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    触角状突起付青銅剣。ガレクティ1号丘6号墓(E区)、鉄器時代I期、長さ51cm(GHAI-T6-7)

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    鉄剣。ガレクティC1号墓-上層、鉄器時代III期、長さ39cm(GHAI-TC1-Upper)

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    筒状コホル瓶。ガレクティ1号丘5号墓、鉄器時代IV期、長さ6.8cm(GHAI-T5-21)

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    ソーダ石灰ガラスの融剤推定

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    展示品の実測図

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    縞文様ビーズ。ガレクティ1号丘5号墓、鉄器時代IV期、長さ4.0cm(左)、4.9cm(右) (左:GHAI-T5-26, 右:GHAI-T5-27)

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    重層貼目珠。ガレクティI号丘5号墓、鉄器時代IV期、長さ98cm(GHAI-T5-45)

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    ビーズ。ハッサニ・マハレ4号墓、パルティア(1〜3世紀)、長さ46cm(HAS-T4-27)

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    ガラス製紡錘車。ハッサニ・マハレ4号墓、パルティア(1〜3世紀)、直径2.4cm(HAS-T4-21)

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G3
デーラマン、考古科学と東西交渉史

カスピ海南西岸デーラマン地方を含むイラン北部の山岳地帯は、貴金属製品や特異な考古遺物を産する地域として早くから注目されていたが(Samadi 1959; Schaeffer 1948)、これらの多くは学術調査で得られたものではなかった。1959年春先、テヘランの古物市場に流入したイラン北部アムラシュ由来とされる古物から、正倉院蔵白瑠璃碗類品が見出されるに及び、東西交渉史上の重要性を認めた東京大学は、出土地とされるデーラマン地方の5遺跡の調査を行った。1960年と64年の二回にわたる調査の詳細が、4冊の大著にまとめられた結果(江上・深井・増田編1965; 江上・深井・増田編1966; 曽野・深井編1968; 深井・池田編1971)、イラン北部がはじめて考古学の研究対象となり得たのであり、調査から半世紀が経過した今日においてもその重要性は失われていない。

以後、調査成果に基づいた土器の編年観が示され(三宅 1976)、欧米の研究者による同地域の編年研究も進められたが(Haerlinck 1988)、同地の鉄器時代、パルティア・サーサーン朝時代の編年の枠組みには問題が少なくなかった。該期の土器は地域性が強く他地域との比較が困難な上、編年は墓地遺跡からの出土遺物による型式学的な比較検討のみで構築されており、層位的な裏付けを持たなかったからである。より広範に分布するガラス製品を含めた比較検討も進められてきたが(谷一 1997など)、古物市場を介した博物館資料と数少ない発掘品の関係は如何ともしがたく、文化の総体把握が困難な状態が続いてきた。

近年、考古学と分析化学の共同研究が進展したことで、デーラマン出土資料と出自不明の博物館資料を同一の地平で議論する下地が出来上がりつつある。まず、ガレクティ2号丘4号墓出土品を含むバイメタル剣は、大型放射光施設SPring-8(兵庫県佐用町)において、高エネルギーX線透過画像撮影が行われた結果、従来の見解とは異なった製作技法が用いられていることが判明した。また、類品の蛍光X線分析によって、ハッサニ・マハレ7号墓出土突起装飾ガラス碗は初期サーサーン・ガラスと判断され、デーラマン地方のパルティア式土器は3世紀中葉〜後半まで継続していたことが明らかとなった(四角2014)。同地の発掘調査が停滞する中、デーラマン資料の学際研究は、文化の総体把握や周辺地域との交易関係を知る手がかりを与えてくれる。(四角隆二) 1枚目の写真は、青銅器時代末から鉄器時代初期にかけて、カスピ海南西岸域とトランスコーカサス地域に限定されて分布する剣。カスピ海南西岸域では古式のものと新式のもの双方が出土しているが、デーラマン地域では、葬送慣習にトランスコーカサス方面の要素が認められる特定の墓からのみ、類例が出土する。本資料は、カスピ海南西岸域が青銅器時代から、継続的により北方の地域と文化圏を共有していた可能性を示しており、鉄器時代移行期の様相を知る上で重要な資料である。

イラン北部の山岳地帯における、鉄器時代の開始は前15世紀半ばに設定されている。ただし、実際に鉄製利器が出現するのは前12世紀頃で、青銅柄鉄剣の出現を画期とする。剣全体が鉄製となるのは前8世紀以降のことである。2枚目の資料は剣身と柄頭は別作りで、出土時には剣身から伸びる細い茎(なかご)と、刃基部の責め金具の周囲に木質痕が検出されたことから、本作には木製の柄が取り付けられていたことが分かる。 淡緑色透明ガラスを、ロッド技法によって成形した壺。類例は、イラン北部からトランスコーカサス地方を中心に分布し、南はニムルド遺跡(イラク)からの出土が知られている。非破壊蛍光X線分析分析の結果、植物灰ガラス組成(融剤として植物灰を用いたガラス。前1千年紀後半では、ユーフラテス以東に特徴的)と判断された。また、消色剤として機能するアンチモンSbやマンガンMnは検出されず、一般的なアケメケス朝期の無色透明ガラスとは異なる起源の素材ガラスが用いられていたことが判明した。

やや赤みのある暗褐色の筒状ガラスの端部に黄色ガラス、胴部に白ガラスを巻き付けた本作は、両端に貴金属製のターミナルをもつ、半貴石製垂飾をガラスで模したものである。白色部分は金属棒で引っ掻くことで、自然石特有の縞文様を再現している。非破壊蛍光X線分析の結果、黄色部分はアンチモン酸鉛Pb2Sb2O7による黄濁、白色部分はアンチモン酸カルシウムCa2Sb2O7による白濁と判断された。該期の着色剤として一般的な二色に対し、暗褐色部分からは顕著な量の鉄Feが検出された。これは、該期のイラン北部由来ガラスに特徴的な組成傾向である。

金属棒に取った色ガラスに、異なる色調の溶解ガラスを連続して貼付けることにより、同心円状の文様を作り出したガラス・ビーズを重層貼目珠という。非破壊蛍光X線分析の結果、これらは地中海周辺地域に一般的な、ナトロン・ガラス組成であると判断された。同墓出土の筒状コホル瓶(GHAI-T5-21)、縞文様ビーズ(GHAI-T5-26)とは異なる起源の素材ガラスが用いられていることは興味深い。同墓には、エジプト末期王朝時代のウジャト形護符が副葬されていた事実と合わせ、該期のカスピ海南西岸を舞台とした、活発な交易活動を窺うことが出来る。

ハッサニ・マハレ4号墓では、女性と考えられる被葬者の傍らで、貴石製やガラス製のビーズが集中して出土した。ガラス・ビーズは表面が風化していたが、非破壊蛍光X線分析の結果、多くは地中海周辺地域に分布するナトロン・ガラス(エジプト産の天然鉱物ナトロンを融剤として用いる)と判断された。一方、型押しレリーフ装飾ビーズの折損部分を分析したところ、消色材として機能するマンガンMnを検出したが、風化が著しく、ソーダ源を判断するには至らなかった。さらに、断面からは金Auを検出したことから、本作は、2層のガラスに金箔を挟み込んだ金層ビーズを型押しレリーフ装飾とした豪華なビーズであることが、化学的に確認された。中央に設けられた穴に差し込んだ細長い棒を中心に回転させながら、繊維に撚りをかける紡錘車は、女性の墓から出土する例が多い。本資料は金属棒に溶解した紺色ガラスを巻き取ったもので、金属棒を抜き取ったときの痕跡が観察出来る。非破壊蛍光X線分析の結果、ハッサニ・マハレ出土ガラス製紡錘車はすべて、ナトロン・ガラス組成と判断された。該期の東地中海周辺地域に一般的な、ガラス組成と分析結果は、類品が紀元前後の東地中海周辺地域で広範に分布する事実と矛盾しない。(四角隆二)

参考文献 References

江上波夫・深井晋司・増田精一(編)(1965)『デーラマンI ガレクティ、ラルスカンの発掘 一九六〇』東京大学東洋文化研究所。

江上波夫・深井晋司・増田精一(編)(1966)『デーラマンII ノールズ・マハレ、ホラムルードの発掘 一九六四』東京大学東洋文化研究所。

曽野寿彦・深井晋司(編)(1968)『デーラマンIII ハッサニ・マハレ、ガレクティの発掘 一九六四』東京大学東洋文化研究所。

四角隆二(2014)「岡山市立オリエント美術館所属突起装飾ガラスをめぐる考察」『岡山市立オリエント美術館研究紀要』28: 1–11。

谷一 尚(1997)「ハッサニマハレ、ガレクティ編年の再整理と発掘の意義」『東京大学創立百二十周年記念東京大学展 第二部 精神のエクスペディシオン』西秋良宏編:150–156、東京大学出版会。

深井晋司・池田次郎(編)(1971)『デーラマンIV ガレクティ第I号丘、第II号丘の発掘 一九六四』東京大学東洋文化研究所。

三宅俊成(1976)「デーラマン古墓出土の土器の考察」『江上波夫教授古稀記念論集 考古・美術篇』:297–329、山川出版社。

Samadi, H. (1959b) Les decouvertes fortuites Klardasht, Garmabak, Emam et Tomadjan. Tehran: Musee National de Tehran.

Schaeffer, C. F. A. (1948) Stratigraphie compree et chronologie de l’Asie occidental. London: Oxford University Press.

Haerinck, E. (1989) The Achemenid (Iron Age IV) period in Gilan, Iran. In: De Meyer, L. & Haerinck, E. (eds.) Archaeologia Iranica et Orientalis. Miscellanea in Honorem Louis Vanden Berghe, pp. 455–474. Gent: Peeters Press.