぶり」もチャートによる表現では可能となるのである。
 紙面でのチャート表現は単純で容易であるが、こと空間=3次元となるとどのような見えとなるかは判断が難しい。そこでイメージを立体的に検証するスタディモデルの製作に着手した。このモデルにより、空間デザインの方向性を大雑把に検証した。
 空間のチャート化は、展示物・情報が属するテーマエリアを明快に区分けするだけでなく、付加的な情報を盛り込むことも狙う。それは、各展示物同士の関連性などを補足表現することである。例えば展示室の導入のアイキャッチのために配置した「卵」がマリアナ諸島沖で見つかったものであることを床のチャートで表現したり、孵化したウナギが回遊してやってきて、親ウナギが再び産卵のためにマリアナに戻っていく「マイグレーションループ」を展示エリアとの連関を持たせながら表現するなど、情報の補完という観点からもおもしろい効果が期待できるものと考える。このようなことを予見しながらプランを固めていった。
 本空間のデザインの特徴をもう一つあげるなら光の演出であろう。ウナギは生き物であり、それを生きたまま見せる生態展示を今回3箇所予定している。とりわけ親ウナギを会期中連続して泳がせ、産卵のためにマリワナ諸島沖に向けて泳ぎ続ける様子をイメージ展示する展示アイテムである「スタミナトンネル」では、活発に泳がすために周囲を暗くする必要がある。したがって、会場は通常よりも照度を下げることが必要である。そのために本展では光の演出を上手く使い、展示を印象付けることにした。考えたのは、ウナギの液浸標本をほんのりライトアップする、系統樹のラインを光らせる、そして、床に施したチャート=エリア境界のラインもELライトで光らせるなどの計画である。このようにして特徴ある展示空間のデザインが実現すればと思っている。現在は製作前であるため、あくまでも完成された空間をイメージしつつ本稿を執筆している。ここに記した空間デザインのコンセプトが具現し、魅力ある空間が実現すれば幸いである。

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図1 コンセプト―展示構成チャート


図2 初期全体ラフイメージ


図3 初期スタディモデル



図4 コーナーイメージスケッチ

図5 コーナーイメージスケッチ


図6 スタディモデル