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最古のアシューリアン石器(論文解説資料、2013年1月)


エチオピアのコンソ遺跡から新たに発見された,世界最古のハンドアックスとその他のアシューリアン石器
論文タイトル:
The Characteristics and Chronology of the Earliest Acheulean at Konso, Ethiopia
2013年1月28日(月)米国科学アカデミー紀要にて発表

・何が発見されたのか?
総計で350を超えるアシューリアン石器(主にハンドアックス,クリーバー,ピック)が発見され,それらの特徴を比較分析した.これらは,コンソ遺跡の6つの主要層準から得たものであり,年代的には175万年前,160万年前,145万年前,140万年前,125万年前,85万年前に相当する.175万年前の最古の遺跡はKGA6-A1遺跡と命名され,そこでは4m×5mの発掘調査を行った.最古のアシューリアン石器はこの発掘現場とそれに隣接して発見された.この遺跡は1996年に初めて発見され,その後1997年と2003年に発掘調査が進められ、今回の分析結果に至った.

・アシューリアン(アシュール型)石器とは何か?
アシューリアン石器とは,「ハンドアックス」などで代表される大型の打製石器をさす.「ハンドアックス」は「握り斧」とも呼ばれ,丸まった斧頭(楕円から丸まった三角形)の形をしており,典型的なものは最大長15〜20cmの大きさである.多くは,石器の両面が加工されているため,「バイ・フェイス」(両面加工石器)とも呼ばれる.
ハンドアックスや他の両面加工の大型石器は,人類が初めて,形を予め意識して加工・製作した道具(石器)と見なされている.初期アシューリアン石器は,従来から,アフリカのホモ・エレクトス(原人)の時代に,150万年前ごろ以後から発見されてきた.アシューリアン石器は,ホモ・エレクトスの後継のホモ・ハイデルベルゲンシス(旧人段階の古人類の一種)の時代からも数多く発見されており,約20〜30万年前まで作製されていた.研究者間で分類方式に違いがあるが,ホモ・ハイデルベルゲンシスはアフリカではホモ・サピエンスに,ヨーロッパではネアンデルタール人に進化したとみなされることが多い.
ハンドアックスは、主として動物の解体や皮剥ぎに使用された石器と、多くの研究者に考えられている.

・この研究の意義

1)コンソで発見された,約175万年前の世界最古のアシューリアン石器の特徴が,初めて明かになった.コンソ遺跡の最古のアシューリアン石器は約175万年前と推定され,2011年にケニア北部から報告された石器と同等の古さであり,2例合わせて世界最古のアシューリアン石器といえる.しかし,ケニアのアシューリアン石器については,特徴などの詳細が,まだ報告されていない.
約175万年前の最古のアシューリアン石器は粗く製作されており,アシューリアン作製技術の初期段階にあったと思われる.また,アシューリアン石器がアフリカに起源したことを示唆している.
コンソの最初期のアシュール石器の多くは,先ずは大きな剥片を巨礫から打撃で剥ぎ取り,次にその大型薄片を整形して作られている.比較的薄い大型剥片は粗雑なハンドアックスに製作され,もしくは真っすぐな一辺を持つクリーバーと呼ばれる石器に加工された.厚い剥片は,三角錐状に尖ったピックという石器に加工された.後世の,両面から丁寧に整形されたアシューリアン石器と異なり,これら最初期のアシューリアン石器はぶ厚く,粗雑に作られており,多くは片面だけが加工されている.
最初期のアシューリアン石器は,ホモ・エレクトスがホモ・ハビリスから進化したと思われる170から180万年前ごろの時代に大よそ出現することが,今回改めて確認された.アシューリアン石器の製作技術は,より単純なオルドワン石器(ホモ・ハビリス時代から作られている)の製作に比べて,優れた運動制御能力と計画性を必要とするとも考えられている.また,アシューリアン石器は,それを製作できるホモ・エレクトスが,ホモ・ハビリスよりも進歩した認知能力を持っていた証とも考えられる.すなわち,アシューリアン石器の起源は,石器製作の技術的観点のみならず,ホモ属の行動進化からも重要なイベントとしてとらえることができる.
 長くしっかりした刃を持つハンドアックスは,切る道具として機能したと思われる.一方,大きく重いピックは木や枝を打ち欠いたり整形したり,あるいは地面を掘ったりする道具として使用されたのだろう.これらのことは,実験的に製作された現代の石器の使用実験から推測されている.アシューリアン石器の実際の使用目的を確実に知ることはできないが,このような大型石器を必要とする一連の行動が,175万年前ごろまでに重要となっていたことが示している.

2)アシューリアン石器の時代変遷を,175万年前から100万年前以降までについて,初めて系統だって示すことができた.コンソのアシューリアン石器の時代的変遷を見ると,時代と共にハンドアックスが上手に整形されるようになるものの,それでも100万年前ごろまでは,ぶ厚く,刃はキザギザのままであった.今回の年代測定の結果,全周が加工され,薄く,刃がまっすぐな,洗練されたハンドアックスが85万年前ごろまでには作られていたことが明らかになった.
 ハンドアックスなどの大型石器を薄く整形することは,ホモ・サピエンスにおいても技術的にむずかしい事とも指摘されている.従って,3次元的にも対称性のある,洗練された薄型のハンドアックスが85万年前ごろまでに出現することは,100万前ごろから85万年前ごろの間に,技術革新のイベントが,再びあったことを示唆している.丁寧に薄型に加工され,まっすぐな刃を持った進歩的なハンドアックスは,動物解体にますます機能的だったと思われる.
 この技術的進歩が,いつ,どこで,どのように起こったのか知るためには,新たな発見と,現存する100万年前の前後とそれ以後の石器標本群の再検討が必要と思われる.残念ながら,この時代に相当する人類化石はわずかしか知られておらず,しかも,断片的であったり,年代が正確に決められていなかったりする.したがって,この技術的,行動的革新が,原人段階のホモ・エレクトスから旧人段階のホモ・ハイデルベルゲンシスへの移行と,どのように関係していたか解明するには,年代が決定された人類化石の今後の充実が必要である.

3)今まで不明確だったコンソ層の150万年以前の層序年代について,おおかた明らかにすることができた.この成果は,ホモ属の進化の理解の向上に必要不可欠な,東アフリカ全体の年代層序の向上に繋がっている.
今回の研究により,コンソの石器群の年代の詳細が初めて明らかにされた.コンソの調査地は,ケニア北部のトゥルカナ湖畔,タンザニアのオルドバイ峡谷,それとエチオピアのアファール地区ゴナの一連の遺跡群と並んで,アシューリアン石器とホモ属化石の双方を産する東アフリカでも稀な複合遺跡の一つである.
 コンソでは総計200mを超える地層(コンソ層)が地表に露出しており,25層以上の火山灰層を挟んでいる.コンソ層の堆積した時代は,約200万年前から80万年前以降に及び,火山灰層の多くはケニア北部でも確認されている.したがって,コンソ層の編年が格段に進展することは,ケニア北部の古人類化石や石器を産する地層群の編年の進展にもつながり,相乗的な効果を生むものである.
 今回の研究では,火山灰層の記載岩石学的および地球化学的分析,火山灰に含まれる鉱物のレーザー融解式40Ar/39Ar年代測定,および古地磁気分析を組み合わせてコンソ層の編年を進めた.コンソの6つの火山灰層の放射年代を新たに測定した.また,コンソの一連の火山灰層がケニア北部の火山灰層と対比できることを新たに確認した.古地磁気分析では,160万年前頃に短い正帯磁層準があることを明らかにした.この成果は,これまでアフリカで信頼できる記録がなく,問題が多いとされた「ギルサ・イベント」を再考するきっかけを与えるものである。



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