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洪恒夫 SPACE ARCHIVES―ミュージアムの記憶と保存 OPENLAB Lecture 04



建築の保存(左)と展示そのものをアーカイブする建築(右)

EXHIBITION STORAGE ARCHITECTURE の構成
5階:『異星の踏査―「アポロ」から「はやぶさ」へ』展

『異星の踏査―「アポロ」から「はやぶさ」へ』展

4階:『アフリカの骨、縄文の骨 遥かラミダスを望む』展

『アフリカの骨、縄文の骨 遥かラミダスを望む』展

2階:『時空のデザイン』展

『時空のデザイン』展

1階:『遺丘と女神―メソポタミア原始農村の黎明』展

『遺丘と女神―メソポタミア原始農村の黎明』展

展示企画から展示構成にいたる流れ

展示構成チャート:アフリカの骨、縄文の骨


UMUTオープンラボ・レクチャ 第4回 2008年8月20日(水)
SPACE ARCHIVES ―ミュージアムの記憶と保存

講師: 洪恒夫氏 (本館特任教授、展示デザイン)


今回は、展示されている模型とからめながら、展示デザイン・展示の保存についてお話ししたいと思います。

展示そのものをアーカイブする建築
今回の展示にあたり私にも何か建築模型を、との声がかかり、展示空間をデザインする人間として何を出品しようかと考えました。すると、研究室に置いてあった模型が目に入りました。本館の新館で開催された特別展示の模型です。この展示が行われている場所は、新館展示室といって、旧館も含めて年に数回特別展示が行われます。これらは全て新館展示室で行われたものだったため、それらの外形は全て同じ形でした。
ミュージアムにおける特別展示は、普通予定期間が終われば壊される運命にあります。かつてあった空間世界はあとかたもなく消え去るのです。しかし、展示を見た経験や記憶は頭の中に残ります。そこで、私は展示空間そのものが展覧会の展示そのものをアーカイブしてしまう建築というものを考えました。その建築は、各フロアごとに展覧会が分かれて保管される巨大な収蔵スペースであり、過去に行われた展示を見せるためのスペースでもあります。このような原寸の空間が実在すれば非常に面白いのではないかと思います。

保存するということ
ここで、保存ということについてお話しすると、建築物を移築・移設されミュージアムとして保存される例に、江戸東京たてもの園や明治村があります。これらは建築を文化財として保存し、継承していくという目的で作られています。建築を保存するということと展示を保存することの違いを考えてみると、建築を保存することは、基本的に外界(かたち、そこから発せられるメーッセージ)・内界(機能、用途)の双方をトータルに保存することになります。これに対し展示を保存することは、同じ建物内で行われた内容物を保存するということ、つまり展示というコンテンツを保存するという意味で、建築の保存とはかなり性質の異なるものといえます。
 
展示されている模型について
今回展示されている模型についてお話ししたいと思います。

5階:『異星の踏査―「アポロ」から「はやぶさ」へ』
ここでは、太陽系惑星科学の最先端の成果を展示しました。展示室の床全面にPIER-桟橋と称する道を配することにより、違うコンテンツを結び、テーマごとに分かりやすく配置しました。

4階:『アフリカの骨、縄文の骨 遥かラミダスを望む』
この展示では、成果を見せるのではなく人類学とは何なんだろうということを分かりやすく見せたい、という難しいオーダーから始まりました。研究者が発見するときの気持ちや発掘の大変さを鑑賞する人が一緒に感じられるデザインをしました。

2階:『時空のデザイン』
これは物理学の展示です。アインシュタインの3つの論文が物理学に及ぼした影響、さらに最先端の研究、特に東大の研究から紹介する展示にしました。ワンボックスの空間を効果的に利用するため、論文を空間のコアにすえ、そこから波紋を描くような構成をとりました。丸型を展示のビジュアル要素に使用し、そこかしこに丸いフォルムを点在させています。

1階:『遺丘と女神―メソポタミア原始農村の黎明』
この展示では、東大が50年かけて行ってきたシリアでの調査を紹介しました。導入部には、50年前の調査の映像を紗幕スクリーンで映し、紗幕越しに現在の調査を紹介する展示室がラップして見える演出を行い、50年の研究の厚みを表すとともに、紗幕越しに見える展示への期待感を演出しました。

展覧会づくり・展示づくり
展示というのは、見る人と作る側とのコミュニケーションを作り出していくひとつのメディアだと思います。CDやカセットなどで音楽を聴くことを例にとると、音楽を打ち込むインプットの側と、それを再生して聴くアウトプットの側が存在しています。実は展示もこれと同じようにして作られていきます。
展示づくりを時系列で追っていくと、まず、どのような展示をつくるのかという企画を立てます。展示資料を特定し、テーマを決定します。そして次にコンセプトをたて、構成計画を練っていきます。その後動線を考えたり、かたちのデザインをしたりといった制作のプロセスがあり、展示は完成します。そして、展示の場合、見る側が説明を読むことによって理解し、発見するという再生にあたるプロセスがあります。そういったプロセスの裏側には、メディアを介して伝えるべき内容、そしてつくる人間の存在があるのです。

展示というメディア
展示というメディアの特徴を見てみましょう。まず、展示は、映画や音楽のように向こう側からこちらへ自然に送られてくるものとは違います。つまり展示には見る側が勝手に動き回り鑑賞するという特徴が挙げられます。展示をデザインするときに、どのようにして鑑賞者を流れに引き込むかを考えることが重要になっていきます。そのために、ポイントとなる展示アイテムを請求メッセージに合わせて配置していきます。このようにして、鑑賞者が展示室内をまんべんなくまわれるようなデザインを考えます。
次に展示というメディアの特徴として「レイヤー」が挙げられます。展示の場合、紙の上の説明とは異なり空間自体が奥行きを持つことができます。情報の重なりを空間的に重ねて表現することも可能です。壁にうつった映像や、台の上に飾られた展示物を見るだけではなく、ものすごく低い位置に展示物を置き、鑑賞者に覗き込ませることで展示に奥行き感が出てきます。こういったちょっとした味付けひとつで展示に臨場感が出て面白くなります。また、様々な素材をミックスすることが可能なのも展示の特権と言えます。実物の他に、写真や映像を重ね合わせることでより分かりやすくすることも可能です。
3つ目の特徴として「ディスプレイ」が挙げられます。例えば、貴重な発掘品は宝石と同じくらい価値があります。そこで、宝石のようにガラスケースに入れることなどで、その展示物の価値がより引き出されていきます。沢山の比較可能な標本を並べることも重要なことです。多くの標本を並べることにより一気に情報量が多くなりますし、展示としても迫力を増します。また、展示を見やすくするための工夫として、展示物を宙に浮かせることもできます。透明なワイヤーで標本を吊るすことにより、360°どこからでも鑑賞することが可能になります。
このように、展示を作るために様々な工夫をこらし、展示空間は出来上がっていくのです。

展覧会・展示というスペースの記憶
ひとつの展示室においては、展示期間が終わるごとに前の展示空間は壊され、新たな展示空間が作られるというプロセスを繰り返しています。前の展示空間は存在しなくなったとしても、次の展示に何らかの余韻を残すものだと思います。それは、鑑賞者にとっては体験や記憶として、作り手にとっては展示方法やプランの構築といった形で、次の展示へ活かされるものがあると思います。
ここで、記憶を遺し、新たな価値創造を目指したミュージアムの例として長野市立戸隠地質化石博物館を挙げてみましょう。長野県で長野市、豊野町、戸隠村、鬼無里村、大岡村が合併し、「新・長野市」が誕生したのをきっかけに、新たな博物館が整備されることになりました。そこで、旧戸隠村の廃校になった小学校を改修・整備を行い、博物館施設へと利活用することとなりました。その整備計画の企画・設計を本館のミュージアムテクノロジー研究部門が受託研究として行うことになりました。
小学校を博物館に改修するにあたって、せっかく小学校校舎を使うのだから、もとの建築の面影を残すようなプランにしたいと思いました。そのためには、「ここは小学校だったんだ」という意識を鑑賞者に起こさせるような工夫が必要になります。展示室は教室だった部屋を用い、もともとあった机や黒板、ロッカーなどの調度品も展示のために使いました。このようにして、もともとあった建築の一部を使うことにより、建築の記憶を残すことが可能になります。
ここで申し上げたいのは、ミュージアムも、建物・構造も、資源と資源を組み合わせて新たな資源を創りだすものだ、ということです。ミュージアムそのものは「珍品・列品館」と言われていた時代から、モノの価値を引き出すための研究がされ、鑑賞者が「なるほど」と知的好奇心を満たすことができるアレンジがなされる時代へと変わっていっていると思います。

保存と記憶のための建築のかたち―SPACE ARCHIVES
私自身、今回模型を出展することにあたり、ひとつ大きな夢を描きました。展示室という規制された空間で生み出された展覧会は、どれも期間が終わると壊され、また新たな展覧会がつくりだされます。そのような「記憶を背負った床」が積層し、新たな建築となり展示が保存される、というものです。こうした多層型の建築が生まれたときに、新たなアイデンティティが生まれると思います。過去の展示が積層された、他には絶対あり得ない建築からは、面白い考えや企みが生まれてくるはずです。
展覧会というコンテンツを内界とすると、それを包む建築は外界となります。外界が非常に単純なかたちでも、本来の展示メディアの働きとして内界が機能すれば、鑑賞者が楽しめる展示空間になります。しかし、中に展示を含んだ建築は、何かしらのメッセージを外に向かって発信し始めます。中の性格と、外の性格・メッセージを関係づけ、統一することで、新しいアイデンティティを創造することができると思います。内界と外界が同じ方向にメッセージを発することにより、そのメッセージが増幅され、建築の「かたち」から一歩踏み込んだ世界が広がっていくと思っています。

質疑応答
Q.:特別展示を保存した場合、当時最先端だったものが時間がたって過去のものになることについて。
A: 展示によって最先端のものが意味をもつかどうかは異なりますが、今回の模型のコンセプトとしては、時代のコンテンツとしての展示空間を集めて積層させることにより、過去のものとなった展示ひとつひとつがアーカイブされ、実際に展示していたときとは全く違う意味を持つと考えています。この建築は空間を展示物とした一つのミュージアムなので、過去のものとなったミュージアム・コンテンツとして意義のあるものと考えられます。

Q:.あるテーマの展示をデザインする場合、過去の同じようなテーマの展示を参考にしますか?
A: 展示デザインに限らず、何か見聞きしたものは必ず頭の隅に入っていると思います。展示のテーマとは全く関係のない日常体験がヒントになることもあります。自分のオリジナルのデザインを創りだすためには、自分が何を好きで、何に興味を持っているのかを徹底的に学習することです。自分の好きなイメージや素材を引き出しとして多く持っておくと、何か課題を与えられたときに、自分なりの使い方ができると思います。参考となる素材はどこにでもあるということで、同じようなテーマの展示だからといって特別参考にすることはありません。

Q:.コンテンツをデザインに活かすとき、どのようにして空間に配置していくのでしょうか?また、一つの空間で毎回違う展示をデザインすることについて何か考えは?
A: コンテンツ「=ネタ」を活かすためには、何を情報として展示空間に発するのかを考えることが重要になってきます。それをレイアウトとして、部屋のかたちに合わせてどのように配置するかをつきつめていきます。それがうまくいったときに良いデザインが生まれると思っています。枠から割り付けてコンテンツとするのではなく、1つのストーリーをつくろうと決めたときに、コンテンツが組み合わされてじわじわと形になっていくと思います、
毎回違うデザインということに関しては、各テーマや素材ごとに、どんな空間の使い方が適当な効果としてあるのかをその都度考えていきます。私の場合、こういう素材、ネタがあるから、こういう空間をつくろう、という感覚で展示空間が出来上がっていきます。コンテンツによって浮かぶ発想は違ってくるので、おのずとできる空間も違ってきます。

(記録: 住友恵理)


洪恒夫
展示デザイナ、本館特任教授
1985年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒。株式会社丹青社入社。以降、博物館、展示施設、博覧会、アミューズメントスペース等、様々なコミュニケーションスペースのプランニング、デザイン、プロデュースを行う。 2002年 東京大学総合研究博物館客員助教授。 2005年 同館客員教授。2008年 同館特任教授。金沢美術工芸大学非常勤講師 、(社)日本ディスプレイデザイン協会理事。 「石の記憶―ヒロシマ・ナガサキ」(2004年)でディスプレイデザイン賞2004大賞・朝日新聞社賞、グッドデザイン賞を受賞。ほか受賞多数。
洪恒夫詳細プロフィール











EXHIBITION STORAGE ARCHITECTURE の構成スケッチ

長野市立戸隠地質化石博物館の常設展示(写真=奥村浩司)

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