東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime25Number1



新規収蔵品
大海原に生きる昆虫たちー海洋性アメンボの標本

井川輝美(盛岡大学文学部名誉教授/海洋昆虫学学)

 四半世紀以上をかけて研究・収集した海洋性アメンボ (marine water strider) の標本約20,000点が、本年2月、東京大学総合研究博物館に収蔵された。海洋性アメンボとは、アメンボ科・カタビロアメンボ科・サンゴアメンボ科の海表面に生息する昆虫を指す。現存する約100万種の昆虫のほとんどは陸に生息しており、海洋に生息する昆虫は僅か2,000-3,000種とされているが、海洋性アメンボは、その中で最も海洋環境に適応した一群と考えられている。海洋性アメンボのほとんどは、熱帯・亜熱帯に分布しており、3科20属に属する170種余りは主として汽水域、マングローブ、潮間帯のサンゴ礁や岩礁域に生息する。そして、全昆虫類の中でもアメンボ科ウミアメンボ属に属する5種のみが外洋に生息している。今回、収蔵された海洋性アメンボは、外洋種約15,000点(太平洋、東シナ海、インド洋、大西洋産。外洋種全5種のうち東太平洋に局在する2種を除く3種)、沿岸種約5,000点余り(日本産全6種のうち2018年に新種として記載された種を除く5種、Guam産1種)である。外洋種は、海洋調査船に乗船しネット曳網しなければ採集できない。沿岸種の生息地もアクセス困難な熱帯・亜熱帯の島嶼や半島が多い。本コレクションが、海洋性アメンボという進化生物学・生態学上、極めて興味ある昆虫のさらなる研究の発展に活用されることを心から願っている。
 私が海洋性アメンボの研究を始めた経緯は不思議な出会いの連続であった。1990年前後、海に昆虫がいること、まして、陸から遠く離れた外洋に昆虫がいることは、昆虫学者にさえほとんど知られていなかった。その頃、私は、東京大学農学部害虫学研究室(現応用昆虫学研究室)での指導教官であり、WHOにも勤務しておられた池庄司敏明教授のお声がけで、日本脳炎などを媒介するアカイエカの群飛の三次元構造解析の研究に着手していた。そして、1991年から1993年まで、日本医科大学在籍中にニューヨーク州立大学海洋科学研究所に留学し、海洋物理学と数理生物学両分野に優れた業績を残された大久保明教授のもとで、群飛研究を進めることになった。大久保先生は海洋学者でありながら、蚊柱を形成する虫の動きに興味をもったことから数理生物学の分野に入り、小動物の群れの研究を進めておられた。ある日、大久保先生が「海にも昆虫がいるんですよ!」と言って、不思議な昆虫の論文をいくつか見せてくださった。アメンボ科ウミアメンボ属の5種の昆虫は外洋に生息するというのだ。私は、その分布図を見て驚嘆した。5種のウミアメンボは、太平洋・大西洋・インド洋の熱帯・亜熱帯域を中心に北緯約40°から南緯約40°にかけて分布している。まるで、赤道を中心としたベルトが地球を取り巻いているようだった(図1)。陸を起源とする昆虫がどのようにして海に進出し、このように広大な分布域を形成することになったのか、どうしても研究したくなった。当時、海洋科学部に在籍してはいたものの、研究船で海洋観測を行う部署にいるわけではなく、理論研究から始めるしかなかった。外洋性ウミアメンボ(図2)は海洋表面のみで生息する唯一の無脊椎動物である。海洋表面での生存戦略に研究のターゲットを絞ると、表面の物理的性質を考える必要がある。そこから、大久保先生との共同研究が始まった。海洋では起潮力や大気大循環系などによる様々な渦が生じることから、分子拡散よりはるかに強力な乱流拡散が作用する。海洋表面という隠れ場のない環境では、絶えず海洋拡散が働き、ウミアメンボをあらゆる方向へ分散させるようとする。海洋拡散がどのようにウミアメンボの生存戦略に影響を与えるのかを過去のデータと理論計算によって推測し、海洋拡散による群れの分散、雌雄の遭遇確率、広大な分布域の適応的意義を探っていった。アメリカ滞在中には、カリフォルニア大学サンディエゴ校スクリプス海洋研究所を訪ね、海洋性アメンボの研究者・Lanna Cheng博士と海洋物理学者・土屋瑞樹博士にお会いした。Cheng博士とは今に至るまで共同研究を続けている。土屋先生には、外洋性ウミアメンボ5種の分布域についての貴重なコメントと資料をいただいた。境界がない海洋にもそれぞれの海域に異なる海流や風系が作用し、異なる環境が生成されていることを教えていただいた。この時のディスカッションを発展させ、後に、新たに分布図を構築し、海洋表面の物理要因がどのように分布を規定しているのか検討することになった。
 日本に帰っても、外洋に棲むアメンボの研究を続ける意志は固かった。アメリカ滞在中に身につけた「思いついたら、迷わず聞きに行く、頼んでみる」という態度で、面識があった東京大学海洋学研究所(現大気海洋研究所)・塚本勝巳教授に電話して、白鵬丸航海の時にウミアメンボを採集してくださいとお願いした。塚本先生は、ウナギの産卵場所を求めて、東大大気海洋研究所・学術研究船白鳳丸に乗船し調査航海に行っておられることを知っていたのである。塚本先生は、私のあまりの図々しさに驚かれたと思うが、「ウミアメンボとはどのようなものか、採集方法、保存方法について書いて、ファックスしてください」と言ってくださった。この時、塚本先生がどれほどのご親切で言ってくださったかは、自分で研究航海に参加するようになってから気がつくことになった。研究航海に参加するチャンスは頻繁には来ない。限られた航海時間の中でいかに自分の研究計画を達成するかに乗船研究者は必死になる。ウナギ研究チームの熱意とパワーは格別であった。航海の最初から最後まで24時間、綿密な計画と人員配置で、文字通り寸暇を惜しんで採集業務に集中する。そんな作業の中にウミアメンボ採集を組み込んでくださったのだ。さらに、幸いだったのは、同じウナギ調査に参加予定の東大農学部水産学科・鈴木譲先生が、白鵬丸でのネット採集物の中からウミアメンボを抽出・保存する作業の責任者となってくださったことである。東大農学部3号館3階には応用昆虫学研究室や水産学科の研究室が並んでいた。応用昆虫学研究室の田付貞洋教授、石川幸男助教授(現在、両名とも名誉教授)、そして、共同研究者となってくださった星崎杉彦助教のご厚意で、かつて学んだ研究室で鈴木先生にお渡しする資料・物品の準備をすることができた。これらの方々からは、今に至るまで様々なご支援をいただいた。感謝に堪えない。
 塚本先生は、1994、1995、1998年の白鳳丸航海で、多くのウミアメンボを採集して下さった。ウナギ産卵場所の調査は主としてマリアナ海域で行われることから、南北1000km・東西2000kmにわたる海域でウミアメンボ個体群の年次変動を見ることができた。この広大な領域で、優占する種(Halobates micansとH. sericeus)が年によって完全に入れ替わることがわかった。優占種の交替を、表面水温の違い、卓越風の季節変化、エルニーニョの効果、という3点から考察した。外洋調査航海で同じ海域を調査できることは少なく、外洋性ウミアメンボ個体群の継時変動を扱った数少ない論文となった。
 1995年、私は盛岡大学文学部に転任し、調査航海に参加する道を探した。1998年、三重大学渡辺守教授のご紹介で、三重大学生物資源学部練習船勢水丸に乗って津港から東シナ海へ行く航海に参加する途が開けた。当時は、洋上での採集に必要な道具も持っていなかった。しかし、この時の航海主任が大気海洋研・塚本先生の研究室出身の大竹二雄先生であり、白鳳丸航海でウミアメンボの採集もしてくださっていたのは、幸運以上のことであった。大気海洋研は、全国研究者の共同利用・共同研究拠点であることから、採集に使うニューストンネットも借用できることを教えてくださった。大気海洋研でニューストンネットの組み立て法を習い、塚本先生の研究室の技官・大矢真知子さんに船上での作業について教えていただいた。予習したつもりだったが、勢水丸での最初のニューストンネット曳網からウミアメンボ抽出までの一連の作業は、大竹先生が率先して手際よく進めてくださり、私は見習いで洋上での作業を習得することができた。そして、四国沖での曳網で初めて生きているウミアメンボを採集することができたのは感激であった。
 勢水丸航海参加後、ほぼ毎年、大気海洋研・淡青丸あるいは白鳳丸航海に参加申請を行い、旅費と研究機材の運送費を支給していただいて、調査航海に出ることになった。海洋調査機材の重量は半端ではないので、運送費支給はとてもありがたかった。調査海域は東シナ海にターゲットを絞るようになった。東シナ海は外洋性5種のうち3種が記録されており、しかも、彼らの個体群は季節的に複雑な変動をする。東シナ海での外洋性ウミアメンボの季節変動と生存戦略の比較研究がテーマとなった。ニューストンネットもウミアメンボ採集に適したものを設計・製作した(図3)。そして、もう一つの難問は同定作業であった。3種個体群の比較のためには、ある程度の個体数の確保が必要であり、当然、同定困難な雌成虫や幼虫も含まれる。最終的には、これは多変量解析による同定方法と形態の地理的変異の研究へと発展していった。
 調査航海に参加しながら、各研究機関にお願いし、未整理のまま保管してある研究航海での採集物をお借りして、その中からウミアメンボを抽出し、さらに広い海域の多くのウミアメンボを収集していった。これらは、ウミアメンボ個体群の研究の材料となった。また、私自身の収集したウミアメンボの分布データとともに新たな分布データを蓄積することにも寄与した。こうして、外洋性ウミアメンボ5種の新しい分布図を、コンピュータビジョンの専門家・岡部秀彦博士とL. Cheng博士の協力によって、構築することができた(図1)。この分布図には、海洋表面の水温、海流系も示し、外洋性5種それぞれの分布を規定する要因について考察した。
 外洋に研究航海に行く際、私にはもう一つ大切な仕事があった。それは、日本沿岸に生息する海洋性ウミアメンボの探索である。淡青丸および白鵬丸研究航海では、鹿児島港乗船−那覇港下船といったように、予定された調査海域に近い港で乗船・出航、寄港・下船することが多い。
 乗船前あるいは下船後の2、3日、現地に滞在し、沿岸を歩きアメンボを探した。当時、日本沿岸には、南西諸島から関東地方にかけて5種の海洋性アメンボが記録されていた。戦後の急速な沿岸開発・海洋汚染等により個体数が減少し、全種が環境省あるいは地方自治体によって絶滅危惧種に指定されていた。基本的な生活史さえわかっていないものがほとんどである。今のうちに研究しておかなければ、という強い思いがあった。淡青丸KT05-25航海の後、石垣島沿岸で初めて日本固有種ウミアメンボHalobates japonicus Esakiに出会えたことは忘れられない。石垣島では、筑波大・渡辺守、青木優和両先生、産総研・岡部秀彦博士と共同で群れの基礎研究・行動の画像解析を試みた。その後、長崎県西海国立公園九十九島水族館海きらら・川久保晶博館長をはじめとする皆さんと美しい九十九島湾に点在する島々の沿岸に生息するシロウミアメンボHalobates matsumurai Esaki、シオアメンボAsclepios shiranui (Esaki)の生態を研究し、両種の生活史や海洋環境への適応戦略の違いに関する比較研究を行なった。そして、2013年から東京大学三崎臨海実験所を拠点として研究を開始することになった。関東地方は海洋性アメンボ北限の地である。ここにフィールドを求めた理由は、日本の海洋性アメンボ研究の始まりの地であること、また、勤務する盛岡大学から最も近いフィールドであって、頑張れば毎月でも通えることからであった。東大三崎臨海実験所は、神奈川県三浦半島南部のリアス式海岸の一角にあり、1887年(明治20年)に東京帝国大学臨海実験所として発足した世界でも有数の古い歴史をもつ臨海実験所である。九州帝国大学江崎悌三教授は実験所周辺の沿岸に生息する海洋性アメンボの研究をされ、カタビロアメンボ科ケシウミアメンボHalovelia septentrionalis EsakiとウミアメンボHalobates japonicus Esakiとを記載された。模式標本は三崎産である。ケシウミアメンボについては、生態観察の短い報文も書かれている。江崎先生の時から約90年を経て、私は三崎臨海実験所に滞在し、三浦半島南岸での海洋性アメンボの生息状況の調査を行なうことになった。関東大震災の地殻変動と東日本大震災の津波が三浦半島南岸を襲い地形・生態系ともに大きな変動を経た後であって、江崎先生の頃とは、大きく異なる環境となっているはずであり、何よりも沿岸開発と海洋汚染が凄まじい。アメンボの姿を求めて、三浦半島南岸の入江から入江へと丹念に探索したが、ウミアメンボH. japonicusは既に絶滅と結論した。また、ケシウミアメンボもいくつかの入江で泳いでいる姿が散見されたものの、生態学的研究に十分な個体数が得られる入江は2ヶ所だけだった。その内の1ヶ所を調査定点とし、研究開始した。毎月、三崎臨海実験所に通い、美しい敷地にある宿泊施設を利用し、天候が許す限りは船外機付きの小船を運行してもらい、調査定点に通った。首都圏でありながら、三崎臨海実験所付近は道路は狭く複雑怪奇、調査定点には陸路からは極めて入りにくい上に、潮が満ちてくると、崖の斜面をよじ登るか茂みを分け入り他人の別荘地に入らなければ帰れなかったのである。実験所技術専門職員・関藤守さんと幸塚久典さんが、超多忙の実習指導の合間を縫って小船運行に協力してくださったのは幸いだった。それでも、悪天候で船が出せない時は、足元の悪い海岸線を重い調査道具を運んで調査地に行くことになる。三崎臨海実験所付近は、ケシウミアメンボの北限である。海洋性アメンボのほとんどは、熱帯・亜熱帯の海に生息しており、日本産の種は北赤道海流から黒潮に乗って流れてきたと考えられる。そして、九州北部から関東地方にかけては、降雪と冬季の低温に適応して生き抜かねばならない。長崎県九十九島のシロウミアメンボは、他の海洋性アメンボには見られない硬く丈夫な卵殻を発達させ、ほぼ半年間、潮間帯の岩場で越冬し、一方、ケシウミアメンボは、潮下帯の牡蠣殻などの中で成虫越冬する。それぞれの種が異なる越冬戦略によって日本の冬を乗り越えている。それでは、ケシウミアメンボは一体、何を食べて生きているのか?ケシウミアメンボは、海洋表面上で小動物の餌を探索・捕食する。海洋表面にいる小動物は多様で、沿岸の照葉樹林から落下する昆虫類、表面にトラップされたプランクトンやベントスなどからなっていた。そして、ケシウミアメンボは、陸由来・海洋由来双方の資源を餌として利用して生き抜いているらしい。標本数5,000を超える海洋表面の動物相を解析するこれらの研究は、まだ、途上である。  不思議な巡り合いにより、海のアメンボに出会った。紙と鉛筆だけで研究を始め、そして、アメンボを追って海へ乗り出し、入り組んだ海岸線をどこまでも彷徨った。海は世界に繋がっている。それぞれが異なる国籍の6人の研究者と共著でウミアメンボ亜科の分子系統学の研究論文を出すことにもなった。多くの方々のご協力をいただいて採集困難な外洋や遠隔地で収集・研究してきた海洋性ウミアメンボ全標本を東京大学総合研究博物館に収納していただき、安堵と感謝の思いに溢れている。

追記 私が淡青丸・白鵬丸下船後などに、各地の沿岸でアメンボを探索していたのは、2000年〜2010年頃であり、2013年以降は、三崎臨海実験所を主要拠点として研究していた。その後、長崎県の高校生のグループによって大村湾で新たに海洋性アメンボが発見され、2018年に新種として発表されたことに本当に驚いた(この標本も東京大学総合研究博物館に保管されている)。この新しく発見された種がどのように海洋環境に適応して生きているのか、今後の研究の進展に心から期待を寄せている。


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図1 A: 外洋に生息するウミアメンボ5種の分布図(web上のカラー版では,緑: Halobates micans, 青: H. sericeus, 赤: H. germanus, 橙: H. sobrinus, 紫: H. splendens, 白: 曳網したが採集なし;
https://www.tandfonline.com/doi/full/
10.1080/17451000.2012.705848)

B: 海流系と年平均表面水温.海流の略称:アガラスリターン海流 (Agulhas Ret.), 赤道反流 (Eqt. Cnt. C.), インドネシア通過流 (ITF), 北赤道反流 (N. Eqt. Cnt. C.), 北赤道海流 (N. Eqt. C.), 南シナ海通過流 (SCST), 南赤道海流 (S. Eqt. C.).Ikawa et al. (2012) のFigure 6を改変.

図2 交尾中のHalobates micans(東大・大気海洋研・白鵬丸KH07-2次航海.マリアナ海域を航海中に船内研究室で撮影).Ikawa et al. (2012) のFigure 7を改変.

図3 自作のニューストンネットでの採集風景(東大大気海洋研・淡青丸KT04―24次航海,東シナ海).