東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime13Number2



海外モバイル展示
「モバイル・ミュージアム」コンセプトの体現化

洪 恒夫(本館特任教授/展示デザイン)
石田裕美(本館研究事業協力者)
 モバイル・ミュージアムは、ミュージアムのコンテンツ(標本等の展示物)をコンパクトなユニットにしたてて館外へ持ち出し、「展示」を行い、その場所をミュージアム空間に変容させるプロジェクトである。その特徴に、ある一定の形態に縛られずにミュージアム活動を行うことが挙げられる。しかし、場所を選ばないという特徴は、逆を言えば狙った効果を出すためには、その場その場に応じたカタチにアレンジをする必要性が生まれる。本誌『Volume 12/Number 1』において、モバイル・ミュージアムのコンセプトや企画について書いた折、赤坂インターシティにおけるモバイル・ミュージアムのデザインについて触れたが、その具現化に向けて我々は、その都度、展示の目的や達成目標を必ず明快にし、それに近づけるべく最善を尽くした活動に取り組んできた。それは海外モバイル・ミュージアムにおいても同様である。
 エチオピアにおけるモバイル・ミュージアムの企画は、「アフリカの骨、縄文の骨」展(2005年11月‐2006年7月)のために製作された展示ユニットをモデュール化し、別の形の展示に仕立て直して展示を展開するという試みである。つまり、自館の展覧会の展示のために創られたコンテンツをユニット化し、更なる資源価値を創出することが狙いである。

はじまり
 「アフリカの骨、縄文の骨」展は、諏訪教授を中心とした当館人類学研究室と筆者らミュージアム・テクノロジー研究部門とが協働して企画し、つくりあげた展覧会である。本展覧会は、アフリカの骨と縄文の骨をモチーフに「人類学の研究」を展示で伝えることを目的として、約10のコーナーで構成された。そのなかで、「人類学の研究」を伝えるべく、諏訪教授がフィールドとするエチオピアでの活動や研究成果を様々なかたちにより展示した。本展のモデュール化については、まだ本館での特別展示が始まる前の準備期間の終盤から諏訪教授が口にされていたように記憶している。それが具体的なプロジェクトとして動き始めたのは2007年の夏前のことだった。

現地調査
 2007年7月、諏訪教授より、この企画を実行するためにまずはエチオピアに赴き、現地調査を行うことが提案された。確かに、何をどのようにつくり、どう準備すればよいのか、皆目検討がつかなかったため調査を行うこととしたのだが、基本案として、本館で行った展示の「ラミダスの発見」コーナーのモデュール展示化を想定した計画を用意し、2007年9月、現地へ向かった。
 エチオピア国立博物館(通称:NME)は、エチオピアの首都アディスアベバの中心地からやや北の大通りに面し、アディスアベバ大(エチオピア最古かつ最大の総合大学)の二大キャンパスや大学院がならぶ文教地区の、外国人観光客も多く利用するポップなレストランでも知られる閑静な町並みの中にある。博物館は主に三棟の建物で構成される。元イタリア領事邸を改装した旧展示館(現在は臨時に標本庫となっている)と、1978年にUNESCO等の援助により建てられた三階建の展示棟(現在は、一部を研究室として使用)(図1)、そして、現在建築中の巨大な研究棟である。展示棟は、入口を入ると右手に考古展示、左にごく簡単な人類化石展示、中心のホールから奥にかけてが、かつての皇帝が使用していた玉座や衣装が展示されている。二階には美術作品、三階は民俗学的資料の展示がある。また、地下にはお馴染みのルーシーのレプリカやアフリカを代表する絶滅動物などの化石が展示された古生物コーナーがあり、展示物の重要度やその幅の広さを考えると、展示室はもっと広くあっても良いのではないかという印象を持った。
 さて、ここのどこで展示を行うことができるのか、NMEの研究者やスタッフと打ち合わせを始めた。諏訪教授も我々も、東大博物館デザインの小さなモデュールをごく簡単に、地下の古生物展にブレンドすることを考えていた。しかし、NME側は、もっと展示を拡大することを希望してきた。そうなると、他の展示の邪魔にならず、効果的な場所として考えられるのは一箇所しかなかった。地下のルーシーの展示コーナーへ向かう手前のスペースが床の補修工事のため、更地となっている場所だった。ここであれば他から独立した空間をつくることが可能であったが、そこで展示するには、単純な設置作業以上の工事が伴うため、難しいと思われた。しかし、すぐにそれは可能となった。なぜならば、エチオピア国立博物館のマミトゥ館長や、文化観光省の高官へ企画の説明を行う過程で、モバイル・ミュージアムの企画に「エチオピアにおけるミレニアム記念」が加わることが決まったからだった。その結果、「アフリカの骨、縄文の骨」展で展示を行った、「ラミダス」「ヘルト」「ダカ」の骨格標本(レプリカ)だけでなく、エチオピアで発見されたその他の重要化石を網羅的に展示して、「人類のゆりかご」たるエチオピアを訴求するものを企画することとした。ラミダスコーナーを構成する三つの標本だけを展示する予定から一気に数十の標本展示へと規模を拡大させ、それなりの面積を使うことを計画した。
 すぐさま現場の実測調査と展示資料の確認を始め、エチオピアミレニアム記念・国際共同展示「エチオピア、人類進化タイムライン」の企画を完成させた。うなぎの寝床のような細長い空間を利用し、そこにモデュール・ユニット化した展示がずらっとラインナップするかたちで、東大博物館の展示らしさと、人類進化のタイムラインを、空間全体を通して体現したデザインを行うと共にNMEのミュージアムコンテンツを力強くアピールすることを図った(図3−6)。

準備から設置へ
 方針を固めたうえで、我々は帰国したが、現地調査を行ったことで、さらに難しい方向に駒を進めたことは確かだった。
 戻ってからは、模型や図面で検証をし、(図7、8)まず日本で一台分の什器を製作、それを諏訪教授が現地に持ち込み、デザインを説明した。そして、現地で製作するものと日本で製作するもののすみ分けを行った。エチオピアには展示什器を製作する会社が無いため、NMEに腕利きのイタリア系家具会社を紹介してもらい、製作を依頼した。その図面のやり取り、その他、予算の確保から実施スケジュール、輸送計画など、プロジェクトを進行させること自体、長年の現地調査で培われた諏訪教授とエチオピア人の研究仲間の忍耐力と多くの方々の助力の上に成立したプロジェクトであったことは確かである。
 メールや電話でのやり取りは頻繁にできたものの、現地の進行状況を掴みきれないまま、2008年7月、当館のスタッフとともに設置の仕上げのためエチオピアに向かった。約1年ぶりに訪れたNMEは、立派な建築棟がほぼ立ち上がり、敷地内にはエチオピアの地方の伝統的な家屋であるトゥクルを利用したレストランが新たにオープンし、賑わいをみせていた。我々が展示を行う予定の部屋も新たな床が敷かれ、壁も立ち、うなぎの寝床状態の部屋が完成していた(図9)。ほっとしながらも、よく見てみると壁のグレーの色が予想と違っていたり、石と聞いていた床に赤いカーペットが敷かれていたりと、想定していたものと違っていたことも多々あったが、「全て臨機応変に」という諏訪教授の言葉に従い、作業が始まった。
 それから約1週間、NMEのスタッフ、家具会社の職人たちと協力しながら展示を製作した(図10)。完成したのは、日本へ帰国する日の午前中であったが、その出来栄えは十分満足のいくものとなった(図11〜13)。国際協力のパワーを感じ取りながらも、あわただしく準備をし、帰国した。成果はどうだったかと言われれば、何とか我々が当初立てた狙いは実現できたと自負している。そして、この展示が学術的な意義だけでなく、現地におけるモバイル・ミュージアムだからこそ可能な貴重な標本やレプリカによる本物・本場を感じる展示が提供できたのではないかと考える。

まとめ
 モバイル・ミュージアムは、その独創的な概念が大きな特徴である。しかし、この特徴が本当に意味を持つためには、考えがカタチとして成立し、訪れた人に伝わることが重要である。
 モバイル・ミュージアムは、今までに無い発想や、考え方がその存在価値と意義を高めるものであるが、企図、狙いが最も効果的に果たせるかたちが伴わなければ、ただの机上の産物となってしまう。「モバイル」という言葉に自由度を強く感じるように、そのタイプやスタイルはケースバイケース、無限にあると言ってよい。重要なのは、企図した「モバイル」がそのコンセプトを体現し、機能を果たしていることである。そして、様々な制約から解き放たれ、「ミュージアム」の活動が確実に行われるスタイルと具現化することが必要である。
 海外での展開は、海外という制約はあるものの、現地の環境に合致したものをつくることにより、多様な表現につなげることがある。エチオピアの場合もその1つであろう。これから世に出るモバイル・ミュージアムにおいても、更なる進化を目指し、体現化が行われていくものと考える。


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 図1 エチオピア国立博物館の展示棟


 図2 現地調査時の展示予定会場の様子


 図3 展示イメージ。階段を降りてルーシーに誘われ、
左へ向かうとタイムラインが始まる
(洪恒夫 2007年9月)



 図4 什器イメージ@ ラミダス展示の応用バージョン
(洪恒夫 2007年9月)



 図5 什器イメージA ヘルト、ダカのライトボックス展示の
応用バージョン(洪恒夫 2007年9月)



 図6 平面プラン。うなぎの寝床のように細長い空間で
あることがよくわかる(洪恒夫 2007年9月)



 図7 什器の模型。解説パネル等の角度の検証を行った(2007年10月)


 図8 完成予想図(CGパース)(2007年11月)


 図9 作業開始前の展示会場


 図10 現地の職人との作業の様子


 図11 展示室入口。ルーシー(パネル)が展示室へ誘う


 図12 タイムライン展示


 図13 展示室奥の空間