3.発見の意義
民俗学者の柳田国男は、愛知県の海岸に漂着したヤシの実を見て、「日本人の祖先は、黒潮に乗って南方から沖縄の島伝いにやって来た」という考えを、1961年の著作『海上の道』で披露しました(注1)。このシナリオは人々を魅了し、1970年代にはフィリピンから日本を目指す民間による実験航海(漂流実験?:注2)も行われています。しかし、本当にそのような可能性があるのでしょうか?
本研究では「フィリピンと台湾から黒潮に流された古代の舟が沖縄の島に漂着する可能性」について、漂流ブイのデータを使って綿密な検討を行ない、漂流説を強く否定する結果を得ました。
琉球列島には、秒速1〜2メートル、幅最大100kmにおよぶ世界最大規模の海流「黒潮」が流れ、さらに目標の島が水平線の向こう側で見えないほど広い海峡もあります(図3)。そうした困難な海を意図して渡った祖先たちには、「流れて来た民」よりも、「新しい可能性に挑戦した開拓者」というイメージが適切でしょう。
図3 左上)台湾の立霧山(標高1200m)から見た与那国島方面の海。左下)左上の四角のポイントに姿を現した与那国島。右)沖縄の島々が好天時に海上から見える範囲(円)。グレーの部分は水深80mより浅く3万5000年前頃に陸化していたと考えられる領域。▲は立霧山。
(写真撮影:海部陽介、地図はGeoMapAPPで作成)
4.詳しい内容
日本列島の人類史は、大陸から海を渡ってきた後期旧石器時代の人々によって、3万8000年前頃に幕を開けました。そうした中で、3万5000〜3万年前には、琉球列島の全域に人が拡散しています。
しかし、ここで1つ難問があります。当時の人々は島に偶然漂着したのか、島を目指して航海したのか、どちらなのでしょう? これには漂着の確率を算出する必要があり、人類学者はその方法について長い間悩んできました。私たちは、そのためには海洋学で海流の実態調査に使われている衛星追跡機能を備えた「漂流ブイ」(図2)を利用すればよいことに気づき、「人類学者×海洋学者」の日台共同研究チームを立ち上げました。
その途中経過は、2018年に国立科学博物館の動画で公開しています(注3)。今回、フィリピンからの漂流も含めて総合的な分析を終えたので、その最終成果を論文として公表しました。新たな解析から次のことが判明しました。
注1 柳田国男『海上の道』筑摩書房 1961年
注2 角川春樹『翔べ怪鳥モア−野性号IIの冒険』角川文庫 1979年 / 毎日新聞社編『竹筏ヤム号漂流記−ルーツをさぐって2300キロ』毎日新聞社 1977年
注3 https://www.kahaku.go.jp/research/activities/special/koukai/about/index.php
注4 Ihara, Y., Ikeya, K., Nobayashi, A. & Kaifu, Y. (2020) A demographic test of accidental versus intentional island colonization by Pleistocene humans. Journal of Human Evolution 145:102839.(日本語解説記事は https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/z0508_00064.html)
5.研究代表者(海部)のひと言
当初は漂流説の検証法を考えあぐねていましたが、台湾の黒潮研究の第一人者である共著者(艶X:国立台湾大学海洋研究所教授)に出会って、漂流ブイのアイディアを思いつくことができました。このおかげで漂流説がほとんどあり得ないことを、はじめて説得力を持って示せたと思います。漂流物の実際の動きを確かめたことにより、思いのほか多くの発見がありました。
6.発表雑誌:
雑誌名:Scientific Reports:12月4日(日本時間)
論文タイトル: Palaeolithic voyage for invisible islands beyond the horizon
著者:
海部 陽介(東京大学総合研究博物館)
郭 天侠 (国立台湾大学海洋研究所)
久保田 好美(国立科学博物館)
森 (国立台湾大学海洋研究所)
DOI番号: 10.1038/s41598-020-76831-7
アブストラクトURL:http://nature.com/articles/s41598-020-76831-7
7.問い合わせ先:
東京大学総合研究博物館
教授 海部 陽介(かいふ ようすけ)
E-mail: kaifu(a)um.u-tokyo.ac.jp (a)を@に変えてください
※本研究は、第一著者(海部陽介)が代表を務めた国立科学博物館「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」の関連研究です。このシリーズは、あと数本の論文を発表して完結します。実験航海プロジェクトについては以下をご参照ください。
https://www.kahaku.go.jp/research/activities/special/koukai/
海部陽介『サピエンス日本上陸−3万年前の大航海』講談社 2020年.